第132話 世界樹の雫がなければ即死です。
危なかった。
世界樹の雫がなければ即死だった。
メカ高橋さんのあつすぎる包容を受けて死にかけた俺は、慌てて飛んできたミユに無理やり世界樹の雫を飲まされたおかげで一命をとりとめた。
いつの間にやら高級ドリンク剤レベルだった世界樹の雫もここまでのものになったのだなと薄れ行く意識の中で思ったものだ。
娘の成長は父親として喜ぶべき事柄である。
それはそれとして、今俺の目の前にはメカ高橋さんが正座をして山田さんからの説教を小一時間ほど食らっている最中である。
正直メカに説教しても意味があるのかどうかはわからないけれど。
説教されている側のメカ高橋さん自体が、全く表情ひとつ変えない……というか無表情のままなのでその疑惑がさらに深まる。
その彼女の後ろでは高橋さんが何やらメカ高橋さんの首のメンテナンスハッチ(?)を開けてコードを繋いでなにやらメンテナンスをしているが、もしかして今メカ高橋さんって起動してないのでは?
だとすると山田さんは一体何に対して説教を……。
なんだか俺は微妙な気分になってミユが持ってきてくれた追加オーダーの世界樹の雫を飲む。
世界樹の雫中抽出のために久々に恥ずかしい呪文を唱えてしまったぜ。
「それで原因はわかったの?」
世界樹の雫のおかげで、やっと頭がはっきりしてきた俺はメンテナンス中の高橋さんに語りかける。
「力の制御についてはリミッターを今調整した所ですですが、抱きついた理由はわからないですです」
「リミッターが外れてたの?」
「外れるも何も、元々付けてなかったですですから」
「こんな危険物なのに!?」
ある意味さすがドワドワ研クオリティと言ったところなのだろうか。
でも俺、それで死にかけたんだよ?
「そもそも自立型と言っても『抱きつく』なんてプログラムは入れてなかったですです」
高橋さん曰く、自立型と言っても現状はまだ試作段階で、大まかに言うと依代体が通信範囲外に出た場合にのみ起動して通信範囲内まで戻るだけの物だったはずらしい。
確かに依代体としてならそれだけの機能があれば問題はないのだろう。
通信範囲内に入れば世界樹の意識下に入るわけだし。
「考えられるとすれば所長が紛れ込ませたこのブラックボックス部分ですです」
高橋さんは手に持ったタブレット端末の画面を指差して顔をしかめる。
「まったく、人の制作物に黙って手を出すとかルール違反ですです。今度会ったらドワドワ研全員で居酒屋貸し切って奢らせるですですよ」
ドワーフが居酒屋で飲み放題とか飲み屋が潰れそうなイメージだが、スペフィシュのドワーフは350mlくらい飲めばヘベレケになるっぽいから安心か。
いや、でもこいつらの場合、その後の酒癖の悪さが一番の問題だったっけ。
俺は被害者である山田さんをチラッと見るが、未だに物言わぬ無表情なメカ高橋……の抜け殻に説教を続けていた。
話の内容が何故か仕事の愚痴になっている気がしないでもないが。
「居酒屋から追い出されて出禁になる未来しか見えない……」
「どうしてですです?」
高橋さんが手元の端末から俺の方をまるで「何言ってるかわからないですです?」といった表情で見る。
マジか。
自覚なしの酔っぱらいほど迷惑なものはないというのに。
「田中さん、なにか勘違いしてるですですね」
「え?」
「私達ドワーフ族は外のお店で迷惑をかけたことは一度もないですですよ」
「マジで?」
「本気と書いてマジですです」
俺は思わず彼女の顔を見返してしまった。
その瞳は一点の曇もない。
「えっ、でも山田さんはトラウマになるレベルでドワドワ研の宴会は酷かったって――」
「あれはですですね、歓迎会とか研究終わりのパーティーとか研究所内でやるときだけ私たちはリミッターを外すですですよ」
ドワーフが酒のリミッターを外すという言葉には恐怖しか感じないんだが。
「何時もは一杯程度しか呑まないですですが、研究所内パーティーではなんと三杯は飲むですです。凄い人になると5杯も飲むんですですよ。まさにザルとはああいうドワーフのことを言うのですです」
