第20話 帰還――起死回生の策

 しかし、そうしている間にも、この機体を取り巻く状況は、刻一刻と悪くなっていくばかりだった。

 鉄の鳥は一向に速度を落とす気配すらなく、高度は目で見てわかるほどに落ちている。

 実際にはいないけれど、もう少ししたら、海に浮かぶ人影ぐらいなら視認できるかもしれない。

 コックピットの外から聞こえる風切り音も、大きくなるばかりだ。

 普通の話し声程度だったら、掻き消されてしまう。

 ……いや、もしかしたら、このいつまでも鳴りやまない耳障りな音は、もしかしたら、自らの心臓の鼓動なのだろうか……。

 汗が、ポトリと落ちる。


「どうしよう……このままじゃ……っ!」


 思わず、弱音が出る。


 どうしたらいいどうしたらいいどうしたらいい。


 募るのは、焦りばかり。

 ああ……なんて――なんて現実は、残酷で、無慈悲なんだ。

 オーバーヒートした脳が、諦めを浮かべようとしたときだった。


「……あっ! そうだ!」


 一つの考えが、頭に浮かんだのは。


「っ! 何か思いついたの!?」


 勢い込んでシータが尋ねてくる。


「〜〜……っ! ごめん! ちょっとだけ、任せた!」


 だけど、それに詳しく答えている時間はない。事態は一刻を争うのだ。

 それに、申し訳ないけれど、この策を実行するなら、機体の維持に魔力シカトゥールを使う余裕は、ない。


「え、ええ!?」


 実際に重くなったわけではないだろうけれど、シータの顔に途端に苦しそうな表情が浮かぶ。

 でも、きっと、彼女なら、堪えてくれる。

 そう、信じて、任せる。


「キツイ……」


 隣からつい漏れ出たであろう繰言が聞こえる。

 シータは魔力シカトゥール量がそれほど多いタイプではない。もしかすると、もうそろそろ魔力シカトゥールが尽きようとしているのかもしれない。


 急がなければ。


 そう思えば思うほど、この時間が長く感じる。

 迫る視界の水面が、耳を打つ騒音が、二人から集中力を奪う。


 早く――。

 早く、間に合って――!

 チラリと思わず瞑っていた目を開き、前を見やれば、海面はもう泳いでいる魚すらわかりそうなほど近くにあった。


 ゾクッ。


 背筋に、悪寒が走る。

 このままでは、不時着はおろか、自分の命すらも……。

 そんな考えが、頭を過った時だった。

 

 ――待たせた。


 その、声が聞こえたのは。


「っ! やった! 間に合った!」

「……っ!?」


 シータが勢い込んでこちらを向く。そんな彼女に向けて、マリーはありったけの笑顔と、そしてVサインを送る。

 次の瞬間。

 大きな力が機体にかかって、そして……。

 急に、機体の揺れが小さくなったかと思うと、機体は、そのまま速度をみるみる落とし、次の瞬間。

 バシャアアアアン! と派手な、けれど想定内の水音と共に、海面に、不時着していた。

 思わず閉じてしまった瞳を、恐る恐る開けながら、二人して、見つめ合う。


「無事、なの……?」

「…………うん。……うん! 助かったんだよ!」

「はは……は……」


 魔力シカトゥールを使い果たしたのだろうか。それとも、単に張っていた緊張が溶けて、力が抜けただけだろうか。シータがバタリ、と倒れ込む。

 つられるように、マリーもペタンとお尻をつく。


「ホント、よかった……」


 それまで鼓膜を破るかのような轟音にさらされていた耳には、波音だけが漂うこの空間は、少し、静かすぎた。

 しばらくそうやってポカンとしていると、シータがむくりと上半身を上げる。


「ところでマリー、一体どうやって――」

「お前ら、無事かー?」


 弛緩した空気に響いたそれは、彼女らにとって、馴染み深い声だった。

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