第183話 咀嚼した過去と『微笑み』

 一条は『縛られた騎士ナイト』と共に、魔族軍のうごめく戦場へと駆けて行った。


「【魅せられた王キング】!」


そして俺は召喚魔法『王族レギオン』シリーズの『王』を召喚する。

その瞬間、俺の足元から先程と同じように、ぐつぐつと煮えたぎるような赤黒い影が飛び出した。

気泡を弾けさせながら蠢くその影は、一瞬の内に広範囲に広がると、急に直角に上空へと上昇した。

まるで目の前に、大きな赤黒いカーテンが広がっているようだ。


その“カーテン”は空間を支配し、天にも届きそうなほど、上昇していくと、突然、動きを止めた。

その時だった。


――俺の中に、この魔法の内容が入ってくる


俺がこれから何を召喚するのか、その詳細が入ってくるのだ。

そして『縛られた騎士ナイト』を召喚した時には分からなかった騎士たちの情報も頭の中に入ってきた。

“彼ら”にまつわる、惨劇の記憶だ。


「魅せられた王か……」



“女王に魅せられ心を奪われた王は、正気を失い、女王の操り人形と化した。

騎士は、王が正気を失おうと、背くことはできず、今も縛られたままだ“



そこに、“王”が現れた。

天に頭が届きそうな程の巨体。

錆びれた王冠と鎧。そして引きずられた右手の大きなグレートソード。


――巨人の王が影の中より現れた。


〈切り殺せ……〉


甲高い雄叫びと共に、王は俺の意志に答える。

すると引きずっていたグレートソードを両手にしっかりと構え、そして、魔族に向けて足を踏み出した。


「なんだあれは!?」


「逃げろぉおおお!」


人間を殺すことしか考えていなかった魔族たちは、ざわめき合い、目の前の巨人に慌てた。

それは魔族たちの意識が変わった瞬間だった。

もはや奴らは、助かる方法しか考えていない。


一条は迷わず爆裂魔法を披露する。

一条にとって魔族は特別ではないことが分かる。


『王』はグレートソードを握り締めると、ふらついた身体を支えながら、剣を魔族へと叩きつけた。

その瞬間、大地がひび割れ、大きな揺れが起きた。

巻き込まれた魔族たちは大地ごとミンチにされ、運よく逃れた者たちは、衝撃に吹き飛ばされる。

付近にいた者たちはバランスを崩し、背後にいた佐伯たちでさえ、足を取られ尻餅をついていた。


「お主は何を呼び出したのじゃ……これはなんじゃ? このような大きなもの……わしは見たことも、聞いたこともない」


年寄りにしては足腰が強いらしい。

流石は元冒険者ということか?

オズワルドは“王”に目を奪われながら、そう尋ねた。


「“何”……だと? 決まってるだろ? 魔法だよ? お前が日々、生徒たちに教えている魔法だ」


オズワルドは敵意を放つが、挑発には乗らない。

黙って険しい表情をしていた。


ところで敬語はもう止めよう。

形だけであってもこいつらを敬うと、また深淵に呑まれそうだ。


「これが実戦って奴だ。分かったか佐伯? お前が覚えたモノは魔法でもなんでもない。ただの曲芸だ。 多少、火を扱えるからと調子に乗っていたようだが、あれでは何もできない」


少し私情を挟んでしまった。だが事実だ。

事実、佐伯は賢者でありながら、俺に何もできず、今も魔族に向かっていけない。

痛感したんだろう。話にならないと……


「ニトさん……どうして、こんな力を?」


するとその時、小鳥が話しかけてきた。

言葉のニュアンスからして、『ニト』 ではなく『政宗』に対してのものだと分かる。

まったく、一体どこで気づいたのか。

今ここで小鳥と会話するのは面倒くさい。

誤って『政宗』などと言われてしまうと、こいつらが雑談会を始めそうだ。

当然、俺も付き合うことになる。

人と話すのはそもそも嫌いだ。面白くないからな。


だが周りの奴らは気づいていない様子だった。


少しくらいなら“含ませても”大丈夫だろう。


「強いて言うなら、俺は君たちと違い、恩恵なんていう“まやかし”に頼らない。その違いだろうなぁ? まあそんなものに頼るのは、勇者である君たちくらいだろうが……」


仮面をしていて見えないが、この笑みをこいつらに見せつけてやりたい。

さぞかしい気持ちがいいことだろう。


「君たち勇者には『恩恵』ってのがあるんだろ? 『神の加護』って奴が? まだ未熟でありながら、大層な職業も持っているみたいじゃないか? ヒーラーの俺とは大違いだ。そう言えば魔的通信に書いてあったが、行方不明の勇者がいるんだってなぁ? それも、そいつは俺と同じヒーラーだそうじゃないか? ふ……理不尽……当時の王女が転移で飛ばしたとあったが、生きていたなら、さぞかし君たちのことを恨んでいるだろうねぇ?」


