異世界に二転三転した話

九連射

説明回

 これら全ては覚えている事と聞いた事を統合して回想しているに過ぎない。僕がこうなった所以だ。


 最初は召喚魔法の類だったのだろう。

 現代の、地球の、とある場所で普通の生活をしていた僕は、異世界へと召喚された。

 ただ、その召喚魔法というものはそれが正しい形であったのか、あるいは失敗だったのか――召喚主が僕の目の前にいなかったことから少なくとも完璧というわけではなかったろう――僕は、胃腸の内容物や、肺の中の気体、体表面の皮脂や体毛、眼球の水分すらも、地球に置いてきてしまった。

 どこかの召喚主か、その魔法が厳密に定義した僕という存在だけを呼び出したのだ。僕は見知らぬ土地を見ることも感じることも叶わなかった。哀れな肉塊と化した僕は、苦痛に悶える他なかった。

 苦は単独で感じることはない。神経を細切れにして、引き抜いて、あらたな神経を差し込む。そんな感覚が、一瞬の内に数え切れないほど行われる。焼けるような、とか刺すような、とかそんなことを考えている暇はなかった。不快感と嫌悪感が体を駆け巡り、あらゆる感覚を刺激し、削ぎ落とし、別の感覚を捩じ込まれる。痛みという概念をそのまま叩きつけられ、どうしようもない時が苦なのだ。

 体の中も外も弄り回され、何かを失った、何を失ったのか、何が起きたのかさえわからない状況で、しかし悲鳴を上げるには肺の中身も無く、嘔吐するには胃の中身も無い。唯一の救いは、失った眼球表面を急速に湿らせる涙が溢れてくることだった。

 空っぽの肺が気圧差から異世界の大気を吸い込む前に、次は転送が起こった。


 ある座標から半径いくらかの空間を別の場所へと移すような転送技術が行われた、と聞いた。

 僕はその転送範囲に含まれており、新たな場所へと移された。しかしこの技術もまた失敗していた。異世界の地に伏しこの世のあらゆる苦痛を体感していた僕の右腕は転送範囲に外にあり、僕とその苦痛を共有することを辞めた。

 転送先で僕は地球を旅立ってから初めて呼吸をした、絶叫をするために。

 僕はもう右腕が切断された痛みなどもう感じておらず、苦痛を処理できなくなった脳が反射的に体中に電気信号を送るのをぼんやり眺めるほかなかった。この頃には痛みという概念を感じる脳と僕という存在、魂といったものが乖離していた。僕の体が様々なものを失い、様々な苦痛を貰っているのを他人事のように思っていた。そこで僕は肉体を一度手放した。


 転生するなら超常存在にあって二三言葉を交わしたりしないのか、と思った。

 僕が相対していたのは“存在”だった。

 理解できるのは霧散し続ける点のようなもの。そこにあるが輪郭は判然とせず、触れられはしないが重なることもできない。暗黒に浮かびながら輝いてもいないのに存在を確信できる、そういう“存在”だった。

 回想する僕には、それを思考や言語といったものに貶めないと理解も説明もできない。しかしその時の僕には確かに“わかった”のだ。“わかった”ことがわかる、ということしか肉体の檻の中にいる今の僕には思い出せない。

“存在”は僕を別の世界へと転生させることにしたようだ。僕の魂は度重なる変質であの肉体にしか適応できない異物となってしまった。エネルギーの総量が決まっているこの宇宙において、魂もまた貴重な資源である。それが何にも利用できない状態になっていることは“存在”にとって不本意である。故に魂を浄化し、あるべき形へを戻すために、僕は新たに転生する、あの肉体と共に。

 だからこれは、僕が死ぬために生まれ直すに至る回想だ。

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異世界に二転三転した話 九連射 @kakumono

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