第7話 憂う王女
その昔、当時小国と呼ばれていたアルテミアスには豪国ラトスフィリアという敵国がいた。
ある日、両国との間に戦争が起きた。
ラトスフィリアは武力で成り上がった国だ。
その兵力は凄まじく、到底アルテミアスが敵う国ではなかった。
アルテミアスは戦争に敗北し、ラトスフィリアの申し出により一方的な同盟が築かれた。
だがそれは小国であった当時のアルテミアスには、願ってもいない好機であった。
その後、アルテミアスはトライファールという独自の技術を基盤に大国へと勢力を拡大させた。
一方、ラトスフィリアは現在に至るまで強靭な兵力を基盤に国を維持してきたが、大国としてはアルテミアスよりも一つ劣る存在となった。
だが今も尚、同盟は続いている。
伝令から受け取った文書に目を通すスーフィリア。
王はその思わしくない表情に疑問を投げかけた。
「以前よりトライファールが認可していない他国で使用され、販売されていることは確認しておりました」
それはポータスという魔道具だ。
これにはトライファールが使われている。
アルテミアスの闘技場では剣闘士が週に何度か死闘を繰り広げている。
しかし座席には制限があり観戦など貧困層には手の届かないものだ。
金のある人間から席は埋まっていき、余りが中間層以下に回ってくるが、実質国民の大半は中にすら入れない。
そこで現れたのがこのポータスだった。
「ポータスは映像を映す魔道具です。つまり、これがあれば自宅からでも闘技場の様子を観戦することができます」とスーフィリア。
「王女というより通販番組の司会者に見えてきたな」
とトアの耳元で囁く政宗。だがトアにはちんぷんかんぷんだ。
だがポータスは非常に高価な物であり、スーフィリアには知らされていなかった。
それは一般国民のほとんどには手の届かない物であったのだ。
「近年、ポロジストと呼ばれるポータスと酷似した商品が出回るようになりました。現在、国民の大半がこのポロジストを所有しているようなのです」
闘技場の死闘はアルテミアスの国民にとって一つの娯楽だ。
チケットは瞬時に完売し、裏では高額で売買されている程である。
だからこそポータスの出現は革命的であった。
だが庶民には到底届かない物。王族はそこまで考えていなかった。
対してポロジストは安価だ。
「出所を調べたところ、どうやら首謀者はラトスフィリア内に住居を構える商人だということです。一体どこから漏れたのか……」
「ラトスフィリアは何と言っている?」
「……この件に一切関与しないと」
「なあ王女様、何をそんなに驚いてるんだ」
焦るシエラを他所に、政宗はスーフィリアに耳元で尋ねた。
「これは国の存亡に関わる事態なのです」
「存亡?」
「関与しないということは協力もしないということです。つまり私たちはその者を捕らえることができません」
当然、許可なく国境を越えることはできない。
だがそれでは首謀者は野放しだ。
「よい、あれを使う」
「……ですがあれは」王の言葉にスーフィリアの表情が戸惑う。
「勘付く者はおるやもしれぬが、証拠は挙がらぬ」
と王が静かに右手を掲げた。
すると傍に待機していた衛兵複数人が槍を構え、政宗たちを囲んだ。
「……何のつもりだ」
政宗は事態を理解しつつ静かに問い、王へ鋭い視線を向けた。
「お父様! 彼らはわたくしを!――」
「娘を助けてくれたことには感謝しよう、報酬もくれてやる。だが生かすも殺すも我の気分次第だ、この国ではな」
「そんな! 我々は口外するつもりなど――」
シエラは切迫した様子で訴えた。
「国民に余計な心配を与える訳にはいかぬのだ、分かってほしい」
面倒くさそうな目つきと悲しみを演出する表情。王の声に「ふざけてやがる」と小さく怒りを表した。
「俺たちが喋るとでも?」
「流れ者であるお主らの何を信じろと言うのだ。殺した方が早く確実だ」
「……初めから殺すつもりだったのか」
「気分によりけり、だ」
王の声はいたって冷静だった。
抑揚なく淡々と語り、政宗は次第にシエラが忠告していた理由について理解した。
「――《
政宗の体が赤黒いに球体に包まれ、瞬時に必要最低限拡大し衛兵の持つ槍の先端を消失させた。
兵はたじろぎ、王は眉間に皺を寄せた。
「貴様……」
