第43話 国が消えた日
「終わったが、改めてお前たちに聞きたい。本当に、俺を仲間にしたいか?」
振り返り尋ねてみた。
だが三人は直ぐには口を開かない。
「見て分かったと思うが、俺は善人じゃない。正義を為すお前らとは違う。それでもお前らは俺を仲間と認められるのか?」
「ニト、お前は勘違いしている」
最初に口を開いたのはジークだった。
「勘違い?」
「俺たちは正義などという抽象的なものにこだわっているわけじゃない。もし俺たちが正義を為しているというのなら、そもそもこいつらを殺したりなどしない。異端審問にかけるさ」
直ぐには話を呑み込めなかった。
「俺たちの行為は善悪で語るなら独善に過ぎない。だが意味のある行いだと信じている。アリエスやヨハネスを裁くには時間がかかってしまう。その間にも犠牲者は出る。お前のようにな」
「戦争がどうとか言ってたな、それのことか」
「戦争も犠牲の一つだ。仮に俺たちが行動を起こしていなかったとしても、彼らはいつか異端審問にかけられただろう。だがその前に戦争が起きる。こいつらはそれを理解した上で勇者召喚に手を出したんだ。屈服などしない、必ず争いは起きたはずだ。戦争が始まれば大勢の死者が出る。この国の者だけではない、戦争へ駆り出された他国の兵も死ぬ。いずれはその兵も不足し、各国は付近の村や町からも兵を集め始める。その中には強制的に参加させられる者も出てくるだろう。アリエスやヨハネスを捕らえるだけのために、それだけの人間が被害を受けるんだ」
「確かにその理屈で言えば、この行いは間違っていないと思える。だが俺が言いたいのはそんなことじゃない。俺は私怨でこいつらを殺したんだ。それは俺の殺しを見ていたお前らなら分かるはずだ。それに、およそ俺の事情についても会話の内容から理解したはず」
「お前が勇者召喚により召喚された、異世界人の一人だということか?」
「そういうことだ、俺はこの世界の人間じゃない」
ジークはそこで口を閉ざした。
そして何かを考えているようだった。
「ニト……俺はお前をそんな風には思わない」
しばらくして、そう切り出すジーク。
「エリザもアルフォードもそうだ。お前は傷ついていた、ただそれだけのことだ」
「傷ついていたら何をやっても良いと言ってるわけじゃないよな?」
「ああ、覚悟の問題だ。お前はこれから先、今日を背負って生きることになる。忘れることはないだろう。その覚悟がお前にはあったはずだ。これは悩んだ上での行動であり、お前にとっては必要なことだったのだと理解できる」
確かに必要はあった。
そう思ったから殺したんだ。
でも、何故か心が落ち着かない。
後悔とは違う。
アリエスを殺したことに後悔なんかないはずだ。
後悔でないならこの感情はなんだ?……。
「それに殺せない奴よりは躊躇いなく殺せる者を俺たちは選ぶ。そういった意味での善人は必要ない。それにお前の力は魅力的だ。できれば今後も助けてほしい」
三人は頭を下げた。
だがこいつらにとって、俺はそこまで重要な存在なのだろうか。
「正しいかどうかで言うなら、俺の行いは正しくないだろうな」
思わずそんなことを呟いていた。
何故だ……何故、俺は後悔している。
「気にするな」
アルフォードはそう言ってほほ笑んだ。
「俺はお前がアリエスを殺してくれてすっきりしている。どうせろくな奴じゃなかったし、おそらく母を殺したのはあいつだからだ」
アルフォードの表情には悲しみが見え隠れしていた。
「だが俺は今、そう思いながらも罪悪感を抱いている。この感情はお前の言う悪で間違いないはずだ。お前は、そんな俺を否定するか?」
「否定はしない。アルフォードが酷い扱いを受けていたことは聞いた。何が理由でそんなことになったのかは知らないが、俺にお前を否定する考えはない」
「ありがとう。だが俺もお前を否定しない。ジークもエリザもそうだ。こいつらの心にも闇がある。消えない傷と過去がある。誰だってそうだ、お前だけじゃない」
おそらくこれは罪悪感だろう。
胸に空洞ができたような感覚だ。
だがそんな感情を抱いている根本的な原因が分からない。
分からないが、こいつらは俺を悪ではないと言う。
信じた結果なら仕方がないと、覚悟の問題だと言う。
