第13話 ビヨメントの老婆

 ビヨメントの酒場――虎々亭とらとらていは大繁盛だろう。

 その人の多さといったら俺たち4人の会話などかき消えてしまうほどだ。

 大量のジョッキをテーブルに並べた冒険者たちは、歌と飲み食いを繰り返している。

 朝まで続けるつもりだろうか、止む気配がない。


「いつもこんな感じなんですか?」


 カウンター席からマスターに訊ねた。


「そんなわけないだろ。ここ最近だ、夢見がちなバカどもがよく集まってんのさ」

「夢見がち?」

「ダンジョンだ、どうせあんたもその口だろ? でなけりゃあ、こんな貧相な町に用なんかねえだろ。悪いこたぁ言わねえ、やめときな。あんた、見たところまだ若そうだ。ダンジョンってのは昔から愚か者の墓場だって言われてる、命の無駄だ」

「人を探してるんです、俺たち」

「人? 人かあ……なんて名だ? 俺の知ってる奴かもしれねえぞ」

「カリファという女性を探してます、おそらくこの町にいるはずなんですけど」

「カリファかあ……」


 店主は酷く考え込む様を見せつけた。

 どうやらこの人も酔っているらしい。

 まんさらでもないんだろう、店が人で溢れているのが嬉しいんだ。


「そんな名の女は知らねえなあ、俺はここでで生まれ育ったんだが、本当にあってんのか、いるなら絶対知ってるはずだ」


 町と呼称されるが、ビヨメントの規模は大きな村程度だ。

 確かにこのくらいであれば、出身者なら知っていてもおかしくない。


「ねえ、ホントにそんな人いるの?」


 トアが不安そうに言った。


「多分、間違いないと思うんだけど」


 あの復讐神にそんないい加減なことを言う理由もないだろう。


「ニト様、こちらの方がご存じだと」


 いつのまにか席を離れていたスーフィリアが、どこからか戻ってきた。

 隣には腰の低い狐目の男がいた。


「ご存じって、カリファさんを?」

「はい、カリファ殿のことは、それはもう存じております」


 なんだか胡散臭い感じがしなくもないが……。


「彼女はこの町に?」

「直接ご案内いたします」


 紹介がないと会えないとか、そんな感じだろうか。

 復讐神の知り合いならなくもないか……。


「それじゃあ、案内を頼めますか」


 ここは甘えておくことにした。



「そく見つけたな、あんな人」

「店の中を徘徊していましたら、誰か探しているのかと訊ねられまして」


 狐目の男は後ろをちらちら振り返りながら、「こちらです」と住居の間を通り抜けていく。


「もうすぐ着きます」


 そう言って次の角を曲がった時だ。


「到着しました」


 強面の屈強な男たちが数十人。

 俺たちは野党に囲まれていた。


「そういうことか」

「申し訳ありません……」


 スーフィリアは申し訳なさそうに言った。


「気にするな」


 冒険にアクシデントはつきものだ。

 これもまた一興ってやつだろう。


「女と金目のもんをいただく、大人しくしてりゃあ男も生かしてやる、俺たちは紳士なんだ」


 一番図体のデカい奴がそう言った。

 周りの連中は何がおかしいのケラケラと笑っている。


「まんまと騙されたって訳か」

「ごめんなさ~い、これが仕事でして。我々のような者にとっても、今は夢を見るチャンスなのですよ」


 狐目の男が言った。


「チャンス?」

「手ぶらでダンジョンに挑戦する者などいません、誰もがそれなりに用意をしてから挑むのです。我々は、その、それなりに用意された物をいただく、ということです」

「なるほど。あんたら、俺たちがダンジョン挑戦だと分かった上で狙ったのか」

「人探しにしては、少々人数が多い気がいたしましたので」

「じゃあ多少は腕に覚えがある訳だ?」

「我々はこう見えて、この辺りじゃ名の通った盗賊なのですよ。ひよっこ相手なら朝飯前です」


 一条の件がある、トアたちの周りでは魔術は控えたい。

 だがこの程度の奴らなら、端から必要なさそうだ。


『――《絶縁プラトニクス》!』


 突然、声が聞こえ、緑色の光が視界に現れた。

 目前で殺気立っていた盗賊たちが急に表情を変え、まるで何事もなかったかのように背を向けた。

 泥酔したように虚ろな目とおぼついた足元。

 彼らはふらふらと離れていった。


「危ないところじゃったのお」


 背後から声が聞こえ、とっさに振り返った。

 そこにはローブを着込み、顔をフードで隠した何者かの姿があった。

 声は、まるで老婆のものだ。


「お主ら、旅の者か。最近、ここいらは物騒じゃからのお」

