クリスマス

 コップに粉末のココアと牛乳を入れて、調理機に入れる。ボタンを押すと、調理機の中で、緑と赤のコップがオレンジの明かりに照らされる。

 今日は十二月二十四日のクリスマスイブ。アカネ、五歳で保護され、惑星カイナックのコロニー、宇宙駅『神田』で養子になった田中茜はクリスマスソングを鼻歌で歌い始めた。

 工場では、年末の納期に日曜日の午前中を返上して、仕事をしている父、田中猪吉の旋盤の音が聞こえる。

 兄と共に、ここ『神田』の宇宙船修理整備工場群に、部品を納める『田中機械部品製作所』の猪吉、静夫妻の養子になって三年、茜にとってクリスマスは誕生日、お正月と並ぶ、一年で最もウキウキする、楽しい行事の一つになっていた。

 チンと電子音が鳴る。調理機から出したコップを両手に、隣の居間に向かう。心地良い室温に設定された居間では、真ん中に置かれた炬燵に足を突っ込んで、兄のヒデキ、今は田中英樹が冬休みの宿題がインストールされた、タブレットの上でペンを動かしていた。

「はい、お兄ちゃんの分」

「ありがと。茜」

 英樹が顔を上げて礼を言う。茜は向かいに置いた自分のタブレットの前に座り、コップのココアを一口飲んだ。

 あの頃の垢じみた顔やボサボサの髪ではなく、さっぱりと洗われた顔に、散髪された髪。汚れた、ちんちくりんの小さな服ではなく『英樹、また背が伸びたわね』と、この冬に買って貰った紺色のパーカーを着た兄の後ろには、一ヶ月前から飾ってあるクリスマスツリーがある。緑色の合成材にグラスファイバーが仕込まれ、ツリーの葉の先端がキラキラと光る。それが茜と英樹が飾ったオーナメントに反射して、華やかに輝いていた。

 オーナメントには、サンタの人形もある。

 茜はキリの良いところまで終わったのか、ペンを置いて、ココアのコップを持った兄に訊いてみた。

「お兄ちゃんは、サンタさんがいると思う?」

「いるだろ。うちには、でっかくて茶色のサンタが」

 兄が工場の方を指して答える。

 二人の父は、見た目、ファンタジー映画のオークにそっくりの、サウロン星人だ。猪に似た出っ張った鼻のついた顔も、身体も、茶色い短い毛で覆われている。

 その父は、もう二ヶ月ほど前から、自分の仕事用のファイルに、最近子供に人気のおもちゃのカタログをDLし、本人はさりげないつもりで、英樹と茜に欲しい物を訊いていた。

「そうじゃなくて!」

 茜は口を尖らせた。

「じゃあ、なんだ?」

「本物のサンタさんが、だよ」

 茜の言葉が、太陽系第三惑星地球で、十九世紀頃から広まり始めた伝説の人物と知り、英樹がぷっと吹き出す。

「二年生のクラスでは、まだサンタさんは本当にいる~って言っているのか?」

 ニマニマと笑う兄に、茜がぷうと頬を膨らませた。

「いるわけないだろ。大体、一夜で銀河中の子供達にプレゼントを配れるわけがない。前にファボに聞いたけど、ワープエンジンっていうのは、一回使ったら最低でも五時間は休ませなきゃいけないんだってさ。そんなんで、どうやって銀河中を回るんだよ」

 二人の友人で『神林宇宙船修理整備工場』で働く、修理整備士見習から聞いた知識を出して英樹が否定する。

「お兄ちゃん、夢が無い……」

 睨む妹に、英樹の顔がすっと真面目になった。

「それに、もし本当にいたってオレはサンタなんか信じない。茜がひもじくて眠れないときに、一度も宇宙食の一パックすらくれなかったサンタなんてな」

 吐き捨てて、ペンを持ち直し、タブレットに向かう。

 ……お兄ちゃん、やっぱり、私をスペチルにしたの、まだ後悔しているんだ。

 当時、六歳の彼には、男と逃げた実母への怒りを、同じ女である妹に向けた実父から逃げるには、それしか方法が無かった。しかし、兄は自分が妹を二年も辛い生活をさせたと思い込んでいるのだろう。

 コツコツコツ……。英樹のペンの音だけが静かになった居間に響く。茜が黙ってココアを飲んでいると、玄関が開く音と共に母、静の声が聞こえてきた。

「英樹、茜、ちょっと買った物を運ぶの手伝ってくれない?」

「はーい」

 英樹がペンを置き、タブレットをスリープにして答える。

「母さん、きっとケーキや夕飯の材料を沢山買って来たんだぜ」

 にっと笑いながら炬燵から出る。

「うん!」

 茜も立つ。いそいそと玄関に向かう兄の背を追いながら、茜は小さく息をついた。

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