第1章 届かないラブレター

第1話 平凡な一日の始まり



「それでぇ」


朝日が降り注ぐ教室で、一際目立つ女子グループが1箇所に集まってきゃっきゃと弾んでいる。

 2年に進級してからまだ間もないからか、はしゃぎながらも、お互いがお互いの接し方を探り合っているような初々しさが感じられる。



 ……自論だが、女子高生の間で交わされる話は、その時代を表しているのではないかと思う。

 きっとバブルの頃は、どこどこのダンスクラブがまじアガる、とか、明日から家族旅行で何カ国か回るんだとか、そんな話がされていただろう。

 今は一般の人でもネットで気軽に自分を発信することができるようになった影響で、SNS映えスポットの共有やらY○uTuberやらの話題がよく耳に入ってくる。


 ただ、どんなに時代が移り変わっても絶えず女子高生に好まれる話題がある。

 


 "恋バナ"だ。



 先程まで大声で『どの自撮りアプリが優れているか合戦』をしていた声が、スッと小さくなった。

「このあいだ一緒に遊びに行ったって話した人いたじゃん?・・・・・・昨日、その人から電話で告られちゃって」


その言葉を皮切りに、周りの空気が一気に興奮状態に変わる。


「まじで!」「やるじゃん~!」



 女子が恋バナをするときに漂う独特の空気はムズムズして少し苦手だが、嫌悪感を感じるというわけではないので、そのまま会話に耳を傾けることにした。

 囁き声ではあるものの、そう遠くない位置にいる彼女達の声ははっきりと聞こえてきた。


「でもさあ、やっぱりそういう大事なことは直接言ってほしくない?」 

 告白されたという女子が、指で髪の毛をくるくると巻きながら、不満そうな声を漏らす。

「直接顔見て言う勇気もないのかよって、ちょっと興ざめしちゃって。返事は保留にしちゃった。これからどうしようかなぁ」


 その言葉に周りが沸き立つ。

「それはケースバイケースってやつでしょ」

「SNSのメッセージじゃないだけ、全然ましじゃん」

「オッケーしちゃいなよぉ」


 いつも思うことだけど、女子の恋バナは必ず応援しなければいけないという掟でもあるのだろうか。それとも、とりあえず自分たちにとって面白い展開になるように誘導しようとしているのだろうか。

 話し始めた女子は女子で、ちょっぴり困った顔をしながら「え〜」と悩むような声をあげてはいるが、相談して何て返事するか決めたいというよりは、告白されたことを話の種にして楽しんでいるような雰囲気がある。

