第81話 月も太陽も丸くて甘いです。
「やぁ、委員長。昨日ぶりだね」
俺は思わず意味不明なことを口にしてしまった。
たしかに昨日は学校であっているので間違いではないのだが今言う言葉がそれか?と思う。
学校での制服姿の委員長と違い、モコモコのコートに身を包んだ委員長は少し幼く見えて可愛らしかったが、俺の好みは年上のお姉さんだ。
その程度で動揺してどうする。
「高橋さんに呼ばれてきました~」
にこやかに委員長がそう言うと部屋の方から高橋さんがトコトコとやってきて「いらっしゃーい」と言いながら委員長の手を取って部屋の中に招き入れる。
この部屋の家主は一応俺なんだがなと頭を掻きながらその後を追うと、委員長がちゃぶ台の上にちょこんと座っているコノハを見つめていた。
「この娘は?」
委員長が両手をそっとコノハに差し出しながら聞いてきたので「ああ、ミユと同じミニ世界樹のコノハだ」と答える。
それを聞いてそのまま委員長は両手でコノハを持ち上げる。
「なんなのじゃー」
突然持ち上げられて目を丸くしているコノハ。
両手をバタバタさせているが、それがまた愛らしさに拍車をかける結果になったのか、委員長がニマニマした顔で見つめている。
「この方はですですね……」
高橋さんが委員長のことをコノハに紹介している間に俺は元の自分の席に座った。
「つまりダメダメな田中の学校での面倒を引き受けてくれる心優しい娘なのじゃな」
おい、一体どういう説明をした。
「今後共田中をよろしくなのじゃー」
「あはは、コノハちゃんって田中くんのお母さんみたい」
その言葉に俺は憮然として「こんなちんちくりんが母親なわけねぇだろ」と毒づいた。
「ちんちくりんとは何じゃー。ワシの本来の体は世界樹業界きってのナイスバディじゃぞ!」
「木のスタイルなんざわかんねぇよ!」
俺達の不毛な争いはその後数分続いたが、ミユが「お湯が冷めちゃうの!」と間に割り込んで来て終わった。
いつの間にやらキッチンでお湯を沸かしていたのか、ミユが小さな体でポットを持ってちゃぶ台の上に置いた。
一応魔法瓶タイプなので、そうそう冷めることはないと思うのだが、いちいちそんなことを言ってミユの機嫌を損ねるのも馬鹿らしい。
俺は自称ナイスバディツリーを放置することにする。
コノハの方はまだ何やらブツブツ言ってはいたが、直後、委員長にもう一度抱きすくめられて、あわあわしている。
「は、放すのじゃー」
そんな騒ぎをよそに、高橋さんとミユは着々とお茶会の準備を進めている。
一人一つずつ並べられた皿の上に、高橋さんが箱から取り出したお菓子の包み紙を剥いて置いていく。
毎回毎回突っ込みたくなる銘菓ばかりだったので今回も油断はしない。
皿の上に黄色くて丸いふわふわしたお菓子が置かれる。
自分の分の皿を手に持ち眺めてみる。
「これは萩◯月みたいだが」
有名な仙台銘菓だ。
そしてパチもんの多さでも有名だ。
つい先日、そのパチもんを集めた本が出版されたという話も聞いたくらいである。
一部ではこの手のパチモノを「ジェネリック銘菓」と呼ぶのだそうな。
最近では大手コンビニチェーン同士が甘味・デザートでの競争が激しくなったらしく、そのジェネリック商品をどんどん生み出しているらしい。
「萩◯月ですです?」
「ああ、このお菓子に見た目そっくりな有名菓子がこの世界には既に存在してるんだよ」
俺は不思議そうに尋ねる高橋さんにそう言って立ち上がりパソコンの電源を入れる。
SSDに換装済みなので、ものの一分もせずに立ち上がったパソコンを操作し、萩◯月の公式ページを開く。
「これだ」
「本当にそっくりですですね」
高橋さんが驚いたように目を丸くしている。
毎回毎回パチモノ疑惑に突っ込んでは山田さんを含め彼女たちに胡散臭気な目で見られていたが、今度からはきちんとこうやって『実物』を見せてやることを決意した。
「あっ、でも少しちがうですです」
高橋さんがページを見て声を上げた。
「少し? どこが?」
何処をどう見てもそっくりにしか見えないんだが。
「それは食べてみてのお楽しみですですー」
彼女はそれだけ言うとちゃぶ台の方へ戻っていった。
俺も首をひねりつつその後に続く。
だが、どうせろくな事はないだろうという事だけは間違いない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは第一回……二回? まぁどうでもいいですですがこのメンバーだと初めてなので第一回 銘菓食べよう会を始めるですです」
そのいい加減な開催宣言に俺以外の四人が大げさに拍手をする。
「田中くんノリ悪ーい」「わるいのー」「のじゃー」「ですです」
既にこの部屋は女子会に支配されている。
まさに女子界。
「今日はヤマダにもらった秘蔵の紅茶を入れるのー」
ミユが飛行ユニットから可愛らしい羽を出して飛び上がり、用意してあったティーポットへお湯を注いでいく。
