第181話 合流!

 「【無邪気な愚足レグル・イノセント】……」


これは田所から得た魔術『光の紋章エンブレム・ド・ライト』を反転したものだ。

使えないので分からないが、『光の紋章エンブレム・ド・ライト』は上空から光属性の光線を放つ魔法らしい。


そして俺が魔族の群れに向かって、魔法を行使した時だった。

魔族軍の中心に位置する砦。

その真上に、“巨大な足”が現れた。


「なんだ……あれは……」


隣でおっさんが茫然としている。


“人間のもの”にそっくりなその足は、突然、上空に現れ、そして……


――砦を踏み潰した。


周りにいた魔族も巻き込まれ、砦と同時に踏み潰される。


『思ったよりいけるぜ!』


ヴェルが深淵の具合を報告した。


その巨大な足には足首から上がない。まるで綺麗に切断されたようだ。

俺は最初、それは“人工的なモノ”であるかのように思っていた。

例えば模型のような、そういう類の物なのだと思っていた。


だが魔族が踏み潰された時、そうではなかったことに気づく。


――その瞬間、足首の天辺から大量の血が溢れだしたのだ。


あの足は生きている。

俺がこれまで魔法により出現させたものは、すべて生きていた。


――この足も生きている。そう直感した。


何となく感覚で、そこから溢れた血が、今、踏み潰したばかりの魔族のものであることが分かる。


「異形な魔法に、喋る杖……お主、まさか……」


隣にいたおっさんが、そんなことをボソボソと言った。


「深淵の愚者か……」


もう驚きはしない。

偶に知っている奴がいる。大体そんなもんだ。


するとおっさんは、何やらパトリックを見つめていた。

正直、何もしないなら帰ってほしい。

邪魔でしかない。


「精霊魔導師だな? それも精霊王の?」


「……はい」


突然、おっさんとパトリックが話しだす。


『久しぶりね、サラマンダー?』


『ヴォルート……』


するとおっさんの傍らに浮遊する金髪娘とサラが、面識でもあるかのように語り合う。

そして4人は、互いに言葉もなく見つめ合っていた。


「この出会いが、良いことだとは思っていない……」


どういう意味だろうか?

不意にそう呟くおっさん。


「俺もです……」


パトリックは複雑そうな顔をしていた。

正直どうでもいい。


パトリックの知り合いだろうか? そうではないように思う。


いや……待てよ……今思ったが、こいつ……そうか! 精霊か!


「お前? 精霊か?」


俺は金髪娘に確認した。


『愚者の分際で気安く話しかけないでくれるかしら? “あなた達”と交わす言葉なんてないわ』


「……」


その時、俺は以前サブリナが言っていた日記の話を思い出す。

それは、過去に精霊王と契約を結んでいた者の日記だ。


「まさか、精霊王じゃないよな?」


俺は金髪娘とおっさんの顔色を交互に窺った。


「察しが良いな、深淵の愚者よ。つまり……そういうことだ」


なるほど、つまり『その時』ってのを危惧しているわけか。

だが俺はそれが何なのか知らない

このおっさんはある程度、深淵の知識もありそうだし詳しそうだが。


だが今、そんなどうでもいいことを聞いている場合じゃない。

目の前の魔族を片づける。それが優先だ。


するとその時、ダームズアルダンの王と、金色の騎士の生き残りが合流した。


「あれはニト殿の仕業か?!」


仕業とは……もう少しオブラートを包んでほしい。

だが“仕業”と言えるか?

