第15話 5人目の心臓

 その後も旅を続けた4人は、アドルフの提案により大蛇おおへび族が住む隠れた土地――白蛇はくじゃの里へとたどり着いた。


「お前は呪われている、忌まわしいその白き肌は、決して白蛇様の者ではない!」


 里に足を踏み入れるや否や、その罵声は聞こえ、4人は足を止めた。

 そこで灰色の肌を持つ数人の大蛇族に囲まれ、刃先を向けられている一人の者を目にする。

 その者は大蛇族でありながら肌が白く、瞳は金色に輝いていた。


「何だ、貴様らは!」


 矛先は、数秒後にはカゲトラたちへと変わった。


「待ってくれ!」


 カゲトラは蛇人たちに剣を下げるように言った。


「俺たちは龍の心臓だ、ここへは旅の途中に偶々立ち寄った」


 蛇人は剣をすぐに納めた。

 ドラゴンは心音と体温で相手の心理を読むとされているが、蛇人は体温で心理を読む。

 蛇人はカゲトラたちを無害と判断した。


「人間か、それとも魔族か……」

「いや、どれも違う。俺たちは超人族だ」


 蛇人は額から一粒の汗を流した。


「……なるほど、それで、超人族がこのような場所に何の用だ?」

「しばらく厄介になりたい」


 蛇人はもう一度カゲトラをじっと見た。


「宿はない。だが部屋なら空きがある」

「助かる」


 カゲトラは頭を下げた。


 蛇人たちは直前の罵声も嘘であったかのように、静かに集落へ戻って行った。

 後には一人、白い蛇人が取り残されている。

 4人はその蛇人を不思議そうに見つめた。


「見世物ではない」


 白い蛇人はそう言い放ち、立ち上がった。


「何があったんだ、呪いがどうとかって聞こえたけど」

余所者よそものには関係のないことだ」


 白い蛇人はゼファーの言葉を一蹴りした。


「俺らでよけりゃ相談にのってやれるぞ?」

「いらぬ、聞いたところで分かるはずもあるまい、余計な詮索は不要だ」


 口元の血を手の甲で拭い、白い蛇人は集落の奥の森へと姿を消した。


「珍しいなあ、白かったぞ?」


 ゼファーはその興味津々であった。


「白い蛇は繁栄の象徴、大蛇族の間では高貴な存在のはずだ。だがあいつは明らかに……」

「虐待を受けていた」


 カゲトラは言った。


「兄者、どこへ行く!」


 ゼファーは一人、集落の奥の森へ踏み入ろうとしていた。


「先に部屋へ行っててくれ、俺はちょっと用がある」

「おい、こっちだ」


 蛇人の一人が戻ってきた。

 どうやら部屋へ案内してくれるようだ。

 その頃にはゼファーの姿は消えており、誰も答えないので代わりにカリファが応対した。


「僕が追うよ」

「ほっとききましょ、さっきの白い蛇人を追ったんでしょうし」


 アドルフはカリファに止められ、二人はカゲトラと共に部屋へ案内された。



 里から少し離れた森の中に、白い蛇人の姿はあった。


「……我を付けたのか、構うなと言ったはずだが?」


 背後のゼファーに気付いた蛇人は言った。


「まぁそう言うなって。俺たちは旅をしてるんだ、冒険者さ、龍の心臓って言えば聞いたことがあるだろ?」

「ない。興味もない。悪いが消えてくれ」

「お前、自分のこと、我、とか言ってんのか、変わってんな?」

「これが我にとって最も自然な話し方なのだ、貴様も愚弄する類か?」

「いや、いいんじゃないか?」

「……そうか」

「俺はゼファー、お前はなんて言うんだ?」

「……シャオーン」

「へ?」

「何度も言わせるな、我が名はシャオーン、蛇の王だ!」

「シャオーン? 蛇の王? よく分らんが、名前まで変わってんのな?」

「お主の名も相当変わっておると思うが?」

「そうか?」

「二人共、何してるんだ?」


 そこにカゲトラが現れた。


「先ほどの者か……」

「こいつはカゲトラ、弟だ」


 ゼファーはカゲトラにもシャオーンを紹介した。