「この国の事情に興味はない。クズに王座から見下されようが俺は何の感情も抱かない。敬いもしないがな。だが口外するつもりもない。それでも手を出すっていうならお前、分かってるんだろうなあ」
「……分を
「
二人の睨み合いがしばらく続く中、広間には沈黙が流れた。
王は得体の知れない政宗の魔法と、スーフィリアの話が気がかりだった。
ドラゴンを追い払ったという話は、王にとっても誰にも信じ難く、この場において強烈な印象を与えるものだった。
「覚悟の意味は分かるよな、国を賭けろと言ってるんだ」
「貴様、ドラゴンを追い払ったという話は嘘ではあるまいな」
「は? 急にどうした、その話はとっくに終わってるだろ」
「お父様! それは本当です。ニト様はわたくしとジークハルトから
「……信憑性に欠ける話ではある。あれに対抗しうる人間はいない。だが娘が生きていることは事実だ。それにその魔法も奇妙だ……」
政宗は黙り込む王の言葉を待った。
余計なことは言わず、同じく黙ることにしたのだ。
「下がれ」王の言葉に衛兵は武器を下げ所定の位置に戻った。
「賢明な判断だ、話の分かる王様で良かった。感謝します王様、では、俺たちはこれで――」
皮肉を吐き捨て立ち去ろうとした時、政宗の左眼が紅く光る。
小走りで政宗の後を追う三人。
そして王は、その眼光をはっきりと見た。
表情は強張り、肘掛けに下ろしていた手と指先が微かに震え始める。
抱いた恐怖を悟られまいと指先で額に軽く振れながら、王はその表情を隠した。
「――手を出すな!」
許可なく立ち去ろうとする政宗たちの前に立ち塞がった衛兵は、王の言葉に戸惑いつつ退いた。
「スーフィリア、約束通り、あの者らに褒美をくれてやれ」
「……」一拍の間の後、スーフィリアは一礼し政宗らの後を追った。
「マグフィスを発動せよ!」
しばらくして深い溜め息の後、気を切り替えたような表情で顔を上げ、呼吸を整えると王は告げた。
※
同時刻、アルテミアス国内ではとある問題が発生していた。
「おい、何だよこれ! 映らねぇじゃねえか!」
アルテミアスの市街地――住宅街のとある家からその怒鳴り声は聞こえた。
外装は砂で作られたような簡素なものだ。
居間に置かれた魔導受像機――ポロジスト。
その画面が突然に真っ暗になったのだ。
「どうした!」
次第に増した怒号に、気になったのか隣人が家を訪ねる。
「トミーか、それが変なんだ。ポロジストが映らなくなっちまったんだよ」
「え、お前も!?」
「……え、まさかお前もなのか?」
窓の外を見ると付近の家々から出てくる戸惑う住民たちの姿が見えた。
そして同じようにポロジストが壊れたと口々に嘆いている。
すると一人の男がこう呟いた。
「いや、これは変だ。同時に何台も壊れるなんて、そんなはずがない。まさか……闘技場から流れる魔力を、国が遮断したんじゃないだろうなあ」
この一言が始まりであった。
それはたちまち国内に広まり、ポロジストを手に民の大群が闘技場の前に押し寄せた。
いつしか演説を行う者が現れ群衆は静かに耳を傾ける。
「これは横暴だ! 我ら国民を侮蔑し卑下している! 決して許される行為ではない!」
ポロジストがポータスを模して作られた違法な物だということは、集まった国民たちも理解している。
だが国はポロジストの購入や使用を違法とはしていない。
動機は理不尽への対抗だ。もはや彼らを抑えることはできない。
これは氷山の一角であり、これまでにもあった王の横暴を含めついに彼らは耐え切れなくなってしまったのだ。
そして怒りに支配された群衆は最後の行動に出る。
※
――バーファレク城。
日の落ちた頃、政宗らはスーフィリアの厚意により遅いランチをご馳走になっていた。
「いやー、王女様も気が利くよな。あの髭面とは大違いだ」
髭面とはアルテミアス王の事だ。
政宗はロブスターのような甲殻類から身を穿り出し、フォークで刺してかぶりついた。
「マサムネ、半ば仕方がなかったとは言え、あれは王です。口は慎んでください」
シエラはフィッシュビーフと名付けられた赤身のステーキをナイフで切り分けていた。
「“あれっ”て言っちゃってるじゃん」
「こ、言葉のあやです」
ステーキを頬張ったシエラはさっぱりとした歯応えに
