4000PV記念 ばんがいへんてき

番外編 初めてのお風呂

 これはヒデがスズと会ってしばらく経った後の話。


 その日は記録的な真夏日で、ヒデは家にこもってスズの様子をまとめたレポート作りに精を出していた。



「ああ、だるい。でも仕事だしやるぞやるぞ。

 っと、その前にアレを見て体力を補給しないと」



 ヒデはニヤリと不気味に笑うと、先程まで作業していたpcにUSBメモリを差し込み、そのファイルを開いた。

 ファイルの中には画像がぎっしり・・・そのどれもが彼が長年かけて集めてきたフレンズの写真だ。被写体はおもにタカとキタキツネだが他のフレンズもちらほら混じっている。



「スズの笑顔の写真も撮れたし、追加しておくか」



 こうして彼のコレクションは数を増やしていく。

 もちろん個人的な趣味でやっているわけだがあまりに長年続けているためアマチュアのカメラマンよりずっと高等な撮影手法を身に付けてしまい、そうして撮られた写真は仮に写真集として売ればかなりの稼ぎを期待できるほどだ。



「仕事だ仕事! あと半分がんばるぞ」



 ーーーーーー



 場所は離れ、ここはセントラルの外れにあるスーパー銭湯。

 レースの練習もなく暇だったタカが、スズを連れてやってきていた。


 特に要請があったわけではないが、男のヒデではカバーしきれない部分を埋めるためにも半ば強引に連れ出して来たのだった。毛皮とか毛皮とか。



「そういえばスズって、雪山行った時温泉に入りそびれちゃったのよね?」

「そ、そうだけど別にここまでしなくてもいいわよ・・・」

「ここまで? 雪山の方がよっぽどリッチで贅沢じゃない。とにかく今日は平日だしお客さんは少ないから人間が苦手なあなたでも入れるチャンスね」

「うう・・・」



 二人は銭湯の建物の中に入った。タカの言う通り、平日の昼なので来園客は数える程度しか来ていなかった。すぐに受付けを済ませると二人は建物の中心にある食べ物屋などが入った広場のような場所に出た。


