幕間 路地裏

 そこは雑多な建物が並び立つスラム街においても一際奥まった、一日中陽の光が入らないような、そんな場所にあった。

 しかし、そんな外観に似合わず、中は意外なほどに綺麗に整頓され、壁もシミ一つない。

 時刻は夜。まだまだ泣く子が眠るには早く、通りを歩けばすぐに人に当たるような時間帯。


「アンリ様……例の件を依頼したグループ、どうやら返り討ちにあったようです」


 その部屋には二人の人物がいた。

 一人は、高そうな椅子に腰かけた一人の女性。豊満な胸とそのバランスの取れた体つきが強調されるような赤いナイトドレスに身を包んでおり、足を組んでもう一人を見下ろしていた。

 見下ろされているもう一人の方は、少女とも少年ともつかぬその年ごろの者であった。頭を垂れながら膝をつき、淡々と女性に言葉を投げかける。その姿は身に纏う黒い衣服と相まって、訓練された兵士……いや、暗殺者を彷彿とさせた。


「……私が嫌いなやつがこの世の中には二種類ほどいる。一つが――」

「アンリ様の言うことを聞かない者」


 ヒュッ、と澄んだ音の口笛を鳴らし、アンリが、答えた少女ーーもしくは少年だろうかーーを賞賛する。


「さっすがー。よくわかってるじゃない。……でもそれよりも、もっと嫌いなのがあるの。わかる? それはね……、自分の役目すら、まっとうできない者よ!」


 そういって、近くにあった花瓶を叩き割る。

 音のない薄明かりの下に、ガシャン! と耳障りな音が響く。


「それで? 連中は今どうしてるの?」

「……明日の飛行機で、北に帰るようです。今は礼拝堂に宿泊中です」

「そう……」

「協会の中で何か事を起こすのは得策ではないと判断して、現在は放置しておりますが……」

「それでいいわ。そうね……」


 そこで、アンリは、携帯端末を取り出し、何者かと連絡を取る。しばらくして返事があったのか、画面を見つめ、ニンマリとした笑みを浮かべる。


「彼らを、ヴェネトに返すな。……一度やると決めたからには、その計画に失敗は許されない……」

「それは、あの方の……?」

「フフ……フフフ! ちょうど、虫の居所が悪かったの……」


 そう言って、立ち上がる。


「クレタ! 明日は私とあなたでやるわ。チリ一つだって残ったら、容赦しないから。……準備しなさい」

「仰せのままに」


 二人が話す声は、路地裏で鳴く犬の声に掻き消され、夜の黒に吸い込まれていった。

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