第176話 無言の会話

 これは一条たちが会場を飛び出して言ってから、直ぐ後のことだ。

フィールドの真ん中に、4人の姿があった。




『マスター、それは止めとけ』


ヴェルが突然、俺にそう言った。


「……何がだ?」


『分かってんだろ? それがどういうことか?』


「……」


ヴェルは俺に忠告する。


『また深淵に呑まれるぜ?』


「その時は、お前が助けてくれるだろ?」


『ああ……だが助けられる限りだ。行き過ぎちまったら、もう俺にも助けられねえ。前にも言ったはずだ。 それはマスターにとって、大きなもんだろ? マスターの意志に大きく背くことになる答えだろ? なら、流石に容認できねえ』


「さっきから何を話してるの? 呑まれるって?……」


そこへ疑問符を浮かべながら、トアが俺たちの会話に入ってくる。


するとヴェルはトアを睨んだ。


トアは少しびっくりしたように苦笑いする。

当然のことだが、何故、睨まれているのか分かっていない様子だ。


だが俺には分かる。

ヴェルは俺の半身なのだから。


「ヴェル、止めろ」


何を言うかは分かってる。


『いいや止めねえ。俺はマスターの半身だ。マスターのためにならねえことには反対させてもらう。 嬢ちゃん? あんた仮にもマスターのことを好いてるなら、マスターを狂わすようなことはしないでくれねえか?』


「え……」


トアは、色々と一度に言われたせいか、返答に困っていた。


『分かってんだろ? これがマスターの意志でないことくらい。マスターは人間を助けたくねえ。何故ならマスターは、人間というものを酷く恨んでるからなぁ』


そんなことを唐突に言われても分かるはずがない。


「恨んでる? でも……ニトも人間でしょ?」


『だからだ。だからこそ、余計に恨みは深まる。そして異世界の産物に関しては、理由をつけられない程、愛している』


俺の半身だからお喋り。そういうことだろうか?


「愛してる? って……どういう……」


『分からねえか? そのまんまの意味だ。 だからこそ、人間を助けることはマスターの意志に大きく反する。嬢ちゃんはそれで良いのか?』


「良いって……だから、一体何が言いたいのよ?」


『マスターが人格を失っちまってもいいのかって聞いてんだ?』


「人格を……失う?」


止めても無駄だ。

ヴェルは最後まで話すつもりだろう。


『この世に深淵が現れてからずっとそうだ。深淵に好かれた奴ってのは、大抵、感受性が強い。感覚が鋭くなきゃ、深淵は扱えねえからな? だが優れた感受性ってのは、それだけ闇を取り込みやすい。だから過去の候補者たちには必ずと言っていいほど、“心の拠り所”が存在した。皆、愛する者を愛し、愛されることを求めた。つまり“拠り所”だ。それなくして候補者が深淵という、強大な魔力がもたらすしがらみに耐えることはできなかった。だが一番厄介なのは、何より、その愛だ』


そんな言い方をして、はたしてトアは理解するのだろうか?

俺にはヴェルの言っていることが理解できるが……


『いいか嬢ちゃん? 候補者の“拠り所”に選ばれたなら、それ相応の接し方ってのは理解しなきゃいけねえ。わがままし放題じゃあ、マスターは直ぐに壊れちまうぜ? マスターにはもう、あんたしかいねぇんだ。この事実はもうくつがえらねえ。飽くまで王はただ一人、だがそこへ導く者ってのはいるもんだ。それほど重要な役割に見えねえこいつは、間違えると候補者を破滅させる。人格を失った候補者がどうなるか、嬢ちゃんには想像できるか?』


「……」


トアは言葉を返さない。


「ヴェル、もう止めろ。話は終わりだ。今回に限り、俺は助けられる者を助ける。もう約束したんだ。それに反するということは、深淵に反するも同じだろ? トアを裏切ることの方が、もう影響は大きいはずだ」


『へっ……それもそうだな。だがマスター、自分に嘘をつくようなことはするなよ? 次は友人の腕だけじゃ済まねえぜ?』


「……ああ……分かってるさ」


俺はうるさいヴェルをダンジョンに戻した。

俺のためを思って言ってくれているのだろうが、ちょっとしつこい。

ここでヴェルをダンジョンへ戻さなければ、それこそ意志に反するってもんだ。

それより何のためにヴェルを呼んだのか……


するとその時、どこからか悲鳴が聞こえた。

会場の出入り口を抜けた先だろうか?

