33 逃避行

 凄まじい衝撃を感じたかと思うと、ガラスが砕ける音とともに体が浮いた感覚に包まれた。

 セルリアンが爆発した時を思い出すが、その時比べたら威力は弱い。しかしこれだけの衝撃を引き起こしていることは確かだ。


 衝撃が発生してから数分後、煙が晴れてようやく周りが見えるようになった。

 見る限りコンクリートや鉄骨の崩壊は起こっておらず、天井の薄い板がめちゃくちゃになって床に散乱していた。さらに処置室の棚もめちゃくちゃになって中の書類やファイルがボロボロになって散乱していた。



「ゲホ・・・ミライさん、お医者さん! 大丈夫ですか!?

 というかスズ!! 大丈夫か!!」

「私は大丈夫です。幸い怪我もありませんでした」

「僕も大丈夫だよ。ううっ、カルテがめちゃくちゃになっちゃった」



 スズを暴走させる原因になったギャラリー達も皆無傷のようだ。

 どうやら今の爆発?で怪我人は一人も出なかったようだ。スズが意識したのか奇跡なのかは分からないが不幸中の幸いだ。


 それより。



「スズ!!!! スズーーー!!! いるなら出てこいよ!!」

「返事がありませんね。今辺りをスキャンしてみたのですがサンドスター反応が無いので遠くに行ってしまったと考えるのが妥当なようです」

「俺が行きます」

「今のスズちゃんの精神状態は、初めて会ったときよりもひどい状態ですよ!

 場所もわからない以上じっくり準備するべきです!!」

「GPS発信機を渡したので大丈夫です!!

 とりあえずここを出ましょうか。空気が悪いです」



 ーーーーーー



 なんとか病院を出ると、すぐに大量のフレンズや職員に囲まれた。

 全員無事なことを伝えると皆胸をなでおろした。


 俺は人混みに紛れて抜け出しスズを探しに行こうと走り出したところ、頭の上から聞き覚えのある声で呼び止められた。


 スカイインパルスの三人だ。



「スズを探しに行くのか」

「当たり前だ」

「どこにいるのか分かるのか? 夏の暑い中走り回るなんて自殺行為だぞ」

「GPSを持たせたんだ。だからすぐ分かる」

「グレイト! ナイスよヒデ。今スズはどこにいるの?

 早く探しに行きましょう!」

「今は・・・ここから入場ゲートの方に向かってる」



 携帯はスズが入場口へ向かっていることを示していた。GPS上でもはっきりと動いているので相当な速さで飛んでいることが分かる。


 待て。


 入場口というのはつまりジャパリパークと人間界の境目。


 このまま飛び続ければ・・・


「「スズが動物に戻る!!」」



 俺とタカは同時に叫んだ。


 それだけはまずい!!


 フレンズが動物に戻ればその記憶は完全に失われ、フレンズになる前の状態に戻る。自我も失われるのでつまりフレンズ化の解除とはに値する。



「スズが・・・スズがっっ!!!!」

「スカイレースに使うカゴ、持ってきてよかったわね!!

 飛ばすわよ! ハクトウワシ! ハヤブサ!!」

「全力で行くぞ」

「オーケー。ヒデも乗ったわね? それじゃあ、テイクオフ!!」



 凄まじい重力でカゴの後ろに押さえつけられながら、三人と俺は病院の前から飛び立った。



 ーーーーーー



「早く飛び立ったおかげね。あれは多分スズよ」

「どのくらいだ! スズはどのくらい離れてる!?」

「ノー! バランスが崩れるわ! 冷静になれないのは分かるけど落ち着いて。

 あれは大体1キロミター・・・ってところかしら」

「こっちは本気で飛んでるがあいつはフラフラしながら飛んでる。早いのに変わりはないがすぐに声が届く範囲まで追いつきそうだ」

「ここからパークのゲートまで4キロだ。それまでに追いつくか?」

「それはわからない。でもやらないっていう選択肢は無いわ。

 今からは口より羽よ。ヒデも話しかけないで」



 俺はカゴの底にへばりつくようにうずくまった。


 もしあの時にもっと早く異変に気づいて部屋から出ていれば。

 こんなことにはならなかった。


 俺としてもこの三人を信じたい。しかしパークを出てしまう前に追いつける確率は100%ではない。5分5分だ。


 幼稚園児たちと意外なマッチングを見せて、その日の午後には初めて来園客と写真を撮った。苦手な大人を克服仕掛けた矢先にこれなのか。



『警告! 警告! フレンズガ入場口1キロ圏内ニ侵入ヲ確認! 付近ノ職員ハ直チニ対応セヨ! 警告・・・』



 唐突に俺の携帯が警告音をかき鳴らしながら、大音量でメッセージを再生しだした。

 これは間違いなくスズだ。


 くそ、もう手遅れなのか・・・



「ヒデ! 行くぞ! じれったい!」



 急に体が何者かに持ち上げられたかと思うと、更にとてつもない加速をして飛び出した。



「ハヤブサ!?」

「私が一人で行く! 振り落とされるな!」



 体感したのは何年ぶりかはわからないが、これはハヤブサの本気だ。

 野生解放した上で体中のサンドスターを頭の羽に集約させ飛行する。ハヤブサ一人だと簡単に亜音速に到達するほどだ。

 俺を担いでいてもその速度は凄まじく、顔の皮膚が空気抵抗に負けて今にも千切れそうになる。


 この速さなら行ける!


