第177話 青い稲妻
行進する軍勢。
魔族の大群は足を止めない。
中央に動く砦のようなものを築き、周りの者はそれを囲んでいる。
オズワルドたちは砦を見るなり、
「あれが頭ですかな?」
と、予測を立てる。
「まだ分からぬ。分からぬ以上は、余裕を持った行動を選択すべきだ。本来、本陣を叩けば戦いは終わる。だが魔族は特殊だ。人間の理屈が通用しない可能性もある」
ブラームスは見解を述べた。
「ですな、ただこの数です。正面から切り伏せていけば良いというものでもなさそうです」
そこには多数の魔導師が集結していた。
ここから後ろには一歩たりとも行かせないと言わんばかりに、広範囲にわたって、一直線上に並ぶ魔導師たち。
だが数は多くない。
魔族の数に対し、魔導師の数がまるで釣り合っていないのだ。
これではニトの考え通り、自殺行為である。
そしてオズワルドの指摘は、その魔導師たちの配置についてのものだった。
向かい合ったこの状態から考えるに、正面衝突しか戦法がない。
空へ飛び、上空から攻めるという手段もある。
だが誰しも『飛行能力』を使えるわけではない。
スキルは偶発的なものであり、魔法には適正がある。
極論を言えば、大魔導師であっても、適正がない限りは飛行能力を持つことはできない。
ヒーラーやプリーストでないものが、治癒魔法や回復魔法を使えないことと同じだ。
するとその時、余裕のある距離を保ち、そこで魔族の行進が止まった。
各魔導師はその様子を不思議に思いながら、警戒する。
そして先頭に一人の魔族が現れると、その魔族は口を開いた。
『我々は魔国シャステイン! 魔王カサンドラ様に仕えし魔族である! この度は、我らの同胞、トアトリカ様を救出すべく参った。これより少しばかりの猶予を与える。無駄な抵抗は止め、速やかにトアトリカ様を引き渡すが良い!』
魔族の言い分は実にシンプルなものだった。
トアを返せば黙って引き下がる。とは言っていないものの、とりあえずトアを返せというものだった。
しかし”返せ“というのはお門違いな話だ。
そもそもトアは、シャステインの魔族ではない。
だが人間に魔国の事情など分かるわけもない。
完全とはいかないまでも、閉ざされた国。
それが魔国なのだ。
そして、“少しばかりの猶予”が設けられた。
だが何を言われているのか見当のつかない魔導師たちは、どうすることもできない。
ここに今、サブリナの姿はない。
だがサブリナがいたところで、魔族の言葉の意味に気づいたとは言い難い。
よほど目立っていない限り、生徒一人一人の顔を把握している校長などいないからだ。
尚更、オズワルドなどは他校の校長であり、トアのことなど知るはずもないだろう。
『ではこれより! 殲滅を開始させてもらう!』
段取り臭く喋る魔族。
与えられた猶予も空しく、その瞬間、魔族軍と少数の魔導師による戦いが始まった。
「召喚魔法! 【
魔族の軍勢が動きだした時、ブラームスが最初の魔法を詠唱した。
目の前に大きな魔法陣が現れ、そこに、神殿にあるような柱を肩に担いだ、首の無い巨人が現れたのだ。
「あれは……SSランクモンスターのオウルゴールか!」
周囲にいた魔導師たちは、皆ブラームスの魔法に目を奪われた。
「我の魔法など魔族から見れば、さほど珍しくもない! 目を奪われている余裕はないぞ!」
馬鹿デカい声で士気を高めるブラームス。
すると巨人はブラームスの意志に従い、迫る軍勢に向かっていった。
それを見た魔導師たちは恐怖を誤魔化すように吠え、そして一斉に魔法を放った。
おびただしい数の上級魔法が放たれ、そこは正に、戦場と化す。
佐伯は遠目から、その様子をただ黙って見ていた。
何もできない無力感を噛みしめながら。
「召喚魔法! 【
ブラームスに続き、立派な角の生えた白馬を召喚するオズワルド。
するとオズワルドは馬にまたがり、槍を光らせながら、戦場へと駆けて行った。
ブラームス、フィオラ、オズワルド、一条。
そしてダームズアルダンの金騎士に、対校戦の観戦に訪れただけの魔導師たち。
それぞれが命をかけ、魔族に立ち向かう。
「【
一条は前方に巨大な爆裂魔法を放った。
爆発に巻き込まれた魔族が散り、爆風に巻き込まれた魔族は涼しげに笑っている。
一条の魔法は強力だった。
流石『龍の心臓』と言えばいいのか、アルフォードに仕込まれた爆裂魔法は問題なく、魔族にも通用した。
「爆裂魔法など久方ぶりだ! 流石は勇者よ!」
ブラームスも一条の魔法に称賛する。
お互い深くは知らないが、皆、心は同じだった。
初対面だというのに、不思議と連携が取れ、一条はブラームスに続き、さらに爆裂魔法を放った。