少し棘のある口調であったような気がしたのと、会場での鬱陶しい会話を思い出したせいで、イラッとしてしまった。


「なあ王様? 魔族と帝国、一体どっちが強いんだろうな?」


「……」


シュナイゼルは何も言い返さない。


「それにしても多いな」


神速と言えど、この数を一人一人やるのは面倒くさい。


するとシュナイゼルに続き、戦場からこちらに向かって走ってくる、一条の姿が見えた。

体のあちこちから血が出ている。

かなり疲れている様子だ。

その隣には耳の尖った金髪の女がいた。


「あれは……」


俺はその女の走り方から気づいた。

特に表面的な違いがあるわけではないし、知らない奴は気づかないだろうが。


「“リント”……エルフか?」


一条とエルフが目の前に現れた時、俺はそう呟いた。


「お久しぶりです……ニトさん」


荒い呼吸。

疲弊した表情。

それから、かなり魔力も消耗しているようだ。


「【治癒の波動ヒール・オーラ】」


俺は一条を回復し、ついでに周囲の者も回復した。

特に意味はない。ついでだ。


「傷が……」


一条は自分の体を確認しながら驚いていた。


「疲れているみたいですね、一条さん?」


にしても、よく頑張った方だ。


視界の端から端まで、すべて魔族。

少しの間でも、この数をたった2人で相手にしていたのだから流石と言える。

だが、だからこそ傷ついてもいる。そして魔族の数は減っていない。

俺が先ほど、魔法を放ったことで多少、数が減り、魔族の動きが止まったからいいものの、もしかすると、駆け付けるのが遅れていれば死んでいたかもしれない。


「一条さん、いくら自由だからと言っても、単独行動は止めたほうがいいですよ? 寿命が縮みますし、それに“皆”には言ってない訳ですよね?」


“皆”とはジークたちのことだ。

おそらく一条は無断でこの戦いに参加している。

一条がここにいることすら、ジークたちは知らない可能性がある。

そんな中、魔族たちとやり合って死にでもしたら……まあ俺には関係ないが。


「ええ……そうですね。まあ……」


一条は苦笑いした。

つまり何も連絡していないってことだ。


「魔力も回復しておきますか?」


「いえ……後はニトさんにお任せします」


任されても困る。


大地を揺らし、こちらに向かってくる魔族たち。

司令塔を失っても動きが止まらない。

カイゼルの言う通りだ。こいつらは止まらない。

俺を殺しトアを攫うまで止まらないんだ。


するとその時、会場方面から走ってくる佐伯たちの姿が見えた。

その後ろには避難者の姿も見える。

そして皆、血相を変えた様子だった。

だが理由は直ぐに分かった。


――その瞬間、遠くに見える会場が爆発した。


「なっ!」


一条はただ目を見開き驚いていた。


そして会場の周辺を煙が包み込み、辺りに広がった煙の中からさらなら魔族の群れが現れた。


「トア……シャステインってのは、馬鹿な国なのか? お前を攫うためだけにここまでするか普通?」


「だって……私、王女だもん」


トアの様子がおかしいし……


「はぁ……」


思わずため息が出た。


「一条! こっちはダメだ! もう逃げられねえ!」


見れば分かる。

佐伯は焦っている様子だった。

そしてそう言いながら俺に気づき、睨む。


「ブラームス様!」


さらに、そこへ合流するオズワルド。

爺のくせに白馬に乗ってやがる。

馬のケツにはサブリナの姿も見えた。

どうやら体を動かせないらしい。


「オズワルド! 何とかして生徒と彼らを逃がさねばならぬ!」


現状、俺たちは挟み撃ちにされている。

草原側には魔族の大群。

会場跡の方面には新たな魔族の群れが来ている。

司令塔を殺しても止まらない魔族。

つまり、こうなると魔王を殺すしかない。

だがどこにいるのか…………魔力が均等すぎて分からない。

見分けがつかない。


魔王ともなると、こいつらよりも魔力は上なはずだ。

ということは、ここに魔王はいないということか?

いやいや、先に目の前の魔族を何とかしよう。


「ヴェル」


『おう!』


「先にこっちの魔族をやる。あれを撃てるか?」


『もちろんだぜ!』


俺のヴェルを気味悪そうな目で見る佐伯たち。

こいつらにはこの“夢”も理解できないのか。


「一発でいい。一発デカいのを撃ってくれ。それで無理なら別の魔法を使う。連発は面倒臭いからな」


『分かったぜマスター!』


そして俺は何やら相談しているおっさんや、オズワルドを無視し、大杖を草原地帯の魔族たちへ向けた。


「おい! 何してる?!」


背後から佐伯の声が聞こえた。


俺は無視し、魔法を放つ。


『【強欲の暗黒珠ブラック・エルゴ】!』


その瞬間、ヴェルの詠唱と共に、草原の真ん中に、巨大な球体型のブラックホールが現れた。

つまり、魔族たちの真上だ。


「なんじゃ!?」


突然の向かい風を浴びながら驚愕するオズワルド。


「何だ……これは……」


貫録が崩れるほど言葉を奪われ驚愕するおっさん。


『マスター、もっとデカくするか?!』


「ああ」


すると巨大な暗黒球がさらに範囲を広げていく。


「おい……待てよ……」


すると背後でボソボソと声が聞こえた。


「おい!」


するとその時、急に胸倉をつかまれた。

前を見ると佐伯の顔がある。


「どういうことだよ!?」


「……は?」


戸惑いと怒り。そして殺意を感じる。


「あれはお前がやったのか?!」


なんだこいつ?


