2 スライムを飼育してみよう!
そこはシングルベッドを2つも置けば床が埋め尽くされるような、決して広いとは言えない部屋だった。家具の類が一切ない、明らかに誰にも使われていない部屋。そのど真ん中に立体的な水滴を模した水色の魔物――スライムがいる。
「スライムは魔族の間で人気のペットである。雑食でなんでも食べ……」
エウレカが震える手でニンジンの切れ端をスライムの口元へと持っていく。するとスライムの口がエウレカの指ごとニンジンの切れ端を咥えた。指先がひんやりと冷たいゼリー状物質に包まれる。たったそれだけなのにエウレカの顔が一瞬で青白く変わってしまう。
少しするとスライムはエウレカの指を口から吐き出した。かと思えばその弾力のある体を小刻みにプルプルと揺らし、その表面が不自然に波立つ。次の瞬間、1匹だったスライムが分裂して2匹になった。
「こ、このように、頻繁に増殖をする。増殖を止める手段もあるぞ。スライムは水だけでも生きられる魔物でな、飲み水だけを与えていれば増殖はしないのだ。また、毒草を食べると死ぬ。スライムでも毒はダメなのだぞ。って、わ、我に近寄るでない、この、スライムめ!」
エウレカがスライムについてカメラに向かって説明している間も、スライムはゆっくりと動いていた。
エウレカの足元に擦り寄ってその体をよじ登ろうとする。ゼリーのような弾力を持つひんやりと冷たいスライムの体。よじ登ってくるスライムをエウレカの手が乱暴に払い落とす。
しかしスライムもただでは終わらなかった。払い落とされたスライムは2匹がかりで必死にエウレカの体によじ登る。スライムがエウレカの服の内側へと入り込んでいく。
「我から離れろ! こらっ、
服と体の隙間から野菜の切れ端がポロポロとこぼれ落ちる。それはスライムの増殖を実演するためにとエウレカが用意していた、スライムのための餌。服の中に侵入して餌を奪われるのは当初の予定にはない出来事だった。
スライムは寄ってたかってこぼれ落ちた野菜に向かう。美味しそうに餌を食べたかと思えばスライムはすぐに分裂。増えたスライム達は残っている餌へと集まっていく。
気が付けばスライムは部屋の床を埋め尽くすまでに増えていた。最初は1匹しかいなかったはずだが、今や何匹いるのか数えることすら難しい。ここまで増えるのは想定外のこと。困ったエウレカが、捨てられた子犬のような眼差しでシルクスを見つめる。
「シルクス、我を助けてくれ」
「面白いので無理です」
「こ、この様子を撮影しているのか?」
「あの最弱と名高いスライムにまみれて困惑する魔王様、なんてなかなか見れませんから」
「やめよ! スライム嫌じゃ。はよスライムをどこかへ連れていくのだー」
スライムに囲まれたエウレカの悲鳴が扉を越えて廊下に響いていく。挙句の果てには床に寝転がってじたばたと暴れる始末。玩具を買ってもらえなかった子供と同じようなリアクションに、シルクスはついにカメラを止める。シルクスは呆れながらも扉を開け、手招きで使用人を呼び寄せるのであった。
増えすぎたスライムをどうにか使用人達に運んでもらう事ができた。なんでも浴槽にスライムを運んでスライム風呂を作るらしい。スライムが部屋からいなくなったというのに、先程までスライムの群れに溺れていたエウレカは疲れきっているように見える。
「このように、スライムは増えすぎると制御不能になる。外に出回ってるスライムの1割くらいは、魔族が逃がしてしまったスライムだな。残り9割は、自然増殖したスライムだ」
エウレカは乱れた服を整えながらカメラに向かって言葉を紡ぐ。四肢には透き通った水色のゼリー状の物質が付着している。それは隠しきれないスライム騒動の痕跡であった。慌ててそれを服の裾で拭き取るが、気持ち悪さまでは拭えない。
エウレカの真正面にはカメラを構えたシルクスの姿がある。シルクスの方は肌にはもちろんのこと、銀髪にもスライムの飛沫は付着していない。エウレカと距離を取って撮影していたからだろう。
「増えたスライムにすることは限られている。1つ、ゼリーにして食べる。2つ、浴槽に入れてスライム風呂にする。3つ、魔法か毒草で退治する。これ以外の選択肢はないぞ。スライムに物理攻撃は無効だからのう」
エウレカは必死にカメラ目線で説明をするのだが、その四肢はバタバタとして落ち着かない。四肢が大きく動く度に、ゼリー状の物質が床へと飛び散る。何が面白いのか、途中からはできるだけ遠くにゼリー状物資を飛ばそうと頑張り始めた。エウレカが必死に腕を回す様子はどこか子供っぽい。
「というわけで、我は増えすぎたスライムを処理するために、スライム風呂に入ろうと思う。スライム風呂には入ったことがないから、どんな風呂なのか楽しみだぞ」
あれほどスライムに触れることを嫌がっていたというのに、スライムへの挑戦はやめないらしい。次に挑戦するのはスライム風呂。その正体がどのようなものかも知らずに提案した。そんな自らの愚かさを悔やむのはもう少し先の話。
未知のスライム風呂を想像してキラキラと目を輝かせるエウレカ。そんなエウレカを見たシルクスは声を抑えて笑っていた。エウレカの挑戦する先に待ち受けるものを彼女だけが知っている。
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