第8話 隠見する頸動脈

 ダンジョンが現れた。


 噂は生徒たちの集中力を奪い、校内中はその話題で持ちきりとなった。

 サブリナ校長直々に全校集会が行われ、俺たちはそれが噂ではなかったことを知ったのだが。


「本校ではダンジョンへの挑戦を固く禁じます。それでも参加される場合は保護者による魔法契約の施された印鑑をお持ちください。その際、学校側は一切の責任を負いません」


 壇上に上がった校長先生いつになく強い口調で言った。

 おかげで公会堂はありえないくらいに静まり返っていた。


 空気間に耐えられず、俺は一人その場を後にする。

 外に出てのんきに深呼吸をしたところで、ある二人に呼び止められた。


「少しお時間よろしいでしょうか?」


 いつか見た魔的通信記者の二人組だった。


「そんなに警戒なさらないでください、あなたが英雄のニトさんであるという情報は既に掴んでいます。こちらとしては話を少しだけ聞かせていただければ」

「急いでるので」


 お面をしていて良かった。

 彼女の背後にい無精ひげのおっさんはずっとカメラ的な魔道具を構えている。


――『《龍結晶の指輪》に反応がありました』


 頭の中でアナウンスが鳴った。

 またジークたちか……幸い声は俺にしか聞こえないが、こんな時に。


『ニト……聞こえるか?』


 面倒くさい、何の用だよ。


『面倒くさくて悪かったなあ……俺だ、アルフォードだ』


 ん……声に出さなくても会話ができた?

 流石は念話専用機具だ。

 そうか、これは声に出す必要はなかったのか。


『何から話せばいいのか……』


 頭の中では念話が聞こえ、目の前ではフランチェスカと名乗る女がうるさい。


『イチジョウって、知ってるか?』


 ……は?


『俺の予想だと、多分こいつはお前の知り合いだと思うんだが……違ったか?』


 何故アルフォードの口から一条の名が出て来るんだ。


『簡単に言うとな、新メンバーにイチジョウを加えたんだ』

「はあ!?」


 思わず大声を出してしまった。


「す、すみません、何か失礼なご質問などありましたでしょうか?」

「あ、いや、別に」


 質問? 全く聞いていなかった。


『お前の言いたいことは分かる。お前とアリエスの会話は聞いたし、お前の復讐対象に一条が入っている可能性も考えた。ただまずは話を聞いてほしいんだ』


 話だと?


『一条に出会った時、こいつは別の勇者に追われていた。一条はその時点でグレイベルクを離れるつもりだったんだ。要約するとだな、こいつはヒダカマサムネを探してる』


 ……は?


『意味は分かるよな?』


 どういうことだ、一条が俺を探している?

 死んだことになっている俺をか?

 何のために?


『お前のことはまだ話してないが、ニト、どうする?』


 素性は明かさない、これは絶対だ。

 もし明かせば俺はお前たちの前から消える。


『……分かった。ならこの件はイチジョウには黙っておく、それでいいな。じゃあ本題に入る』


 まだ何かあるのか……。


『アルテミアスという大国を知ってるか、俺たちは今からその国を襲撃する』


 また面倒な話か。


『そう言うな、アルテミアスの王がつい最近、国民に対して大量虐殺を行ったらしい。襲撃に目的は、王と王女の暗殺だ。』


 ……王女って、スーフィリアか?


『ん、知り合いか? そうだ、スーフィリア・アルテミアスだ。彼女も虐殺に加担している』


 スーフィリアが加担?……いや、そんなはずはない。

 むしろあいつは虐殺を止めようとしていたはずだ。


『細かい話はあとだ。参加する場合はいつも通り転移の呪文を唱えろ』


「ニトさん、写真を一枚よろしいですか?」

「は?」

「写真です」


 フランチェスカはにっこりと笑い。


「できればその小人族のお面を取って素顔を見せていただきたいのですが」

「写真はお断りさせていただきます。それに俺はニトじゃありません、ただの在校生です」


 俺は背後の男が持っているカメラに術式を破壊の魔術を掛けた。


「おっとっと、なんだこりゃあ!?」


 途端にレンズが割れ、カメラから煙が上がる。


「どうしました、ドリー?」

「カメラが爆発しやがった」


 フランチェスカは俺を睨み。


「あなたの仕業ですね?」

「何がですか?……」

「……私は、ただ知りたいだけです。誰があの襲撃を止めたのか、Sランク冒険者ニトとは一体なんなのか?」


 Sランク?