正式な淹れ方はわからない。
そもそも山田さんが用意した紅茶という時点でこの世界のものかどうかも怪しいのだが。
「いい香り」
ティーポットからほんのりと香ってくるフルーティな香りに委員長が反応する。
この香りは果物系のフレーバーティに近い。
とりあえず香りだけなら合格点だが。
しばらく待った後、ミユがティーポットを抱え上げて全員のコップに紅茶を注いでいく。
色合いは少し濃い目だ。
部屋中に広がる甘い香りに女子たちの目が輝いている。
フレーバーティーだから実際甘いわけではないのだろうが、甘いお菓子と一緒に飲むには最高なのかもしれない。
ふと子供の頃に親に隠れてバニラエッセンスを舐めてその苦さに悶絶した事を思い出して少し顔をしかめる。
あれは誰もが子供の頃に通る通過儀礼の一つだろうな。
「全員に行き渡った所で今日の銘菓を紹介するですです」
高橋さんが全員の顔を一巡見回し続ける。
「本日用意した銘菓は、我がドワーフ王国の中でも
月じゃなくてよかったとどうでもいい部分にホッとしている俺とは別に他のメンバーはまた拍手をする。
しかしエルフの里名物じゃないのか。
今までエルフの里以外の物といえば山田さんが持ってきた
あれは本当に見かけは別として美味しかった。
「ドルモアの街から見える雄大な自然。その中でも
「まんまるなの」
ミユが皿の上をふわふわ飛びながら興味深げに見ている。
それはそれとして委員長はこっちの世界の人間なんだから突っ込んでくれ。俺の代わりにツッコミを!
俺のその熱い視線に気がついたのか、委員長はおもむろに手元においてあった紙袋から箱を取り出す。
良かった、追加の補習教材じゃなかったようだ。
「高橋さん、私も昨日ショッピングモールに行って今日のために銘菓を買ってきたの」
そう言いながら手元の箱を開けるとそこには。
「萩◯月じゃねーか!」
しまった。思わず突っ込んでしまった。
しかもこっちは本物なのに。
高橋さんは「かぶっちゃった」とはにかむように笑う委員長の手から箱ごと萩◯月を受取ると「これはさっき田中さんが見せてくれたお菓子ですですね」と興味深げに眺めた。
「でも大丈夫ですです。先程、田中さんにも言いましたが、このお菓子と『ドワの太陽』は別物なのですですから」
そう言うと本物の萩◯月の包み紙を開けてそれぞれの皿の上に『ドワの太陽』に並べるように置き始めた。
正直、見かけだけだとどっちがどっちかわからない位見事な再現度だ。
「おい、これじゃどっちがどっち化わからなくなるじゃないか」
俺は思わずそう声をかけたが高橋さんは「大丈夫大丈夫、食べたらわかるですです」と取り合わない。
やがて俺達の前に並ぶ二つの銘菓。
太陽と月。
「それでは紅茶が冷めないうちにたべましょう」
委員長がそう言いながら皿の上に手を伸ばす。
ミユが自分の分の紅茶をちっちゃなカップに入れて本体の吸収口に持っていく。
それを眺めながら俺も目の前の太陽に手を伸ばす。
見かけはそっくりだが置いた所を見ていたので間違うことはない。
手に持ってみてみるがどこからどう見ても萩◯月だ。
「!?」
その時先にドワの太陽にかぶりついていた委員長が声に成らない声を上げる。
「どうかした?」
前に食べた銘菓 不死鳥みたいにヤバイものでも入っていたのだろうか。
「美味しい」
「は?」
「これは新感覚だわ」
目を輝かせる委員長を見て俺は手にしたドワの太陽を真っ二つに割ってみる。
「これはまさか」
真っ二つに割いたドワの太陽。その中身は……・。
「ずんだじゃねーか!」
そう、本家 萩◯月ではカスタードクリームが入っているそこには緑色のあんこが入っていたのだ。
「ずんだって何ですです? それはドルモア産のドワ豆を使って作られた物ですですよ」
ドワ豆か。
俺は委員長に続いて二つに割ったドワの太陽を食べてみた。
うん、美味しい。
「仙台名物のコラボレーションよね」
委員長もご満悦だ。
俺は続けて委員長が持ってきた本家 萩◯月を食べる。
個人的な感想だが、やはりこちらのほうが美味しいと思う。
ドワの太陽はたしかに美味しいが男の俺には少し甘すぎる。
その後、なんだかんだとそれぞれの銘菓を堪能した。
現状飲み食いが出来ないコノハの分は委員長が貰って食べていた。
ぼそっと「太るぞ」と呟いたら全員からデリカシーがないと説教を食らった。
解せぬ。
なお、コノハは高橋さんの荷物に紛れ込んだ時に、このドワの太陽は既に食べていたらしい。
その包み紙の処理を怠ったせいで高橋さんが上司に怒られたというのがあの話の経緯だったのだ。
その後、第一回 銘菓を食べよう会は山田さんの分の菓子二種類を残してすべて食べつくされ閉会に至った。
ううっ、口の中が甘い……もう今日は夕飯は要らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます