第149話 琥珀色の世界です。


「これは・・・・・・洞窟?」


 扉の向こうは予想に反してどう見ても洞窟だった。

 普通に世界樹の中に続く廊下があるのだと思っていただけに扉を抜けたところで足が止まった。


「意外でしたか?」


 山田さんはそんな俺の心の中を察したのか言葉を続ける。


「この扉は一種のワープゲートになっていまして、特別な方法で開くとこの世界樹の中の通路に繋がるようになっているのです」


 その説明に後ろを振り返り、いま通ってきたばかりの扉を見る。


「えっ、なにこれ、どこ○もドア?」


 振り返った先にあったのは、不自然にそこだけ切り取られたような真四角な空間だった。

 もちろんそこには先程まで立っていた商工会の廊下と、山田さんがいた。


「そのようなものですが、流石にあの不思議な未来道具ほどの距離は繋げないのですけどね」


 山田さんはそう言いながら自分も開いた扉から洞窟の中に入ってくると扉を閉めた。

 ガチャンという音とともに、一瞬にして扉が消えると、いままでそこに扉などなかったかのように薄暗い洞窟の姿が現れた。


「それではまいりましょうか」

「う、うん」

「タナカはいちいち驚きすぎなのじゃ」

「うっさい。初めてこの世界に来たんだからしかたないだろ!」 


 山田さんの肩越しにこちらを煽ってくるコノハに言い返しながら後を追いかける。

 洞窟の中は不思議とほんのり明るく彼の背中を見失うようなことはなかった。

 光源がどこにあるのかさっぱりわからないのに明るいという妙な感覚に戸惑いつつもしばらく歩いていると、やがて行き止まりのような場所にたどり着いた。


「この部屋で咲耶姫様がお待ちです」


 山田さんはそう言うと、その壁に手のひらを押し当てて何やら呪文のような言葉を小さな声で口にした。

 その姿を眺めているとドスンと背後に何か重いものが落ちたかのような音がして慌てて振り向く。


「えっ、閉じ込められた?」


 いつのまにか後ろには木の根のようなものが先程まで歩いてきた通路を完全に塞いでいる。


「大丈夫ですよ。これは外部の魔素をこの部屋の中になるべく入らないようにするための隔壁ですから。帰りにはまたひらきます」

「隔壁って・・・・・・」


 ゴゴゴッ。

 山田さんのそんな不穏な言葉の意味を聞き返そうとした俺の目の前で、今度は今まで壁に見えていた行き止まりが真ん中からゆっくりと開いていく。

 スッと足元を冷たい風が通り抜ける感覚を覚え少し身震いする。


「大丈夫ですか?」


 そんな俺を見て山田さんが少し心配そうに声をかけてくれる。


「なんだか少し寒かったけど、もう大丈夫」

「そうですか、多分この先の部屋の中の魔素がこちらに流れ込んできたせいでしょうね」


 さっきから外部の魔素がどうのと言っていたけど、この部屋の中は外と違う魔素で満たされているとか?

 でもたしか魔素ってその世界の世界樹が生み出しているはずで、この先に待っているのはその世界樹だ。

 なぜ中と外の魔素が違うんだろう?


 そんな事を考えているうちに扉は完全に開き切った。

 人が二人通れるくらいの隙間から見えるのはかなり広い部屋だ。

 その隙間を、コノハを方肩に乗せた山田さんが通り抜けていく。


 俺が慌てて彼の後を追って隙間を抜け部屋の中に入ると、いきなり部屋中の照明が一気に灯ったかのような光の洪水に見舞われた。


「うおっ、まぶしっ」


 俺は眩しさに思わず目を腕で覆う。


「咲耶姫様、またこのような無駄な演出を」


 部屋の中に山田さんのそんな声が響く。


「むうっ、相変わらず山田ちゃんってば堅すぎぃ~」


 その言葉に、どことなく脳天気な声が聞こえてきた。

 このノリは転移者の里で聞いた木之花咲耶姫に違いない。


 くらんだ目が徐々に光に慣れていく。


 まずその目に映ったのは、目の前に経つ山田さんの背中と、ドーム状の大きな部屋。

 そして彼の前に立つ一人の少女の姿だった。

 どことなくミユに似ているが、この場の雰囲気に全くそぐわない花柄のワンピースから昭和の香りがする。


「あっ、田中くん、おひさ~」


 その少女と目があった途端、彼女は俺の方に小さく手を振りながらそんな軽い調子のまま走り寄ってくる。

 もしかしてこの少女が木之花咲耶姫様なのか?

