第28話 人形舞踏――五点クリティカルよ!
一体、彼女は何を言いだすんだ。
ほとほと呆れ果てたマリーであったが、フェリィの勢いに押されてしまったのと、断るのが面倒になったということから(八割方後者だが)、上の階で相変わらず魔術の修練を続けていたアイアスを連れ、近くの魔術協会の管理する体育館にやって来ていた。
「怖気づかずに来たようね!」
「…………」
中央でフェリィと対峙しているアイアスが、無言でこちらを向く。
珍しくアイアスの顔からは、表情らしい表情がうかがえる。もちろん浮かんでいるのは、明らかな困惑だ。
けれど、その顔に何と言ったものか分からず、マリーもあいまいな笑いを返す事しかできない。
「勝負は
魔術で、専用に作られた
五点クリティカルと言うのは、すなわち普通の人間で行動不能になるようなダメージを受ければその時点で負け、という意味だ。クリティカルが出なければ、ポイント獲得数の多い方が勝ちになる。
もちろん、
フェリィの宣言を聞き、当然ルールを理解している様子のないのアイアスに、こう言った
「――とまぁ、そんなところよ」
「…………マリー」
「ん、なあに?」
「……勝てば、いいのか?」
真顔で、じっとこちらを見つめながら言うアイアスに、思わずドキッとする。
彼の瞳は、いつもまっすぐで、透き通るように黒い。
なぜだか理由はわからなかったが、思わずサッと目線を外す。そして、我ながら煮え切らないなと思いながら、返事を返した。
「ん……そうね……勝たないよりは、勝つ方がいいわ」
「…………わかった。じゃあ――」
そこまで言って、アイアスは、10М先のフェリィと対峙し、宣言した。
「勝ってくる」
「まっさか、あたしに勝つつもり? ざーんねん! さすがに、まだ魔術学校レベルのことを習っているような相手に負けてあげるつもりはないよ!」
じゃあなんで勝負を挑んだんだ、と思わず言いそうになったけれど、負けず嫌いなフェリィのことだ。些細なことでもいいから私に勝って、ネタを保持しておきたかった、というようなところだろう、とマリーは想像する。
それでも、フェリィの言っていることは実際正しいことだった。
彼女はアイアスが魔術をどれぐらい習っているのか細かくは知らないだろうが、彼は実のところまだ習い始めて二日の、ズブの素人もいいところなのだ。
今日だってマリーは模擬戦などやらせたくはなかった。正直に言うと、押しの強さに負けてしまった自分のことを少し悔やんでいる。
後で、お詫びにサンキューさんのケーキでも買ってあげようかな……。
そんなことを頭の中で考えながら、シオンと体育館の端の長イスに座る。
「ごめんねー」
「え?」
「ミストフェレスが、迷惑かけてー」
「あ、ううん! わざわざそんな!」
シオンの方から声を掛けてくるのが珍しく、思わず驚いてしまったが、別に彼女は無口というわけではない。
「でも、あの子も、最近ー、家でちょーーっと、いろいろあってねー……。だからー、今日ぐらいはー、許してあげてー」
シオンに、そう言われたら、仕方ない。
マリーはシオンに笑みを返すと、中央で対峙する二人に視線を戻した。
二人は構えた状態で、身動ぎもせずにらみ合っている。
「3、2、1」
折しも、機械的な音声で告げられる、カウントダウン。
0の合図で、決闘開始だ。
「0!」
「ミスト・セプト・スペルト・ロード!」
定石通り、フェリィが
この手の決闘では、事前の仕込みは一切禁止なのだ。
そんなフェリィに対し、アイアスの取った行動は、予想外……というよりも、魔術師にとって、常識外れの行動だった。
全力のダッシュ。
0の合図とともに、ダッと音が出そうな勢いで床を蹴り、10М先のフェリィに迫る!
魔術師として魔術を行使することを完全に放棄した、事実上の不意打ち。
自らの
「な――ッ!」
これには、さしものフェリィも集中を乱すのではないか、とマリーは一瞬身構える。
「――小賢しい!」
けれど、実力差というものは、そう簡単に覆らないから、実力差なのである。
「熱せ結べ一つとなれ!」
アイアスの手が、今にも
ガキャァン!
まるで、金属板を殴りつけたような、効果音をつけ間違えた映画のワンシーンとでも言われないと、しっくりこないような不釣合いな音が建物に響く。
アイアスが慌てて距離を取る。殴りつけた右手を押さえているところからも、かなり痛そうだ。
「……奇襲っていう考え方は悪くないけど、相手が悪かった、ってところね! さ、時間ならあげるから、
そう余裕ありげにフェリィが告げる。そんなフェリィをじっと睨み動かないアイアス。
彼は、一体どうするつもりなんだろうか――。
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