「俺の名は政宗だ。だがこれまで通りニトで頼む。お前らみたいに有名になりたくはないからな」
その言葉に三人は少しだけ笑った。
「では改めて問う。ニト、龍の心臓に入ってくれないか?」
「……いや。俺は組織には入れない」
そう答えると、三人は拍子抜けしたような表情をした。
「もちろんまだ答えは出せないという意味だ。こんな心の不安定な状態で結論は出せない。でも三人のことは仲間だと思ってる。また何かあったら連絡してくれてもいい、その時は力を貸すよ。この先どうなるかは分からないが、前向きに検討してみるさ」
「では仮加入ということでどうだ?」
無理やりにでも加入させたいのだろう。
やけに嬉しそうな顔で、ジークはそう言った。
※
ヨハネスの戦利品には、特に俺の興味を引くものはなかった。
スキル:《硬化》……物理耐性を上げる。
スキル:《威嚇》……周囲に存在する不特定対象の注意を自らへ集中させる。
魔術:《
魔術:《
魔術:《
魔術:《
魔術: 《
召喚魔術: 《
消耗品:《回復薬【3】》……回復効果のある液体。
消耗品:《魔力結晶【1】》……魔力を回復する鉱物。
装備品:《王の剣》……ヨハネス・グレイベルクが愛用する金の直剣。
装備品:《王の盾》……ヨハネス・グレイベルクが愛用する金の盾。
俺は召喚魔術 《
続いてアリエスの戦利品だが、中身は暗殺に必要なものばかりだった。
スキル:《心眼》……対象の急所を見抜くことができる。
スキル:《身体強化》……《体力》と《俊敏》の値が上昇する。
スキル:《索敵》……周囲に存在する人やモンスター、物などの位置を把握できる。
スキル:《無音》……足音を消すことができる。
魔術:《
魔術:《
魔術:《
装備:《致死のダガー》……致死量の毒が塗り込まれたダガー。
装備:《猛毒のブロードソード》……バジリスクの毒が塗り込まれたブロードソード。
装備:《ウィッチのドレス》……刃をも通さぬ魔女のドレス。
興味本位で魔術 《
この魔術の効果は指定した範囲に、あらかじめ、転移魔法陣を展開しておくというものだった。
つまりその領域では使用者は転移魔法の詠唱を省略することができ、瞬間移動すら可能となる。
詠唱を必要としないため移動が早く、また相手に悟られることもない。
アリエスが首筋の魔女と恐れられた理由がここにあるような気がした。
今回の襲撃で六三人分のスキルと魔術を手に入れた。
戦利品の数自体はそれよりもさらに少し多いくらいだ。
つまり殺した数はそれ以上だったわけだが、結局のところ、衛兵レベルの者たちが所有しているスキルや魔術などは、一般的に価値の低いものに限られているのだろう。
特に大階段で俺たちを包囲した衛兵などは、同じ魔術を複数人が所有していた。
スキルに関して言えば持ってすらいない者までいた。
どうやらこの世界においてスキルはそれなりに貴重なものであるらしいと、《未選択》の文字が消えたステータスを見て思った。
《名前》ヒダカ マサムネ
《レベル》699《職業》ヒーラー《種族》人間
《生命力》41940《魔力》34950
《攻撃》6990《防御》6990《魔攻》6990《魔防》6990
《体力》6990《俊敏》6990《知力》6990
《状態》異世界症候群
《称号》転生者/復讐神の友人/蛇王神の友人
《装備品》聖女の怒り/ブロードソード
《スキル》王の箱舟/ミミックの人生/真実の魔眼/熱感知/浄化/索敵/鑑定/研磨/洗浄/料理/調合/生命探知/水中呼吸/打撃耐性/斬撃耐性/裂傷耐性/裁縫術/落下耐性/毒耐性/麻痺耐性/痛覚耐性/空腹耐性/疲労耐性/威圧耐性/解体術/養殖術/狩猟術/建築術/付与職人/執筆術/薬学/隠密/連射/剛射/威圧/詐欺/掏摸/罠職人/心眼/会心/見切り/鍛冶職人/忍耐力/肉体強化/念動力/魅了/速読術
《固有スキル》女神の加護/復讐神の悪戯・反転の悪戯【極】/神速
《魔術》
《召喚魔法》
把握しきれないほどのスキルと魔術。
スキルに関してはそのまま使えるが、魔術に関しては反転させる必要がある。だがこれだけあれば反転し甲斐があるというものだ。
「さっきから何をやってるんだ?」
大廊下を引き返していると、アルフォードが不思議そうに尋ねてきた。