どうやら誰かが襲われているらしい。


「じゃあ……そろそろ行こうか?」


トアは俺と目が合うと直ぐに逸らした。


「はい……行きましょう」


スーフィリアもどことなく余所余所しい。

予言者の元に返すと言ったことを怒っているのだろうか?

ネムはもじもじしていた。











 「【侵蝕の波動ディスパレイズ・オーラ】!」


涼しげな通路を抜けた先に、複数の魔族がいた。

俺はとっさに波動を展開し、そいつらを侵しつくす。


するとそこに、うずくまる家族の姿があった。

娘が一人か……


「大丈夫ですか?」


トアは直ぐに、その3人へ駆け寄った。

その3人は、自分たちを助けたのが、先ほど生徒を殺した者だということを分かっている。

だが駆け寄ったのは、トアだった。

だからなのか、どちらに礼を言えばいいのかと戸惑っているように見えた。


変わり果てた会場。

壁には至る所に血がついている。

肉片も飛び散っている。だが死体がない。

何故死体がないのかと想像すればするほど残酷なことしか思いつかない。

辺りには金属臭い血の臭いがこびついているが、死肉の臭いも混ざり表情が歪む。

風通しの良さが裏目に出ている。


それよりここはこんなに風が吹いていただろうか?

ここは無風だったはずだ。

どこかが崩れ、そこから風が入ってきているのかもしれない。


「行くぞ……」


俺は人間を無視し、直ぐに次の場所へ向かう。


トアはその3人に、後からをついて来るように説明していた。


魔力と蠢く感情を頼りに通路を進む。

すると曲がり角にもう2人、逃げ遅れた輩がいた。

トアはまた声をかけ、後ろからついて来るように言う。


また2人……また3人。次から次へと生存者を見つけ、気づくとそこには行列が出来ていた。


そしてエントランスルームに辿りつく。


そこから見える玄関口。

あそこを抜ければもう外だ。

だが外には複数の気配があった。


「外にいるな……」


小さい魔力と大きな魔力。

すると1つ、また1つと魔力が消えていくのを感じた。

おそらく外で誰かが戦っているのだろう。

そして殺されているのは人間だ。


俺はそこで一度後ろを振り返った。

怯える人々。皆、肩を寄せ合い震えている。


思わずため息が出る。

ヴェルの言った通りだ。これはあまり良くない。

俺が何のメリットもなしに人間を助けているんだからな。

それだけで気持ち悪くなってしまう。今にも吐き出しそうだ。


だが言ってしまったものは仕方がない。


俺は何も言わず、そのまま玄関口を開いた。


「【魔弾マグラ】!」


開いた途端に聞こえる魔法の詠唱。


学校の教師たちだろうか?

皆、制服を着ている。


教師たちは生徒や一般人をかばいながら、魔族と交戦していた。


魔族が1人、2人……3人……全部で10人くらいだろうか?