だがそれは不思議なことではない。
そして偶然でもないのだ。
すべてはブラームスの能力によるものだった。
ブラームスの能力、それは『経験』だ。
SSSランク冒険者ブラームスはこれまでに培ってきた、その経験から、一条の持つ機微を参考に、どこでどういった動きをすれば、最もスムーズに事を運べるかということを理解している。
一条の体格と肥大した筋肉から窺える俊敏性。
そして右手にエクスカリバー。
一条は魔法を中心とした魔導師ではなく、どちらかと言えば魔導剣士と言える。
剣術で相手を薙ぎ払い、その間に魔法を組み込むスタイル。
ブラームスはそういった一条の見た目から特性を判断し、そして一条の初手の動きなども参考にし、一条が動きやすいようにサポートしていた。
だが一条はまだ、それに気付かない。
「【
ブラームスは前方に雷を放った。
すると雷は、最初の一人に当たった瞬間、急に左へ方向転換をし、また次の標的に当たると今度は右へ方向を変えるといったような動きを、連続して行った。
正にそれは、蛇のような動きである。
またブラームスと別の場所で、単独行動をするエルフのフィオラ。
ブラームスは彼女に関しては何も言わない。
そこには圧倒的な信頼が窺えた。
「はああああ!」
剣を振り抜く金色の騎士たち。
そこにはシュナイゼルの姿もあった。
――騎士と共に戦う王。
それもまた、シュナイゼルが『変人』と呼ばれる
その時、複数の魔族の足元に、赤い魔法陣が現れる。
すると上空に魔法陣の数だけ、炎の竜巻が現れた。
『みんな! 防壁を展開しろお!』
誰かがそう叫んだ。
その声に従い、複数の魔導師たちが、水の防壁を築き上げる。
だが数が足らない。
「【
その時、一条が自身の正面に青い魔法陣を展開し、上空の竜巻に向かって、一点集中型の水のブレスを放った。
水流は竜巻に接触した瞬間、もの凄い量の水蒸気に変わり、辺りに大量の水が飛び散る。
すると火の竜巻が1つ、かき消された。
だがこれではらちが空かない。
魔族たちは隣の者の真似をするように、次々と上空に、それぞれの得意な魔法を展開していく。
同族が切り殺されようと、悲しむものはいない。
そこには人間に対しての舐めた態度が窺えた。
一条は消せば消すほど、またさらに現れるそれらの魔法に苦しい表情を浮かべた。
「勇者よ! それではらちが空かぬ! 術者を狙うのだ! 防御は我に任せよ!」
「はい!」
囲まれればお終いだ。
皆、遠距離魔法で対抗する以外に方法はなかった。
ブラームスは何度か、群れにもぐり込み、中から攻める方法を考えていた。
だが一度、中に入ってしまうと、もう止まることはできない。
現状、一条やオズワルド、それからその他の魔導師や騎士を気遣いながら戦っているわけだが、まずそれができなくなってしまう。
殺しても、殺しても、次から次へと攻めてくるであろうその状況では、相手が人間ならまだしも、それが魔族となると、ブラームスでさえ他人を気遣っている余裕はない。
大事なのは、生き残ることだ。
ブラームスはそう考えていた。
その時、戦場において左端の方に位置する魔導師の何人かが、力及ばず焼き殺されるのが見えた。
中には槍で突き殺されている者も見える。
すると付近にいた魔導師たちの士気が一気に下がった。
「オズワルド殿!」
「はい!」
するとブラームスがオズワルドを呼びつける。
「ここはもう良い。お主は魔導師たちをサポートしてやってくれ!」
「任されました!」
提案を聞き入れ颯爽と白馬にまたがり駆けて行くオズワルド。
そして最前列の魔族を槍で突き刺しながら、オズワルドは救援に向かった。
「シュナイゼル様!」
さらにダームズアルダンの王を呼びつけるブラームス。
「金騎士と共に、他の魔導師の援護に回っていただけませぬか!」
その声に応える形で、直ぐにその場にいる全騎士へ命令を出すシュナイゼル。
そこには、ブラームスと戦闘中の一条だけが残されていた。
「イチジョウ殿!」
「はい!」
一条は魔族の攻撃を受け流しながら、一度距離を取った。
そして呼吸を整える。
「これより精霊王を召喚する!」
「精霊王?……ですか?」
精霊王……突然そんなことを言いだすブラームス。
「うむ、我はこう見えて、精霊魔導師なのだ」
「ですが今、精霊王と?」
「聞き間違いではない。我が契約せしは、雷の精霊王ヴォルート。では一条殿! これより! 全力を持って、魔族を撃ち滅ぼすぞ!」
その瞬間、ブラームスの体から大量の電気が発生した。
バチバチと音を立て、すると、それは次第に黄色から青色へと変わっていく。
――青い稲妻。
それが雷の精霊王と契約した者の証だ。
