48 あっけない終わり
「で、温泉の量は半分になっちゃったけど成分も温度もほとんど変わらなかったから温泉宿は変わらずに続けるわ。心配かけてごめんなさい、ヒデ。それにキタキツネも…」
「もういいよ。それよりみんなでげえむしたいな」
結局キタキツネもギンギツネも、スズの起こしたけもハーモニーとやらのおかげで一週間も立たずに営業を再開することとなった
外だけではなく内面にもそれは影響したようで、銃を持った変な男たちに捕まったり銃声を聞いたことは覚えてはいるようだが事件前より明るくなっているように見える
それからしばらくしてゲームを終え宿を出ようとした時、珍しくキタキツネが自分から出迎えに来てくれた
「どうした? いつもこれギンギツネに任せてるだろ」
「むふ、ボクも色々手伝わなきゃって思ったんだ。それよりあの時のヒト達は何だったのかボクに教えてよ」
少し成長したか? なんだか娘が成長した気分だ
俺が答えに迷っていると耳をぺたりと畳んで顔を覗き込んできた
「ギンギツネが危ない人間が来るかも知れないから気をつけろって言ってたよ。ボクこわい。でもドキドキする。一体何が起こってるのか教えて」
俺はそこで一つ決めた
この子を、キタキツネをこれ以上巻き込むわけにはいかない
きっとキタキツネなら中途半端に教えれば気になって、また動物のキタキツネを使役して真相を探ろうとするだろう
「あれだ、ゲームで
キタキツネはしばらく俺の方を見つめると、満足したように手を振って宿に戻っていった
あまり言う必要はない、きっとこれで満足してくれてはずだ
安心して踵を返すと音もなく回り込んできたキタキツネと目があった
「スズちゃんは、どうしたの? なんであの時あんなに怒ってたの? これだけは教えてよ、ボク気になるんだ。会ってまた話をしたいし温泉にも入りたい」
何も知らないキタキツネのきれいな瞳が、今は見たくない
まさかスズが訳のわからない人間によって生成された、フレンズの体を蝕むエセサンドスターで作られてるなんて知ってしまったら。
飼育員なのに何も出来ず訳のわからないギャングもどきに翻弄されるしか出来ないことが何より辛い
「どうしたの? 寒い?」
キタキツネが尻尾を膨らませて押し付けてくれた
人肌の温もりが職員用の服の上から伝わってくる
ずっとこうしていたい
ていうか娘にしたい…家でいつも待っていてほしい…
「ありがとな。スズは怒ってない、大丈夫だって言っただろ?」
「分かったよ。…ボクもう帰るね、ギンギツネが呼んでる」
「おう」
キタキツネが手を振りながら宿に入っていくのを見届けると、俺は雪山を後にした
心配そうな表情を見る限りおそらく、ではなく絶対キタキツネは感づいているだろう
俺の言い方が下手なのもあるし女の勘ってやつは計り知れない
___________________
暴れまわったスズは厳重に収容されてどこかに連れて行かれてしまった
安全のためという理由で場所は伝えられていない
そして急に吹雪がひどくなってきた
環境を保護するサンドスターが着実に人工サンドスターに侵食されているのが身にしみて分かる
意地を張って歩き続けていたが震えが止まらず、手足の感覚がほぼ無くなってしまった
感覚がないので歩くことすら難しい
このまま歩いているとアイスマンになってしまいそうなのでここでかまくらを作って吹雪を凌ぐか…
というわけで早速制作、と言っても難しいことはない
荷物をまとめて作った山に雪をかぶせ大まかな形を作って固め、後は中をくり抜くだけである
一応ゆきやまに行くということで最低限の道具はあったので、かまくらはすぐに完成した
いやしかし寒い、そして寂しい
こんな時は白いセミロングの髪の、羽の生えた女の子に慰めてもらいたい
スマホのロック画面に設定している、帽子をかぶっているスズの笑顔があっ……寒さでバッテリー死んだ……
パークの職員に通信用として配られているかなり旧型のスマホは折り畳めない上にバッテリーが弱すぎるのが難点である
最後の望みだったスズの写真も見れなくなってしまい再び孤独に包まれた
思い出すと悲しくなるので、頭からなんとか消そうとしても忘れられない
本当に今更ではあるが俺は完全にスズのことを恋愛対象として見てしまっているようだ
女性……今は結構有名な女優をやってる奴が俺と同じクラスにおり、学年どころか学校のマドンナとして君臨していたが正直微妙だった
外出先で色んな所に引っ張りだこのモデルに会って話したこともあるが、それでもなんとも思わなかった
なんというか、男も女も変わらない生き物に見えてしまう
両方皮膚を取ればただの人体模型だし、一緒に食事をしたりしてもなんとも思わない
今思い出したが、中学の時試しに隣の席の全く興味のない女の子をデートに誘ってみたら「感情を感じない」と言われ3日で振られた覚えがある
ただフレンズだけは、フレンズだけは”かわいい”とはっきり感じられるし、一緒に居て楽しいと感じられる
それでもかわいい犬猫と一緒にいるような感覚が心の奥底にくすぶってしまい、一晩共にしようとかつがいになろうとかまでは思えなかった
そして今、それすら通り越してはっきりと意識してしまえる相手ができた
ああ、こんな事考えていたら我慢できなくなってきた
今この瞬間もあいつが隣にいて笑ってくれたらと思うと思わず笑顔になってしまう
なぜここまでになってしまったのかは自分にもわからないがとにかく…
うん……デュフッ
改めて意識すると心臓が滅茶苦茶痛くなってきた
今何をしているのかが気になるし…ああ今はどっかの病院で保護されているはずだ
今すぐスズの体を構成する細胞になりたいし、なんなら血管を通る血液になって常に触れ合っていたい
携帯のSNSでこんなつぶやきを発見した夜あまりの気色悪さにガチ嘔吐したが今は違う
……もしこんなことをしている間に変な男にナンパでもされて二度と会えないところに言ってしまったら?