こいつらも殺さないといけないとは……だが迷っている暇はない。


「【瀉血と臓物の怒りブラッディング・レス】!」


俺は魔術『火炎ファイア』を反転させ、魔法を放った。


すると、上空に次元の亀裂が現れ、そこから白いナース服のような物を身に纏った女性が落ちてきた。

女性の頭には目だけをおおえるほどの包帯が巻いてあり、腕を後ろで縛られていた。

足は裸足で、後は若年女性と同じような白い肌とストレートの黒い髪。

舌がないのか言葉を喋れず、何か唸り声を上げていた。


女性は立ち上がると、気づいたように魔族の方へ振り向く。

そして急に、耳を覆いたくなるほどの奇声を発しながら体を反った。


その瞬間、腹から胸を通り首にかけてがパックリと切開され、中から腸などの内臓が飛び出し、大量の血が辺り一面に散った。

一人分にしては異常な量だ。

腸は踊るように腹から上へ伸び、気味悪くうねる。


そしてその時、魔法が発動する。


――飛び散った鮮血が空中で止まり、それが鉄砲玉のように、魔族へと一斉に放たれたのだ。


それに反応するかのように、クネクネと狂い踊る腸と女。

血は俺の意志に呼応し、周囲にいた魔族をすべて撃ち殺した。


そして掃除が終わり、辺りに敵がいなくなった時、女の動きがピタッと不自然に止まる。

すると女は、そのまま前のめりに膝を曲げることなく倒れたのだが、体が地に触れた瞬間、女は一瞬で血液に変わってしまったのだ。

地面にはまるで、水風船を叩きつけたような跡がついていた。

だが中身は血である。


「さあ……次へ行こう」


その様子に、教師や、客席にいたと思われる冒険者さえも、顔を引き攣らせていた。


俺は構うことなく、横を素通りする。

感謝されるためにやっているわけではない。

なんなら話しかけないでくれていい。


相変わらず声をかけるのはトアだった。

ついて来るように説明し、みんなを救おうとしている。


そしてトアを見ていた時、一瞬、目線をずらすと、スーフィリアと目があった。

だがスーフィリアは目を逸らさずじっと俺を見つめてくる。

ネムは不安そうな顔でついて来る。


言いたいことは分かる。だがそれが最善だ。

みんな俺から離れ、そして相応しい場所に行くべきなんだ。

でないと皆、死んでしまう。


俺は何も答えることなく、町の方へと進んだ。


ところでネムをどうするか考えてなかった。

ネムはまだ小さいし、2人とは違い、故郷もどこか分からない。

孤児だという話で、今よりもさらに幼いころは、父と母の2人と暮らしていたということだが、ネム自身、家の場所などは覚えていないらしい。

さて、どうしたものか。


そうこうしている内に、かつての町が見えてくる。


――全焼。


それが最初、俺のイメージした言葉だった。

今朝にはあったはずの露店や酒場の数々が、もうそこにはない。

まるで木炭やスミの山を見ているみたいだ。

そこに不自然にたたずむ幾つかのホテル。

だがそれも、もう倒れそうだ。


密集していた店や宿が壊されたことで、開けた場所となった町の跡地。

その至る所で、戦闘が繰り広げられている。

冒険者だろうか?

服装からして対校戦を見に来た客だろう。

その背後には、怯えてるように固まった人の集団が見える。

どうやら彼らは、救出した者を守りながら戦っているらしい。

そういった光景が至るところに広がっている。



――するとその時、突然、大地が揺れた。


かすかだった揺れが次第に大きさを増し、避難者たちは足を取られていた。

思わずその場にしゃがみ込む避難者たち。

だが俺は、直ぐにそれが地震ではないことに気づいた。


――大群。


滅ぼされた町を抜けた先に見える、広大な草原地帯。

そこからこちらに向かって、もの凄い数の大群が押し寄せてくるのだ。

正体については視認できないものの、その異質な魔力から直ぐに分かった。


――魔族だ。


魔族の群れが迫っている。


所々にたたずむ魔導師や冒険者たちは、目の前の魔族を倒した者から、他の魔導師に参戦し、とりあえず付近の魔族を倒していく。

そしてそれぞれ周囲の安全を確認すると、避難者たちをその場に待機させ、何と、遠くに見える大群に向かって駆けていった。


何とも勇敢な奴らだ。

ああいうのを英雄と言うんだろう。

だがその姿を見て少し考えてしまった。


――馬鹿と英雄は紙一重だと。


無謀にも程がある。

魔族一人狩るにもやっとだったと言うのに、あの数に向かっていくなど、頭がどうかしているとしか思えない。

おそらくアドレナリンが出ておかしくなっているのだろう。


だが俺もそうだ。

トアと約束した俺は、今回に限り英雄だ。

どこまでも、この戦いが終わるまでは、英雄を演じなくてはいけない。


すると、ここから見えている殆どの者たちが、躊躇いもせず、その大群へ向かっていくのが見えた。

はっきり言って、倒すことを考えられるなら、逃げることだって考えられたはずじゃないか?

避難は出来たわけだし、もう逃げてもいいと思うのだが、何故逃げない?