「いや、何でもない。もう終わった」
そして俺たち四人は王城から外に出た。
外へ出ると、そこにはもう朝日が差し込んでいた。
行きは気づかなかったが、大階段の頂上から一望する城下町は絶景だ。
「三人はこれからどうするんだ?」
「そうだなあ。ミラで朝食でもと考えているが、ニトも来るか?」
「いいのか?」
「もちろんだ。仮加入であれ仲間なんだ、歓迎しないわけがないだろう」
ジークの中で俺はもう加入決定のようだ。
大階段を下り噴水広場を通り過ぎ、来た時と同じように正門をくぐった。
だがそこであることを思い出した。
「ここからミラの宿へ転移する」
「ちょっと待ってくれ」
「どうした?」と、アルフォード。
「……やり残したことがある」
俺は一瞬、頭をよぎったイメージに、それは可能なんだと理解していた。
『マスター、やるなら今だ。迷ってねえでやっちまおうぜ?』
ヴェルは俺が立ち止まった理由を理解しているような口ぶりだった。
「何をするつもりだ?」
ヴェルの言葉に神妙な面持ちを浮かべ、ジークは尋ねた。
「……この城を敷地ごと破壊する」
だがそれだけでは、三人はあまりピンときていない様子だった。
「アリエスに宣告したんだ、この国を壊すと。だが国民を殺すつもりはない。そこでふと思ったんだ、この城を壊せばいいんじゃないかってな」
「城を壊すだと?」
「ジーク、城は王がいることを証明している。つまり王城は国の象徴であり、権力の象徴だろ。ならばそれを破壊すのが、お前らにとっても一番いいはずだ」
「……確かに、お前の言っていることは正しい。城を壊すなんて発想はなかったが、それは勇者召喚への抑止力となるだろう。勇者召喚を行ってはならないと示す必要があるが、言葉で伝えるのは難しい。この先も手を出す者が現れないとは言えない……ニト、やれるならやってくれ」
ジークは否定しなかった。
「ヴェル、そういうことだ。できるか?」
『マスターの考えていることは手に取るように分かる。つまり、この門の向こう側にあるすべての物を丸ごと消し飛ばせばいいんだろ? 城の敷地のみをくり抜くように』
「そういうことだ」
『マスター、俺を侮ってもらっちゃ困るぜ。いや、自分を過小評価し過ぎだ。俺たちの手にかかれば容易いことだ。直ぐに始めよう』
ヴェルの表情はやる気に満ち溢れていた。
俺は門から少し離れ、王城へ向け杖を構えた。
『じゃあいくぜ!』
「ああ、いつでもいい」
『――《
ヴェルが詠唱した瞬間、王城の敷地に巨大な漆黒の球体が現れた。
それはほとんど音もなく現れ、辺りは無風だった。
「おい、ヴェル。ちょっとこれ、ヤバくないか? 敷地の外に被害が……」
徐々に球体は拡大し、敷地を囲んでいる壁に到達する。
だが壁の向こう側にはこの一件とは無関係な国民の住居なんかもあるはずだ。
『何を言ってやがる。深淵はマスターの味方だぜ、それともマスターは深淵を疑うのか?』
「……どういう意味だ?」
ヴェルの目がこちらをギロっと睨んだ。
だが何が言いたいのか分からない。
『深淵はマスターの意志そのものだ。マスターが壊したくないものは壊さねえ。侵したくないものは侵さねえ。消したいものだけ消すのさ。自分を疑うと深淵に吞まれるぜえ』
「……分かった。だったらもっと範囲を広げろ。敷地全体を囲め」
『仰せのままに――』
ヴェルの言っている意味は分からない。
だがこいつは何か確信を持っているようだ。
どれだけ規模を拡大しようと、間違いなど起きないという確信を。
さらに拡大した球体が、城も敷地もすべてを呑み込む間、俺はこの魔法を理解し始めていた。
つまり本質はやはり侵蝕だということだ。
ヴェルが説明したように、この球体は俺の意志に従い壊したいものを引きずり込み、そして侵し尽くす。
『これで終わりだ』
ヴェルがそう告げたと同時に、視界を暗黒一色に変えていたものが静かに収縮し消えた。
そこには大きなクレーターのような深い穴が現れていた。
王城や大階段、噴水広場のみならず、地中をもえぐり侵したのだ。
もはや見る影もない跡地を晴天の輝きが照らしていた。
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