第5話 ただ一つの光明
目が覚めた。
ゆっくりと体を起こし立ち上がる。
足元には小瓶とその蓋が転がっていた。
「そうか……そういえばそうだったな」
どうやら俺は死ななかったらしい。
あの声の主は、俺を殺そうとしていたわけではなかった。
そこでふとあることに気づく。
何となくだ。
何となくだがさっきよりも恐怖を感じない。
心と体が軽く、さらに暗闇が割と見える。
どうやら目が慣れたらしい。
松明を拾い、辺りに異常がないか確認する。
「そういえばまだ開けてないんだった」
もう一つ箱が残っていた。
箱に手を掛け、そっと開けた。
が、それが間違いだった。
「ん……」完全に油断していた。「うっ、うわぁあ!」
気色の悪い音を発しながら、箱が急に飛びついてきたのだ。
「うわあああああああ!」
喰われる。
箱が俺の腕に噛みついた。
それは愛犬に噛まれるのとは訳が違う。
皮膚に牙を食い込ませ、確実に肉を持っていこうとする。
俺は肉を食われた。
左腕から大量の血が滴り落ちている。
制服の袖も持っていかれた。
「はあ……はあ……」
痛くない訳がない。
でも感覚は目の前にいる化け物が肉ごと奪い去っていった。
宝箱の口から生えた無数の牙。
どう考えても違和感しかない細長い足。
一番気持ち悪いのはその長い舌だ。
俺は背を向けとっさに逃げた。
狭い通路へと、ただ無心で走り続けた。
※
「《
これが今の俺を支えている。
手のひらから発せられる小さな薄緑色の波のようなものが、傷口を治していた。
「クソクソクソクソ!」
傷は一回では完治せず《
魔力は残り少ない。
「……終わったな」
俺は悟った。
ここで終わりだと。
《
あと何度使えるかも分からない。
この傷だけでこれだ。
また傷ついて、また同じように治せるとも限らない
「どうしろって言うんだよ……ん?」
その時あることに気が付いた。
ステータス欄に”固有スキル:復讐神の悪戯”という文字が見えたのだ。
「なんだこれ」
先ほどの声を思い出した。
それはあの禍々しい液体を飲めと語る声のこと。
再度ステータスを確認した。
ーーーーーーーーーーー
固有スキル:復讐神の悪戯
復讐神の秘薬を取り込むことにより発現した固有スキル。
このスキルには固有スキル:反転の悪戯【極】が含まれる。
ーーーーーーーーーーー
さらにスキル説明には続きがあった。
ーーーーーーーーーーー
固有スキル:反転の悪戯【極】
職業。ステータス。魔術。スキル。固有スキル。称号。装備品など。
あらゆるものを対象に極めた反転の効果を任意で付与、または解除することができる。
しかしステータスに付与した場合、プラスがマイナスとなり、これが生命力の場合は対象が絶命してしまう為、自身に使うことはお薦めしません。
ーーーーーーーーーーー
悪戯のような説明文だった。
意味が分からない。
「試しに使ってみるか。まずは 《
と、俺がスキルを使おうとした直後だった。
――『固有スキル 《復讐神の悪戯》発動により、固有スキル 《反転の悪戯【極】を発動しました》
謎の声が頭の中に響いた。さらに驚愕する。
――『魔術 《
なんだ、その危ないネーミングは。
侵蝕?