魔法使いのさがか何かか?

ハイルクウェートの校舎に連れていって、そのまま転移でトンズラすれば一発だろうに。

だがそんなことを考えている奴は、一人もないらしい。


だが視線をゆっくりと、右の方へ右の方へとずらしていった時、そこにとある集団が見えた。

そいつらは魔導師たちと一緒に戦いもせず、その場に立ち尽くしていた。


――勇者、ご一行か……


先頭に佐伯の姿が見える。

とりあえず行ってみるか……と、その前に。


「もうこの辺りでいいだろう? 敵は一方にしかいない。ここは安全なはずだ」


俺はトアに提案する。


するとその時、周囲に散らばっていた避難者が、行列を見つけ駆け寄ってきた。

少しでも多くの者と一緒にいたいのだろう。

だがこういう場合、一人の方が安全なのではいかと、俺なら思ってしまう。

一人なら隠れられるが、こうも多いと隠れられない。見つかったら終わりだ。


トアは提案を呑み、そこに、連れてきた避難者たちを待機させた。

俺はそれを確認し、直ぐに佐伯たちのいる場所へと向かう。

すると背後に3人の気配を感じた。


「……ついて来るのか? 多分、ここからは魔族との衝突になるぞ?」


出来れば3人もここに残ってほしい。

ここからはただの虐殺しかないだろうし。

3人が来ても特に良いこともないだろう。

あまり見せたくはない。


そう問いかけると、3人はじっと俺の目を力強く見つめた。


「わたくしは……この命が尽きるその時まで、一時もニト様のお傍を離れるつもりはありません。お願いします。どうか、わたくしを見捨てないでください。どうか……わたくしを、お傍に置いてください」


スーフィリアは涙目になりながら俺にそう訴えてきた。

正直、嬉しいさ。以前の俺には悪戯でもこんなことを言ってくれる奴なんかいなかった。

でも、だからこそ……こんな俺なんかと一緒にいたいと、そう思ってくれたからこそ、スーフィリアのためになることをしてやりたい。


「ネムはもう……ご主人様のものです! ネムのご主人様は、ご主人様だけなのです! ネムは離れないのです! ずっと! ご主人様と一緒なのです!」


何度も涙を拭いながら俺に訴えかけるネム。

ネムもそうだ。

ネムはもう、俺の娘みたいなもんだ。

だから本当は離れたくなんかない。

だけどネムのことを思えば、俺から離れた方がいいのかもしれないとそう思う部分がある。


「ニト、気にしなくていいわ? だって私はあなたを、誰よりも愛しているもの。あなたがこの先なにをしようと、私は、あなただけを愛し続ける……」


トアが俺に微笑んだ。


「皆……」


俺は思わず、何かが零れそうになった。



……



「ん?」


愛し続ける?……


俺は遅れてきた違和感と共に、トアを見つめた。


「……ん? どうしたのニト?」


そこにはただ優しく微笑むトアがいる。

だが俺は、その笑顔に違和感しか覚えなかった。

まるで優しさを演じているような、不気味な笑顔だ。


「トア? お前……何か、おかしくないか?」


「え? おかしい?……何が?」


だが俺が尋ねると、トアは言っている意味が分からないと言う。


なんだろうか? トアがニコニコしている。


「俺に怒ってるのか? それとも……」


「怒ってる? 私が?……別に怒ってないわよ? だって、私はあなたを愛してるもの。怒るわけないでしょ?」


愛してる?……


普段のトアはそんなことは言わない。

というか、トアにそんなことを言われたのは初めてだったはず。

やはり、何かマズイことを言ってしまったのだろうか?