「……あ、えっと、ありがとうございます」

「よいよい。ダンジョンが現れたせいか、近頃この町も物騒になってしまってのお。ん、お主……その手に持っているのは」


 老婆の声が急に変わった。

 まるでに若返ったように聞こえた。


「え……ああ、これのことですか。これは蛇剣キルギルスと言って」


 彼女は硬直したように動かなくなり。


「今、何と言ったの?」


 声はすっかり若い女性のもので。


「だから、蛇剣、キルギルスって……」


 そこでようやく理解した。

 この人は驚いているんだ。

 だが何に驚いているのか、それはこの蛇剣に決まっている。

 ということは……。


「あなた、どこでそれを?……」


 俺の中には確信が生れた。

 鑑定すら不可能なこの剣を知っているかのような反応。


「これはシャオーンの……」

「シャオーン?……」


 試してみる価値はある。

 俺は復讐神に言われた通り――。


「あの丘で待ってる……」


 その言葉を言った。


「マサムネ?」


 不思議がるトアに問題ないことを伝え。


「あの丘で待ってる」


 もう一度はっきりと、俺は老婆に告げた。


「私の……私の指輪は、どこ?」

「……3番目の引き出しにある」


 途端に老婆は膝から崩れ落ち、手で顔を抑え涙を流した。


「見つけた」


 彼女がカリファさんだ。



「私は超人族だから、あなたたち人間よりも長生きなの。だから老婆の姿をして、長寿を誤魔化していたのよ、不気味がられないようにね」


 カリファさんは4人分のチョコレートミルクをテーブルに置いた。


 彼女は古びた木製の民家に住んでいた。

 灯りは蝋燭が数える程度と、台所の小窓から差し込み月明かりくらいだ。

 ローブを脱ぎ、そこに妖艶な美女が現れた時は驚いた。


「そう、彼は生きているのね……」

「彼?」

「ゼファーでしょ、あなたをここへ来させたのは?」

「ゼファー?……俺は復讐神に頼まれて来ました、あなたに会えと」

「……そう。彼、今はそう名乗っているのね」


 まるで懐かしむような、遠い目をしている。


「それはシャオーンのものね、覚えてるわ」

「蛇剣キルギルスです」

「どうしてあなたが持ってるの?」


 おそらくシャオーンもこの人にとっては知り合いなのだろう。

 少し説明しにくかったが。


「そう、彼は死んだのね……」

「はい。ただ、そのあとシャオーンは夢に出てきたんです。どこか神殿のような、白い霧の広がる不思議な場所でした、雲の上のような。そこで出会ったのが」

「ゼファーね……それで?」

「え……それでって、何がですか?」

「あなたはここへ何をしに来たの、彼に何を言われてここへ?」

「俺はただ会いに行けと言われただけで……」

「それだけ?」

「はい、それだけです」


 てっきり、会えばそれで十分なのだと思っていた。

 何かが進むのだとばかり……。


「それはおかしいわ。彼があなたをここに導いたのは、あなたに何かを求めたからよ」

「どういう意味ですか?」

「あなたに何かをしてほしいのよ。彼は他に何か言ってなかった?」

「……牢獄」

「ん?」

「ここは牢獄だと言ってました。夢の中での話ですけど」

「その、白い神殿での話ね?」

「はい。それから、まるで何かを警戒しているような……。何故ここにいるかと聞いても、二人共、言えないの一点張りで」

「どうもおかしいわね。あなたの話から思うに、まるで囚われているようだわ。彼はは解放してほしいんじゃないかしら、きっと自分だけの力じゃ、そこから出られないのよ。訳も言えないくらいだから相当困ってるんでしょね」


 意外と他人事のように話す人だ。


「でも、だとしたら俺に何をしてほしいんでしょうか?」

「分からないわ。でも……例えばだけど、私たちのことについて知れば、何か分かるんじゃないかしら?」


 カリファさんは提案した。


「私たちと言うと、それはゼファーとシャオーンに関係のある話ですよね?」

「もちろん。私たち5人が、まだ冒険者だったころの話よ」

「5人?」


 二人、足りない。


「そうね……あれはもう随分と前、150年ほど前だったかしら」

「150年!?」

「失礼な反応ねえ、言ったでしょ、超人族だって」

「あはは……」

「それは、私たちがまだ世界に知られる前のこと――」


 カリファさんは、またどこか遠くを見つめた。

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