「おうふ…きついでござる…おうふ…かわいいでござる…かわいいでござる…」
「今まで見た人間の中で一番気持ち悪いのを見つけたと思ったらあなただったのね。さあ行くわよ」
「行くってどこに? お前そんな厚着して髪の毛真っ白にしてまでどうしてこんなとこに!?」
「どうしてってあなたを助けるためよ」
「たすけ……」
よく見るとタカだった
寒さが苦手なはずなのに厚着までして来てくれたようだ
…雪がつもりすぎた結果白髪に見えてしまうほど雪まみれになっている
頭の雪を払ってやろうと手を伸ばした所突き飛ばされ、そのまま腕を掴まれて問答無用で雪雲へ向かって引っ張られた
「グッワアアアアアアアア!!!!!!!!」
後ろから恐ろしい唸り声が聞こえ、振り返るとどす黒い翼を生やした男が細長い何かを持って追いかけてきているのが見えた
あれは……狙撃銃!? あの時襲ってきた男は雪崩に巻き込まれたはずだが…
そんな事を考えているとパン、パンと二回破裂音が響き、俺の頬の横を銃弾がかすめた
「銃だっ!! 飛ばせるか!?」
「銃? 今すぐあんなヤツボロボロに引き裂いて…」
「どんなときでも冷静にだろ? クールにすっ飛ばして近くの森へ逃げ込もう。銃相手じゃ逃げたほうが安全だ」
「いいや、銃は接近戦に弱いらしいから秒で落としてやるわ。あなたは邪魔にならないように背中にひっついてなさい」
こうなったらタカに任せるしか無い
フレンズは銃声を聞いたりして動物の時の本能が目覚めると大体はパニックに陥って逃げ出すが、タカのように縄張り意識の強い動物だったフレンズは人が変わったように暴れだす
タカは後者であり、一度こうなってしまえばクールも冷静も捨て去って爪をむき出しにし対象を引き裂きにかかる
急いで背中にしがみつくと次の瞬間には黒い羽の生えた男から100mほど離れており、背中からも見えるほど爪を巨大化させて狙いを絞り始めた
タカの背中は小さく狭いが、激しい呼吸により上下しそれに伴って発生する人間離れした代謝による発熱でとても頼もしい
なんだかヒモ男の気持ちが理解できそうである
「ピイイアアアアアアア!!!! シャアアアアッッッ!!」
その場でくるりと回ると狩りは始まった
羽の生えた男との距離がどんどん縮まっていき途中何度も銃弾がかすめたが、タカの動体視力と反射神経で全て避けると野生解放で異様に肥大化したツメが男に叩き込まれた
どす黒い翼は見事に両断され、勝負に発展することすら許されずに男は雪山に向かって落ちていった
「がああああああああああああああっっ!!! ああああああああああああ!!!!!!!!」
謎の男はまるで獣の叫びのような号哭を上げながらどんどんと落ちていく
男とほんの一瞬だけ目があった
なんだか見覚えがあるような?