するとその瞬間、それ以上の前触れもなく、そこに1人の姿が現れる。
「あらあらブラームス? また私を呼んじゃったの? いい加減、一人でも『青い稲妻』を使いこなせるようにならないとダメよ?」
そこ現れたのは、金のロングヘアーに黄色いビキニのような胸当てと、黄色いパンツが透けて見える白いレースのようなものを腰から垂らし、首から雲のようなモフモフとしたモノをさげ、浮遊した女。
「申し訳ございません、ヴォルート様。未熟な我にはまだ扱いきれぬ力でして」
そしてブラームスは、その女に敬意をはらっているように思えた。
「仕方ないわねえ~じゃあ、少しだけ、力を貸してあげるわ」
「感謝いたします」
するとブラームスの体から、天に昇るような青い稲妻が発生した。
▽
それよりも少し前。
ここはハイルクウェート高等魔法学院。
そこには避難者たちの行列があった。
最初の爆発から上手く逃げ出せた人々は、ハイルクウェートの転移門を使い、遠くへ避難していた。
案内をしているのはサブリナだ。
すると最後の避難者が門をくぐった。
「はぁ……」
思わずため息をつくサブリナ。
だが休んでいる場合ではない。
一般客や生徒たちを誘導し終えたら、直ぐに向かうとオズワルドに言ってあるのだ。
だがサブリナは戦闘向きではない。
とは言え、そんな言い訳をしている場合でもない。
戦闘向きでないにしろ、戦えるのなら、迷わず戦場へ向かうべきだ。
サブリナはそんな意志を胸に、頬を一度叩き、気合を入れる。
「先生」
するとそこでサブリナを呼ぶ声がした。
そして声のした方を見てみると、そこにいたのはパトリックだった。
「あなた……」
何故パトリックは避難していないのか?
サブリナは疑問に思った。
「ニトは……退学ですか?」
先ほどの試合を振り返り、パトリックは尋ねる。
サブリナはそんな場合ではないと、パトリックを突き放そうと思った。
だがパトリックは目を逸らさずに、真っ直ぐサブリナの目を見るのだ。
「退学は免れられないでしょうね」
「……そうですか」
複雑ながら、悲しみの強いような表情を浮かべるパトリック。
あれから口も利かなくなったわけだが、パトリックは、決してニトを見捨てたわけではない。
仕方のないことだということは分かっている。
「退学で済めばいいけれど、おそらくもっと悪いわ。場合によっては死罪もあり得る」
「死罪……ですか?」
「驚くようなことかしら? 彼は公然と人を殺したのよ? 咎められないはずがないでしょ?」
そんなことはパトリックにも分かっている。
だが死罪という言葉を実際に聞くと、何故か仮面をつける前のニトの顔が、頭に浮かぶのだ。
ただヒーラーでも使える魔法が欲しいと毎日のように図書室に入り浸ったあのころのニトの姿を思い出す。
夜にこっそり部屋を抜け出し、禁忌の部屋に入った時の、あの何とも言えぬ、感覚を思い出す。
ニトと、ただの友人としてつるんでいた、あの頃の思い出がよみがえる。
――ニトが……殺される。
仕方がないと思いながらも友人を思い、一瞬、良くないことを考えてしまうパトリック。
だがそれ以上は考えないようにと頭を振り、考えをかき消した。
「異端審問にかけられ、裁かれる。その後どうなるのかは、私にも分からないわ」
「……」
「あなたも早く避難しなさい。そして念のため、転移門から離れるように伝えて。私は加勢に向かうわ」
「俺も行きます」
突然そんなことを言いだすパトリック。
その提案をサブリナは拒否した。
「無理よ――」
「……」
「あなたでは歯が立たないわ。私もどうなるか……」
「俺には精霊の力があります」
「試合を見させてもらったけど、あの程度ではまだどうにもならないわ。今は私の言う事を聞いて、大人しく避難しなさい」
だが、パトリックは引き下がらなかった。
「この力は名誉のために使うべきじゃない。そう、気づきました。だから俺は、この精霊王の力を、試合では使いませんでした」
「……何を言っているの?」
サブリナはその言葉の意味を理解できない。
「精霊王の青い炎は、すべてを焼き消します。そんなものを生徒相手には使えない。だけど、これは戦争です……それなら俺は、迷わずこの力を使える」
「あなた……精霊王の力を?」
サブリナはその言葉に驚き、そして疑った。
王子であれ、まだ魔導師として幼い少年が、まさか精霊王の力を使えるなど、とても信じられることではなかった。
「先生……俺も一緒に、戦場に連れていってください!」
パトリックの嘆願に、サブリナはただ、戸惑った。
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