こいつらの中で、『日高政宗』の死は確定条件だ。

だから俺だと気づかない。

小鳥以外は。


「西城さんだったかな?」


「……はい」


「俺もその『日高』くんと同じような境遇でね? 無能だという理由で追放されたことがあるんだ。それまで大して仲が良かった訳でもないし、そいつらに何かを求めていた訳でもないが、あれは確かに“裏切り”だった。俺は確かにそれを裏切りだと感じた。だから分かるんだよ。同じヒーラーである、“日高”くんの気持ちがね? 君には分かるか?」


「私は……」


小鳥は目を逸らした。


「君達には分かるか? ヒーラーってのは、どこへ行っても無能呼ばわりだ。ヒーラーというだけで馬鹿にされ、嗤われる。そしてパーティーすら組めない。そもそもヒーラーが冒険者をやっていること自体がおかしなことなんだ。世間はそう判断する。プリースト以下の惰弱な治癒魔法で、一体、誰を助けられるんだとね? その日高くんも、生きていたなら、きっと今頃、そんな人生を送っているんじゃないかなぁ?」


ネム、トア、スーフィリア。

3人は俺のくだらない話を、目を逸らさずに聞いていた。


「君たちは、日高くんを探そうとはしなかったのか? 同じ勇者だったんだろう?」


「助けたいと……しばらくしてからは、そうも思ったけど……」


そう呟いたのはひいらぎだった。


「だけど?」


俺は何を話しているのだろうか?

そんなことを聞いて、今更どうするんだ?


「助けられなかったの! だって……彼が生きているかも分からないし! それに……私たちは弱いから……」


「一条さんは、日高くんを探しているらしいですよ? 何故あなた方は、温室でぬくぬくと学生ライフを送っているんですか?」


すると別の者が、言い訳した。


「一条さんは“本物の勇者”です。私たちとは違います。今の私たちでは、生きているかも分からない日高くんを探しになんていけません」


そう話したのは神井だった。


「外の世界には私たちの知らないモンスターが、まだ沢山いるし……」


すると御手洗が付け加える。


そう言えばこの2人は、晩餐会の時、何やら小鳥と話していたな。

気付くとこちらをちらちらと窺っていて、気分が悪かったのを覚えている。

小鳥が何かを言ったのかもしれない。


「てゆーか? 別に助けにいく義務もないしぃい」


「外は危ないんでしょ? そんなところに行ったら、ウチらまで死んじゃうじゃん?」


真島と木原か……


「ニトさん、私たちは……今はダメでも、いつかは、日高くんを探しにいこうと考えています。彼はきっとどこかで生きていると思うから」


河内は相変わらずだな。

自分が偽善者であることに気づいていない。

本心は周りに認めてもらいたいだけだ。

気づいていないだけ、最も性質たちが悪いと言える。


「なんで俺らが日高っちを探しにいかなきゃいけないわけ?」


その時、疑問符を浮かべながら、木田がそう言った。


「木田くん?……何を言ってるの? 日高くんは私たちの仲間でしょ?」


河内が訴える。


「仲間? それはなんか違うんじゃないかなぁ? 知人ってレベルでしょ? 命をかけてまで探すような仲じゃないし、それに、そんな必要がどこにあるんだい? それに日高っちは死んでる可能性の方が高い訳だよね? じゃあ死人を探すことになる可能性だってあるわけでしょ? 冗談きつくない? 悪いけど俺はパスだわ」


木田は悪びれもせず、笑いながら、あっさりとそう言った。

こういう奴だ。こいつは……昔から何も変わってない。

佐伯と話す時だけ利口ぶって、基本はいつもふざけた感じで話す。


「小泉の言う通りだわ……木田くん……あなたは何も分かってない。あなたは佐伯くんと一緒になって、彼を虐めてたでしょ?! じゃあそのくらいしても罰は当たらないんじゃないの?!」


「虐め? はぁ……あのさぁ? 前にも言ったけど、あれは虐めじゃなくて頼んでただけだって。日高っちが良いって言うから、面倒くさいし頼んでたんだよ? そのくらい良いでしょ? 何が問題なんだよ?」


木田に飽きれる河内。

ゴミだな。こいつらは。

俺は今、こんな連中を守るために戦っているのか。

いや、だがそれは俺のためでもある。

こいつらに今、死なれては困る。


「無能だから飛ばされたんだ」


すると佐伯がそう言った。


「無能だから……だからここにいない。あいつが多少なりとも有能なら。今頃、俺たちと授業を受けていた筈だ。だがそうじゃなかった。そして俺たちも無能だ。だから今、お前にこうして守られてる。それだけのことだろ? 別に他人のお前に咎められる筋合いなんかねえよ。あんたの境遇も知らねえ。そんなに同情するならお前が探せよ?」


「中々な言い分ですね? 言っていて恥ずかしくないんですか?」


「京極を殺したお前に言われたくねえよ、生徒殺しが。日高は無能だった。それにあいつはそもそも自殺するくらい、死にたがってた奴だ。今頃死んでんなら、本人にとっては本望だろ? そんで俺らも無能とおさらばできた。つまりこれはWIN-WINウィンウィンな状態なんだよ? 双方にとってな? だったらそれでいいじゃねえか」


