第12話 シエラの帰郷

 ハイルクウェートに戻ってくるなり、トアに怒られた。シエラにも怒られた。

 何も告げずに半日も行方をくらましていたからだ。

 そして二人の機嫌はさらに悪くなる。


「これはどういうことですか!」

「どうして彼女がここにいるのよ!」

「待て、これには色々と事情があるんだ」


 二人して同じよう驚いた。

 俺の隣にアルテミアスの王女――スーフィリアの姿があったからだ。


「この方はアルテミアスの王女様ではないですか!?」

「声がデカい」


 せっかく晩飯を食べようと食堂に来たというのに、静かに飯も食えないとは。


「ちゃんと説明するから落ち着いてくれ」


 そこでスーフィリアが唐突に席を立ち。


「この度、皆さまの冒険に同行させていただくことになりました、スーフィリアと申します。スーフィリアとお呼びください」


 二人の表情は固まった。

 ネムは可愛いもんだ、俺の隣で必死に飯を食べている。

 幸いにも今はパトリックはいないので、一人分、面倒な説明をせずに済んだ。

 まあ、あいつなら適当に順応するだろうが。

 ちなみにパトリックは精霊王と魔法の特訓らしい。

 どういう風の吹き回しだろうか、精霊王自らパトリックに術を教えるというのだ。


「ネムたちのパーティーに王女様も加わるのですか?」


 ネムが訊ねた。


「はい」

「そうなのですか、よろしくなのです!」


 ネムは一瞬にしてスーフィリアと良き関係を築いた。

 俺を挟んでの有効の握手が結ばれた。


「そういうことだ。まあ色々あったんだが、今日からスーフィリアも俺たちの仲間だから」

「だからその理由を聞いてるの! なんで王女が仲間なのよ?」

「なんて言えばいいのか……とりあえず、色々あってアルテミアスが滅んだ」

「は?」

「え?」


 シエラとトアはまたも固まった。


「龍の心臓のことだから詳しい内容は省くけど、スーフィリアが殺されそうになってたんだ。で、俺がそれを阻止した。阻止した以上は守ってやらないといけないだろ、だから連れて来た」


 二人を納得させるまでにはしばらくかかった。

 だが受け入れてもらわなければ困る。

 もうスーフィリアはパーティーの一員なのだから。


「なんか腑に落ちないのよねえ……」

「そうですねw。他の方々は王女の誘拐に賛成だったのでしょうか?」


 誘拐とは失礼な。


「誘拐って思いたいなら別にそれでもいいが、俺が攫わなきゃスーフィリアは殺されるところだったんだからな」

「ニト様は命の恩人です」

「……その“ニト様”って言い方が気になるわね、様はつけなくてもいいのよ、スーフィリア?」


 いきなり呼び捨てか。

 流石、箱入り娘は違うな。


「今気づいたんだけど、このパーティーって女の子ばっかりじゃない?」

「そんなことより、戻ってきたことだしダンジョンの話がしたいんだが」

「ダンジョンですかあ……」

「ダンジョンねえ……」


 シエラとトアは嫌そうだ。


「ニト様、ダンジョンというのはまさか……」

「なんかダンジョンとかいうのが現れたらしいんだが、俺は近々それに挑もうかと思ってる」

「なるほど……そうでしたか、ダンジョンに」


 スーフィリアは“お気の毒”と言わんばかりの表情で憂いだ。


「ネムは連いて来るって言ってるけど、スーフィリアはどうする、待ってるか?」

「いえ、わたくしはどこまでもニト様についていきます」

「じゃあスーフィリアも参加決定ということで、二人はどうする、本当に待ってるのか?」

「言っとくけど普通はいかないものなのよ、ダンジョンなんて?」

「そうですよ。王女様ももう一度ちゃんと考えた方がよろしいかと思います」

「私は大丈夫です、この命はニト様と共にありますので」


 スーフィリアがおかしな物言いする度にトアの小鼻がぴくつく。


「とにかく、1週間以内には出発するから、それまでによーく考えておいてくれ」


 ダンジョンの話を終えたところで、ふと見覚えのある二人組の姿が見えた。

 魔的通信記者のフランチェスカとカメラマンだ。


「こちらにおられましたか」


 一瞬、フランチェスカの視線がスーフィリアに止まり不自然に見開いた。


「……実は急な仕事が入りまして、今日にでもラズハウセンへたなくてはいけなくなったんです」


 彼女は詮索しなかった。


「こんな夕刻にですか、大変ですね」

「それでですね、少し手短に取材をさせていただけないかと思いまして」

「……言っときますけど写真はダメですよ?」


 カメラマンは動きを止め、構えようとしていたカメラを下げた。


「承知しています。簡単な質問に答えていただきたいだけです」

「ところでラズハウセンで何かあったんですか?」

「ああすいません、帝国がまたも現れたそうです」

「帝国が?」

「はい。なんでも白王騎士の中からまた殉職者が出たそうなんです。確か名前はヒルダ・エカルラートさんでしたか、彼女はラズハウセンにワイン畑を持つ、エカルラート家の……ん、ニトさん?」


