第16話 復讐の神に願う

 長きに渡る戦いの末、終戦を迎え帝国は滅びた。

 自由軍は帝国に勝利したのだ。

 望まれた結果であったが、後には悲しみしか残らなかった。

 誰もが大切な家族や恋人、親友を失い、各地には傷跡が残り無関係な町や村にまで被害は及んだ。

 それはビヨメントも例外ではない。


 5人がビヨメントへ到着すると、そこに4人の知る故郷はなかった。

 ゼファー、カゲトラ、アドルフ、カリファ。

 彼らは変わり果てた故郷の姿に言葉を失い立ち尽くした。

 黒く焼き焦げた家々、倒壊した建物の残骸、そして黒焦げ死体。


 カリファは膝から崩れ落ちた。

 アドルフも同様に項垂れ。


「母さん……」


 ゼファーとカゲトラは目を伏せた。

 シャオーンはかける言葉が見つからず、4人はしばらく立ち上がることができなかった。


 そこへ町の中から一人の騎士が現れた。

 ゼファーは姿を見つけるなり直ぐ駆け寄り。


「あの、すいません!」

「な、なんだ君たちは!?」


 ゼファーに続き4人も駆け寄り、自分たちがこの町の出身であることを説明した。


「そうか、この町の……」


 騎士は話に目を逸らした。


「町に、何があったんですか?」


 カリファは問い詰めた。


「兵の間で食糧不足が深刻化し、近隣のあらゆる町や村を襲ったのだ」


 4人は顔を引き攣らせた。

 食糧目当てということだが、それだけでないことは容易に想像できた。


「だが安心してくれたまえ、町の住民たちはその前に近くの避難所へ避難させた。皆そこにいるはずだ」


 騎士の言葉に4人は胸を撫で下ろす。

 今すぐ家族に会いに行きたいという思いが込み上げた。


 5人はしがみつくように教えられた場所へ向かった。

 だがそこにあったのは、さらに4人の心臓を抉る悲惨な光景だった。


「そんな……」


 アドルフはその場に崩れ落ちた。

 避難所はビヨメントと同様に一帯が丸焦げであり、墓場と化していたのだ。

 倒れた仮説テントの骨組みの隣には、累々と死体が並べられていた。


 最初に見つけたのはアドルフの両親のものだった。

 かろうじて意識を保っていたアドルフだったが、耐えられず泣き崩れ、気を失ってしまう。

 冷たくなった父と母へそっと問いかけたカリファ。

 頬を涙が伝い、落ちた涙は横たわる母の頬に落ちる。

 ゼファーとカゲトラは両親に何も告げることなく、無言のまま二人の遺体を布で包み馬車に乗せた。

 表情は危うく、今にも崩れ落ちそうだった。

 気絶したアドルフを馬車へ運ぶと、彼の両親も同じように馬車へ乗せた。

 カリファのと傍へ向かい、泣き崩れる彼女へ、二人はそっと肩に手を置いた。


「なんで、なんでよ……」


 カリファの問に、二人は何も答えることができなかった。

 同様の思いだったからだ。


 その後、4人は避難所とビヨメントを何度も往復し、かつての故郷の家族の遺体をすべてビヨメントへ運んだ。

 復興の始まりは墓所の製作だった。

 それぞれの遺体を埋葬し、墓標を立てた。



「間違ってたのかなぁ、私たち……」


 無数の墓の前でカリファは呟く。

 ゼファーはかける言葉が見つからず、カリファを抱きしめた。


 自分たちは冒険に出て良かったのか。

 間違いだったのではないか。

 すぐに引き返すべきだったのではないか。

 戦争など、参加すべきではなかった。


「俺たちは知らなかった、こんなことになっているなんて……知らなかったんだ」


 ゼファーの言葉は暗示のようであった。

 自分の言い聞かせているようだ。


「理由にはならない……私たちは、皆を見捨てた……」


 カリファは否定し、カゲトラは言った。


「そうだ、俺たちは自分のことしか考えてなかった。故郷が襲われていたなんて思いもしなかった。だが、この戦争はそういう戦争だった。それくらい、考えればすぐに分かることだった。なのに俺たちは目の前のことしか見えてなくて……優先したんだ、自分たちの冒険を……」