 俺はBランクだったはずだが……。


「Sランクですか、凄い冒険者ですねぇ」

「ええ、だからこうして探しているんです」

「……素顔を取られるのは困ります」

「では質問だけでも」

「……一つだけお答えします」


 答えないと逃がしてくれそうにない。

 俺が気になっているのはこんな記者ではなくスーフィリアや一条だ。

 さっさとあいつらを問い詰める必用がある。


「職業はなんですか?」

「ヒーラーです」

「ヒーラー!?……そんな、まさか……ではお住まいは? 出身地は?」

「質問は一つです。これ以上はまたの機会にということで」

「ちょっと!」

「あ、写真は絶対ダメですよ?」

「……」

「俺がニトだと分かったなら、どうせ仲間のことも調べてるんでしょうけど、写真はダメです。そんなもの載せたら……分かってますよね?」


 フランチェスカの喉の音が聞こえた。

 転移呪文を唱え、一先ず学院を後にした。



 目を開けたあと、俺は奥の一条の姿から目を逸らすこおとができなかった。

 まったく、何故こんなことになっているのか。

 よりにもよって龍の心臓に一条が加入するとは。


 俺は一条を紹介され。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 面の下で一条を睨む。

 赤い仮面に潜伏のローブ。

 この姿なら俺だとは気が付かないだろう。


「スーフィリアを殺害する理由について教えてください」

「説明する」


 ジークが言った。

 だがそれは俺にとって理解しがたいことだった。

 虐殺の首謀者が、スーフィリア本人であるというのだ。


「異論はないな?」

「……はい」


 だが嘘を言っている訳もないと分かっている。

 だが俺には確かめる必用がある。

 スーフィリア本人に。


「ではこれよりアルテミアスを襲撃する。作戦は前と同じだ」

「また正面突破ですか」

「ああ、この国は技術大国ではあるが武力面においてはグレイベルクよりも劣る。おそらく問題ないだろう。だが先に言っておきたいことがある」


 ジークは前置きし。


「イチジョウはこれが初陣になる。前にも言ったと思うが俺たちに負けは許されない」

「私に彼を援護しろと?」

「頼めるか?」


 なんて性格の悪い奴なんだ。

 ジークは俺が断れないことを分かっているんだ。

 余計な問答にはボロが出やすい。


「問題ありません。説明は以上ですか?」

「ああ、これで全部だ」

「分かりました。では私からも一つあります。王女は私に任せてください」

「……いいだろう」


 ジークは了承した。



「ニトさんはどう言った魔法を使われるんですか?」

「機会があればその内お見せしますよ。ですがあまり期待はしないでくださいね、私は無能ですから」

「無能?…………まさか、皆さんから聞きました、ニトさんは一番強いそうじゃないですか!」

「買い被り過ぎですよ。所詮、私は……ところで聞きましたよ。一条さんは勇者召喚で呼び出された。異世界人だそうですね?」

「そうなんです。一時はどうなることかと思いましたが、どうにかやってこられました」

「そうですか……」

「ところでニトさんにお聞きしたいんですが」

「何でしょうか?」

「日高政宗という人物についてご存知ありませんか?」

「……珍しい名前ですねえ。聞き慣れない名ですが、お友達か何かですか?」

「……どうでしょう、彼はそうは思っていないでしょうね。俺たちは彼を見捨てましたから」

「訳ありの様ですね。申し訳ありませんが知りません。ですがもし旅の途中でその名を聞くことがありましたら、お伝えしましょう」

「助かります」


 けい動脈。

 これを切ると脳に血が行かなくなり、最終的に人は失血死する。


 視界にちらつく一条の首筋。

 いつでも殺せる、今じゃなくてもいい。

 今は待つんだ。


 俺たち二人はアルテミアスの防壁の上を歩いていた。

 俺が黒い翼――怠惰の私翼を見せた時はジークも驚いていたが、一条は慣れたもんだ。

 もう知り合いのように話し掛けてくる。

 社交的な面がうざい。


 防壁の上では一定の間隔を空け衛兵が配置されていた。

 この数の衛兵に気づかれることなく侵入できたのは《神速》があったからだ。

 一条はこの速さでも振り下ろされなかった。

 勿論そうならないように俺が支えていたからだが……。

 今殺せば「助けられなかった」なんて言ってもジークたちは信じないだろう。


「俺がいきましょうか?」


 柱の陰に衛兵が一人。