佐伯がそう言い終わった時だった。

突然スーフィリアが、白い杖を振り下し、佐伯を襲った。


「スーフィリア!」


俺は呼び止めようとした。

だがスーフィリアは躊躇うことなく、そのまま杖を振りきる。


「ぐわあああああ!」


聖属性の魔法に吹き飛ばされる佐伯。

だが命に別状はないだろう。


「少し腹が立ちました。実に不愉快な方々です」


スーフィリアはそう言い放ち、佐伯たちに殺気を向けていた。

いつもの作り笑顔などとっくの昔に消え、そこには単純な怒りが窺えた。


「スーフィリア!」


俺はもう一度、名を呼んだ。

するとスーフィリアは、はっとしたように俺に気づく。


「やめろ……落ち着け」


「……すいません」


するとスーフィリアは静かに杖を下した。


「佐伯!」


駆け寄る勇者たち。

俺は佐伯の傍まで行き、手をかざした。

せめてヒーラーお得意の治癒魔法でもかけてやろう。


「触んじゃねえ!」


すると佐伯が俺の手を払いのけた。


「施しは受けねえ! 京極を殺したその手で、俺に触んじゃねえよ!」


佐伯は傷つきながら、見開いた目つきで力強く言い放った。


見ると、トアとネムも殺気立っている。

俺が見るとネムは目を逸らし、反省するような態度を示す。

だがトアは変わらない。


「トア」


俺が名を呼ぶと、呼ばれた意味に気づいたのか、不自然に微笑んだ。


そんなことより、先に魔族だ。


俺が魔族をどうするか考えている間も、佐伯は皆に囲まれ、体を支えられていた。

ふ……何を期待してたんだろうな……俺は。

分かっていたことだ。分かっていて聞いた。


「ごめんなさい……」


すると小鳥がポツリとそう言った。


「……」


こいつらは必要ない。

それが俺の意志だ。

始めからそうであったように、もうその考えを変えることもない。


「俺に謝られても困るな~ ハッハッハッハッハッハッ! アハッハッハッハッハッハッ!」


嗤えばいい。こいつらなんか……


そして俺は、雑念を振り払うように、戦場へと駆けた。


『しんどいなぁ?』


「しんどくない」


『ホントか? 殺したいのに殺せねえのってのは疲れるだろ?』


「…………すべて自分のためだろ?」


迷いはない。

ダンジョンで誓いを思い出した、あの時から……


『…………そうだったな。でもいいんだぜ? 俺の前では弱音を吐いても?』


「弱音を強要するな。そんなモノを吐くくらいなら、俺はその数だけ魔法を詠唱する。夢を呟いてる方が幸せだ」


『だからマスターの魔法は異質なのかもな? 普通、魔法を夢だなんて言う魔導師はいねえ。魔法ってのは手段であり道具だからな』


「本質は道具だろ? だが俺にとっては夢。それだけのことだ」


『やっぱ変わってるぜマスターは』


「過去にはいなかったのか?」


『魔法が好きだった奴はいたが、夢なんて言う奴はいなかった。もちろん候補者の記憶に基づくもんだがな?』


どうやら俺は変わっていて、そんな俺の魔法も変わっているらしい。

だから誰も理解しないのだろうか?




 「【強欲の暗黒珠ブラック・エルゴ】!」


ブラックホールの玉を出し、目の前の魔族を片づける。

そして『執行者の斧』を取り出し、勢いと共に、手前から順番に切りつけていく。

腹……首……足……首……首……無心に斧を振っていると、その頃には雑念も消えていた。


赤黒い影を背中に集中させ、『怠惰の私翼』を広げた。


「ヴェル、魔王を狙う。深淵の具合は大丈夫か?」


『問題ねえ』


不本意な行動は深淵に呑まれる可能性がある。

だがヴェルのお墨付きをもらった。


「【咀嚼する微笑スマイリー・チューイング】!」


魔術『夢喰いソムニキュバス』を反転し、詠唱する。

すると魔王のいる砦の斜め上空に、巨大な赤黒い魔法陣が現れた。


『イカれた魔法だぜ!』


「ふ……褒め言葉でしかないな」


次の瞬間、魔法陣から、満面の笑みを浮かべた“顔面”が飛び出した。

首から下は無く、ただ頭だけが浮かんでいる。

限界まで見開いたような目と、口が裂けるギリギリまで広げ、上げたような口角。

文字通り”微笑“が、砦に向かって突っ込んだ。


「「「陛下!」」」


「「「陛下!」」」


「「「陛下!」」」


その光景に、それぞれが気づいた順に魔王を呼んだ。

流石の魔族も魔王を失うと困るらしい。

始めて魔族の動きが止まった。


そして“満面の笑みを浮かべた顔面”は、砦に食らいついた瞬間から、もぐもぐと咀嚼を始める。

その間も“微笑”を止めない。

そして咀嚼しながら、見開いた目で、『顔面』は次の“食べ物”を探している。


「魔王! 打ち取ったり!」


『ちょろいぜえ!』


俺とヴェルは声高らかに、そう言った。

だがその時だった……


「笑止!」


上空から、ハルバードを振り上げた、魔王カサンドラが現れた。

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