「冒険?……そうね、そうかもしれない」


 彼らにしてみれば戦争も容易く、冒険の延長にあるものでしかない。

 いくら争いに身を委ねても、命の危機にさらせる心配がないからだ。

 ビヨメントの事態に気付けなかったこと、それはこれまでの冒険で得た力の代償だと4人は考えた。

 カゲトラは言った。


「俺たちは一番大切なものを見落とした。救えたはずの皆を見捨てた」

「カゲトラ、それは違う。これは仕方がなかったんだ」

「事実だ!」


 カゲトラはゼファーの言葉を強く否定し、焦土と化した町に声が響いた。


「兄者、俺たちには救えるだけの力があったはずだろ、これは俺たちの慢心が招いた結果だ。俺たちは皆を見捨てたんだ!」


 ゼファーは言い返さなかった。

 慢心はどこかにあったと、認めざるを得なかったからだ。

 カリファは言った。


「そうね、そうかもしれない」

「だがこれから変えていけばいい。いや、俺たちにできることは、もうそれしか残されていない」


 カゲトラはその声色に反して言った。

 強くあろうとしたのだ。

 だが限界だったのか、頬に一筋の涙が伝った。

 決して弱音を吐かず、これまで何事にも弱さを見せなかった彼が、初めて見せた涙。

 4人は酷く動揺した。


「カゲトラ?……」


 カリファは手を差し伸べた。

 だがどう声をかければいいのか分からない。

 何より自分も悲しみで押しつぶされそうな状況では、気遣う余裕がない。


「カゲトラ、良いのだ、今日くらい泣いても」


 シャオーンだけが望む言葉を与えられた。

 カゲトラは涙を拭い。


「……もう戦争なんか見たくない、大切な人が死ぬ姿も、誰が死んでも嫌なんだ」


 その言葉に、ゼファーとカリファは涙を流した。


「俺はこの世界に復讐する、戦争への復讐だ!」


 カゲトラの言葉に怒りはない。

 ただただ悲しみだけがあった。

 4人はカゲトラの言った「復讐」という言葉の意味を理解する。

 戦争を起こさせず平和を保つ。

 帝国のような国はもう生み出してはいけないと誓った。

 復讐とはカゲトラの覚悟だった。

 だがそれは「誰が死んでも嫌だ」という言葉と矛盾している。

 だから覚悟したのだ。

 すべてを背負う覚悟を、犠牲を背負う覚悟を。


「復讐神! そうだシャオーン、俺はこの名を世界に轟かせる!」


 カゲトラの瞳からまた涙が零れた。

 肩を震わせ。


「世界には抑止力が必要だ、俺たちが神となり……」


 カゲトラが正気だったとは言えない。

 十分、取り乱していたに違いない。

 カゲトラは目の前の事実に耐え切れなかった。

 覚悟、復讐、抑止力、神、それらの言葉は逃避によるものでもあった。

 だがこの場に冷静を保っていられる者など一人としていない。


「カゲトラ……」


 シャオーンはその背中を目に焼き付けた。


「戦争の影をちらつかせる者に、俺は躊躇わず刃を向ける。だからこの先、犠牲者は増え続けるだろう。だがこれは必要なことだ。戦争を生み出したこの世界に対する復讐……俺は迷わない」


 カゲトラは最後にそう言った。

 否定する者は誰一人いなかった。


 アドルフはその間、何も語らなかった。

 4人より少し離れた場所から、酷く濁った目つきで4人の背を見つめていた。



 この町を再建しよう――初めにそう言ったのはカゲトラだった。

 シャオーンは「我にできることならば手を貸そう」と告げ、他の3人も同意した。

 ビヨメントは超人族の町だ。

 故にこの町は永遠の町と呼ばれた。

 だがもう永遠はない。

 それでも彼らはビヨメントの再建を誓った。

 またいつか、家族がこの町に戻って来られるようにと――。


 5年という月日を経て、ビヨメントは姿を取り戻した。

 そこには新たな人々の暮らしが生れ、旅人や冒険者などが訪れた。

 だがそこにはもう、かつての永遠はない。


「これでいいんだ……」


 カゲトラは言った。

 門の外から町を見つめる5人。


「ああ、これでいい……これでいいんだ。ここに町がある限り、家族はまた戻ってこられる。俺たちはいつまでも繋がっていられる」


 ゼファーもカゲトラと同じ未来を見つめていた。


「永遠の町は、僕たちの心の中にあるんだね……」


 アドルフは5年という歳月をかけ、正気を取り戻していった。

 穏やかに町の姿を見つめ、そこに重なって見えるかつて永遠の町を見つめ、微笑んだ。


「これからはどうするのだ、旅は終わりか?」

「いや……」


 シャオーンの問にカゲトラは。


「実はもう一度旅に出ようかと思ってる。ダンジョンが現れたって話を聞いたんだ、つい3日前にな」


 教えたのはシャオーンだ。

 彼はカゲトラの言葉を待っていた。

 カリファは驚いた様子で。


「ダンジョンって、まさかあのダンジョン!?」

「ああ、冒険者を喰らう迷宮だ。シャオーンと俺は近々その迷宮に挑む。ここで旅を終える俺たちを、きっと皆は許してくれない、悲しむと思うんだ」


 徐々に、ゼファー、カゲトラ、アドルフの表情が、かつての冒険者の気配を取り戻していく。


「カゲトラ、僕も行くよ」


 アドルフはそう言った。


「あの日、僕を見送ってくれた母さんと父さんを安心させたいんだ。僕はもう大丈夫だって」

「分かった」

「私も行くわ」


 カリファだった。


「ここで立ち止まっている私たちを見て、皆はどう思うかしら?……多分、何をしてるんだって笑われちゃうわね」

「悩むまでもないな」


 ゼファーは続けて言った。


「行こう、ダンジョンへ」


 5人は顔を見合わせあい、微笑んだ。

 だがカリファには少し違和感があった。

 アドルフだ。

 この数年最も沈んでいたのは彼であり、だが今、彼の表情は濁りのない晴れたものだった。

 それがむしろ不気味であったのだ。

 だがカリファは気のせいかと目を逸らし、復興を祝った。


「そういえば、ここ数年ダンジョンが多発しておるようだ。丁度3年ほど前にも現れたと、通りがかった冒険者から聞いた」

「そうなのか?」


 興味を持つゼファー。


「ああ。だがその数カ月後にもダンジョンは姿を消し、攻略した者はいなかったらしい」

「ふ~ん……」

「じゃあ今回、初の攻略者が出るってことじゃないか」


 カゲトラは意気込み。


「俺たちだ――」


 戦争があり、故郷と家族を失い、絶望の淵に沈み。

 それでも彼らは道を踏み外すことなく、自分たちの信じる道に向かって再び歩き出した。

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