「いえ、一条さんはここでまっていてください。この国は技術大国です。これからさらに大きくなります。無暗に衛兵を殺すようなことはしたくありません」

「ですがこの国は――」

「分かっています。ですが、それは王女に直接確認してからです。それまでは待ってください」

「……分かりました」


 俺は一条に待機を命じ《神速》で衛兵に接近し。


「なっ!」


 捕え、陰まで連れて来た。


「――《束縛する者ディエス・オブリガーディオ》」


 白い腕で縛り上げる。


「大人しくしてください。危害は加えません」

「んん、んん!」

「抵抗するなら殺します。もう一度言います、抵抗を止めてください」


 言葉が通じたのか衛兵は抵抗を止めた。


「私たちは《龍の心臓》と言います」


 衛兵は目を見開いた。

 目線が下に垂れる。


「ご理解いただけたようで何よりです。反応からして、王の愚行についてはご存知という訳ですね?」

「はぁ……はぁ……お前ら、王を殺しにきたのか?」


 猿ぐつわを解かれた衛兵は呼吸を整えながら言った。

 怯えた様子はない。


「その通りです」

「……そうか」


 意外とあっさりした反応だ。

 俺たちが来ることを分かっていたのだろうか。


「王の娘について聞きたいことがあります」

「スーフィリア様か?」

「そうです」

「知っていることを教えてください。王が一部の国民に対し大量虐殺を行ったことはご存じですよね、その虐殺を指示したのが王ではなく、王女様だという話は本当ですか?」

「本当だ」

「素直ですね」

「隠すつもりはない。おそらく俺に関わらずほとんどの者がそうだ。俺たちはある意味あんたらを待ってたんだ」

「どういうことですか?」

「この国はもうおしまいだ。いや、もう随分前からそうだったのかもしれない。先進技術を独占し、王は金と欲に溺れた。そして自分の望み通りにこの国を支配した。逆らう者はアルテミアス家の人間であっても殺された。あの王は狂っている!」

「だから私たちに王が殺されるのを待っていたと?」

「そうだ」

「王女が虐殺を命じたというのはどういうことですか、王の命令ですか?」

「詳しくは知らない。だがそうではないだろう、あの姫も狂っているからなあ。ある意味じゃ王よりも酷い。善悪の右も左も知らない子供が、その王の愚行を教わりながら育っていくんだ。どんな人間が生れるのか、あんたにも分かるだろ?」


 だがあの時はそんな風には見えなかった。


「一条さん、王座の間へ向かいましょう」

「ちょっと待ってくれ。他の衛兵はどうなるんだ」

「色々と教えていただいたお礼良い事を教えてあげましょう。私たちの目標はお話の通り、王と王女です。そしてその側近も殺害対象に含まれています。私は殺すつもりはありませんが、他の仲間はもしかしたら衛兵でも殺すかもしれませんね。そうなりたくなければ逃げることです。お仲間にも教えて上げてください。しばらくここには近づかない方がいいと」

「……分かった」


 俺の衛兵を逃がした。


「何と言いますか、ニトさんは話に聞いていたよりも穏やかな方なんですね」

「穏やか?」


 一条は意外そうに言った。


「グレイベルクの王城を消したのも、アリエスや王を殺したのもニトさんだとジークさんから聞きました。ただ俺にはニトさんがそこまでするような人には見えないといいますか、少し違和感があるんです」

「あの国は別ですよ。アリエスやヨハネスが存在したことで生まれた闇が今までにいくつあったのか……想像が追いつきません。一条さんがお探しの日高さんもその闇の一つではありませんか?」

「闇、ですか……」

「一条さんは何故、日高さんを探しているのですか?」


 一条は渋るように言った。


「日高くんがアリエスに飛ばされた時、俺は自分の身を優先しました。一つ間違えれば自分が飛ばされてしまうと思ったんです。気づいた時、日高くんは目の前から消えていました。俺は彼を見捨てたんです」

「なるほど……」

「俺は日高くんに気づいて欲しかった。人に頼ることを」

「頼る?」

「はい。彼は不器用なところがあったんです」


 他人のことをよく知りもせず、よくここまで言えるもんだ。


「ですが結局、俺は彼を見捨てました。頼れと言っておきながら見捨てたんです」

「なるほど。ところで今、飛ばされたと言いましたか?」

「はい」

「ということは彼はもう……」

「いえ、日高くんは生きています、生きているはずなんです!」


 感情的な口調だった。


「では生きていたとして、彼に会ってどうするつもりですか?