「カゲトラか、お主らは本当に名が変わっておるなあ、外の者はどれも珍妙な名を有しておるのか?」


 シャオーンの言葉遣いにカゲトラは笑いながら。


「珍妙かどうかは分からないが、というか、なんでシャオーンは肌が白いんだ? 蛇人は普通、灰色だろ?」

「この肌は生まれつきだ」

「さっき剣を向けられていたことと、何か関係があるのか?」

「外の者はずけずけと……」

 シャオーンは言いかけた言葉を止め。

「幼き頃は白蛇の生まれ変わりだと、誰もが我を崇めた。だが今はこの様だ」


 シャオーンの目には、怒りも悲しみも感じられなかった。


「何かあったのか?」


 ゼファーは訊ねた。


「いや、何もない。だが、誰もが自分とは違う者を遠ざけたがる、ただそれだけのことだ」

「違う者?」

「分からぬか、奴らには我の存在が異質でならないのだ。理解できず、今や嫌悪感しかない」

「シャオーンはそれでいいのか?」

「何がだ」


 彼はカゲトラの問いに疑問を返した。


「変えようとは思わないのか?」

「……それが我の行く末ならば、受け入れるしかないであろう」

「里を出ればいいだろ、出ようとは思わないのか?」

「ここを離れてどこへ行けと言うのだ、外の世界はこの里よりもマシであると申すか? 我はそうは思わぬ、里はまだマシな方だ。外から来たお主らなら分かるであろう?」


 シャオーンの言葉には一理あると、二人は理解した。

 外に出れば肌の色だけではなく、獣人であるという問題でも苦しむことになるだろう。


「だからって、それが里にい続ける理由になるのか?」

「理由などいらぬ、我は今を生きるだけだ。だがそうだな、冒険者か……」


 シャオーンの視線は一瞬、遠くを見つめた。

 ゼファーとカゲトラには、シャオーンの横顔の意味が理解できていた。

 それはかつて、ビヨメントにいた頃の自分たちと重なる部分があった。

 こことは違う、どこか別の場所に憧れ夢を見ている。

 だがゼファーは、この時はまだ誘わなかった。

 シャオーンもまた、二人の視線の意味に気付いていた。

 二人が何を言わんとしているのか、蛇人である彼には知ることができたのだ。

 出会いは偶然であった。

 アドルフが提案し4人が里へ訪れたことも、ゼファーがシャオーンの後を付けたことも。

 シャオーンがゼファーに名乗ったことは気まぐれである。

 だがその偶然から3人は打ち解け合い、孤独だったシャオーンに友人が生まれた。



 ゼファー、カゲトラ、シャオーン。

 3人は日々森での模擬戦に明け暮れていた。


「シャオーン、さっきの動きはなんだったんだ?」


 シャオーンが一瞬見せたあまりにも速過ぎる動きに、二人は半ば茫然と立ち尽くす。


「あれは我の固有スキル《神速》だ」

「神速?」

「うむ、発動中、神の如く素早さを体現することができる。白蛇の恩恵とでも言えば良いのか、我は物心ついた時からこれを扱えたのだ」

「まるで見えなかった……」


 カゲトラは驚きのあまり半笑いし。


「便利なスキルじゃないか」


 ゼファーは感心し、羨ましがり。


「でも黙ってることはなかっただろう、そんなすごいスキル持ってるなら言ってくれても良かったじゃないか?」

「聞かれないことには答えられぬであろう、隠していた訳ではない」

「ホントか、他にも何か隠してるんじゃないのか、すっごい魔術とか」

「生憎、我にはこれしかない。いや、もう一つあったな、これだ」


 シャオーンはそう言って、独特な装飾の施された剣を見せた。


「これは蛇剣キルギルス、母の形見だ」

「シャオーンの母親は剣士だったのか?」


 ゼファーは訊ねた。


「そうらしい」

「らしい?」

「我は母親の顔を知らぬ」

「悪い……」

「謝ることではない。顔を知らぬのだ、悲しみはない。大蛇おおへび族は蛇流派――シャーと呼ばれる剣術を得意としている。母は生前、特に力のあるシャーティンだったそうだ」