お、おぅ。
違うよ。それは違う。
俺は異世界との常識の違いという物を改めて感じた。
ドワドワ研のメンバーなら、酒蒸しだけでも完全に酔っぱらいそうだ。
「とりあえずリミッターは付けたですですから、もう起動しても安心ですですね。ぽちっとな」
あ、やっぱりメカ高橋さん起動してなかったのか。
会社の愚痴から社会への愚痴に進んでいる山田さんはもしかしてわざとやっているのではないか疑惑すら浮かんできた。
よっぽど溜まってたんだなこの人。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「好きにさせる?」
山田さんの言葉に俺は首を傾げた。
「ええ、この自立型依代体――メカ高橋さんでしたっけ? 彼女のやりたいようにさせてあげてほしいのです」
「やりたいようにって、もう殺されるのは嫌だよ」
「そういう意味ではなくですね」
「それと、今のこの状況もなんとかしてよ」
俺は今、メンテナンスを終え再起動したメカ高橋さんに無理やり膝枕で耳かきされていた。
太ももがメカのくせに柔らかいが、先程殺されかけた手前、いつ耳に耳かき棒を突き刺されるか気が気でない。
「いやぁ、実に微笑ましい光景じゃないですか」
山田さんが本当に嬉しそうにそんな事をのたまう。
くっ、ドワドワ研のパーティにいつかまた放り込んでやる。
俺が恨みがましく彼を見ていると、耳かきが無事終わったらしく、メカ高橋さんが今度はその状態のまま頭を撫で始める。
なんだかもうとんでもなくキツイ。
何が一番キツイって、その姿をめちゃくちゃ微妙な表情で見ている本物の高橋さんの視線がキツすぎる。
「顔がにやけてるですですね」
いや、これは引きつってるだけだよ。
「お父さんを盗られたの~。ミユも耳かきしてあげたいのに~」
キツイ視線を送ってくる高橋さんの肩の上でミユがしょんぼりとしているが、前にミユに耳かきしてもらった時はかなりのダメージを受けたのでもう頼むことはない。
どんなダメージを受けたのかは想像におまかせする。
しかし、こんな格好で見かけ美少女に頭を撫でられているというのに全く持ってアレな気が起きないのはなぜだろう。
見かけが高橋さんだからか?
なんというか恋人に優しくされているというより……。
「それでは私はそろそろ打ち合わせの時間なので部屋に戻りますね」
山田さんが何やらスッキリした顔でそう言って立ち上がる。
さっき愚痴を言い切って満足したのだろう。
それでもこれからまた仕事とは、ワーカーホリックめ。
「高橋さんはどうします?」
「私はまだこの子の様子をチェックするですです。田中さんがいつ豹変して襲いかかるかもしれないですですから今夜は泊まり込みで監視ですです」
「帰れよ!」
俺が起き上がってそう言おうと思ったら、優しい力で頭をぎゅっと押さえられた。
何故か逆らえない。
「帰るなら監視カメラを部屋中に設置するですです?」
「いや、マジでそういうの勘弁してください」
この女ならやりかねない。
しかもドワドワ研の技術の粋を集めて絶対俺にわからないような隠しカメラを設置するに違いない。
いや、もしかして既に設置されていてもおかしくはないが。
「それじゃあまた明日来ますね」
山田さんが玄関に向かい、扉を開く。
「にゃ~っ」
「あっ、コノハさんおかえりなさい」
「ただいまなのニャ」
どうやらコノハがちょうど猫集会から帰ってきたようだ。
本当に猫集会って何してるんだろう。
「脚をお拭きしましょうか?」
「自分でやるニャ」
コノハはそう言うと洗面所に入っていくと中から水音が聞こえる。
ある意味手のかからないペットだな。
「それでは私はこれで」
山田さんはコノハを見送った後、もう一度俺たちに向かってそういった後、一呼吸置いてこう続けた。
「田中さん、一週間後スペフィシュに一緒に行きませんか?」
と。
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