第79話 ミユお姉ちゃん大好きです。

「どうかしましたか?」


 電話をかけようと部屋を出かけていた山田さんが戻ってきて尋ねる。


「いや、突然コノハが動かなくなって」


 慌てる俺達を尻目に山田さんは顎に手を当て長い耳をピクピク動かし少し思案した後何かを思いついたのかポンッと手を打った。


「大丈夫ですよ田中さん」


「何が大丈夫なのさ」


 俺は呑気に答える山田さんに少し食って掛かってしまう。


「多分原因は……」


 山田さんが答えようとした次の瞬間突然ミユの腕に抱かれていたコノハが立ち上がった。


「のじゃーーーーーーーーーーー!」


 突然の雄叫びに


「きゃっ」


「なっ、なんだ。復活した?」


 俺たち二人は驚きの声を発した。


「ああ、お戻りに成られましたね」


 一人山田さんだけが冷静だ。


「どういうことなの?」


 山田さんとコノハを交互に見て俺は混乱する心を落ち着かせつつ尋ねた。


「多分間違いないと思いましたが、あちらの世界で『移るんです』の電源が誤って切られたんでしょう」


 そういえばこのコノハは『移るんです』を使ってこちらの世界へやって来ていると言っていた。


「この体とのリンクが切れてびっくりしたのじゃ。何が起こったのかと周りを見回すと目の前で高橋とやらが倒れていたのじゃ」


「え? 高橋さんが倒れてたって何が?」


 コノハはリンクが復帰した体の調子を調べるかのように腕をぐるぐる回しながら答える。


「どうやらアヤツ、ワシが宅配便の箱から出しておいた菓子に気がついたらしくてのう」


 宅配便に紛れ込む時に自分が入り込むのに邪魔な分を世界樹ケースの近くに隠してきたらしい。


「アヤツそれを見つけて駆け寄った時に『移るんです』の魔素を補給する電源コードみたいなやつがあるのじゃが、それに引っかかってぶっこ抜きおったのじゃ」


 そうか、やはり電源が切られたからリンク切れで突然動かなくなったのか。


「向こうに意識を戻してすぐ高橋とやらに復旧させたが、危うく本格的なリンク切れになるところじゃった」


「本格的なリンク切れ?」



「あの『移るんです』は異世界同士をつなぐケーブルのようなものなのじゃ。それを利用して依代体に魔素を送り込むことによって異世界での活動が可能になるのじゃ」


 なるほどわからん。


 ユグドラシルカンパニーの超テクノロジー+魔法の力で作られたものの理屈は地球人脳じゃだいたい大雑把にしか理解できないのは仕方がないだろうけど。


「そしてリンクが切れると異世界に送り込んだ依代体に内包されたワシの魔素がどんどん失われてやがてゼロになると再度リンクさせるのが困難になるのじゃ」


「そのままでも良かったのに」


「何か言ったかなのじゃ」


「いいえ、なんにも」




 ブーッブーッブーッ





 その時、山田さんの手の中の携帯電話がバイブ機能で震えだす。





「はい、もしもし山田です。はい。はい、そうです。え? 世界樹様からの指示が? ええ、わかりました。 詳しくは社に戻ってから伺います」


「会社から?」


「ええ、先程の電源切断の件で高橋さんから連絡があったそうなんですよ」


 山田さんはそう言いながら愛用のガラケーを懐に仕舞いこむ。


「ワシが戻った時についでに高橋とやらにこちらの世界にいることを伝えておいたのじゃ。あと、電源は絶対に切るなと厳命しておいたのじゃー」


「じゃあ、とりあえずコイツは宅配便で送り返してくれとでも言ってた?」


 その言葉に彼は「それがですね……」と少し言いよどむ様に答える。


「私達の世界の世界樹様からご神託があったそうでして、彼女をしばらくこちらの世界で面倒を見て欲しいと」


「は?」


 俺は思わずコノハの方を見ると、彼女は悪い顔でニヤリと俺にしか見えないように笑った。


 こいつ、やりやがったな。


「わかりました。じゃあ返品で」


「何もわかってないのじゃー!」


 コノハが両腕をクルクル回して怒り出した。


「返品はだめなの! ミユはコノハちゃんと一緒に遊びたいの」


「ミユおねぇちゃん~~~~」


 ガバッとコノハがミユに甘えた声を出して抱きつく。


 こいつ、なんて計算高い。


 俺がミユの言葉に弱いと完全に見抜いた上での行動か。


「おねえちゃんはコノハちゃんを守るの」


「くっ」


「いやぁ、素晴らしい姉妹愛ですね」


 コノハの真の正体を知らない山田さんがいつの間にやら取り出したハンカチで涙を拭いている。


 え? そんなに感動的なシーンなの?