 人のいる場所に行かないスズにとってはこういった店を見るのが初めてだったので、興奮したように見回し目星をつけると走り回って観察し始めた。



「なにこれなにこれ! タカ見てよ!」

「それは自動販売機ね。ジャパリコインを入れると美味しいものが出てくるのよ」

「ここは!?」

「そこはラーメン屋ね。お店の人が困ってるしお客さんも居るから少し落ち着きなさい。それにしてもスズはこういうの好きなのかしら?」



 興奮していたスズはそれを聞くと羽を小さくして黙り込んでしまった。



「別に気にすることじゃないわよ。こういう人の作ったものが好きなら好きでいいじゃない。あなたは本当に人間が嫌いなだけなのね。

 さっきラーメン屋さんにヒトのお客さんいたけどああいうヒトは大丈夫なの?」

「え? ヒトなんていたかしら」

「いや、いないわ。いなかった。それじゃあここも見て回ったことだし早くお風呂行きましょ」



 タカが「ゆ」と書かれた赤色ののれんをくぐるとスズも足早にそれについていった。



 ーーーーーー



「タカ!? 痛くないの!? ああ、あああぁぁ・・・・そんなに無理やり羽毛を取ったら死んじゃうわ!! 今治してあげるから・・・」

「一旦落ち着きなさい。フレンズは生まれたときから「ふく」が体にくっついてるのよ。これを取らないとお風呂には入れないわ」



 スズは顔を真っ青にしてタカの脱衣を見つめていた。


 フレンズにとっての脱衣は意識するまでは皮を剥ぐのと同じこと。人間に例えればいきなり皮膚を剥いて人体模型になるようなものなのだろうか。



「そんなにまじまじと見つめられるとさすがに恥ずかしいわ・・・

 それよりあなたも服を脱ぐのよっ!」

「これ以上何が取れるの?」

「体全部がつるつるになるまで、羽以外のものはすべて取るのよ。

 あなたは首の鈴も取るべきよ。脱いだものは鍵付きのロッカーに入るから心配しないで」



 結局スズは何をしていいか分からず棒立ちになっていた。

 見かねたタカが手取り足取り教えてやると、ふたりはどんどんとつるつるになっていった。


 上着、スカート、ネクタイ、シャツ・・・

 二人は見た目はおろか着ている服が色以外に全く違いがない。



「うそでしょ・・・」

「ん? どうしたの、タカ」

「普段何を食べてるの?」

「いきなり何よ。ヒデと一緒に野菜炒めとかジャパリまんとかお肉とかを適当に食べてるわ」

「そう、そうなの。それでいいのよ」



 スズは何のことか分からず首を傾げていたが、タカがさっさと浴室内に入ってしまったので急いで付いていった。

 一瞬聞こうとも思ったがタカから出るオーラのようなものがそれを押さえつけて聞き出すことはできなかった。


 ーーーーーー



「わうあうあうあうあうあう・・・」

「変な声出さない。あとはあなたがやるのよ」



 二人は体中泡だらけだ。頭や尾羽に生えているしなやかな羽根が尽きること無く泡を生み出すのでかなり異様な光景になっている。

 動物のときに羽根だった部分はもちろん、くちばしを模した前髪も膨らんで全体的に面影がなくなってしまっている。



「えい」



 スズに背中を向けて体を洗っていたタカの尾羽は動く度に小刻みに震え、スズの好奇心を刺激した。

 ついに好奇心に負けたスズは、タカの尾羽の根本を思い切り鷲掴みした。



「ッ!? ぅひゃああああぁぁぁぁ!!!」

「おお~」



 顔を真赤にして絶叫したタカ。

 やはり飼育員の性癖は親子のようにフレンズにも感染ってしまうのだろうか。


 タカは向き直ってスズをにらみつけると、シャワーヘッドの出口をスズに向けてボタンを押した。



「う゛へぁ!?」

「このお湯で頭冷やしなさい」



 タカにお湯をかけられ続けたスズは泡が全て洗い流されてしまった。



「フフフ、鏡見てみなさい」

「え? ・・・これ、私なの?」



 鏡に写ったスズは、泡が洗い流されて頭の羽がしぼみ見るも無残な姿になっていた。意外とショックだったようで、縮んだ羽根をさらに小さくしてしまった。


 タカも申し訳なさそうに泡を洗い流すと同じように縮んだ羽根を見せつけ落ち着かせた。



「温泉ってたくさん姿が変わって面白いわね!!」

「ショックを受けていたわけじゃないのね」

「何のこと? そんなことどうでもいいから早くあの水がたくさん入ってるとこに行きましょ!」

「あれが温泉よ。私達はまだシャワーしか浴びてないのよ」

「あれが・・・温泉・・・!」



 目を輝かせて走り出したスズを、タカがその手を掴んで止めた。



「ここはリラックスするところよ。少しは落ち着きなさい。

 それにあなたもタカならクールで居ようと思わないの?」

「気になるものがあんなところにあるのよ。それなのに何も思わないタカは感情がないのかしら」

「そうね、そうね、考えを押し付けるのはおかしいわね。

 じゃあ後もう一つ言いたいのだけれど、のは恥ずかしくないのかしら」



 タカの一言でスズは凍りついた。

 顔がみるみる赤くなっていく。



「は、恥ずかしい、かも・・・」

「毛皮を脱ぐのは基本温泉に入るときだけよ。これだけ覚えておきなさい」

「う、わかったわ」

「それじゃあこんなところでいつまでも喋ってないで早く温泉行きましょ」





 ようやく温泉に入ることになった二人は、しばらく悩んだ後屋外の露天風呂に入ることになった。


 露天風呂には女性の来園客が一人入っていたが、スズはそれを気にすることはなかった。



「ゆっくりよ。いきなり入ると熱いわよ」

「分かったわ。ゆっくりね?」



 やはり初めてなので少し緊張していたのか、スズは足を細かく震えさせながらゆっくりとお湯に触れた。



「毒の沼みたいな反応はやめてちょうだい。触ってみた感想はどうかしら?」

「なんだかものすごく暖かくて安心するわ」



 スズは思い切って階段を降りていき、ついに腰の高さまで温泉に浸かった。



「うっはあぁああぁあぁぁああぁあぁあぁぁぁぁ、ぬくいわ・・・」

「それは良かった。あなたいつも緊張してるからちょうどよかったわね」

「あったかい、あったかすぎるわ! もう人間なんてどうでもいいかも・・・」



 はじめての温泉はスズを完全に魅了してしまった。

 すっかり脱力しきって体の所々からサンドスターが漏れるように沸き立っている。



「力が抜けたらサンドスターが漏れるってあなたどういう体質なの」

「え? タカはサンドスター漏れないの?」

「サンドスターは野生解放しないと出ないわ。

 それよりスズ、肩まで浸かったほうがいいわよ。出てると寒いわ」


「いや、そうしたいんだけど疲れるからできないのよ・・・」

「え? 疲れるってどういうこと?」

「なんか首の下のがあるせいで体がこれ以上下に行かないの」



 スズの何気ない一言がタカを傷つけた。



「ああ・・・ああ・・・忘れようとしてたのに・・・」

「タカ!? いきなりどうしたのよ!」

「私だってもっと大人の女性らしく・・・」



 タカは決してその、女性なら気にするものが無いわけではなかった。

 ただタカの元動物がことが影響し、空軍の軍服を模した締め付けの強い上着に頼っていないと形が現れないほどの控えめサイズとなっていた。


 しかしスズの元動物であるシロオオタカはオオタカの最大種であり、日本に暮らしているそれに比べて一回りも大きいことが有る。

 ワシやトンビには負けるが、40センチも有る体躯は人々に少なからず「大きい」という印象を植え付けただろう。そして「大きい」という印象はスズがフレンズになった時に高身長と大きい◯。◯◯を与えた。


