封じた想い

如月李緒

1.歯車

「これからよろしく」

「こちらこそ」


 4月。1人の転校生が現れた。

 高校2年の春である。


 そのクラスで参加者を募り、歓迎会という名の食事会が開催された。

 食事処からの帰宅はそれぞれバイト等の予定に合わせて帰る者や、転校生とある程度話してご飯も食べて満足した時点で帰る、というように、思いのほか自由なスタイルだった。


 企画主催者の実家の食事処を貸し切りにして行われた食事会だったために、時間的制限もなく、おのおの自由にしていた。

 食事もほとんど終わり、ジュース片手にそれぞれのテーブルから会話が聞こえる。

 転校生を含めて残りは十二人。テーブル席と座敷席があったが、ほとんどが座敷席に集まっており、座敷席で三つ、テーブル席で一つ、会話のグループができていた。

 そして、肝心の転校生のいる座敷席では……。

「ほらほら、嫌がってるから、やめなさいって」

「えぇ~……いやじゃないよね~?」

 クラスのお調子者でいつも女子と距離が近いことで有名な佐藤弘太さとうこうたが、人が減ったことで近づきやすくなったためか、転校生の隣に移って肩や手に触れてみたりと、やりたい放題。ちなみに、容姿がいいわけではないから、普段佐藤の周囲から聞こえてくるのは拒絶的な悲鳴ばかりである。今回の被害者は声を発していないが……これは別に受け入れているわけではない。一言で表すなら、絶句というやつだろうか。

 そしてそんな佐藤を隣でたしなめているのは、クラスで一番字がきれいな秀才兼今日の企画主催者である、秋月香蓮あきづきかれん

「あー。すいません、ちょっと、お手洗い行ってきますねー」

 そして、秋月から「はっきり言っていいんだよ」と言われても誤魔化すことしかできない転校生の名は矢郷やざとちあ。

 ちあはその言葉の通り、お手洗いへと向かった。


 お手洗いから戻ったちあは、全員を見渡し、一番入りやすそうなテーブルへ移動した。

 テーブル席では女の子二人が女子トークに花を咲かせていて、座敷席は秋月と説教をされているらしい佐藤の席、二組のカップル仲良さげに話している席、そして、男二人女一人でスマホをいじっている席。

 実は女子集団というものが苦手なちあに、テーブル席に行く選択肢はもちろん、カップル席や元々いた席に行くという選択肢もなかった。

「あ、矢郷さん。さっき、佐藤くん大丈夫だった?」

 移動してみれば、さっそく女の子から声を掛けられる。そして、その声でちあが来たと気づいた男二人もちあに声をかけた。

「佐藤も悪い奴じゃないんだがねー、あれが素だから女子から嫌われてるんすよ」

「香蓮ちゃんに言われたと思うけど、嫌なことははっきり嫌だって言ってやれな」

 迎え入れられた雰囲気にほっとしながら、ちあは本心を口にした。

「佐藤くん……私は少し苦手ですね……。初対面であそこまで距離が近いと恐怖に近いものを感じます」

 実際は、少しなんてレベルではなく、「無理」のレベルであった。

「あ、矢郷さんって距離近いの、苦手なの?」

 男女分け隔てなく接するため、男女人気の高いイケメン系女子、歳桃奈々さいとうなな

「んー、苦手ではないと思いますが、相手との関係次第というか……」

「えー、じゃあ、名前にちゃんづけしたりしないで、苗字で呼んだほうがいいかな?」

 女子は基本ファーストネーム+ちゃんで呼ぶ、クラスでまぁまぁイケメンな部類に入るであろう好青年、黒田優斗くろだゆうと

「あー、いえ。大丈夫です。……あ、それと、敬語もいらないですよ」

「その言葉、そのままお返ししますー」

 そして、どこか捉えどころのない雰囲気を醸し出す矢野俊太やのしゅんた


 結局、その日はほとんどそこで楽しく会話をしていた。

 楽しい時間はあっという間で、解散の時間はすぐにきてしまった。

「じゃあ、みんな、気を付けて帰ってね。寄り道はしないように」

 戸口で手を振る秋月に結局最後まで残っていた十一人は、手を振り返しながらそれぞれ言葉を残し帰路につく。

「秋月ちゃん今日はサンキューなー」「またね、香蓮ちゃん」「ばいばーい」「また明日~」


 反対方向の佐藤が一番最初に離脱し、いつの間にか二組のカップルが離脱し、仲良し女子と歳桃は「友達とこれから飲みに行くことになったから…」と人は徐々に減っていった。

「あ、私、こっちなので、ここでお別れかな」

「あー、ちあちゃんの家、そっちなんだ。じゃあ、また明日学校でな」

 黒田はそう言って、矢野のほうを見た。

「あー、じゃあ、僕、今日、こっちから帰りますね」

 しかし、矢野は少しだけ考えるそぶりを見せた後、行き先を宣言した。

「ん?あー、そう。まぁ、ほどほどにな」

 黒田はいつものことかと、特に話を聞くこともなく手を振り別れた。


「こっちなんですか?」

 何も言わないのも気まずいと、ちあは矢野に話しかけた。

「んー、方向はあいつと一緒なんだけどー、まぁ、気分でよく遠回りするんすわ」

「あ、そうなんだー」


 その後も、他愛のない話をした。

 そして「じゃ、そろそろ」と矢野が立ち止まる。

「あ、そーですね。結構来ましたもんね」

 話しながら歩いていたから歩くペースはゆっくりであったが、それでも、それなりの時間を歩いてた。

「ではまた学校で」

「うん。また明日」




 ―――この日から、歯車は動き出していたのだろうか。

 この日がきっかけだったのだろうか。

 ちあが己の恋心に気づくまで、そう、時間はかからなかった。

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