第二節 人形舞踏《ドールファイト》
第27話 人形舞踏――勝負よ!
翌日は、もう創世祭の前夜祭期間に入っていた。
そもそも創世祭とは、コルシズ教の聖書で述べられた創世の日を祝う祭りである。
コルス神は今ある世界の形を何千年前のその日に作ったのだという。
早くに両親を亡くし、シュヴェスタに育てられたマリーだったが、シュヴェスタはあまり信心深い方ではなく、そんな彼に育てられたマリーもまた、宗教的な行事への関心はかなり薄かった。その為、創世祭の由来だとか、そんなものは彼女は全く詳しくない。けれど、生来の性格から、祭りそのものは大の好物であり、一年の中でも特に大きな祭りである創世祭への関心自体はすこぶる高かった。
前夜祭、といってもそこはさすが大きなお祭りで、前夜祭期間はなんと祭りの一週間前から。そこから本祭当日まで徐々に街のボルテージが上がっていき、当日にはてんやわんやの大騒ぎになる、というわけである。
「んーーーっ!」
店の前の掃き掃除を終え、通りで大きく伸びをする。朝の幾分涼しい空気が気持ちいい。
前夜祭期間といっても、まだ一週間前の今日は街の雰囲気も穏やかなものだ。けれど、あちこちから漂う空気は確実に祭りが近いのだと告げている。
その雰囲気がまた、マリーの気分を高めていた。
「今日も頑張ろっ」
そう言って、店に戻ろうと通りに背を向けたマリーを、
「マ―――――――リイ――――――――――ー!」
唐突な負荷が襲った。
「きゃうっ」
突然の出来事に、潰れたウサギのような声が漏れる。
背中に誰かが飛びついて来たということを、すぐに察する。そして同時に、危うく倒れそうになった体を何とか持ち直して、心当たりの人物の名を呼んだ。
「そ、その声はまさか、フェリィ……?」
「当ったりー! さすがは我らが首席サマ!」
背中からフェリィが降りたのを感じ、マリーは自らの背後へと向き直る。
そこには相変わらずの肩下までのやたら癖のあるクルクルした銀髪に、えくぼの似合う快活そのものといった少女が、朝日に負けないぐらいのにこやかな笑顔で立っていた。
「はぁ……朝から今日はついてない……」
「えー! そんなこと言わなくてもいいじゃない!」
「だって、フェリィが来たらいっつもめんどくさいんだもん……」
「ちょっと! もうちょっとオブラートに包んだ言い方はできないの!?」
「これでも十分包んでるわよ?」
「逆に包まなかったらどうなるのか聞いてみたいわ!」
フェリィはマリーの魔術学校の同級生にあたる少女である。フェリィというのは多くの友人が彼女を呼ぶときのあだ名であり、本当の名前をミストフェレス・クルースニクという。
魔術学校の卒業制度はいわゆる単位制というやつで、卒業に必要な一定数の座学と実技の単位を習得すると卒業できる。生徒の技能、成績次第で、学校側の想定する在学期間以上にも以下にもなる、というわけだ。
その中でフェリィとマリーは卒業年度のクラスが同じであり、卒業時の席次としては、マリーが首席、フェリィが次席、という間柄である。ちなみに、歳は二つ離れており、フェリィがマリーよりも年上にあたる。
そういった要素からか、妙にフェリィはマリーのことをライバル視しており、卒業後もことあるごとにマリーの元を訪れてはなんだかんだと勝負を挑んだりといったことをしていた。
「でも、フェリィが来たということは当然……っ!」
と言って、マリーはチラッとフェリィの背後をのぞき込む。
そこには案の定、小柄な身体に身の丈以上の大きなギターケースを背負った、薄水色のふんわりショートヘアの少女が直立不動で立っていた。確かに直立不動ではあるのだが、なにか抜けたような雰囲気を感じてしまう不思議な空気を持つ少女である。その点、アイアスと似ているように思えて、受け取る印象はかなり異なる。
「おー! やっぱり! シオン、元気にしてた?」
ひらひらと小さく手を振りながら、マリーが問う。
「ん……元気だよー」
寝起きなのだろうかと疑ってしまうようなぽわーんと気の抜けた返事だが、これが彼女の平常運転である。
そんなことはマリーも百も承知で、
「うんうん。相変わらずっぽい!」
と、にこやかに返し、シオンの頭を撫でる。
シオンはそのほわっとした雰囲気と小柄な体格から、在学当時、多くの女生徒に可愛がられており、学年のマスコット的存在で人気を博していたりしたものなのである。されている間、本人はポーッとしており、実際どう思っているのかは謎であるが、まんざらでもなさそうに見えなくもない。
ちなみに、シオンはフェリィと同い年であるため、当然マリーよりも年上であるが、フェリィに対してと同様にあまり本人は気にしていないようだ。
「ちょっと! あんまりあたしのシオンをおもちゃ扱いしないでよね!」
その言葉に、マリーは視線をシオンの前のフェリィに戻す。
「むー。本人が嫌がってないんだし、別にいいじゃないー。それで? 今日は何か用?」
「あたしの方がうまく撫でられるの! ……ってそうじゃなくて! 今日は噂を聞いたから来たのよ!」
「噂……?」
「そう! マリー、あんたが弟子を取ったってね!」
「で、弟子ぃ!?」
もちろん、マリーにはそんな覚えはない。
けれど、思い当たるものはあった。
「もしかして、アイアスのこと……?」
「本当なのね!?」
「え? い、いや! 違うわよ! 弟子じゃない!」
「じゃあ、なんなのよ!」
「え、そ、それは……」
言われて、マリーは口を詰まらせる。
アイアスは、私の何なんだろう。
真っ先に思い浮かんだのは、友達だったけれど、それは何か違う気がする。
じゃあ、本当に弟子? でも、魔術を今教えているのはシュヴェスタさんなんだから、弟子というならシュヴェスタさんの弟子になるのではないだろうか。
従者、という関係は本当に形式だけの関係で、全く違う気がする。
で、あるならば――
「うーん……、確かに弟子に、なるのかなあ……」
「ほーら見なさい!」
そのマリーの返答に、フェリィはなぜだか得意げに胸を張る。
いや、実際のところ、彼女はほとんど胸はないのだけれど。
「ん、コホン! とにかくよ! 弟子だって認めた以上、逃がすつもりはないわ!」
「逃げるつもりもないけど……」
一体、何を言い出すつもりなんだろうか。
「その弟子の彼と! 私で! ――勝負よ!」
「……しょ、勝負ぅ?」
それは、予想外の言葉だった。
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