「シャーティン?」

「蛇流派を極めた戦士のことだ」


 悲しみはない――シャオーンは言った。

 だがゼファーはそれ以上踏み込まなかった。

 シャオーンには謎が多かった。

 だが詮索を始めては悲しげな雰囲気を見せるシャオーンに、当初ゼファーは遠慮していた。

 その後の沈黙を毎回和ませていたのはカゲトラだ。

 いつしか二人はカゲトラを間に挟むことで、互いのことを話すようになった。



 蛇人に会いたいと言い出したのはアドルフだった。


 主要な国はほとんど訪れた。

 ある時、戯国ぎこくに行ってみないかとカゲトラが提案した。

 バノーム大陸での冒険に限界を見ていた4人にとって、海に出るという話はタイミングが良かった。戯国に行きたい理由はもう一つあり、それはカゲトラの名に由来する。

 ゼファーとカゲトラの母親は戯国の出身だった。

 父親はビヨメント出身の超人族である。

 兄は何に超人族の、弟は母型のルーツを授かった。

 だからカゲトラはいつか戯国には行ってみたいと思っていたのだ。

 4人は海を渡ることも考えた。

 だが、この大陸の者たちにとって海は未知の領域であり、近づこうとする者はほとんどいない。

 渡ろうとした者の話は諸説あるが、戻ってきた者の話はない。

 4人は戯国を一先ず諦めた。

 その際、アドルフが提案したのだ。


「獣人の中には、蛇人という希少で少数の民族がいるらしいんだ」


 だがアドルフは、蛇人の里に来てからというものどこか寂しげであった。


「アドルフ?」

「カリファか、どうしたんだい?」


 その違和感に気づいていたのはカリファだけだ。

 アドルフは一人部屋の窓から夜空を眺めていた。


「ゼファーたちは森に行ったわよ、いかないの?」

「……僕はいいよ。その内戻ってくるだろうし」

「綺麗ね」


 二人は夜空を眺める。


「ああ……」

「ここを出たら、次はどこに行く?」

「そうだなあ……僕はどこでもいいよ、皆と一緒にいられるなら」


 だが白蛇の里に来てからというもの、アドルフはおかしい。

 本人は何も言わず。

 だからカリファは待った。

 心を開き、アドルフが自分から話すまで。



 4人が里を発つ間際、ある問題が起きた。

 それはシャオーンの追放だ。

 長らく孤立してきたシャオーンであったが、彼がゼファーらと密かに交流していた事実を里の者は知っていた。


「我らはお前を正式に追放することを決めた」


 広場には族長と里の者たち全員が集まっていた。

 突然言い渡された内容に、シャオーンは愕然とする。


「ここ何ヶ月雨が降らん。井戸は涸れ作物は枯れ果てた。これが何を意味しているのかは分かるな?」


 白蛇の祟り、という概念が里にはあった。

 どこにでもある宗教染みた話だ。


「世迷言だ。祟りなど存在せぬわ」


 シャオーンは低い声で告げるも、彼らには聞こえない。


「お前は生まれながらにして呪われていた」

「呪い?」

「当時、我らはお前を白蛇様の生まれ変わりだと崇めた。そうすることで、お前からあることを隠したのだ。それがお前の母であるシャーティン様の遺言だったからだ」

「どういう意味だ? 隠しただと、一体何を隠したというのだ」

「お前の両親は戦死したのではない。お前が生れた直後に食ったのだ」


 シャオーンにとって、それは信じられるような話ではない。


「食っただと、食ったとはどういう意味だ、何かの比喩か?」

「全くそのままの意味だ、お主は母親を食べた。赤子のお前は両親の命のすべてを吸い尽くしたのだ。一瞬の出来事で我らは何もできなかった。気が付くと、そこには干からびた二つの死体と白い赤子だけが残されていた。それがお前だ。シャーティン様は死の間際、お前を白蛇様の生まれ変わりであると告げられた、事実を伏せ、崇めよとも……。だがそれも限界だ」


 シャオーンには族長が嘘をついていないが直ぐに分かった。

 体温を感じるまでもなく、嘘をついている者の目ではなかったのだ。


「我は長として他言を禁じた。だが話は次第に漏れ、色々と手も尽くしたが、気づけばお主だけが知らぬというこの状況が生まれていた。そして雨は降らぬ……意味は分かるな?」


