第12話 向き合うーー私の父親について、独り言を喋ってもいいかな
翌日は窓の外から聞こえる微かな物音で目覚めた。チラリと窓の外に視線を向けるが、まだ太陽は完全には昇り切っておらず、空の色は夜闇色を溶かした水にほんの数滴黄色い明色が混じった程度だ。
「ん……」
ベッドの上で上体を起こしボーっとしているうちに次第に意識が覚醒し、昨日の夜のことを思い出す。同時に喉もとまで迫ってくる吐き気を水を一気に飲んで拭い去る。
「……あれぐらい、わかってたつもりだったのにな」
自虐気味に呟いて、
「うわっ」
気づく。
ベッドの隣に、直立不動で立つ少年の姿に。
「あ、あんた、いつからそこに?」
「マリーが、起きたとき」
「そ、そう……」
そんな少年にどういったものかと、考える。
でも、そんなことよりも、今は誰かに胸の内をぶちまけてしまいたかった。
そうしないと、どうにかなってしまいそうな、そんな気分だった。
「……ねぇ」
「何?」
「今から言うのはさ、独り言なんだけど……」
そう、前置きしたのは、それでも残っていた、ほんの少しの矜持。でもそれが意味をなしていないことぐらい、十全に知っていた。でも、そうであってもなお。言葉は、止まらなかった。
「魔術界にさ、一人の、嫌われ者がいるんだ。名前は、アルべ・フレッツェ。その人はさ、一つの禁忌を犯した。魔術界における、禁忌を」
ちら、と下に向けていた視線を上げて、アイアスを見る。彼の表情は、いつもと変わらなかったけれど、その瞳は、逸らされることなく、まっすぐにこちらを向いていて。それが、少し、ありがたかった。
息を吸って、続きを口にする。
「その禁忌っていうのが、人殺し。――殺人だった。それもさ、一人や二人じゃない。魔術界から、嫌われるぐらいに、たくさん。それはもう、数え切れないぐらい、殺したって……そう、言われてる。
そんなに人が死ぬようなことって、なんだと思う? ……って、決まってるよね。戦争だよ。彼は、戦に魔術を持ち込んだ。そして、その戦争は、一つの国を地図から消して、今なおその火は燻っている……」
ここまで喋って、マリーは気付く。この話が、アイアスにも無関係ではないことに。アイアスも、もしかしたらそのことに気付いているのかもしれなかったけれど、それは彼女にはわからなかった。
「そっか、これは、キミにも関係あることだね。その消えた国っていうのが、ここの隣の国……シェヘロ。だから、今、ここの国がこんな感じなのも、きっと、その人のせい」
それでさ。
「その人が、私の、お父さん」
この時、彼がいつもと同じ無表情でいてくれたことで、一体どれだけ救われただろう。
だって、マリーは信じていたから。
マリー・L・フレッツェは信じていたから。
「でも、これだけは言わせて! 私の父さんは! ――アルべ・フレッツェは! 決してそんなことをする人じゃなかった! それに……っ!」
マリーの脳内に、あの日の父の言葉がよみがえる。ああ、そうだ。あの時もこんな荒野だった。こんな荒野に建つ小さなホテルだった。
『マリー。俺はこれから、ちょっくら世界を――救ってくる』
その時の、父の顔以上に信じられるものなんて、この世界に、一つとしてない!
もちろん私が、信じたいだけかもしれない! でも、それでも、私は! あの人を! 父さんを! 信じる……!
「もちろん、信じて欲しいだなんて――」
「信じる」
「え?」
「マリーが、そう思うなら、俺も、信じる」
その声には、一つの迷いもなくて。
それが例え、彼女のひとりの友達としての感情ではなく、彼の中に残る忠誠心からくるものであるのだとしても。そうであるのだとしても、こんなにもまっすぐな声は、今の彼女にとって、救いに他ならなかった。
「だから」
そういって、アイアスはスッと膝を折りベッドに座る彼女に顔を近づける。
「えっ!? ちょっ!? えっ!?」
いきなりのことに、咄嗟に何の声も出せないマリー。
そんな彼女にあと少しというところまで顔を近づけて、
「泣かないで、欲しい……」
アイアスは、その無骨な右手で、マリーの頬をぬぐった。
「え……?」
いつの間に、流れていたのだろう。
自分でも気づかぬうちにたまった雫が、零れ落ちていた。
それが、カギだった。
決壊したダムから、とめどなく水がしたたり落ちて、止まらなかった。
それが昨日会ったばかりの少年の前だとか、そんなことは気にならなくなっていた。
ただ、膝立ちでベッドの前にたたずむその少年に抱き着いて、涙を流した。
少年は、ずっとその姿を見ていた。自らの服が涙でずぶ濡れになっても、ずっと、ずっと。
ずっと
ずっと
ずっと。
窓からは、夜明けの朝日が、いつしか差し込んでいた。
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