「あの黒い玉はお前がやったのかって聞いてんだよ!?」


ん? どういうことだ?


「あれは……あの玉は……あの日! 王城の真上に現れたもんと、同じじゃねえか!?」


「……」


あ……そう言えばそうだったな。


グレイベルクでアリエスを殺した日だ。

最後に敷地ごと城を破壊したのがこの魔法だった。

なるほど……ということは、佐伯はあの日、これを見ていたということか?

そこまで考えてなかった。


「おい! どういうことだって聞いてんだよ!」


「うざいなぁ」


「ゴハッ!」


俺は佐伯の腹を軽く殴った。

腹を抑えた状態で膝をつく佐伯。


「時と場合を考えていただきたい。今はそんな話をしている場合じゃない」


無論、俺はトアたちを守れさえすれば、それでいいが。


一条もその気になれば一人でも逃げられるだろう。


『マスターどうする? もっと拡大するか?』


やってもいいが……


「いや、一旦切ろうか」


『あいよ』


と、軽快な返事をし、するとヴェルはブラックホールを消した。


真ん中にいた魔族ほど球体に巻き込まれた。

だが両端はしにいた魔族はまだ数え切れないほど残っている。


そして、仲間の多くが突然消えたというのに、まったく諦めようとしない。

これは種族的な性質なのか?

どう考えたって勝ち目はないはずだ。何故まだ向かってくる?


頭の中で『戦利品を選んでください』という声が響いている。

そして『以下、省略します』という声と共に止む。

するとステータス上の『未選択』の隣の数字だけが増えていく。


「102か……」


魔族の戦利品は放置だ。

先ほど殺した『プラウザ』とかいう黒い魔族と一緒に置いておこう。

多くて処理しきれない。

何か良さそうな魔法でもあれば、反転して使いたいが……


「ニトさん! どうしますか!?」


状況の悪さに気づき、焦る一条。


「お主、まだ精霊王の力を使いこなしてはおらぬのか?」


「はい……」


背後でパトリックとおっさんが話している。

どうやら何か策を講じようとしているらしい。


「ニトよ、お主、どうするつもりじゃ?」


するとオズワルドが何かを疑いつつ尋ねてきた。


「この数を相手に、どうも落ち着いておるようじゃが」


馴れ馴れしい奴だ。


「焦っているようだが、何かする気か? 何もしないならせめて後ろの生徒か一般人でも守ってろよ?」


「無論、そのつもりじゃ。じゃがそうは言うても、策がない。まずは生徒から順に転移で学院の方へ避難させるつもりじゃが、あの軍隊がその前にここまで来てしまうじゃろう」


「知るかよ――」


急に親しげに話してきやがって……

俺はお前の友人かよ? 仲間でもないってのに。


「ヴェル、召喚魔法を使う」


『あれだな?』


「ああ。とりあえず使ってみよう」


術の名前は事前に確認済みだが、内容はよく知らない。

だがステータス上の説明文からして強力なはずだ。


「召喚魔法じゃと?」


一々、うるさい爺だ。


俺は頭の中で、召喚魔法『大地の巨人アース・ゴーレム』を反転する。

これはグレイベルクの王であったヨハネスを殺し、手に入れた魔法だ。



――“『固有スキル「反転の悪戯〈極〉」を発動しました。召喚魔法〈大地の巨人アース・ゴーレム〉を、召喚魔法〈王族レギオン〉へ反転しました』”



王族レギオン』……王族を召喚する魔法。

だが何の王族なのかは分からない。


「3人共、俺から離れるなよ?」


俺はトア、ネム、スーフィリアに、念のためそう言った。

おそらく離れるようなことはしないだろうが、どんなものが出てくるか分からない以上、注意する必要がある。


「召喚魔法【王族レギオン】……」


そして、詠唱したその時だった。


――突然、晴天だった大空に、暗雲が立ち込める。



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