 一瞬、シャオーンの腰に納められている蛇剣が微かに揺れた。


「この里を出て行けと言うのか、我らは同じ蛇人ではないのか?」

「同じだと?」


 蛇人の一人が言った。


「どこが同じなんだ、お前のその姿を見てみろ!」


 また一人。


「一緒にすんじゃねえよ!」


 また一人と、シャオーンにヤジを飛ばす。

 シャオーンは語ることを止めた。


 もう何を言ってもこいつらには聞こえまい。

 語るだけ無駄であり、家族だと思い込んでいた自分が愚かだったのだ。

 里に対し希望を持ったことはない。

 孤立したまま状況は変わらないと分かっていた。

 だが彼はそれでも良かったのだ。

 母と父の生きていた里で暮らせるだけで良かった。

 だがそれすら自分には許されないのだと、今さらながら気付いた。


 シャオーンは蛇剣を抜いていた。


「それがこの里の総意だ。このままでは我らは滅びてしまう。それではお前の母も――」


 族長の新鮮な首が広場に舞った。

 里の蛇人が気付いたのは、それが地面に落ちた数秒後だった。

 それほどにシャオーンの剣筋は見えない。

 気付いた蛇人たちは静かにたじろいだ。

 ゼファーたちは手を出さず、シャオーンの判断を黙って見守った。


「つ、ついに本性を見せやがったな、化け物が!」


 蛇人たちが一斉にシャオーンへ襲い掛かった。

 だがそれは襲うという表現には値しない、杜撰ずさん滑稽こっけい醜態しゅうたいだった。

 シャオーンは何も語らず黙々と斬り続けた。

 蛇人たちは彼に人たちも浴びせることができず、知らぬ間に切られ命を終える。


 彼は一貫して紳士であった。

 それが彼の美徳だったからだ。

 だからこそこれまで牙を決して見せなかった。

 自身の置かれた状況を嘆くこともなく、ゼファーたちにも同情を求めなかった。

 これが世界の神髄であると疑わず、受け入れてきた。

 蛇人たちはシャオーンの性質も実力も、すべてにおいて履き違えていたのだ。

 彼の剣術は蛇流派シャーにおいてシャーティンと同等以上であり、これまでの愚弄や軽蔑は彼の寛容さにより許されていただけだった。


 気がつくと里は血の海と化していた。

 シャオーンは空を見つめ、皮肉にも頬には数カ月ぶりの雨粒が伝った。

 雨に打たれ、しばらくしてシャオーンは口を開く。


「お主ら、我を仲間に加えるつもりはないか?」


 明確な意思があった訳ではない。

 彼は何よりまだ放心状態だったのだ。

 精神は不安定であり、自分は何故生きているのかと自問自答する。


「もちろんだ、俺たちはお前を歓迎する。今日からお前も龍の心臓だ」


 カゲトラは言った。

 迷いなどなく、それはゼファーやカリファも同様であった。


「このようなものでも我が愛刀としよう」


 掲げた刃の表面に雨粒が伝い、自身の顔に落ちる。

 本来の、だが目を背けてきた憎悪にそれでも目を背けるように、雨で洗い流すように、彼はしばらく雨に打たれ続けた。



 一行は、アノーラスという海に面した小国にいた。

 港にセイレーンの群れが現れたからだ。


 セイレーンは豊満な肉体と美貌、美声で男を誘惑する。

 一見、美しいように思われる生き物だが、腰から下は海蛇の尾のように長く、表面には魚の鱗がり生臭い。

 肩から先には鳥の翼が生えており、その異様な姿に獣人でさえ顔を引き攣らせるのだ。

 さらにセイレーンはモンスターではなく魔物と区別される。

 それは言葉を話し理解するからだ。

 非常に知能が高く一匹であろうと討伐が困難であるためだ。


 アノーラスは龍の心臓に要請を出した。

 国が一つのパーティーに対し直接依頼を出すことは極めて珍しい。

 普通は冒険者ギルドを通し集らせる。

 しかし彼らの力はそれほどまでに信用されていた。

 5人はアノーラスに到着するなり瞬く間にセイレーン撃退し葬った。

 依頼を達成した彼らは国が主催するパーティーへと招かれ――。


「それにしてもセイレーンとは実に見事なものであったなあ」


 シャオーンは感慨深そうに言った。


「見事って、どういう意味よ?」


 カリファは嫌悪感を示す。


「あれほど素晴らしい女体を我は初めて見た、できることなら観賞用に一匹欲しかった」


 凍りつくテーブル。


「いやいや女体なんて視界に入らなかったぞ、あの生臭さには吐き気がしたし、なあ?」


 ゼファーは皆に同意を求めると、臭い思い出し嗚咽した。


「顔と上半身は綺麗だったかもしれないけど、あの尻尾はなあ……牙も不快だった」


