『夜景の中に飛び込もう、かな』
やましん(テンパー)
『最後の夜景は美しい』
ぼくの住む街から、7キロほど離れたところに、それなりに高い山がありました。
その山の頂上近くには、麓まで、まっさかさまという崖があります。
現在は、柵が作られましたが、そのころは裸のままでした。
当時ぼくは、10年くらいに渡って、親の介護と仕事の両立に苦しみ、結局、両親ともに亡くなったすぐ後には、もう力尽きたようなことになって、身体も少し壊してしまい、精神的に不安定となって、職場の中での折り合いも最悪となり、ついに、仕事はやめてしまい、大分、落ち込んで、おりました。
******** ********
ある、かなり暗い夜、ぼくは、車で、その山に登りました。
駐車場から、問題の場所までは、歩いて10分くらいです。
そこは、実は夜景を見るためには、これまた、絶好の場所でした。
ただし、当時は、まだあまり、観光的な整備はなされておらず、あんな時間に人が上って来るのは、たぶんまれだったでしょう。
車で上がれるとは言え、細い山道です。
途中に、一軒だけお家がありますが、あとは、なかなか深い山です。
ぼくは、小さな駐車場に車を置いて、ゴム草履のまま、山に入りました。
暑い夜だったのです。
それに、・・・崖に置いて行くのには、雰囲気的に、この方がよさそうだったから。
それにしても、美しい夜景でした。
それほど大きな街ではないけれども、夜景は奇麗です。
この場所は、陰の名所なのです。
しかし、そのころは、ネットとかは、あまり普及していないころで、いわゆる都市伝説などの多くは、テレビかラジオを通して語られることが主体だったのです。
そのなかでも、ここはすでに、その筋ではいくらかは、有名な場所でした。
でも、ぼくは景色の鑑賞に来たわけではありません。
考える時間は、もう、たっぷっりと使いました。
ごむ草履を崖の上に、お供えしました。
・・いざ!・・・・・と・・・・・
いつの間にか、誰かが左隣りに座ったのです。
「うわ!」
「あなた、なになさっているの?」
女性の声でした。
「悩みがあれば聞きますよ。わたしは、市の自殺防止カウンセラーの『関』です。」
「はあ・・・・なんとまあ、いいタイミングと言うか。」
「係ですから。ここは、常時警戒地区なのですもの。」
ぼくは、身近には、あまり話し相手もいませんでした。
お医者様にはかかっていましたが、いつも同じお話しかしないし。
つまり、いくらか、マンネリ化していました。
「お話してからだって、遅くはないのでしょう?」
彼女は、そう持ち掛けてきたのです。
思えば、もしやろうと思ったら、座り込んだりしないで、崖に向かって、
一気に駆け込めば済んだ話です。
どこかに、話を聞いてほしいと言う願望はありました。
崩壊してはいても、全てではなかった。
ここが、やっかいなところ、なのです。
しかし、それは、きりがない事でもあったのです。
いくらお話しても、実際のところは、何も解決は出来ません。
いつまでも、同じ話の繰り返しだけで、果てもありません。
それは、自分でもわかっていなかったわけじゃあないけど、気持ちは、果てしなく同じところを、ぐるぐると巡るばかりなり、なのです。
老いた親が、年中同じことを言っていたのと、実のところそっくりでした。
それでも、過ぎ去った時間は、もう帰っては来ないのです。
そこでも、結局ぼくは、お医者様にするような、とりとめもない、同じお話をいたしました。
彼女は、一切反論しませんでした。
「それは、苦しかったでしょうね。」
そっと、そう言いました。
「もし、もっと話す気があるのなら、毎晩この時間に、ここでお話してもいいですよ。雨が降った日、以外は」
「はあ?」
「気休めかもしれないけど、あなたが話す限り聞きますから。虫よけスプレーは必要でしょう。」
********** **********
ぼくは、なんとなく意地悪な気持ちにもなりました。
社会や職場に対する、ささやかな復讐もしたかったのです。
だから、そうすることにしました。
でも、これは、なんと夏の終わりまで、毎晩ずっと、続いたのです。
当時も、携帯電話はもう、ありましたが、しかし、ぼくは電話は極度にきらいになっておりました。
いろいろと苦しくもまた、気に入らないことも、あったのです。
まあ、だから、その奇妙な相談も続けたのですけれど。
雨の晩と、嵐の晩以外は。
ぼくは、かなり、意地になってしまっていて、その危険なことを止めませんでしたが、関さんは、いつもちゃんとやって来て、話を聞いてくれました。
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「あなた、わたしと結婚しませんか?」
ある晩、突然、関さんが言い出しました。