 相手に興味がないのなら、女子の間で話題にされてズルズルと返事を延ばされるよりも、スパッとはっきり言ってくれたほうが男的には嬉しいと思うのだけれども。



「直接言うのが全てじゃないっしょ。下駄箱開けたらラブレター入ってましたとか、憧れるじゃん!」

「いや、古いし。しかもこの学校の下駄箱、蓋ついてないから手紙入ってたら周りにバレバレだよ〜」

「憧れるけど、他の人に手紙入ってるところ見られるのは恥ずかしいかも……」

「だよねぇ」


 なるほど、女子は直接告白されるのが嬉しいが、古風にラブレターに憧れる人もいる。しかしそのことを周りにバレたくない、か。

 話を聞いていて”もやっ”とするところは多々あるが、こういった知識はヘタな男性向け雑誌を買うよりも、こうして生の女子の声を聴く方がずっと多く得られる。


 そんなことをぼんやり考えていたら突然両肩に後ろから衝撃が走った。


「うわっ」

「なに、ぼーっとしてんの」


 驚いて振り向くと、見慣れた金髪がにやにやしながら僕を見下ろしていた。

 肩に置かれた手に力が入る。


「もしかして湊太、女子の話に聞き耳立ててたのか?」


 やられた。この人は僕のことをからかう事でストレス発散している節がある。

 湊太とは、僕のこと。水無瀬みなせ 湊太そうたがフルネームだ。


「そりゃ、こんな近くにいたら嫌でも聞こえるよ」

「それもそうだなー!湊太盗み聞きなんてするわけないもんなー!」


 周りに聞こえるような大声で言うものだから、さっきまで丸く固まっていた女子達が、こっちを見ながら怪訝な表情をしている。

 僕は後ろで楽しそうにしてる友達を、精一杯の力で睨んだ。


「……柊斗くん、後でどら焼き奢りね」

「そんな怖い表情すんなって。どら焼きならもう買ってきてるし。ほら、お前ほんと好きだよなー」

「え!これ、いいの……?ありがとう!」


 最初から僕の大好物を買っているのはどういうわけなんだ、僕にちょっかいをかけるのを予め決めていたのか、という疑問が一瞬頭を横切ったが、目の前に現れた至極の甘味にそんなことはどうでもよくなった。

 あむ、と大きく一口噛むと口いっぱいに広がる優しい甘さに思わず頰が緩んだ。


後ろから、「ハムスターみてぇ」と、からからした笑い声が聞こえる。


 さっきから僕を手玉にとって反応を楽しんでいるこの人は、天城あまぎ 柊斗しゅうと

 僕らが1年の時に起きた、とある出来事がきっかけで仲良くなった、僕の数少ない友達だ。ちょっと、いや、かなりおふざけが過ぎることもあるし、金髪とピアスという完全に不良な見た目のせいか少しばかり怖く見えてしまうこともあるけど、ほんとは優しくて良い人なんだ。

 僕とは全く違うタイプなのに一緒にいて不思議と居心地よくて、2年で同じクラスになったと分かった時は、心底嬉しかった。




 最後の一口をごくんと飲み込んだところで、いつの間にか前の席に座ってこっちを見ていた彼が身を乗り出してきた。進級時の最初の席替えで、奇跡的に僕らは前後の席になったのだ。


「そういえばさ、湊太、パソコンに詳しいって言ってたよな?」

「ごほっ……う、うん、そうだけど」


 急な動きにびっくりして、少しむせながらそう返した僕に、キラキラと目を輝かせる。


「やりぃ!じゃあさ、4限の情報の授業の時、質問とかしてもいい?オレ、パソコンとかよく分からなくてさ。正直去年の授業もあまりついていけなかったんだよな」


「……っ、もちろん!なんでも聞いていいよ」


 今回どら焼きを奢ってくれた理由はこれだったのかと、ペットボトルのお茶を飲みながら思わず口角が上がってしまった。

 以前彼を助けた時にお礼としてどら焼きをくれたことがあり、”なんて良い人なんだ!”と僕がひたすら大喜びして彼を驚かせたことがあった。僕の反応が相当面白かったのか、それ以来、僕に何かを頼む時は大体どら焼きを持ってきてくれるようになったのだ。

 ……そんなことしなくたって、友達になら、特に、自分の好きなことなら、いくらでも教えてあげるのに。



 "湊太まじ神だわ!"とはしゃぐ金髪の彼を微笑ましく眺めながら、情報の授業かぁ、と一息ついた。

 情報は基本的に大学受験科目には入っていないため、真面目に受けている人は少ない。情報の先生の評価のつけ方が甘く、基本的に出席していれば単位を落とすこともないのだ。

 この情報社会に暮らしていて、情報に興味がないなんて理解しがたいが、きっと僕ができるだけ体育を受けたくないのと同じような感覚だろう。




 先ほどの恋バナ女子たちは、いつの間にかそれぞれの席に戻ってスマホをいじっていた。画面と互いの顔を交互に見ている感じと指の動きからして、おそらくあのメンバーのチャットグループでさっきの話の続きをしているのだろう。


 リアルでもネットの世界でも同じ仲間と繋がっているなんて息苦しくないのかな、とか、聞いてて勉強になるから実際に話してくれた方がありがたいんだけどな、とかそんなことをぼんやり考えていると、始業のベルが鳴った。


 今まで何百回は言ってきただろう、「早く席につけー」というお決まりのセリフを吐きながら先生が入ってくる。



「湊太、今日も頑張ろうな!」

 目の前の彼が親指を立てて”グッ”のポーズを作り、にっ、と笑う。



 僕は、”この感じ、ドラマとかで観るような青春ってやつみたいだなぁ”なんて考えながら、「うんっ」と、笑い返した。




 今日も、いつも通りの、平凡な一日が始まる。

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