 そう確信した時だ。ついにスズの姿が俺の目でも捉えることができた。



「スズううううううあああ!!!!!!! 俺だ!!!! 俺だぁぁぁぁぁぁ!

 それ以上行くな!!!!! 動物に・・・動物に戻っちまうぞおおおおおお!!!」



 俺の声は届いたようだ。

 スズは一瞬止まってこっちを見た。しかし方向を変えるとそのままどこかへ飛んでいってしまった。



「だああああ!!! ハヤブサ! 追ってくれ!!」

「・・・私の・・・役目は・・・終わっ・・・た・・・」

「ハヤブサぁ!?」



 燃料切れだ。



「うわあああああ!!??」



 俺とハヤブサは命綱で繋がれていなかったため、簡単に体勢を変えることができた。

 俺は気絶したまま滑空を続けるハヤブサを両手で抱き寄せると、そのまま眼下に広がる森へ突っ込んだ。



 ーーーーーー



「やっべ、結構打撲したなコレ。肩も外れてるわ。よいせっと」



 脱臼した肩を、木の幹を使ってはめ直した。子供のときに数え切れないほど外れたので癖になって簡単に外れるようになってしまった。しかしはめるのも簡単なので問題はない。


 とりあえずスズが安全な方向に逃げたことを管理センターに報告すると、起き上がって周りを見た。

 ここは入場口近くに横たわっている大きな森だ。スズと出会った場所ともそう遠くない。



「ハヤブサ~起きてるか?」



 ハヤブサは未だに気絶していたようなので、近くの木の根元に寄りかからせた。

 倫理的に見ても問題ない部分だけ見てみたがひどい怪我はないようだ。



「う゛っ・・・」

「おはようございます」

「頭が痛い。サンドスターを無理に使いすぎたみたいだ・・・」

「お腹とか怪我してないか?」

「少し擦っただけだ。問題ない」

「とりあえず、はい。これ飲んで寝てろ」



 ハヤブサに携帯サンドスターを手渡すと、一瞬で飲み干して再び横になった。



「スズはどうした?」

「俺の声は届いたよ。方向変えてまた逃げちまったがフレンズ化解除は免れた。

 全く1日で二回も大事件起こすとは大した問題児だよ。GPSも捨てやがった。

 でもあいつが動物に戻らなかったのはお前のおかげだ。本当にありがとうな」

「気にするな。足りないところは補い合うものだろ。それよりお前も新人なのに大変だな」

「いや、ジャパリパークに住んだようなもんだしお前らといるだけで幸せだから大変なんて思わねーよ」



 就職する前は年パスを買って月に何度もパークに来ており、学校の友達は一切作らずただただジャパリパークを楽しんでいた。

 今考えれば俺はかなり奇怪な人生を歩んでいる。



「一生結婚できなさそうだな。悲しくないのか」



 ハヤブサがあからさまに呆れた顔をしながら呟いた。



「中途半端なのとくっついた所で、フレンズ達と友達以上家族未満の関係を作る俺に呆れて離婚するのがオチだ。特殊動物飼育員の職に居る以上絶対避けられない。そこに子供がいたらどうする? 俺みたいな孤児を俺の手で生み出すのか? その子が俺の母のような人物に出会わなかったら野垂れ死ぬのか?

