第169話 混乱する信条と復讐

 「【火炎の鉄槌ディボルケード】!」


佐伯が足元に魔法陣を展開した。

同時に、頭上へ現れる巨大な炎。


「いきなり上級魔法とは……少し、落ち着きませんか?」


「はっ! 余裕ぶっこいてられんのも今の内だぜ!」



――『おおっと! 佐伯選手! いきなり上級魔法だぁ!』



司会者が客を煽る。


すると佐伯はニヤリと笑みを浮かべ、俺に余裕を見せつけた。

挑発的な目と態度。

俺を内面から揺さぶるつもりらしい。


「さあ早く始めましょう! くだらぬ出資者たちに、私たちの茶番を見せてあげましょう!」


すると佐伯は『茶番』という言葉が癪に障ったのか、俺が言い終わった直後、頭上の火炎を容赦なく放った。


だが……なんだこれ?




――――。




「冷静になれと、そう言いましたよね?」


「ぐっ!……」


俺は瞬時にゼロ距離へ移動し、佐伯の首を掴んだ。


その後、会場の上空で爆発する『火炎の鉄槌』。



――『おおっと! これはどういうことだ! ニト選手に放ったはずの巨大な炎が! わずか一瞬で、上空に消えたぞ!』



司会者がやかましいな。



「まさか……その程度で、あんな大口を叩いていたんですか?」


正直がっかりだ。

このまま絞め殺した方が良いと思えるほどに。


「くっ!……離……せ」


いきなり上級魔法ということもあり、俺は何か秘策でもあるのかと思ったのだが、結果、佐伯はただ魔法を詠唱し、放っただけだった。


作戦も何もなかったのだ。


「弱い……弱すぎる。詠唱も遅い、魔法も遅い、そしていきなり上級魔法ですか? ふざけてるんですか? 勝つなどとほざいておきながら、どこかで私が手を抜くことに甘んじている。 以前にも言いましたよね? ここが戦場なら、あなたは既に死んでいると?」


「ぐわああ!」


首を掴んだまま、俺は佐伯を、そのまま地面に叩きつけた。


「がはっ!……」


佐伯の口から血が飛び散る。

受け身すらできないのか。


「【火炎ファイア】!」


すると佐伯は息をきらしながら、倒れた状態で俺に火を放った。


「なんですかこれは?」


俺はそれを足で軽くはらう。

すると火は客席に飛んでいき、防護壁に当たり消滅した。


「拍子抜けですよ」


俺はしゃがみこみ、佐伯に耳打ちする。


「この対校戦は、俺のためのショーだ。殺すなどと軽々しく俺様にほざいた罰として、お前にはこれから味わってもらおう。虐げられる者の痛みをな?」



――『どうしたことでしょうか?! 佐伯選手! 立ち上がりません! このままではニト選手の勝利となってしまいますが……って! えええ!?』



俺は魔光掲示板の真下にいる司会者から、魔法で“拡声器”を奪った。


「……少しお借りします」


戸惑う司会者。

だが俺は構うことなく、軽くマイクテストをする。


愉快……


今は、すべてが愉快だ!


「皆さん! 見ての通り、この試合は私の勝ちです。ですがこのまま終えてしまうには、少々もったいない気がしませんか?」


俺は会場にいるすべての者に語りかけた。


ざわつく会場。そしてすべての者が俺を見ている。

もはや横たわる佐伯に目をくれているのは、こいつの仲間くらいだろう。


「ですが、物事はそう望み通りには進みません。ここに横たわっている佐伯くんですが、私が少し手を加えれば気を失ってしまう。そうなれば、試合はこのままあっさりと終わってしまう。私はまだ魔法を何一つ使っていないわけですが、それも仕方のないことです」


少しずつ、ざわつく会場が落ち着いてきた。

皆、俺の言葉に聞き耳を立てている。


「ですが戦闘とはそう言うものです。そして戦闘が本来、そういうものなのだとしたら、これはまったくの茶番なわけです!」


俺がそう言い放った瞬間、会場は静まり返った。


「私が聞いたところによると、フィシャナティカはハイルクウェートよりも、より実践向きの教育をなさっているとか……」


以前にそんな話を聞いたことがあった。

だから対校戦は毎年、フィシャナティカの勝利だと。


「ですが、彼を見て分かりましたよ。それがまったくの、デタラメだったということが」


こいつらがやっているのは戦闘でもなんでもない。

ただのお遊戯だ。


「ラズハウセンが帝国の襲撃を受けた時、そこには数多くの冒険者たちがいました。皆、命をかけて王都を守っていました。その姿は冒険者などではなく、まさに英雄だった。私のように、ただ気まぐれから、気づくと国を守った英雄に仕立て上げられていた者に比べれば、彼らは実に勇敢で、真の英雄と呼べる存在でした」