「ピギャッ…! ピッ…キャアアアア!!」
「おいおいどうした鳥みたいな声出しやがって? 日本語忘れたか?」
冗談交じりでそういった時、タカのツメに黒い液体?のようなものがべっとりとこびりついているのに気がついた
それにかなり苦しそうにしている
…人工サンドスターだ
「タカ! それ今すぐ払い落とせ! じ…猛毒だ!」
俺の言葉はすぐに理解できたらしく、腕を思い切り振り抜くと次の瞬間には人工サンドスターは消えていた
言葉も話せるようになったようだ
「今日は強いジェット気流が吹く日だから、それに乗るまで頑張れば住処まですぐよ」
「無理するな。下に降りて温泉宿に引き返せば良い」
「ダメよ…もう風に流されてここがどこだか分からないし、下でさっきの変なのが暴れまわってるわ。ヒデ、携帯で現在t…あああああっ!!!!!!」
タカの悲鳴が聞こえたかと思うと翼がいきなりドス黒い何かに侵食され、一瞬の内に翼ごと消滅した
それが終わると同時にもう片方の翼もヘドロのような何かが暴れまわるように蠢き消滅してしまった
当たり前だが翼を失ったと同時に自由落下を始め、俺とタカは雪原に向かって落ちていった
今は都会の高層ビルほどの高さにいる
間違いなく助からない
「タカ」
「もう無理よ…携帯を、貸して。落ちるまでにハヤブサ達に一言だけでもいいたいの…」
「おいおい変な覚悟決めてんじゃねえ。それに携帯はぶっ壊れてるぞ、ハハ」
正直怖いが開き直って変な笑いが出てきた
落下死は好きではないがタカとなら、20年の付き合いの友人とともに終わるならまあ幸せな人生だろう
「なあ、どうせなら助かりたいしもいっちょ翼生やしてくれよ」
「うっぐ…ぐす…誰か助けて…あああぁぁあ……」
「おいおい嘘だろギャップすごすぎて頭おかしくなるからやめてくれ!? とりあえずほら、これ飲んでくれ」
完全に諦めたタカが俺にしがみついて泣きじゃくり始めた
流石にここまでひどい姿は正直見たことがない
タカのファンの女性たちがこれを見たら天地がひっくり返るほど騒ぎ出しそうだ
しかしいつまでもタカのギャップに見とれている暇はないので、とりあえず持っていた携帯サンドスターを強引に口にねじ込んだ
「行けそうな気がしてきたわ。…それは後何本あるの?」
「すまん今ので最後だ」
「だずげで…あああああぁぁぁあああスカイレースもっとやりたかった、お肉ももっと食べたかったしセントラルのアルバイトもあとちょっとで10年目だったのに…やっと三人で作った口座が1万ジャパリゴールド溜まりそうだったのに…新しい家買いたかったのに…嫌だ、たすけて、私まだ死にたくない!!」
タカが悲痛な叫びを上げるが地面は容赦なく俺たちを叩きのめそうと近づいてくる
さっきの男も仕返しをしようと待ちかまえている
「…き」
「へ?」
一瞬タカが何か喋ったように聞こえたが風音にかき消されて聞こえなかった
おそらくもう100mほどだろうか、天国にいくまで後数秒だろう
時間の流れが遅くなり、今まで見たことが走馬灯のように流れ始めた
母の顔、ボロい実家の天井、試しにデートに誘って3日で振られた女の子、フレンズ達、管理センターの妙に美人な研究者達、そしてスズ…
明確に特定はできないが人生で見たもの全てが頭の中を風のように通り過ぎていった
…今になって死ぬのが怖くなってきた
葬式は金掛かりそうだし適当に燃やした後海にでも撒いてくれればそれでいい
しかし母なら無理してでも豪華にやろうとするんだろうな
奨学金は先月返し終わったのでもう何も残すものは、
ああ、スズが目覚めていない
眠っている間に担当の飼育員が落下死したなんて聞いたらどう思うだろう
ただただ情けない
それに告白もしてない
そしてタカ…
今は泣きじゃくっているがどんな時も鷹の誇りを捨てず頑張ってきたことを、だれよりも知っているつもりだ
そして
好きだ
もしかしたらただ体の関係を求めているのを無意識に美化しているだけなのかも知れないし、死に直面して脳が変な錯覚を起こしているだけなのかも知れない
でも妻にするならタカがいい
スズのことを考えていたら自然にこの感情も湧いていた
「なあ」
「なに」
スズか、タカか、選べるわけがない
何も言わずにタカを抱きしめた
最後だからせめてタカにだけは伝えようかと思ったが、その時間はなかった
巨大な雪の大地が目の前に迫り、今までで一番大きい音とともに目の前が暗くなった
____________________
目が覚めた
妙に薄暗く、視界がはっきりしない
「ここが…三途の川…」
「…起きた」
聞き覚えのある声とともに、見知った人物が顔を覗き込んだ
きっとここはあの世だ、つまりあと何十年はスズやハクトウワシと会えない
「あいつらがくたばるまでここで暇つぶししてような。三途の川渡るのはあいつらと一緒がいい…」
「寝ぼけたこと言ってないでさっさと目を覚ましなさい。ここは私の隠れ家よ」
え?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます