雨空の花火(恋)

 夏休みに入って最初の日曜日、近所の海で花火大会が行われる。

 相模さがみ浩介こうすけは男友だちと4人で会場の海まで来たわけだが……あいにく小雨が降っていた。


「ついてないなー」

「まあ、でも、花火はあがるんだろ? 中止じゃなかっただけ、良かったじゃん」


 海岸の手前にコンクリートの通路があって、通路沿いに屋台が並んでいる。

 浩介たちは傘を差しながら、他の人の傘を避けるように歩いていた。雨だというのに結構な人がいて、会場は混みあっている。

 雨のことでぐちぐちと言う友人の相手をしながら、浩介は屋台を眺めた。


「お、たこ焼き食いたい。ちょっと買ってくるわ」

「浩介、おまえ、雨の中でよく食えるな」

「いーじゃん。傘あるんだし、小雨だし。なんとかなるだろ」

「そーかそーか。ま、先に行って場所取りしてるわ」

「おーよろしく」


 みんなと別れて一人でたこ焼き屋の屋台に向かうと、そのそばに浴衣姿の女が傘も差さずに一人でたたずんでいることに気づいた。

 クラスメイトの矢田やだだった。


「……矢田? 傘も差さずに何してんの」


 浩介は矢田の頭に傘を差しかけた。


「……相模?」


 こちらを見た矢田の頬は濡れていた。

 雨で濡れただけかもしれない。だけど、小雨でうつむけば顔は濡れない程度の雨。

 本当に雨なのか…? もしかして、泣いている?

 と浩介はぎょっとした。


「な、なんかあったのか」

「あ、ごめん。なんでもない」


 矢田は目元を手で拭った。何もないようには見えない。

 こういうときはどうしたらいいんだ?

 残念ながら生まれてから16年、彼女がいたこともない浩介にはよくわからなかった。


 例えば、友だちと大喧嘩したとか。例えば、彼氏と別れたとか。

 そういう想像ばかりが頭を駆け巡る。

 ああ、もうどうすれば!

 と思うよりも早く、体が動いていた。

 矢田の肩をつかんで引き寄せる。矢田の頭が浩介の胸に当たる。


「さ、相模……?」

「なんかよくわからないけど、泣きたいなら泣けばいいよ。こうしてたら、見えないだろ」


 言った途端、矢田が俺のシャツをつかんだ。矢田の肩が震えている。言葉にならない嗚咽が聞こえる。

 浩介は黙ってそのままでいた。


 どのくらいの間、そうしていたのか、花火の時間になったようだ。花火が打ちあがる。ドーンという音に矢田も気付いたようで、浩介から少し離れて顔を上げる。


「……綺麗」

「だなー」


 花火が見えやすいように、傘を後ろに動かす。

 浩介は花火を見上げながら、ポケットに入れたハンカチを取り出した。少し皺になっている。ないよりはマシか。


「ほら」


 矢田にハンカチを差し出すと、矢田は「ありがとう」と言って受け取り、頬や目元を拭いた。

 花火は次々と打ちあがり、真っ暗な空に大輪の花を咲かせる。


「今日、すっごく嫌なことがあったんだけど、花火見てたらどうでもよくなったかも」

「そうか、それは良かった」

「たぶん……相模のおかげもあるよね。ありがとう」

「お、おう」


 泣き顔を見られて照れているのか、矢田の頬に赤みがさしていて、浩介までむず痒い気持ちになった。


「まあ、なんだ。少しでも役に立てたんなら良かったよ」


 矢田を抱き寄せていた間、微かに触れる矢田の胸に、柔らかいんだな……と考えていたことは秘密だ。

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