英雄とは……あいつらの事を言うんだ。

相手がSランクで立ち向かえば死ぬと分かっていても走ることを止めなかった、あいつらのような奴を。


「佐伯さんは先ほど、上級魔法をお使いになられましたね? 流石です。流石はフィシャナティカの学生さんだ。いや、流石はグレイベルクにより召喚された勇者と言った方がよろしいでしょうか? どちらにしても流石だ。ここまで勝ち進んできただけのことはある。なにしろ、あの時、帝国に立ち向かった冒険者の中に、上級魔法を扱えた者は一人としていませんでしたから……」


ヨーギやセドリック……特にセドリックは、あいつらの中でも一番レベルの高い冒険者だった。

だがそのセドリックでさえ、上級魔法は使えなかった。


しかし……


「ですが佐伯さん? あなたは上級魔法を習得してはいますが、王都を守ったあの冒険者連中と比べても、遥かに弱い! 彼らの足元にも及ばない!」


その時、佐伯が息を切らしながら立ち上がった。


「学院とは、何のためにあるのでしょうか?! 出資者の皆さんは、このようなくだらぬものに投資されているのでしょうか? だとしたら今すぐお止めになった方がいい! こんな実践も知らぬ学校に価値などない!」


俺は佐伯を念動力で持ち上げ、宙に浮かび上がらせる。


「くっ!……」


「対校戦とは何なのでしょうか?! 茶番ですか?! まさか各国の偉大な王が集まられるこの格式高い場を借りて、わざわざ茶番を見せているのですか?! 馬鹿も大概にしていただきたい! 生徒たちは、ただ魔法で遊んでいただけだ! だから最も優秀だと称賛されていた者でさえ私の仲間にあっさりやられてしまったんですよ! それをあなた方は意外そうに、ご覧になっていましたね? ですが至極当然のことなんですよ! 実戦を知らぬ魔導師が! FランクであえろうとEランクであろうと! 冒険者に敵うはずがないのですから!」


オズワルドはこの学校を存続させることに、大きな意味があると言っていたが、正直、なんの意味もない。

それを根底からへし折ってやった。

魔導師を育てていた筈が、実はお遊戯レベルの見習い魔導師以下の者を量産していただけの学校だったと知れば、出資者たちも目を覚ますだろう。


「ところで、彼は先日、私に宣戦布告してきました。あろうことか、“勝つのは俺”だと……。それを聞いて思いました。彼はまったく自分の力量や状況をまったく理解していないのだと。そんな彼に是非、聞いてみたい! 恩恵とは何なのでしょうか?! 勇者の恩恵とは、一体どのようなものなのですか?!」


会場は完全に、言葉を失っていた。


佐伯? お前などゴミクズだ。

勝つだと? それ以前の問題なんだよ。

お前は魔法すらまともに扱えていない。


「魔法は、お遊戯のための道具ではない! ましてや試合を行うための……相手を倒すための道具でもない!」


もうそろそろいいだろう。

次の試合もある。


「――確実に息の根を止め、殺すための道具だ」


話はここまでにしよう。


「話は以上ですが……このまま終わってしまっては面白くない。殺すための道具だとは言いましたが、対校戦は見世物だ。何よりも皆さんを楽しまる必要がある。という訳で、佐伯さん? これが最後ですが、一度仕切り直し、試合を行いましょう。この魔道具は司会者さんにお返しします」


俺は念動力を使い、遠く離れた司会者席で困惑している司会者にマイクを返した。


「【治癒ヒール】!」


そして佐伯を治療し、同時に地上に下ろす。

その頃には、完全に傷は完治していた。

俺の魔法にかかれば、この程度の傷など一瞬だ。


「治癒……魔法だと?……」


佐伯は俺の魔法を見ると、意外そうに驚いていた。


「意外ですか? ふ……私は最弱の魔導師。ヒーラーですよ」


そうだ佐伯……


お前は! お前が無能だと罵った最弱のヒーラー如きに、ただ見世物のように扱われたんだ!


それが分かるか?!


その意味が分かるか?!


