第140話 そんな『不正』は出来ません。

 久々にやってきたユグドラシルカンパニージャパンの中に入ると俺はそのままオペレーションルームに通された。

 前回来た時も思ったのだが、そこはまるでハリウッド映画とかでよく見る宇宙船の管制室のようでワクワクする。

 様々に並ぶモニターを見やすくするためか、少し薄暗いその部屋の中央に以前見たのと同じ様にミユがたくさんのコードに繋がれて俺を待っていた。


「お父さん、いらっしゃいなの」


 薄暗い室内で少しだけ七色に輝き俺を出見かえてくれたミユのその姿は一瞬俺を不安にさせたが、元気に依代体のミユが俺の肩の上にいつもの通りちょこんと座るのを見てほっと息を吐く。

 

「そんなに緊張しないでください」


 ミユが乗っているのとは反対側の肩に軽く手をおいてそう言う山田さんの手が少し震えている。

 いつも世界樹のこと以外だと冷静沈着な彼にしては珍しく、その声にもかすかな揺らぎを感じた。


 山田さんも緊張しているのかな?


「そういえば山田さん」

「なんでしょうか?」

「スペフィシュに出かけるって言うんでそのままついてきたけど、これって日帰り?」

「そうですね、本来なら一週間くらいは滞在していただきたいのですが」


 一週間。

 確かに俺もせっかくの異世界旅行だし、今度こそゆっくり見て回りたいと思ってはいる。

 なんせ前回の吉田さんの世界への異世界旅行は楽しむ以前の問題だったからだ。

 しかし今の俺にはその余裕がない。


「一週間も学校休んだら今度こそ間違いなく完璧に留年決定だよ」

「ですよね」

「それともユグドラシルカンパニーの政治力でなんとかなったりしちゃって?」


 俺は期待を込めた目で山田さんを見上げる。


「そのような『不正』は出来ないことになっていますので」


 俺の期待はばっさり切り捨てられた。

 妙なところでお堅いよな、この会社。


「ですが一日だけ学校の方から正規の方法でお休みの許可はいただいておりますよ」


 不満げな顔をした俺に山田さんは一拍おいた後そう告げ、いつものイケメンスマイルを浮かべた。


 なんだよ、一日だけだけれど学校ときちんと交渉してくれてたんじゃないか。

 俺は一瞬喜びの表情を浮かべかけたが『正規の方法』というのがなんだか引っかかる。


「山田さん、さっき不正はいけないといってたけど、逆にその正規の方法って……」

「一日分の課題の追加でなんとかなるように調整しました」

「課題……」


 その言葉に俺はこれから始まる異世界旅行への夢と希望が一気にしぼんでいくのを感じた。


「でも安心してください田中さん。あなたはひとりじゃない」


 山田さんが少しかがみ込んで俺の目を見つめながら何やらどこかで聞いたようなくさいセリフをのたまう。

 今この状況で使う言葉なのかは甚だ疑問だ。


「まるで俺がいつもボッチみたいな言い方はやめてくださいませんかね?」


 彼が隣に引っ越してくるまではボッチだったけど今はミユもいるし。


「実はですね、明後日から平日の夜と土日にはなんと!」

「な、なんと?」


 山田さんが無駄にもったいぶって間を作るのがイラッとする。


「城之内先生がマンツーマン指導にやってきてくれることになりました!!」

「えぇ……」


 何故かドヤ顔でポーズを決めている山田さんと愕然とする俺。


「いやいや、年頃の男子高校生宅に若い女性教師を送り込むとかいろいろ問題があるんじゃないの?」

「はははっ、大丈夫ですよ。田中さんが娘であるミユさんの前でなにか蛮行に及ぶわけないですし」

「それはそうだけども、あっちはどう思うかわからないじゃないですか」

「彼女は田中さんの事は自分の弟みたいに思っているそうなので問題ないでしょう」


 たしかに元教師であるウチの母親の教え子だった城之内先生はまだ物心付く前から俺のことを知っている。

 俺からすると近所の怖いお姉さんという印象しかないが、一人っ子の彼女からすると俺は年の離れた弟なのかもしれない。

 

「それにですね、今回の件をお願いするにあたって彼女にも守秘義務契約を結んでいただきまして、今までの経緯と田中さんの現状についてさきほど詳しく説明させていただきました」

「な、なんだってー」

「ミユもさっきご挨拶したの」


 ええっ、ミユもあの人に会ってきたの?

 というか、いつの間に。


「しかし城之内先生という方はお若いのに立派な女性ですね。田中さんについて小一時間ほど語り合ったのですが、かなり意気投合してしまいました」


 後頭部に手を当てて楽しそうに語る山田さんを見て俺は「いったい二人で俺についてどんな話をしたんだろう」という不安しか湧いてこない。


「昔は『ターくん』『お姉ちゃん』と呼び合う仲だったらしいじゃないですか」

「む、昔の話だよ」


 俺は少し顔を赤らめてそっぽを向く。

 娘の前でそんな話はしないでいただきたい。

 このまま放って置いたら俺の幼少時代の黒歴史を語り出し始めかねない。


「ストップ! ストップ! とりあえず城之内先生がヘルプに来てくれるってのはもうわかったから」

「お姉ちゃんと呼ばないのですか」

「呼ばねーよ!」

「ミユにも『お姉ちゃんって呼んでね』って先生が言ってたの」


 おばさんって呼ばれる前に先手を打ったんだな。

 流石お姉ちゃん、抜かり無い。


「とりあえずその話は終了、終了だ」


 俺はなおも話を続けたそうな二人を制すると、今回ここに来た本来の目的について話を進めるように言った。


「というわけで今回の田中さんの滞在期間は約一日となります。世界樹の契約者である田中さんには本来必要ないのかもしれませんが、出発前にミユさんから世界樹の祝福を受けてもらいまして、それから転移装置を使いスペフィシュへ向かうことになります」