「この二人を引き離すなんて悪魔の所業ですよ!」


 突然両手をぐっと握りしめて俺の方に向き直り、山田さんがそう叫んだ。


「いや、だってそいつ……」


「いやなのじゃー、ミユおねぇちゃんと引き離さないでくれなのじゃー」


 俺が真実を告げようとすると、それにかぶせるようにして今度はコノハが大きな声を上げた。


 こいつ、俺の邪魔をするつもりか。


「ミユも離れたくないの」


「田中さん、こんな二人を引き離すおつもりですか?」


「え? え?」


 俺、完全にアウェー。俺の部屋ホームなのに完全にアウェー。


 そしてコノハが他の二人に見えない角度で俺にだけ見せつける『してやったり』の顔がマジムカつく。


「わかった、わかりました。コノハは追い出さない、それでいいんだろ?」


 俺はミユと山田さんに対して完全に降参するしかなかった。




 途端、山田さんはハンカチを胸元にしまい込みいつもの笑顔に戻って「それではお願いしますね」と笑った。


 もしかしてハメられた?


 俺が複雑な気持ちで顔を歪めていると山田さんは何か思い出したかのようにポンッと手を打った。


「そう言えば高橋さんのことなんですが」


「高橋さん?」


「ええ、彼女明日こちらへ戻ってくるらしいんですよ」


「へー」


 特に高橋さんに用もない俺は気のない返事をする。


「それでですね、送った宅配便は明日委員長さんも呼んでお菓子パーティをするので勝手に食べないでくださいと先ほど彼女からメールが届きまして」


 正直のじゃ娘が騒動を起こしていなければ既に中の食べ物に手を出していてもおかしくなかったのだが。


「それならそれで手紙か何か入れておいてくれればいいのに。完全に俺達への土産だと思ってたから開封するところだったよ」


 そもそも俺宛に自分の荷物を送りつけるのをそろそろやめてほしいものだ。


「手紙というかメモは本来なら商品の一番上に置いてあったらしいのですけどね」


「そんなものはなかったよ?」


「ええ、メールによるとコノハさんが放り出した菓子の中に混じってたので慌ててこのメールをおくったそうなんですよ」


 俺はそれを聞いてジト目でコノハの方を見る。


「し、しらなかったのじゃー」


 コノハの目が泳いでいる。


「ほ、本当じゃぞ。あの時のワシにはあの文字は読めなかったのじゃから仕方ないのじゃー」


「なるほど、高橋さんは田中さん宛にメモを日本語で書いていたんでしょうね」


「そうなのじゃー。ニホンゴムヅカシクテワッカリマセーンなのじゃー」


 そう言ってまたミユに抱きついて俺の追求から逃れようとコノハはそっぽを向いた。


 叡智の結晶たる世界樹様が日本語を読めないなんてことはあるのだろうか?


 いや、この世界樹は依代体への憑依すら知らなかったじゃないか。


 正直、世界樹という万能っぽいイメージがコイツのせいでどんどん崩れ去っていくな。




 俺は一つ溜息ついてから「信じてやるよ」とだけコノハに告げた。




「あと、コノハちゃんは田中さんの部屋で預かって頂ますよう世界樹様からの指示がありましたのでよろしくおねがいしますね」


「な、なんだってーっ!」



「では私は社に戻って今回の件について報告をしてきますので」


 そう言い残して山田さんは早足に俺の部屋を出ていった。




「わ~い、ミユとコノハちゃんお部屋一緒なの~」


「おねぇちゃんと一緒うれしいな~のじゃ~」


 世界樹様の指示って、コイツ自身の指示じゃねーかよ!と喉まで出かかったが、嬉しそうにはしゃぎまわるミユを見て言うのをやめた。


 そういえばコイツは色々な世界をめぐりたいと言っていたのを思い出す。


 つまり、しばらく世話をしてやればすぐに次の世界に行くだろうと俺は考えたからだ。


 それまではミユの遊び相手として滞在を許してやろう。


 コイツが別世界に行くまでの少しの間の辛抱だ。











 その考えが甘すぎたと解るのはまだ先の話である。

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