「無能に負ける気分はどうですか? 佐伯さん?」


「お、お前……」


ヒーラーなどいくらでもいる。

こいつは俺だとは気付かないだろう。


「さあ佐伯さん、最後の試合を始めましょう? ですが安心してください。もちろん手加減はします。でないと誤って殺しかねませんからね。ほら? 蟻を摘まむ時、ついつい潰してしまう時があるでしょう? あんな感じですよ」


するとその時、佐伯の目に力が戻った。


「蟻……だと?」


こいつは一々沸点が低い。


「ええ……ああ! すいません。もちろん、ただの例えですよ?」


見る見る内に表情を変える佐伯。

そこからは激しい怒りが伝わってきた。


「さあ! 始めましょう!」


俺は両手を広げ、表情で表せない分、全身で佐伯への軽視を表現した。


その様子にさらなる怒りを向ける佐伯。

無能だと分かっていながら、無能であることを認めたくない。

ジレンマ。そういうことだろうか?


「クソがああ!」


その瞬間、佐伯は腰につけた鞘から剣を抜き、それを突き付け勢いよく迫ってきた。


「剣も使われるのですか、ならば私も一つ武器を出しましょう」


俺はスキル『王の箱舟』にて次元の切れ目を出現させ、そこから『執行者の斧』を取り出した。


その瞬間、会場がざわつき始める。

遠くでこちらを窺っている司会者も口を開くなり、呆気にとられていた。


――異空間収納。


以前にもジークが言っていたが、やはり、これは相当めずらしいもののようだ。


だが佐伯は表情を変えることなく向かってくる。

試合に集中しているのか、それとも、ただの無知か……


「うぉおおお!」


佐伯が力を込め、剣を振り下した。

これはブロードソードという物だろうか?

あまり詳しくないので分からない。


そして刃と刃が交わった瞬間、俺の斧が、佐伯の剣を斬った。


「なっ!」


無残に両断される剣。

折れたり砕け散ったわけではなく、“斬れた”のだ。


だが佐伯は驚愕しつつも諦めない。

直ぐに剣を捨て、間もなく向かってきた。


軽いモーションからの正拳付き。

フィシャナティカでは組手も教えているのだろうか?


左拳、右拳、回し蹴り、飛び蹴り。

まるで元々、頭にあった組み合わせを慣れたように披露する佐伯。

俺はそれらを片手でさばいた。

そしてその間に、斧を異空間収納へしまう。


「魔法だけではなかったんですね。その点に関しては感心します。だがこれもお遊びだ。ただでさえ人間は、例えば獣族などよりも肉体的に劣る生き物。その拳であなたは何がしたいんですか? 私からダウンでも取るつもりですか? だから甘いんですよ。あなたの貧弱な肉体から繰り出される技で、人は殺せません。それほどの威力はない。実に非効率的だ。あなたはカッコつけているだけなんですよ? 傲慢に過信、そして自己顕示欲。それが今のあなただ。例えば!――」


――俺は佐伯の喉仏に掌底を繰り出した。


もちろん力は抜いてある。

本気でやると佐伯の首が吹き飛んでしまうからな。


「かっ!……」


佐伯は声すらも出せず、口から唾を飛ばし、そして背後に軽く弾み背中から地面に落ちた。


「――これが技というものです」






 ――客席では、名のある者たちも観戦していた。

剣豪や魔導師と様々なだが、それぞれの分野に精通した者たちだ。

名のあると言っても、あまり素性の知られていない者たちである。


そんな中、そこにある者がいた。


「あれは……『石化鳥コカトリス流派』か?」


「ブラームス様? あれを知っておられるのですか?」


そこには銀色のねじれた長髪と長い髭を生やしたブラームスと呼ばれる中年の男がいた。

となりには長い金髪に尖った耳が特徴的な少女。肌が透き通っている。


「失われた古代の剣技だ。文献で見かけたことがある。素手による技と石化魔法を織り交ぜた、剣をも砕く剣。それが『石化鳥コカトリス流派』。だが何故、あの者がそれを使えるのか……それほど歳を取っているようには見えぬが……」


とは言え、政宗は今、仮面で正体を隠しているため、年齢など分かるはずもない。

これはおよそブラームスの経験則である。


「それよりも、この試合も、もうそろそろか……」


「あのニトなる者……どの程度の者とお考えですか?」


「うむ……非常に難儀なことだ。これでは分からぬ。相手が相手だ。あの者はまだ一度もまともに魔法を使ってはおらぬからなぁ」


髭を撫でながら試合の様子を窺うブラームス。

そのギラついた目で、一体何を見ているのか?






