第131話 ブラックボックス&ブラックアウトです。

 自立型人間大汎用依代体だと思ったら、めちゃくちゃキモいヒトガタ携帯電話でした。

 何を言ってるのかわからねぇと思うが(以下略)。


 倒れたままのメカ高橋さんの口からドワドワ研所長の言葉が出てくるのはまだわかる

 いや、普通はわからないだろうが、今の俺はもうこういうのにすら慣れきっているから「そういうのもあるんだな」と達観してしまっている。


 しかし、その言葉に合わせて見事にリップシンクさせる意味はあるのか?

 無駄に高橋さんにそっくりに作られているのに、口の動きまでリンクしているせいで、まるで高橋さんがオッサンの声で喋っているようにしか見えない。

 しかも仰向けに倒れ込んで、目をカッと見開いた状態なのだ。

 気持ち悪いにもほどがあるだろう。


『ところで高橋くん、彼氏は出来たかね?』


 高橋さん自身が高橋さん相手にセクハラ発言を繰り出している様に見える姿はなんとも言えない。


「まだ制作してないですです」


 制作!?

 ドワーフってもしかして彼氏とか自作なの?

 ドワオ=ロボットドワーフなの?

 それともバイオ的な感じで作るのだろうか。

 どこまでもマッドサイエンティストな種族だと俺が戦慄していると。


「あれはドワドワ研ジョークですよ田中さん」


 山田さんがすかさずフォローをする。

 本当に心を読まれてる気さえするが、俺自身が表情に出やすいタイプなのだろう。


「いくらドワドワ研でも理想の彼氏を実際に作り出すなんて事は一人くらいしか前例はありません」

「えっ、前例あるの?」

「ええ、一人だけ。どうしても理想の男の娘を作るんだと意気込んでいた研究者がいましてですね……」


 もしかしてそれって。


「最終的には『生命の創造はゆるしません。メッですよ!』という木之花咲耶姫様のお言葉によって阻止されましたが」


 たしかに世界樹、別名生命の樹である咲耶姫がそんなことを許すはずはないわな。

 まぁ本人は自分の分身を異世界にばらまいてるけれど。


「所で山田さん」

「なんでしょうか」

「ドワドワ研の所長さんって行方不明なんじゃなかった?」

「ああ、それならひと月ほど前には戻ってきてましたよ」

「そうなんだ。でも高橋さんは知らなかったみたいだけど」


 ひと月ほど前なら高橋さんもドワドワ研やユグドラシルカンパニーに泊まり込んだりして忙しくしていた時期だ。

 所長がドワドワ研に帰ってきていたら気が付かないはずはないだろうし。


 いや、まてよ。

 高橋さんの事だから自分の仕事にばかり目が行ってて、所長が完全にスルーされていた可能性もあるのではないか?


「そんな事より所長、いつ帰ってきたんですです?」

『研究所にという意味なら二日前だね』


 どうやら本当に高橋さんがスルーしてたわけではないようだ。

 しかし実際はひと月前には帰ってきていたはずなのに、ドワドワ研には二日前ってどういうことだ?


『まぁ、少し山田くんと世界樹様に頼まれたことがあったのでね。ドワドワ研に顔をだすのが遅れたのさ』

「頼まれたことってまさかこのブラックボックスですです!?」

『そうだね、それも頼まれごとのウチだね』

「所長が作ったのなら、この堅牢さに納得行ったですですが、これってなんなのですです?」

『それが何なのかはまだ言えないかな。安心していいよ、おかしなものじゃないから』


 いや、さっき思いっきりおかしな行動してたのですが?