あんなに可愛かった《
俺はステータスを確認した。
ーーーーーーーーーーー
魔術:
魔力消費量:3~
使用者を中心に侵蝕効果のある球体型の波動が囲む。
その波動に触れた者は生命を奪われる。
効果範囲は魔力の配分で拡大可能。
ーーーーーーーーーーー
「なるほど。命を繋ぐ 《
それも同等の状態ではなく極み。
【極】がどのくらいのレベルを意味するのかは分からない。
が、これはもしかしてチートか。
いやチートであってくれ。
「あいつ……もしかしたら倒せるんじゃないか」
そこでふと思った。
「反転前と同じ魔力配分で使えるなら後少しは使えるし」
傷も完治した。
松明を片手に通路の奥を見る。
「よし」
※
部屋に着くと正面に開いた箱が2つ。
閉じた状態の箱が1つ。
どうやらこいつはこの部屋から出られないらしい。
時間が経つと元に戻るわけだ。
「じゃあ何を食べて生きてるんだ」
ここには頻繁に冒険者が足を運ぶのだろうか。
いや、モンスターは食事などしないか。
分からない。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は箱に近寄り魔法を行使する。
「これで死んでくれ!―― 《
《
そこに《
「嘘だろ。反転しただけでこれになるのか」
俺は今、球体に守られている。
表面が不気味にゆらゆらと、赤黒く禍々しい球体が俺を
さらに箱に近づき、奴に目掛けて動を拡大する。
奴は唸り声を上げ正体を現すも、身動きがとれないでいる。
「どうだ俺の魔法は! 気に入ったか!」
箱は唸り声を上げながら部屋の角へと逃げ出した。
魔法を展開しながら後を追う。
「逃げられると思うなよ。腕の借りは返してもらうからな!」
歪な鳴き声。
「なんだその返事は?」
波動に触れた部分から徐々に磨り減っていく。
正に侵蝕だ。
気づけばあっという間に箱の半分が消滅していた。
恐るべき魔法といえる。
直後、箱が突然発光した。
キラキラと光る粒子になり辺りに散ったのだ。
「勝った。そうか……俺は勝ったのか。はっ……はははははは!」
笑いが止まらなかった。
そこへあのアナウンスが頭の中で流れる。
――『固有スキル 《女神の加護》を発動しました。戦利品を一つ選んでください』
声と共に、目の前に詳細が表示された。
ーーーーーーーーー
スキル:《擬態》
スキル:《王の箱舟》
消耗品:《回復薬》
ーーーーーーーーー
「なるほど。これが女神の加護の能力か。そうだなあ……擬態も捨てがたいが。これだな」
ーーーーーーーーー
スキル:王の箱舟
異空間収納。
異空間に持ち物を収納することができる。
大きさに制限はない。
ーーーーーーーーー
「こいつ、箱の癖にいいもん持ってるじゃないか」
そこでまたアナウンスが頭の中に響く。
――『《ミミック【宝箱】Lv:500》討伐により、経験値を振り分け、レベルアップを開始します』
「あれはやっぱりミミックだったのか。まあ知ってたけど。定番だし」
レベルアップを告げるピロピロとした音と共に、ステータスの数字が上昇していく。
「ん、レベル500!? いやちょっと待てよ。あいつそんなに強かったのか」
おかしくないだろうか。
俺はレベル1であいつは500。
だがアナウンサーは答えない。
――『経験値の振り分けを終了します』
俺のステータスは大変なことになっていた。
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ヒダカ マサムネ
Lv:150
職業:ヒーラー
生命力:9000
魔力:7500
攻撃:1500
防御:1500
魔攻:1500
魔防:1500
体力:1500
俊敏:1500
知力:1500
状態:異世界症候群
称号:転生者/復讐神の友人
スキル:王の箱舟
固有スキル:女神の加護/復讐神の悪戯・反転の悪戯【極】
魔術:
ーーーーーーーーーーー
固有スキルの力と魔術に鳥肌がたった。
ステータスを見て愕然とする。
何だこのイージーモードは?
確かに俺は耐えたよ。
あの姫さんの罵声にも佐伯の嫌がらせにも耐えた。
性格がひねくれるほどに。
ミミックに腕をえぐられても泣かずに頑張ったさ。
だからなのか。だからこその褒美なのか。
「だとしたら有難い話だけど。もしかして、この世界ではこれが普通なのか……」
異世界に来られたことは大変うれしく思う。
だが俺はこの気味の悪い場所以外に、この世界のことを知らない。
「佐伯や一条は俺よりも余裕で強いんだろうなあー」
唐突に訪れる虚しさ。
「これも勇者召喚の恩恵かな」
俺ですらこれなんだ。
あいつらなんかもうバケモンみたいに強いんだろう。
ただ悔しかった。
俺がなるはずだったのに。
勇者になるはずだったのに。
そこでまたアナウンスが聞こえた。
――『レベルアップにより魔術 《
――『レベルアップにより魔術 《
「え、MAX? カンストだと? いや、レベル的には普通のことなのか?」
――『レベルアップにより魔術 《
――『レベルアップにより魔術 《
――『レベルアップにより魔術 《
――レベルアップにより魔術 《
――『レベルアップにより……
――『レベルアッ……
その後も声は鳴り止むことはなかった。
俺は思った。
このアナウンサーは暇なのかと。
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