いや、俺は京極を殺したんだ。

それについてまだ怒っているのだろう。

ネムはそれでもついて行きたいと言ったが、だからと言って、トアまでそうとは限らない。

それにヴェルの説教もある。

トアが怒る理由は探せばキリがない。

まったく……不甲斐なさを痛感する。


俺はトアを横目に、視線を佐伯たちに移す。

そして3人にあえて何も言い返さず、ついて来ることに否定もしなかった。

そして何も答えず、そのまま勇者たちのところへ向かった。




 到着した時、最初に俺に気づいたのは佐伯だった。


「お前……」


佐伯は俺に気づくと、直ぐに敵意をむき出しにして睨んできた。


「……」


「生徒殺しがぁ……ここに何の用だ? ここはお前のような殺人鬼の来るところじゃねえ」


京極を殺したことを許せないらしい。

俺を罵り、殺したくせに、よくそんな感情を持てるもんだ。

俺を殺したその心で、何故、他人の死をなげけるのか……矛盾している。


「魔族はあなた方だけでは無理だ。私が手を貸しましょう」


「手を貸すだと? どういうつもりだ? 京極を意味もなく殺したお前に! 一体何が出来るっていうんだ! そんな汚れた手で! 一体誰を助けられんだよ?!」


罵声を浴びせる佐伯。

やはりこいつは変わっていない。

気が短く、怒ると言いたい放題だ。


それに……俺を見殺しにしておきながら、よくそんなことが言えたもんだ。

汚れているのはお前だろ?

お前こそ、意味もなく殺したじゃないか?

それも、二度もだ。


「では、あなたは何故ここにいるんですか? 何故、彼らと共に戦わないんですか?」


「……」


俺の追及に、先の鼻がピクッと動く。


「私の言った通り、通用しなかったでしょ? 佐伯さん」


もはや佐伯はぐうの音もでない。


「いくら喚いても、結局そんなものですよ」


「その気色の悪い敬語を止めやがれ、てめえは誰も敬ってねえだろ?」


「……」


俺は佐伯を無視し、その横を素通りする。


「ニトさん!」


するともう一人、俺に声をかける者がいた。


小鳥だ。


「……はい?」


俺はゆっくりと振り返る。


「私たちを……助けてくれるんですよね?」


「西城?」


小鳥の問いかけに、疑問符を浮かべる佐伯。

佐伯だけではない。

そこにいる生徒全員が疑っていた。

つまり皆、佐伯と意志は同じというわけだ。

小鳥は違うらしいが。


「西城さん、止めた方がいいです」


すると神井が何やら小鳥を止めようとしている。


「彼らだけで十分と判断した場合は、何もしません。ですが危ういようなら、加勢しましょう」


小鳥は俺をじっと見ていた。

目を逸らさない。


「じゃあ……お願いします。先生を助けてください」


「西城さん! こんな人に頼む必要なんてないわ! どうせ、ロクなもんじゃないんだから!」


ひいらぎか……真の温室育ちに、この世界はきついだろうな。


だが小鳥はそれでも俺に眼差しを向ける。


「任せてください……それから、いくら力がないとは言え、あなた方にも出来ることはあるでしょう? こんなところにいるくらいなら、せめて周りにいる避難者の方を助けられたらどうですか?」


俺はそれだけ言い残し、もう振り向くことなく、その場を後にする。

その後ろを、トア、ネム、スーフィリアが小走りでついて来る。


俺は“助ける”と言った。助ける意志があると、そう伝えたんだ。

だが未だ、佐伯たちから伝わってくる嫌悪感は消えない。

魔力の波動よりもはっきりと感じる。

あいつらにとっては、あんな不登校の不良でさえ、友人だったということか。

だから俺を許せないんだ。


「ふ……」


変わりなしか……むしろ団結した分、たちが悪い。


笑ってしまったのには理由がある。

俺は何を血迷ったのか、一瞬、“もうそこに俺の居場所はないだな”と、そんな意味不明なことを思ってしまったのだ。

本当に笑える話だ。

刹那的な感情であれ、何を考えているのかと自分にツッコミたくなってしまう。

“そこに居場所はない”などと、何故そんなことを呟いたのかが分からない。

それはもう、そもそも論であり、言わずと知れたこと。論外じゃないか。

そんなことを心の中であれ、呟いたことを何度も否定したくなる。

だが否定するほど、考えたことを否定したくなり、結果それは悪循環となる。

居場所なんていうヌルイ表現は吐き気しかしない。

そんなものは初めからない。そう、分かっているはずなのにな。


逃げ遅れた人々の死体。

助けようとした人の死体。

もはや判別はできない。


鼻を刺すような悪臭と焦げ臭い、においの中、俺は戦場へと足を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る