 どれも嫌だし、俺はフレンズ達と一緒にいればそれでいい。ここに死ぬまで居続ける。そもそも誰か一人と特別な関係作るなんて興味ねえよ」


「ずいぶん語るじゃないか。言いたいことはよくわかった。一生独身男め」

「そんなこと言っても傷つかんぞ」



『ゴ注文ノエナジージャパリマン、オ持チシマシタ』



 唐突に俺の後ろから声が聞こえた。ラッキービーストだ。

 昇進してある程度操作できる権限を得たので、早速使ってエナジージャパリまんを注文していた。

 ジャパリコインを何枚か持たせると、ラッキービーストは珍妙な足音を立てながら森の奥へ消えていった。



「お、お前それ、自由な注文はベテランじゃないとできないはずだぞ」

「詳しいじゃないか。実を言うと俺はちょっと偉くなったんだ。それだけだ。

 ほら、栄養満点だから食えよ」



 ハヤブサは目を丸くしていたが、ジャパリまんを受け取るとまた一瞬で平らげてしまった。



「感謝する。もう十分に回復したし私はここで帰るぞ。この恩はいつか返す。

 そうだ、絶対にスズを見つけてやる」

「気持ちはありがたいが、あいつを探すのは俺ひとりにやらせてくれ。

 他の二人にも会ったらそう言って欲しい」

「分かった。そう言っておく。

 しかしどうしてだ? もしそれで見つからなかったらどうする」


「見つかる。いや、見つけるんだ。俺は分かる。スズはにいる」

「なんだそれは。意味がわからないな」

「まあ、あれだ。愛。愛だよ、愛」

「は・・・?」

「まあいい。この話は終わり。俺を職員寮近くの森まで連れてってくれ」



 ーーーーーー



 ハヤブサと他の二人に礼を行った後、俺は一人でスズの寝床に向かった。

 男の勘とはなかなか言わないものだが、今回はなぜか確信に近いものがあったのでそれを信じて歩みを進めている。


 夏なのもあり、スズの寝床につく頃には日が落ちてしまっていた。

 更に鬱蒼と茂った木の葉が完全に光を遮り、静かな森を懐中電灯一つで歩いてきた。


 懐中電灯を口に咥えて、今度は落ちないように慎重に木の凹凸に手足をかけてよじ上った。



 そしてウロの中を覗くと。



 真っ白な服に真っ白な羽。

 丸まって寝てしまっているが、予想通りそこにスズはいた。


 声をかけようと思ったが、居心地が良さそうだったので俺もにお邪魔させてもらった。

 ウロの底には落ち葉や枝が敷き詰めてあって触り心地は最高だ。さらに木の幹のなかなので温度もちょうど涼しくて適温になっている。



「嫌がらないのか?」



 呼びかけたがスズは何も言わなかった。

 半殺しにされることを覚悟で肩をたたいてみたが、それでも何も反応がなかった。



「おい・・・おい? 調子悪いのか?」



 今度はスズを手で掴んで俺の方を向かせた。


 全く抵抗なしに動かされたスズは目が虚ろで、体の力が完全に抜けていた。



「おい! しっかりしろ!! スズ!!」



 さっきのでフレンズの体を維持するギリギリまでサンドスターを使ってしまったのだろうか。



「今病院に連絡するからな!! 絶対動物に戻るなよ!!」



 そして管理センターに電話をかけようと携帯を取り出したときだった。


 首元の鈴が眩しく輝いた。同時にスズの体には光の筋のようなものが多数走り、鈴から出た光はその筋を血管のようにして広がっていった。


 その謎の現象が終わるとスズは何事もなかったかのように起き上がった。



「大丈夫か!? 大丈夫なのかっ??」

「もう心配しないで」

「良がっだぁぁぁぁ!!」



 俺が安心して思い切り抱きつくと、スズはしばらく硬直した後俺の手を引き剥がしてウロの壁に突き飛ばした。



「なんで喜ぶのよ!」

「え? お前が無事だったからに決まってるだろ」

「えっ・・・うっ・・・いや・・・私・・・」

「何だ? まだなんか気にしてんのか? ああ~病院か?

 あんなもんの1つや2つ、セルリアンに襲われてたまにあんな感じでぶっ壊れるから気にすんなよ。国から出た金で直されるから弁償はしなくていいぞ」



 スズは何も言わなかった。

「どうした?」と声をかけながら肩を叩くと。



「みんなっ・・・親切にしてくれてるのにっ・・・私あんなことばっかりやって・・・! あああぁぁぁああぁああっっ・・・!!!」

「気にすんなって。パークから出そうになった時はさすがに心配したけど結局無事だったし、結果オーライだ。スズは何も悪くないしもう何も心配しなくていい」



 いくら慰めても、それを裏切るように俺のシャツが涙と諸々でビショビショになっていった。


 最近になって改めて思ったがスズは本当に良い奴だ。それゆえに人間たちに過去の悲劇のトリガーを引かれて暴走してしまった後の後悔は人1倍大きい。


 そして今までの出来事を通して一つ思ったことがある。



「スズ、お前本当に人間嫌いなのか?」



 スズがそれに答えることはなく、俺の腕を掴む力が強くなったのを感じただけだった。



「もう今日は寝るんだ。じゃあ俺は帰るから、明日の朝にまた来るよ」



 俺はスズの頭を撫でてから、向こうを向かせて寝かせた。


 そしてウロから出ようと穴の縁に手をかけたときだった。



「・・・ッ!」

「スズ?」

「・・・」



 またあの時の動悸が襲ってきた。


 結局その夜俺は、狭いウロで二人密着して寝ることになった。

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