「今日はなんだか一日が短かったわね」
「そうか? ん、あれ、なんか聞こえないか?」
政宗の言葉にトアは耳を澄ました。
「……確かに、聞こえるわ」
「人の声でしょうか、それもかなり大人数であるような……」
「なんだか焦げ臭いニオイがするのです」
表情を変え、四人は部屋を飛び出した。
廊下に出るとそこは城の上階に位置する屋外の廊下。
四人は城の外に揺らぐ灯りや黒い煙を見つけ、様子の見える場所を探した。
「……何だこれ」
広々としたバルコニーのような場所に辿り着き、柵の内側から正門前を覗く――。
そこには松明を掲げ牽制する数えきれない民衆の姿があった。
目で追える範囲だけでも市街地の遠くの方まで続いている。
「なあ、なんかヤバくないか?」
「そうね、私たちは逃げた方が良いんじゃないかしら?」
「ここにおられましたか!」
そこにスーフィリアが現れる。
「あ、王女様。そんなことよりこれ、どういうことだ?」
「暴動です」スーフィリアは深刻そうに答えた。
「だろうな、見ればわかる」
「お父様がマグフィスを発動したのです。それは闘技場からポータスに流れる魔力の波動を検知し遮断するものであり、ポロジストも同様です」
「試合が見られなくなっただけで?」
「この国の民にとってはそれが唯一楽しみなのでしょう」とシエラ。
「そうです」スーフィリアは否定しなかった。
「あんまり優遇された国じゃないってことか、あの王様以外は」
「……否定はいたしません」
「俺たちに喋っていいのか、あの髭面が許さないだろ」
「既に隠し通せるものではなくなっていますので……」
「……そうか。それで、どうするんだ?」
その質問に顔を伏せるスーフィリアの反応に、政宗は想像できる範囲で察した。
「……俺たちすら殺そうとしたあいつの事だ、注意だけじゃ済まないんだろうな」
「どういうこと?」とトア。
「みんな松明を持っているのです」
「俺たちはもう出た方がいいってことだ、馬車は用意してあるんだろ?」
「はい、門の外に待機させております、直ぐにでも出発が可能です。裏口を使ってください」
「そうか、世話になったな」
「いえ、こちらこそ、命を助けていただきありがとうございました」
「お前が王ならこんなことにはなってなかったか?」
「……どうでしょう。分かりません」
「あの髭面が何をしようとしてるのかは想像がつく。お前はそれでいいのか?」
「わたくしは……」
「王女なんだろ?」
「……王女です。ですがわたくしは所詮、王女なのです」
「力をお貸ししましょうか?」とシエラ。
「止めとけ」
政宗は遮った。
「こいつは命の心配をしている訳じゃない。それにこれはアルテミアスの問題だ、部外者が口を挿むべきじゃない。ラインハルトが捕虜を殺させなかったようにな、そうだろ?」
「……そうですね」
シエラは言いかけた言葉を止めた。
「こう思われているのでしょ? 頼りない王女だと、お飾りだと……」
「別に思ってない」
「嘘です、わたくしをダメな王女だと思っているのでしょ?」
数秒の沈黙の後、政宗はゆっくりと答える。
「お前、まさか俺に父親を殺させようとか思ってないよなあ?」
「思ってません」
「……そうか。だったらいい。じゃあ、もう行くよ。あんたが王になった頃にもう一度訪れる。その時はきっと、いい国になってるだろうから」
※
アルテミアスの防壁を見上げる政宗の目には、何かやり残したことがあるような後悔の念が窺えた。
「やっぱり、凄いな……」
「良かったのですか」シエラは政宗の気持ちを察した。
「何が?」
「助けたかったのではないですか?」
「……いや。多分これでいいんだよ」
「……そう、ですか」
「ラズハウセンって、やっぱ平和な国だったんだな」
「……そうですね」
旅が始まり最初に訪れた国は、政宗の思い描いていたような楽しいものではなかった。
介入すべきでないと政宗は正しい判断をしたと思っている。
トアとネムに手招きされ、二人も馬車に乗り込んだ。
「じゃあ行こう、ハイルクウェートへ」
だが心にはしこりが残った。
助けるべきだったのではと――。
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