 カゲトラもその趣向は理解できないようだ。


「いや、我はいつか必ずセイレーンを家に飾るぞ」

「どこに飾るつもりよー?」

「またセイレーンを狩る際は、その時はお主らにも同行をお願いしたい」

「俺はだぞ? あんな不気味なもんにはもう会いたくねえ」


 ゼファーは拒否し。


「まあでも生態は調べてみたいなあ、モンスターと何が違うのかとか……」


 カゲトラは上手く話を変えた。


「うむ、ではその調査も兼ねようぞ」


 言った傍から、しまった、という表情をするカゲトラ。

 ゼファーは思わず笑い、釣られてカリファも笑ってしまう。

 シャオーンは、真剣な話なのだぞ、と付け加え微笑んだ。


「あれ、アドルフ、どこ行くの?」


 席を立つアドルフにカリファは訊ねた。


「飲み過ぎたみたいなんだ、ちょっと風に当たってくるよ」


 アドルフは姿を消した。


「ねえ、アドルフが」

「ところでカリファ、あんな魔法いつ使えるようになったんだ?」

「え?」


 カリファの声はゼファーの問に消えた。

 誰も席を離れたアドルフを気にかけない。


「セイレーンの動きを止めたあの魔法だよ」

「ああ、《絶縁プラトニクス》のこと? あれは黒龍討伐の報酬で貰った、魔導書グリモワールに書いてあったのよ」

魔導書グリモワール?」

「ええ。それを解読したんだけど、多分、偽物だと思われたのね。でも調べてみたら本物だったわ」

「本物? どういう意味だ?」


 カゲトラは訊ねた。


「アダムスの魔導書ってことよ」


 3人は驚愕し黙った。

 ゼファーは驚き。


「アダムスって……あのアダムスか?」

「間違いなく、アダムス・ラド・ポリーフィアの魔導書よ。こんな強力な魔術、彼以外に生み出せるはずないもの」

「ちょっと魔導書を見せてくれよ?」

「いいけど……」


 カリファから魔導書を取り出し、ページをめくり。


「ここがそうよ」


 あるページの一部分を指差した。


「これがあの《絶縁プラトニクス》か?」

「そう」

「ふ~ん……」


 ゼファーはさらにページをめくり。


「ん、これは?」


 それは一人の老人と杖が向き合っている絵だった。

 杖の先端にある黒いゴブリンのような彫刻が老人を指差し、口を開いている様子が描かれている。


「なあ、これって、杖がなんか言ってるのか?」

「そんな訳ないでしょ、杖が喋るはずないじゃないわ」

「だよなあ……」


 ゼファーはまたページをめくり。


「ん、じゃあこれは?」

「ちょっと貸してみて」


 ゼファーから本を取り上げるカリファ。


「なんだ、まだ読めてなかったのか?

「私だって全部理解できた訳じゃないの」

「それで、なんて書いてあるんだ?」


 カリファは必死に活字を追った。

 ぶつぶつと呟き、しばらくして――。


「そうか、そういうことだったのね!」

「なんか分かったのか?」


 急にカリファが笑みを浮かべ声を上げた。

 ゼファーは気になり問いかける。


「だから、こういうことよ」

「こういうことって、どういうことだ?

「だから、深淵よ!」


 カリファは満足げに言った。


「深淵?」


 ゼファーは眉間にしわと疑問を寄せた。


 この時、ゼファーは初めてその一言を通し、一端に触れた。

 出会いは小さな一冊の本。


「深淵は、求める者のみに与えられるものではない……」


 カリファは文字を読み上げた。



 セイレーンの依頼を終え国を去る、龍の心臓。

 また別の国に訪れては依頼をこなし、観光を終えると国を去る。

 彼らのバノーム大陸での旅はしばらく続いた。

 そんな中、5人の旅の終わりを告げる警鐘が鳴った。


 戦争だ。


 以前、彼らに黒龍の討伐を依頼した大国――ダームズケイル帝国は、大陸の所有権を主張し、認めない国々へ争いを仕掛けたのだ。

 次第に第二次バノーム大戦は始まり、英雄である龍の心臓も巻き込まれていった。


 反帝国派は自由軍を組織し、各国と冒険者、腕に自信のある者たちへ要請を出した。

 大陸中の冒険者が戦争に参加し、帝国側につく冒険者、自由派の冒険者、二つの派閥に分かれた。

 帝国の謀略を阻止し平和を取り戻すため、5人も招集に応じたのだ。

 だが戦争は長引き、兵は枯渇の一途を辿る。

 町民や村民に対し招集が強いられ、大陸は益々死に向かって歩を進めることとなった。

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