18 勇者から身を守ろう!

 乱暴に開け放たれた扉。人型のシルエットが剣を振るう。勇者を追いかけていたケルベロスはその大きさから王の間には入れず、開け放たれた扉の枠に勢いよく体をぶつけた。


 王の間への侵入に気づき、エルナがハンマーで床を叩く。ドワーフの一撃で激しく揺れる王の間。地震の強い揺れを思わせるその振動を至近距離で浴びて平然と立っていられるものなど、ドワーフとドラゴンを除いて他にいない。魔王も勇者もその例外ではなかった。


 エウレカが再び膝から床に崩れ落ちる。バランスを保てず、床に四つん這いになって揺れを耐えるのが精一杯だ。敵から目を離してはならないと、その赤い瞳が勇者の姿を捉える。


 勇者は剣を杖の代わりにして揺れに耐えていた。黒い短髪に黒い瞳、獣耳なんてものはついておらず、背丈や顔つきから察するに歳は10代後半といったところ。見た目だけでいえばエウレカと同い年だ。


「味方がいるとは卑怯な奴だな。……おい、魔王。お前がさらった俺の仲間を返せ!」


 エルナの一撃による揺れが落ち着くと勇者が声を荒らげた。まだ振動による衝撃が残っているらしく、剣を杖の代わりにして立っているのに足が震えている。だがエウレカにとって問題なのは勇者の見た目ではなかった。


「我が、さらう? お主の仲間を? 一体何の話だ?」

「とぼけるな! ドラゴンを使って俺の仲間をさらったことを忘れたのか? ドラゴンに『返して欲しければ魔王の元に来い』って言われたから、俺は1人でここまで来たんだ!」


 勇者が言うには、勇者の仲間は魔物にさらわれたらしい。そしてそれを魔王エウレカのせいだと思っている。もちろんエウレカにはそんなこと、心当たりなどあるはずがない。


「我は怪我の療養でこの魔王城から出ていないぞ?」

「だから部下のドラゴンに命じて仲間をさらったんだろ? 早く俺の仲間を返しやがれ!」

「……そのドラゴンの見た目は?」

「青い鱗をした、コウモリみたいな羽とトカゲみたいな尻尾を持つ馬鹿でかい生き物だよ!」

「我が飼っているのは赤い鱗のレッドドラゴンだけであるぞ。青い鱗のブルードラゴンは、野生の魔物だ。我のペットですらない」

「はぁ?」

「だって、ブルードラゴンは水を扱うのだぞ? 火を扱うレッドドラゴンの方が断然カッコイイではないか!」

「はぁ?」


 勇者の叫び声が王の間に響く。勇者とエウレカの会話は何かがズレている。その違和感の正体に2人は気付いているが、互いにそれに気付かないフリをしていた。


「ペットとかどうでもいいから……仲間を、返し、やがれ!」


 エルナの打撃による影響がようやく消えたのだろう。勇者が剣を大きく凪ぐ。しかしその斬撃は、エルナの持つハンマーによって止められた。ハンマーに打たれた剣はドワーフ特有の造形魔法により変形し、一瞬にしてただの分厚い金属板となる。


「サンダー」


 エルナに剣を変形させられ、勇者が混乱していた時だった。エウレカが言葉を呟くと同時に、眩い光が勇者の体を包み込んだ。その刹那、耳を塞ぎたくなるような轟音が王の間に響いた。雷鳴と雷光に襲われた勇者は身動きが取れなくなる。





 エウレカの放った雷の魔法により、勇者は体が痺れてしまった。思うように体が動かせない勇者。エウレカがそんな勇者の体を縄を使って拘束していく。その際、勇者の持つ変形した剣を取り上げることを忘れない。


 勇者の下半身は胡座を組んだ状態で固く縛られていた。上半身は両腕を伸ばした状態で背中側で縛られている。拘束された勇者の体は硬く冷たい玉座の上に転がされた。


「エルナ」

「はいです」

「大至急、調べてほしいことがある。何があるかわからぬ故、ケーちゃんと共に行け。場合によっては……大きな戦いとなるかも知れぬぞ」

「具体的にはどうするです?」

「魔王城にいる、信頼出来る部下――四天王を集めよ。勇者の言葉が真であれば……わかっておるだろう?」

「わかったのです! エルナ、行ってくるですよ!」


 エウレカの指示を受け、エルナは短い足を懸命に動かして王の間から出ていく。ケルベロスも遠くから話を聞いていたらしい。いつかの撮影時みたいに威嚇することなくエルナを背に乗せ、すぐさま外を目指して走り出す。



 指示を貰わなかったシルクスは、縛られた勇者の姿をカメラに収めていた。エウレカ自らの手で縛られた縄はそう簡単に解けるものではない。きつく硬く縛られており、緩む気配がない。かなりマニアックな縛り方ではあるが勇者には有効だった。


「魔王様。このような拘束方法、どこで覚えられたのです?」


 シルクスが問うもエウレカは視線を逸らす。その反応こそが答えを告げているようなものであった。脳裏に浮かんだ妄想を首を振って払うと、シルクスの目がエウレカを睨みつけた。


「のう、シルクス。我は魔王である。魔族を束ね、魔物を生活の一部として利用する、魔王である。だが……野生化した魔物は別として、魔物や魔族に理由なく人を襲わせたりはせぬぞ」

「存じ上げております」

「ましてやドラゴンだ。全ての言語を操り、聡明と名高い、ドラゴン族だ。そんなドラゴンが意味もなく勇者やその仲間を襲うだろうか?」


 エウレカの顔がシルクスに向けられる。その顔からは表情を読み取れず、瞳を見ても感情がわからない。シルクスはあえて質問に答えずエウレカの言葉を待つ。


「人を嫌う魔物、魔族もおる。それに、我は嫌な予感がするのだ。我のことを持ち出したのが偶然ではなく狙ってであったら、と思うとな」

「つまり?」

「この勇者とやらの話を聞いた上で誤解を無くし、真犯人を突き止める。我の意向を無視しての行為、ましてや人さらい……許せぬぞ」


 エウレカの顔は赤みを帯びていた。拳を強く握りこんだせいか手のひらから微かに血が滲む。隠しきれないエウレカの怒りにシルクスはゴクリと唾を飲み込んだ。気を抜くと怒りに負け、全身の力が抜けてしまいそうだった。

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