 それは、あまりに突然のことだった……。

 シエラはテーブルに視線を落とし、青ざめた表情は動かない。


「嘘、でしょ……」


 トアは言葉を失った。

 ネムは小さな悲しい声をもらしうつむいた。

 それは、俺にとってもすぐに呑み込めるような話ではなかった。



 ヒルダの葬儀はエカルラート邸で行われた。

 白王騎士は全員出席したが、参列者はヒルダの母――マリアの意向により少数であった。

 ラズハウセンに戻ったシエラは棺に入れられた姉の姿に、どこか現実味を感じ得ない。

 マリアは芝の上に崩れ落ちた。

 土葬されていく娘の姿に耐えられなかったのだ。

 だがシエラは涙一つ流さなかった。

 浮足立つ感覚と、まだ姉が生きているような感覚。

 それは数日が過ぎても一向に消える気配がなかった。


 それ以来、シエラは部屋に籠り続けていた。

 外出といえばバルコニーへ出る程度のものだ。

 晴れた空は当然、晴れた空として見えている。

 だが浮足立つ感覚が抜けず、まるで夢の中にいるような感覚が続いていた。


 欄干らんかんの傍に立つと、エカルラート邸の門を潜るラインハルトの姿が見えた。

 シエラは数日ぶりに庭園へ下りることにした。


 ラインハルトはシエラに、ヒルダが亡くなった経緯を伝えにきたのだった。

 シエラは黙って彼の話を聞く。


「今回、奴等の狙いは捕虜のみだった。無理に対峙する必要もなかった、だがヒルダは……俺が侵入にもう少し早く気づいていれば、こんなことにはならなかった。すまない」


 ラインハルトはシエラが話の聞ける状態になるまで数日待ったのだ。

 だが依然としてシエラの目線はテーブルの上を右往左往と徘徊している。


「シエラ、もし……もし帝国と戦争になった場合、お前はどうする?」

「……」

「戦いに参加するか?」

「分かりません……」


 何かあったのだと思った。

 この数日の間に、戦争という言葉がちらついてしまう出来事があったのだ。

 だが今のシエラにとってそれはどうでもいいことだった。



 砂利がどこまでも続く荒れた地面を何頭もの馬がだらだらと歩いていく。

 帝国の一団である。


「いやぁ、それにしてもガゼルさん。助かりましたよ。この度はどうもお世話になりました」


 今回、隊を率いてギドを奪還した、獅子の獣人ガゼル・クラウン。

 彼は以前よりもさらにやつれ気味なギドに、同情することなく淡々としていた。


「礼など不要だ、分かっているだろう?」

「勿論です、罰は受けましょう。あれだけ用意して何もできなかったのです、言い訳はありません、が」

「……なんだ?」

「あの訳の分からない者さえいなければ、こんなことには……」

「話には聞いている、Sランク冒険者のニトだったか? 既に世界中がその名を知っている。だが随分と日も経つというのに情報が何もない。どういうことだ?」

「知りませんよ、たかが冒険者です」

「だが、お主はそうは思っておらぬのだろう?」

「そうですねえ……あれは一種の化け物ですよ。気づいたら私のペットがすべて殺されていました。さらにフランまで」

「なるほど」

「初めて見ましたよ、上級魔法を素手であしらう者を」

「素手だと?」

「はい、我らはただ遊ばれていただけでした。彼はフランの魔法を手で掴み、投げ返したのです」

「……だがいずれにしろ、これはお主の失態だ。あのお方はそうお考えになるだろう」

「だから分かっていますと言っているでしょう。ところで、あなたが救出にきたということはアルテミアスに用があったということでしょうか、トライファールは手に入りましたか?」

「いや、先をこされた」

「はて、どちら様ですか?」

「お主も察しはついておろう、龍の心臓だ」

「なるほど、彼らですか。お互い、上手くいかないものですねえ……」


 帝国への道すがら。

 帰路に着くガゼルの表情は晴れない。

 ガゼルの頭には、今もその際に遭遇した、異様な5人の子供の姿があった。

 説明しようにも見当がつかず、ガゼルは馬の上で考えに耽る。


 ギドは相変わらずの不敵な笑みだ。

 それが意味するのは次なる襲撃か、戦争か……。

 いずれにしろ遠くない未来、大規模な争いが起こることは間違いないだろう。

 帝国の襲撃、という文字が魔的通信の大見出しを彩ったその日から、世界は予兆を感じ取り、不安を抱いたはずだ。

 彼のその笑みにはそんな意味が込められているのかもしれない。


「まだまだこれからですよ――――」



 地図を取り出し、馭者ぎょしゃに行き先を伝える。

 そこにシエラの姿はない。

 トアは浮かない顔で先に馬車へ乗り込んだ。


「ご主人様、シエラはどうするのですか?」


 ネムは俺のズボンのすそから手を放すと馬車へ乗り込む。

 帰りを待つべきだと、そう言っているんだ。

 そんなことは分かってる……。


 ダンジョンは神出鬼没なもので、いつまでもそこにある訳ではないらしい。

 いつ消えるか分からず、今にも消えてなくなっているかもしれないのだ。


 シエラを見送ってから一週間が過ぎたが、戻ってこなかった。

 知ってか知らずか、シエラは自分を待たずに行ってくれとそう言っていた。

 いや、分かってたんだろう。

 ダンジョンのことも、自分が戻れなくなることも。


「マサムネ、本当にいいの、ここれで?」

「俺たちは冒険者だ、ダンジョンを優先する。それにシエラはこうなることが分かってたんだろう、だから先に行けと言ったんだ」

「分かってるけど」

「……ああ、俺も分かってるさ」

「ニト様、馬車が出ますよ」


 スーフィリアに促され、最後に俺も乗り込んだ。


 遠ざかる学院に門。

 まるでシエラからも遠ざかっていくような、そんな感覚に襲われた。

 だが俺たちは前に進まなくちゃいけない。

 それが最善であり、シエラもそう考えたんだろう。


「……行こう、ビヨメントへ」


 行き先はビヨメント。

 何の偶然か。

 ダンジョンの現れた砂丘から一番近い町の名が、ビヨメントだった。

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