「彼は飛ばされる寸前、俺たちに言ったんです。必ず殺しに戻ってくると……」

「復讐ですか……」


 よく覚えてやがる。


「はい。ですが俺は彼にそんな道を歩んで欲しくはありません。復讐は復讐しか生み出しません。日高くんが今どこにいるのかは分かりませんが、この世界には死が溢れています。勿論、俺のいた世界にも死はありましたが、この世界ほど身近なものではありませんでした。そんな死が当たり前の世界で、彼が何をするのか……俺には分かります」

「一つ伺ってもいいですか?」

「なんでしょうか?」

「一条さん彼が何をすると思っているんですか?」

「……具体的に何をするのかは分かりませんが、彼は復讐のためには手段を択ばないかもしれません。その過程で何かしらの被害が出る可能性があります」

「では殺すべきですね、被害が出る前に手を打っておく必要がある」

「彼は悪人ではありません!……す、すいません」

「いえ、こちらこそ、言葉が過ぎました」

「そうしなくてもいいように、彼を探しているんです」


 こいつは俺が本当に生きていると思っているらしい。


「見つけてどうするんですか?」

「助けます。助けて……今度こそ見捨てません」


 その言葉には嘘がないように思えた。




 先日訪れた際と何ら変わらない廊下。

 このまま進めばいずれは広間の大扉前に辿り着く。


「不審な魔力を感知したと思い来てみれば……」

「ニトさん、すいません。俺には認識阻害がないので」

「いえ、仕方のないことですから」


 いきなり見つかってしまった。


「この国の者ではないな、何者だ?」


 こいつの顔には覚えがある。

 あの紅いドラゴンと出会った時、スーフィリアを護衛していた男だ。

 たしか名前はヒースクリフだったか。


「王と王女を殺しに来ました、何か異論はありますか?」


 単刀直入に訊ねた。

 この問いはシンプルなだけでなく効率的だ。

 相手が最初に示した反応次第ですべてが分かる。

 つまり、この問いに対する返答は大きく分ければ二つしかない。

 あの衛兵のように納得するか阻止しようとするかだ。

 仮にも俺たちは不審者なのだから、拘束もしくは刃先を向けられるのが普通だろう。

 だがそれ以外なら、こいつもあの衛兵同様この国の体制に疑問を抱いている者の一人ということになる。


「……ふざけているのか?」


 ヒースクリフは腰に差した剣を抜いた。

 つまりはそういうことだ。


「一条さん、どうやら彼は王権派の者のようです」

「では俺がやりましょう」


 一条は手には光源と共に金色の剣が現れていた。

 あれは確か《勇者の剣エクスカリバー》だったか。

 勇者のみが扱うことのできる恩恵だ。


「ニトさん、俺はこれがほぼ初めての対人戦になります。命のやり取りは初めてです」

「分かりました、私の判断で援護しましょう」

「すいません、助かります」


 一条はさっそく距離を詰める。

 彼の身のこなしと剣術はそれなりのものだった。

 おそらくアルフォード辺りが教えたのだろう。

 ヒースクリフの剣と刃とが触れ合った直後、ヒースクリフの刃先が一条の剣に斬られた。

 これが勇者の力か……。


 戸惑いを見せたヒースクリフは距離を取った。



「《鍛錬クレイセル》!」


 ヒースクリフは手に現れた魔法陣を折れた剣に手をかざした。

 ゆっくりと手のひらをスライドすると、切られたはずの刃先は修復された。


「見事な剣だ。だが使い手がこれでは宝の持ち腐れだな」


 確かにヒースクリフの言うとおり、一条の剣は隙だらけでもあった。

 強力な一撃ではあるが未熟だ。

 剣術を理解した俺にはそれが分かる。


「《風刃ソリード》!」


 一条は風の刃を放った。

 だがヒースクリフは剣でいなし、体勢を整え右手の光源から複数のナイフを放った。

 だが一条はナイフすべてを金色の刃で斬り落とす。

 休むことなく、一条の足元に巨大な魔法陣が現れた。

 白い魔法陣だ。


「ニトさん、俺には余裕がありません。これで決着をつけたいと思います」

「お任せします」


 一条は魔力が上昇する――。


「《爆轟烈覇エクスプロージョン》!」


 その瞬間、ヒースクリフの足元に魔法陣が現れ、現れたと同時に大爆発が起こった。

 勢いは凄まじく、周囲の建物そしてこの城の廊下を形作っていた柱や壁面や天井巻き込み、破壊した。

 爆風と共に破片が飛び散る。

 空間を包むのは砂埃だ。

 視界が晴れた後、そこにはヒースクリフどころか、先ほどまであった廊下を形作る様々な物が瓦礫がれきの山となっていた。


 俺に言わせれば理不尽を体現したような魔術だ。

 この力があればのダンジョンの攻略にも苦労はしないのだろう。

 一つ救いがあるとすれば、それはこの力を佐伯が手にしなかったことだ。

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