「前に吉田さんの世界に飛ばされた時にミユがかけてくれたやつかな」

「そうです。ただあの頃に比べて今のミユさんは更にパワーアップしてますので、それで完璧に異世界の魔素侵食は防げる計算です」

「凄いなミユ」

「えへへ~、まかせてなの」


 俺は指先でミユの頭をなでてやる。

 少しくすぐったいようだ。


「予定としましては今から田中さんには仮眠を取っていただいて四時間後に出発し、まずはドワドワ研の見学。その後ユグドラシルカンパニー本社に向かい、その後エルフの里を歩いて、最後に我が世界の母なる世界樹『木之花咲耶姫様』の元へ向かいます」


 懐から取り出した「スペフィシュ見学のしおり」と表紙に書かれた冊子を見ながら山田さんはそう告げる。

 なんだか遠足っぽいというか完全に遠足だこれ!

 引率の山田先生はもしかしてこの日のためにあの小冊子を作ったのだろうか?

 表紙も無駄にいらすとやのフリー素材を使ってきれいに作られてるし。

 本当にどんな絵でも有るんだな、あのフリー素材。


 しかしあの冊子は後でもらえるんだろうか?

 中身がすっごく気になる。


「それでは一旦仮眠室にご案内いたします」


 山田さんはその冊子をいつものように謎の懐ポケットに仕舞い込むと俺を別の部屋に案内した。

 明るく照らされた廊下を少し進むと『急速仮眠室』とプレートがついた部屋にたどり着いた。


「急速? 休息じゃないの?」


 俺はその文字にそこはかとなく嫌な予感を感じ、隣に立つ山田さんに尋ねると彼は笑顔のまま「急速で間違いありませんよ」と答えながら扉を開く。

 部屋の中に入ると、そこには卵型のカプセルのような物体が部屋の左右に三台、計六台鎮座していた。

 なんだか未来っぽい。


「このカプセルってまさか睡眠カプセルってやつ? 凄い、本物は初めて見たよ」

「ええ、このカプセルはつい最近ドワドワ研によって開発されたものでして」

「ドワドワ研……」


 おれのウキウキした心が一瞬で嫌な予感に塗りつぶされる。

 あの雑誌とかで見た睡眠カプセルを使えるんだと思っていたらドワドワ研の怪しいマシーンだったのだから仕方がない。


「なんとたった四時間この中で眠るだけで八時間睡眠した場合と同じくらいの効果が出るという最新式のマシーンなのです」

「それは凄い」


 珍しくまともな発明っぽい。

 いや、今までだってそれほどおかしなものは作ってないと思うんだが、なにせ高橋さんのイメージが……って、そういえば高橋さんどこいったんだろ。


 そんな事を考えている間に山田さんは一番近いところにあったカプセルに近づき、何やら操作するとゆっくりカプセルの蓋が開いていく。

 すごく未来っぽい。


 俺は彼に促されるままカプセルの横についた梯子を使い中に入って横になる。

 カプセルの中は体がすっぽりと包まれるように謎の素材でできた敷物が置いてあった。

 これはアレだ、人をダメにするクッションとかそんなやつだ。


「それでは四時間後にまた会いましょう」

「お父さんおやすみなさいなの」


 俺が二人に「おやすみ」と挨拶を返すと、ゆっくりとカプセルの蓋が閉まっていく。

 蓋の内側がうっすらと光っているので思ったより閉塞感はない。

 なによりこの人をダメにするクッション最終進化版とも言えるベッドが気持ちよすぎる。


「ドワドワ研もこういうものばかり作ってたらいいのに」


 完全に蓋が閉まると俺はそっと目を閉じた。

 これは本当に気持ちよく眠れそうだ。


 ぷしゅー。


 ん?

 耳元から聞こえたそんな音に俺は閉じた目をもう一度開く。

 先程より光度を落とした光の中、俺の目の前に何やら煙のようなものが……。


「えっ」


 ぷしゅー。


 ぷしゅー。


「なっ、これガス?」


 いつの間にやらカプセルの中に真っ白い煙が充満していた。

 そのあからさまに怪しい白い煙を吸い込むまいと息を止め、俺はカプセルの蓋を必死に叩く。


「開けて! 開けてくれっ! なんか煙が出て……げほっげほっ」


 叫んだ拍子に白い煙を吸い込んでしまった俺は必死にそれを吐き出そうと咳き込む。

 煙自体は無味無臭のようで、体に悪い物ではなさそうなのが救いだが、怪しいことには変わりない。


「落ち着いてください田中さん」


 俺がカプセルの中で暴れていると、カプセルの中に山田さんの声が聞こえた。

 どうやら外部から通信装置を通して話しかけてきているようだ。


「伝え忘れていましたが、その煙はドワドワ研がこのカプセルのために作り上げた安息ガスですのでそのまま吸い込んでいただければ」

「そんなことは先に言っとけー! げほっ、げほっ」


 叫んだせいで、ドワドワ研謹製の安息ガスを思いっきり吸い込んだ俺はそのまま意識が闇の中に沈むのを感じた。


 もうドワドワ研のアイテムは二度と信じない。

 その誓いと共に。


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