 さすがにゾウやアザラシなどの巨大動物フレンズには負けてしまうが、それは風呂に浮くのには十分な大きさだった。


 そしてタカのプライドを傷つけるのにも。



「じろじろ見るのやめてよっ! 視線が気になってゆっくりできないわ」



 スズが両腕を組んで胸を隠すと、タカは露天風呂の縁に寄りかかって今月で一番大きいため息を付いた。



「ペパプのコウテイを応援する人間ってこんな気持ちなのね・・・」

「パップ? こーてい?」

「ああもう、なんでもないわ。私は中のお風呂に行ってくるからあなたは好きにしてなさい」

「・・・? 変なの」



 タカは哀愁漂う後ろ姿で屋内に入っていった。

 

 スズは屋外の露天風呂に一人取り残されしばらく泳いだり羽を羽ばたかせたりしていたがすぐに飽きてしまい、露天風呂の縁に寄りかかって目を閉じた。



「鳥の子さん、起きて」



 微睡んでいたスズは、自らを呼ぶ声とともに肩を叩かれたことで現実に引き戻された。タカではないその声に戸惑いながらも目を開けると、眼の前に見知らぬ女性が中腰で立って見つめてきているのが見えた。


 まだ意識がはっきりとしていないスズは、虚ろな目でその女性と見つめ合った。



「ん~・・・誰なの?」

「う、かわいい・・・じゃなくて、私はパークに遊びに来たただのOLですよ、それよりお風呂で寝たら危ないから気をつけてくださいね。鳥の子さん」

「んん~? ああ~。おーえ、るぅ?」

「フレンズってのぼせるんだ!?」



 女性は戸惑いながらも、のぼせて意識が朦朧としたスズを露天風呂の縁に座らせた。



「うわっ、真っ白な肌! しかもめっちゃスタイルいいし、はあ・・・羨ましいなぁ。顔も紅潮してて結構エロいかも・・・」



 女性がスズの体を評価している間に、石でできた縁の冷たさがスズを少しづつ目覚めさせていった。


(自分の体を見て誰かがブツブツと何かを呟いている。誰だろう。

 よくみたらタカじゃない・・・人間だ! 

 というか恥ずかしい!)



「ひいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

「きゃあああああああああ!!!!」



 驚いて1mほど飛び上がるスズと、それをみて更に驚き頭から温泉に倒れ込む女性。


 騒ぎを聞きつけた客と従業員が集まって、かなりの騒動になってしまった。



 ーーーーーー



「逆上せていたのを助けてあげたら驚かれちゃったと。分かりました。

 フレンズさんも気をつけてくださいね。ではごゆっくりと」



 スーパー銭湯のロビーで事実確認が終わり従業員は去っていった。


 タカが謝ろうとしたが女性は頑なに拒否し、二人にジュースを渡すとそのままどこかへ去っていってしまった。



「あの人間、私のこと助けてくれたんだ・・・」

「そうみたいね。まったくもう、逆上せて助けられるなんて恥ずかしい。

 初めてだからいいけど次からは限度を考えるのよ」

「はーい」


「スズ大丈夫かぁぁぁ!!!??」



 湯上がりで静かに休憩していた二人の空気を、殺意MAXでさすまたを構えたままロビーに飛び込んできたヒデが完全にぶち壊した。



「どこだどこにいる! スズを襲っておいて生きて帰れると思うなよ!」

「スズはここにいるわ。それに誰も襲ってなんか居ないわ、さっきのは誤解よ。うるさいからさっさとどっか行ってくれないかしら」

「私は大丈夫よ。逆上せてたところを知らないヒトが助けてくれたの」

「のぼせ・・・? ああ、お前ら風呂入ってたのか。どうりで髪が湿っててエロいと思った」



 ヒデは自分が視線を集めていることに気づくと、申し訳なさそうにさすまたを縮めてスズの隣に腰掛けた。


 腰掛けるなり足を組んで満面の笑みで一言。



「これから一緒に入らない?」

「ちょっと気持ち悪すぎるわ」



 スズの何気ない一言がヒデを傷つけた。

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