 ひたすら受け身というのも、正直、飽きてきた。


「会場の歓声も落ち着いてきましたね?」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


肩を揺らしながら、荒い呼吸を繰り返す佐伯。


「一つくらい魔法を披露しても良かったのですが、これでは無理ですね」


「【火炎の鎧フレイム・アーマー】!」


すると佐伯が右手に火を灯す。

拳を覆うほどの火だ。


「魔装ですか……ハッハッハッ! やはり、芸がない」


「うおああああ!」


ただ一直線に突っ込んで来る佐伯。


「はぁ……」


俺はため息と共にそれを左手で受け止める。


「なっ!……俺の炎を……素手で」


「何を驚いているんですか? まさか、こんなものが私に通用するとでも?」


佐伯はただ驚愕していた。

火に触れていながら、俺がやけどすらしていないからだ。

そして困惑し、険しい表情を見せる。


だがその時、佐伯の表情が変化を見せた。

戸惑いが消え、佐伯は苦し紛れに何故か笑みを浮かべていたのだ。


どういうつもりだ?


何がおかしい?


「へっ……ヘッヘッ……ヘッヘッへッヘッヘッ」


「何が、おかしいんですか?」


追い詰められすぎて、頭がおかしくなってしまったのか。


「いや別に。 ほら? さっさとやれよ? どうせ今の俺じゃあ、お前には勝てえねえんだ」


「今の俺? それは違います。あなたは一生勝てませんよ?」


「ヘッヘッ……そうかもな? だが……別にいいさ」


「は?」


「俺はお前に初めから興味なんざねえ。最初から勝てないことは分かってたからなぁ。箔をつけたかったんだ。それと、どんなもんか見てみたかった。Sランクの、それも英雄なんて言われるやつが、一体どんな奴なのか。今の俺が戦って、果たしてどれくらい通用するのか? ただ単純に、それが知りたかっただけだ。だが……へッヘッヘッ……俺の方が拍子抜けだ。がっかりだぜ」


「何が言いたいんですか?」


「まさか英雄が、俺のようなしょうもねえガキに、そこまでマジになってくれるとは思わなかったぜ。どうせニコニコしながら観客に媚を売って、そして俺はただ引き立て役になる。そんなつまらねえ結果だと思ってたんだ。だが違った……」


「違う?……」


「なんだ? 意外と馬鹿なのか? へっ……それでも初めは、演じてくれているんだとも思った。英雄がマジになるはずがねえと思った。だが今のお前は違う。俺には分かる……俺の様な奴にはな? そういう感情がはっきりと分かんだよ?」


佐伯は見せつけるように笑った。

歯を見せ、憎たらしく口角を上げた。


佐伯の手を受け止めている右手に、自然と力が入った。

軽く骨を折る程度に握りこむ。


「ぐあっ!…………ほら? また反応した。お前のそれは、――私念だ。明らかにな」


額から汗を流し、ヘラヘラと笑って見せる佐伯。

どこまでも人を馬鹿にした奴だ。


「そんなに面白いですか? 私に負けることが?」


「強ぇのは認めてやるよ。この会場にいる奴らも認めてるだろうぜ? だが中身が備わってねえ。意外とお前は、へっ……俺たちと変わらねえのかもしれねえな?」


俺は、気づくと仮面の中で笑っていた。


自然と笑みを浮かべていた。


「ヘッヘッ……今その仮面の下は、おそらく俺への憎悪で溢れてるんだろうな? なんだ? 宣戦布告がそんなに気に食わなかったか? あんなもん、ただの自己紹介だろ? 英雄ともあろう者が、そんなことにも寛容じゃあいられねえのか? 傑作だな、こりゃあ」


こいつ……


「俺を……」


いい気になりやがって……


「怒らせるなよ?……」



――――。






 ――その瞬間、会場に大きな揺れが起きた。


客席が徐々にざわつき始める。

だが次の瞬間、それが悲鳴に変わった。


『きゃあああああああああ!』


会場の壁に亀裂が走り、中央のフィールドが大きく割れた。

それは政宗を中心に地割れが起きたように現れ、佐伯はその様にただ茫然としていた。


「なっ! なんだ!?」


その時、政宗の体から赤黒い影のようなものが漏れだした。

それは周囲の者にも見えている。


それが政宗の周囲を包み、佐伯を飲み込んだ。


「ぐわっ!」


触れずに佐伯を宙に浮かせる政宗。

仮面からは、はっきりとした紅い光と、弱々しくも光る紅が見える。


「なんだ?……その眼……」


「俺が手を抜いているだと? 何を勘違いしている?」


政宗は小さく、そして力強い声で問いかけた。


「ぐっ……」


「いつでも殺せるんだぞ?」


そして政宗は佐伯の首を右手で掴むと、勢いよく遠くへ放り投げた。


「ぐぉおおわあああああ!」


刹那の如き早さで飛ばされる佐伯。

佐伯は受け身を取る暇も与えられず、ただ地面にめり込んだ。


そして揺れが治まった時、会場はその様子に唖然としていた。

だが赤黒い影は未だ消えない。


死なぬ程度にギリギリまで力を抑えながら、横たわる佐伯に蹴りを入れる政宗。


「ハッハッハッハッハッハッ!」


佐伯は血を吐きながらも何とか耐えていた。


その様子に静まり返る会場。

皆、息をのんでいた。

中にはあまりの残酷さに目を逸らす者もいた。

だが政宗は止めない。


今の”英雄”に、周囲の状況は見えていなかった。




 そしてその様子に、謎の男ブラームスは険しく眉間にしわをよせ、窺っていた。


「ブラームス様、あの赤黒いものは一体!?……」


「分からぬ、分からぬが……ただの飾りではなさそうだ。魔力か? だが、あのような魔力の波動は見たことがない。それに先ほどから気にはなっていたのだが、魔力をまるで感じぬ。だというのに、これは何だ? まるで肌を、針で刺されているかのような感覚だ」


「……この感じは、あまり好きではありません」


「我もだ。分からぬが、どちらにしろ、ただの魔導師ではない……冒険者ニト……あの者はいったい……」


ブラームスの表情は難しいものだった。

窺い、そしてその影の正体に頭を悩ませていた。


この者が何者なのか分からぬ以上は、考えも分からない。

一体、この男は、何を考えているのか?






 政宗は一旦、足を止めた。

そこには何とか呼吸をし、意識を保っているのがやっとだという様子の佐伯がいた。

だが意識が途切れることはない。

政宗はそう簡単には気絶させてはくれない。


その時、周囲の赤黒い影が、政宗の右手に集中していくように動いた。

そしてそれは次第に安定し、ドス黒い籠手こてのような物へと姿を変えた。


尖った指先。

鋭い爪が、これから行われることへの残酷さをイメージさせる。

客席にいた者の殆どが、その様子に「もう見ていられない」と下を向いた。

そして審判は何故止めないのかと疑問符を浮かべていた。


「ここには防護壁があるらしい。ならばいくらダメージを負わせようが、殺すことは出来ないってわけだ。だが……」


すると政宗は、その場で籠手の腕を掲げた。


「【術式破壊ソウル・ブレイク】!」


その時、上空に、会場全体を包み込むほどの大きな魔法陣が現れた。

降り注ぐ赤黒い光。光が会場を照らした。

そして、それが会場内に施されていた加護を破壊したのだ。


だが政宗が何をしたのか、殆どの者はそれに気づいていない。

『守護結界』は目に見えないのだ。


すると政宗は、右手の籠手を不思議そうに眺めながら、一歩ずつ佐伯に近づいて行った。


「殺しはしないさ。だが少し……ハッハッハッハッハッハッ!」


気が狂ったように笑いだす政宗。

その様子に、会場にいた誰もが表情を歪めた。

だが笑い声自体はそれほど遠くまで聞こえている訳ではない。

声は微かにしか聞こえない。

だが今、そこで何が行われているのか?

それくらいは見ているものになら分かった。


「腕を一本壊しておくか? 利き腕はどっちだ? 剣を使えなくしてやろう」


だが佐伯から返答はない。


「ふ……だんまりか?」


その時、政宗が地を蹴った。

そして右手に力を込め、先ほど剣を握っていた姿を思い出しながら、佐伯の腕に狙いを定める。


「これで少しは、楽になれそうだ」


「そこまでじゃ!」




――――。




すると、まず声がした。


政宗は聞こえたと同時に、足を止める。

そして、気づくと目の前に現れていた老人に紅い視線を向けた。


「……は?」


「試合は終わりじゃ……」


そこに現れたのは、オズワルドだった。


「は?……」


いきなり現れたオズワルドに対し、政宗は疑問符をぶつけた。


オズワルドの足元には魔法陣があり、それが次第に消えていく。


「転移魔法……どういうつもりですか? “校長先生?” 今は、試合中ですよ?」


「試合はもう、終わりじゃ……勝負はついたであろう?」


「……」


紅い眼でオズワルドを凝視し、殺意を向ける政宗。


しかし、それがオズワルドの意志であり、決定であった。

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