 俺が唖然とした顔で少女を見ていると、彼女は俺の前で立ち止まり腰に手を当てて何やら自慢げに胸を張る。


「どう? 驚いた? 驚いた?」

「い、いや。驚いたというか何が何やらさっぱり」


 その答えがお気に召さなかったのか、彼女は少し頬を膨らませる。

 そんな彼女の後ろから山田さんが歩いてくると「咲耶姫様、田中さんはここに来るのは初めてなのですから。もう少し自重してください」と彼女をたしなめる。


やっぱり彼女が木之花咲耶姫様なのか。

 多分ミユ達と同じく依代体か、もしかしたらホログラフィックかもしれないけれど。


「んふんふ~♪」


 山田さんの苦言をスルーして、ワンピースを揺らしながら彼女は俺の目の前でくるっと一回転すると「どう?」と微笑んだ。

「どう?」と言われても困るが、ここは普通に褒めてあげたらいいんだろうか?


「似合ってると思いますよ」

「でしょ~♪ 土井ちゃんに作ってもらった最新型依代体なのです」


 土井ちゃんって誰だっけ。

 つい最近聞いたことがあるような……あっ、ドワドワ研の所長さんか。


「本当はこの姿でバス停でお出迎えしたかったんだけど、まだ最適化が終わってなくてね~」


 彼女はそう軽い口調で言ったあと、後ろを振り返り山田さんに声を掛ける。


「それで、山田ちゃん」

「はい」

「この子に全てを伝えてもいいんだね?」

「はい」


 一瞬前までと全く違う静かな声音で山田さんにそう問いかけた木之花咲耶姫様の姿に俺は一人あっけにとられる。


 この子って俺のこと……だよな?

 全てって一体何が。


「田中くん」

「えっ、何」

「今からあなたの目に掛けているフィルターを解くけどいい?」

「良いも何も意味がわからないんですけど」

「ちょっと見える景色が変わるってだけよ。だから驚かないでね」


 彼女はそう言って軽くウインクすると指をパチンと鳴ら……そうとしたが「スカッ」と軽い指が擦れる音がするだけで鳴らなかった。


「ぐぬぬ」


 自分の指を見つめながら、何だか悔しそうにしている彼女の周りに突然ボワッとした光の円が浮かぶ。

 どうやら指パッチンは失敗したものの魔法(?)は発動したようだ。


「うわっ」


 そして彼女の周りに浮かんだ光が一瞬にして部屋全体に広がったかと思うと、ついさっきまでただの土壁で出来たドーム状のホールだったはずのその部屋の景色が一変していた。


「なんだ、これ」


 薄暗かった室内を、今は琥珀色の淡い光が満たしている。


「ようこそ田中くん。これがこの琥珀の間の真の姿さ」


 琥珀の間。

 そう、たしかにそこは琥珀の間という名前にふさわしい場所だった。

 ドーム状の壁の全てが黄金に輝く琥珀で埋め尽くされている景色は圧巻というほかない。

 俺は呆然とその景色を眺めていた。


 しかし俺が呆然としたのはその美しさに心を奪われたせいではなかった。

 なぜならその琥珀の中には――。


「人が琥珀の中に!?」


 壁一面の琥珀。

 その中に明らかにたくさんの人間の姿が見える。

 驚いたのはその人達の格好である。

 どう見てもこのスペフィシュの人間とは思えない服装をしていたのだ。

 そう、それはオレたちの。地球世界のものだ。


 俺は恐怖を覚え後ろに後退る。

 まさか、この世界樹は他の世界の人の命を糧にしているのか。


 俺は恐怖に震える瞳で木之花咲耶姫を見て、次にそしてこの場所に俺をつれてきた山田さんに目を向ける。


「山田さん、これって一体どういうことなの」


 その言葉に振り返った彼の顔は、いつもの飄々としたものではなく、何かを耐えるようなそんな表情を浮かべていた。


「田中さん。私はあなたに謝らなければならないことがあります」


 今までに見たこともないような真剣な表情で彼は何かを語りだそうと口を開きかけ――。


「あっ、山田さん後ろ!」


 次の瞬間、俺の焦る声に振り返った彼の頭を予想外の衝撃が襲った。


 ばちこーーーーーーーーーーーん。


 今にもはちきれそうな緊迫感の中、琥珀色の部屋の中にそんな軽快な音が鳴り響いたのだった。

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