 それ以前に山田さんに頼まれたって言ってたな。


 俺は隣に立つ山田さんを仰ぎ見る。

 近くにいると身長差がつらい。


 俺の視線に気がついた彼は少し肩をすくめるようなポーズをしてから口を開く。


「転移事故者の帰還計画のお手伝いを頼んだだけですよ。彼の技術力はスペフィシュでも随一ですからね」

「それはそうだろうけど、高橋さんにまで秘密にするなんて、何か危険なことでも――」

「いいえ、それは安心してください。今のところ計画は全く問題なく順調に進んでいますので、それに……」


 山田さんが更に何かを喋ろうとした所へミユが「ミユもミユも手伝ってるの~」と言いながら飛び込んできた。

 ミユが帰還計画を手伝ってるのはもちろん知っている。

 どんなことをしているかまでは聞いてないけど、この世界の世界樹なのだから帰還計画では大事な役割があるはずだ。


「えっとね、ぴゅ~って魔素をだしてるの」


 口先をヒョットコのようにしながら何かを吹き出すようなポーズでミユが説明してくれる。

 こんな顔のミユはレアだ。


 俺は急いでポケットから携帯を取り出し写真を撮る。

 うむ、完璧だ。

 完璧に可愛い。


「お父さん、聞いてるの?」

「ああ、ごめんごめん。で、魔素がなんだって?」

「もうっ、ミユ二度は言わないのっ」


 そういい捨てるとミユはそのまま部屋を出てキッチンへ行ってしまった。

 俺は少しションボリしつつも、スマホの写真をロックする。


『というわけで高橋くん、あとは任せたよ』

「とりあえずは普通にメンテしたらよいのですですね」

『うむ、基本はブラックボックス部分以外は何もいじってないからね』


 いつの間にやら高橋さんと所長の話も一段落したようだ。


『後の事は山田くんに聞いてね。それと、この通信が切れた後、再起動ボタンを押せば最新モードで動くようになるから』

「最新モード? わかりましたですです」

『それじゃ私は他の仕事もあるのでこれにて失礼するよ、必要な時は世界間通信機で連絡してね』


 ガチャッ。

 ツーッ、ツーッ、ツーッ。


 メカ高橋さんの口から電話が切れたときのような音が聞こえた。

 ご丁寧にリップシンクまで機能しているが、その機能は必要なのだろうか?


「はぁ、所長にも困ったものですです」


 高橋さんはそう言うと自分の分身であるメカ高橋を「よいしょっ」っとひっくり返し、首の裏あたりを弄りだした。


「再起動ボタンぽちっとなですです」


 どうやら所長が言っていた再起動ボタンはそのあたりにあるらしい。

 高橋さんがそのボタンを押すと、うつ伏せになったメカ高橋がピクピク痙攣しだす。


 何か非常に危険な臭いがする。

 というか今にもそのままゾンビ映画みたいにカサカサと動き出しそうだ。


「だ、大丈夫なのこれ?」

「大丈夫ですです。この動きは起動直後に体の各部がきちんと動くかどうかの最終確認をしているだけですですから――ほら確認終了ですです」


 高橋さんの言うとおり、先程までの気持ち悪い動きを止め、メカ高橋さんはゆっくりとうつ伏せ状態から正座状態へ移行する。

 内部ソフトウェア(?)がブラックボックスにより最新バージョンとなったメカ高橋さん……らしいのだが、見る限り何も変わっていない。

 倒れる前、というか俺が倒す前と何ら変わらない無表情なままだ。


 じーっ。


 しかもなぜか俺の顔を凝視している。

 全く表情のない顔で見つめられるというのは、なんだか背筋がゾワゾワするものだと知った。

 無表情キャラはアニメとか物語の中ならアリだが、実際目の前にすると異様なものとしか感じないんだな。


 しばらくメカ高橋さんと見つめ合っていると、おもむろに彼女(?)は立ち上がると俺の側までスススッと音も立てずに歩み寄り――ぎゅっと抱きしめてきた。


「えっ?」


 突然の出来事に俺は戸惑った。

 なんだ、何が起こったんだ。


 メカ高橋さんはオリジナルの高橋さんと同じく、小柄な俺よりさらに背が低いので、俺の目には彼女のつむじしか見えない。


 ぎゅーっ。


 一応中身を知らなければそれなりの美少女の高橋さんと同じ容姿をしたメカ高橋さんである。

 今まで女性と付き合った事もないから勿論(見かけだけは)年の近い女の子に抱きしめられるなどということは初体験なのだ。


「ちょ、ちょっと! どうしたのこれ」

「美少女の私に抱きつかれて嬉しいですですか?」

「嬉しいというよりもっ」


 最初はすこしドギドキしてしまった俺だが、今は別の意味でドキドキしている。


 ぐぐっ。


「ぐふっ、死ぬっ、死んでしまいまするっ!!」


 このメカ高橋さん、力加減を知らな……いっ。


 俺の異変に気がついた山田さんと高橋さんが、微笑ましいものを見るような表情を一瞬で青ざめさせて慌てて駆け寄ってくる。

 その慌てた二人の顔と、メカ高橋さんのツムジを見ながら俺は意識を失った。


 男子高校生田中 享年17歳。

 死因 幸せホールドからの鯖折り。


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