「はああ?????ええええ~! いやあ、あの、よい話ですが・・・けど、でも、やはり、さすがに、いくらなんでも、・・・一晩、二晩、考えさせてくだい。」
「もちろん。」
彼女は言いました。
ぼくは、次の日の昼間、やっと市役所に行きました。
ぼくの、前の職場なのです。
絶対に、もう行きたくはなかったのですが、まあ、部署も違うから、いいだろうと、考えたのです。
「あの、自殺防止カウンセラーの関さんという方は、いらっしゃいますか?」
ぼくは、総合受付で尋ねました。
実は、そういう仕事があるなんて知らなかったのですが、退職して3年も経てば、色々と変わるのものですからね。
しかし、帰って来た返事はこうでした。
「そう言う職員は、おりませんが・・・大体そういう職種はないです。似たようなものは、ありますが・・・あれあれ、・・・・・あなた、昔、見たことある方ですねぇ。。。。え・・・・・あ・・・たしか・・・・・経済労働課の・・・・」
「ああ、いや、いいです。さようなら。」
ぼくは、あわてて引き上げました。
********** **********
それから、ぼくは、それなりに考えた末、地元にある、とある新聞社に行きました。
ここは、様々な社会現象を、偏見を持たずに取り上げることで、知られておりましたから。
応対してくれた、若い男性の記者さんは、とても親切でした。
彼は、まるで何かに、とり付かれたように話をするぼくを、きちんと扱ってくれたのです。
いらいらしながら、ふんぞり返って話を聞いてくれる、当時の上司とは、大分雰囲気が違いました。
お医者様とも、また違ったのです。
「ふうん。なるほど。」
彼は少し考えていました。
それから、あまり太くはないファイルを持ってきたのです。
「これは、ぼくが作った物で、あの山での自殺事件を整理したファイルです。ほら、ここね・・・・・」
それは、ひとりの、ある女性の自殺記事でした。
『・・・・昨日の朝、発見された遺体は、***市内在住の『関 たかえさん(32)』であると確認された。山頂近くの崖から飛び降りたと考えられると、警察は話している。この場所での自殺者は、ここ5年で7人に上り、なんらかの対策が必要であると、関係者は話している。・・・・・・・』
「あああ。。。。」
「これは、ぼくが書いた記事です。ときに、あなた、相手の顔は見ましたか?」
「いえ、まったく。ほとんど・・・。」
ぼくは、人とお話するとき、相手の顔を見ることが、あまり出来ないのです。
「ふうん・・・・この方は、どうも、離婚の衝撃で、飛び降りたらしいのですがねえ。気にはなりますよね。同じ苗字ですからねえ。」
「まったく。」
「あそこには、ご存知かもしれませんが、幽霊話もある場所ですが、ぼくは、超常現象は科学的に説明ができるという立場です。しかし、まずはともかくも、防止柵などが必要です。でも、他にも大切なことはある。実は、ぼくらも、市に対策を持ち掛けてはいるのです。そこで、市役所との今後の話に、使ってもいいですか? もちろん、お名前は出しませんから。それと、もし、ご希望があれば、良い相談相手を、ご紹介しましょうか? いい方を知っています。もちろん、費用は掛からない、きちんとした、民間の福祉組織ですが。お医者様とは違うアプローチをなさいます。」
「なら、・・・・あの、使っていいです。それと・・・・・」
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ぼくは、それ以来、その場所に上がっては、おりません。
とくに、ぼくに変わったことは、もう起こりませんでしたが、市はそのあと、とりあえず、柵を作ったのです。
それから、『希望の電話』というホットラインを設置しました。
受話器をとれば、24時間、自動で相談員さんにつながる仕組みだそうです。
それにしても、彼女は、ぼくを助けようと、していたのでしょうか?
それとも・・・・
記者さんのお話では、関さんには、歳の近い妹さんがいらしゃったそうですが、ぼくはそれ以上の詮索は望みませんでした。
まったく関係のないことかも、しれないのですし。
その後、ぼくは良い相談者の方を得て、とにかくも、なんとかなっております。
社会の風は、一旦挫折した者に、必ずしも良くはないけれど、いい人もいる事だけは、分かってきたのです。
相談をすることは、実際に、大切なのです。
ただし、相手を間違わない事も、必要でしょうけれど・・・。
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『夜景の中に飛び込もう、かな』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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