第75話 四本目のアイツです。
「へ?」
俺は山田さんの告げた予想外の答えに間の抜けた声を返してしまった。
「ですから、この『ミニ世界樹 取扱説明書』は、我々の世界の世界樹様が作り上げたものなんですよ」
木が本を作る?
その言葉を聞いて頭のなかに浮かべたのは、一枚一枚自分の葉をちぎってそこに枝を伸ばして文字を書く世界樹の姿だった。
「でもコレどう見ても葉っぱじゃなく普通の紙だよね?」
説明書を開いて山田さんに見せると、彼は端麗な顔で苦笑気味に「世界樹の葉をそのまま本にしたわけじゃありませんから」と言った。
「そりゃそうだろうけど、世界樹が作ったとか言うから……」
俺はその山田さんの言葉に憮然とした表情をする。
「えっとですね、私達エルフ族の中の一部の者が世界樹と交信出来ることは話しましたよね?」
「交信云々は多分聞いた記憶は無いと思う。ただ世界樹の力を使えるのが一部の
「そう、それです」
山田さん曰く、世界樹の力を使えるものは世界樹と直接交信、つまり会話が可能なのだそうな。
逆に言えば世界樹と交信できるからこそ、その力を借り受けることが出来るということなのだろう。
「そこまでは理解出来たよ。それで世界樹がこの説明書をどうやって作ったの?」
「それはですね、このユグドラシル計画が始まって間もなく、我々に世界樹自ら計画のために取扱説明書を作ると告げてきたのですよ」
自分の取説を自ら作る世界樹とか、シュール過ぎるだろ。
『はい、これ私のトリセツよ』と手渡してくる世界樹の姿が頭に浮かぶ。
◯野◯ナかよ。
「我々も世界樹についてはいろいろ調べていましたがまだまだ研究途中で、ご本人自らお作りになられるという申し出は非常にありがたかったんですよね」
「ほぅほぅ」
俺はそのシュールな情景を思い浮かべて簡単な相槌を付くことしか出来ない。
「いつもは世界樹様はこちらから質問してもほとんど答えてくれないんですけどね。何故か取扱説明書作りには積極的でして」
その後、山田さんから聞いた話を簡単にまとめると。
世界樹の指示に従って落ち葉を使い紙を作り先に本の形に製本した後、世界樹の元へ奉納したらしい。
「奉納した翌日に世界樹様に呼ばれて行くと、白紙だった本に文字がきっちりと書き込まれていて取扱説明書が完成してたんですよ」
夜の間ずっと一生懸命に取説を書いている世界樹の姿を想像したがさすがにそんな書き方はしてないだろう。
「そして、四冊の取扱説明書の横にそれぞれ一本づつ世界樹の枝が置かれていまして。その一本がミユちゃんだったわけです」
なるほど、世界樹自ら枝も差し出してくれてたわけか。
確かに神に近い存在であろう世界樹の枝を山田さん達エルフが許可を得たとしても切りにくいだろうし、中々に親切だな山田さんの世界の世界樹さん。
ん?
俺はそこまで考えてふと先程の山田さんの言葉に一つ引っかかる部分を感じた。
「山田さん」
「はい、なんでしょう?」
「さっき『四冊の取扱説明書に一本づつの世界樹の枝』って言いましたよね?」
「ええ、それが何か?」
山田さんがあまりにもそんなの当たり前のような言い方をするので驚く。
「だってミニ世界樹ってこの世界とスズキさんの世界、そして吉田さんの世界の三本じゃなかったの?」
「ああ、そういう事ですか。たしかに私達の世界の外に居るミニ世界樹はその三本ですね」
私達の世界の外?
という事はまさか。
「もう一本のミニ世界樹って、もしかして山田さんたちの世界にあるってこと?」
「ええ、四本目のミニ世界樹は我々の世界で現在育てられていますよ」
事も無げに言う山田さんに俺は呆気にとられた。
「じゃ、じゃあ山田さんの世界には世界樹が二本有ることにならない?」
「そうですね、現在は二つの世界樹が有る状況です。確かに田中さんからするとおかしな状態に見えるかもしれませんね」
俺は世界樹なんてものは一つの世界に一本だと思っていたが、どうやらその考えは違ったらしい。
「同じ世界に二つも世界樹があったら何か問題が起きるんじゃないの?」
俺が一番疑問に思ったことを尋ねると、山田さんは少し考えた後「私たちにもまだ理由はわからないのですが世界樹様自ら『大丈夫』とおっしゃられまして」と答えた。
たしかに世界を統べる本人(世界樹)がそう言うなら大丈夫なのだろうけどいまいち腑に落ちない。
「そして四本目のミニ世界樹は世界樹様の指示でドワドワ研究所で育てられることになりました」
自分の子も同然のミニ世界樹を研究施設に渡すなんてサイコパスな世界樹だな。
といっても山田さんたちがミニ世界樹に酷いことが出来るわけもないし、取扱説明書まで作ったからにはそれを逸脱するような研究はされないだろうということか。
本当に世界樹の生態というのは想像の外にあるなぁ。
俺がそんなことを考えながら手元の取扱説明書を眺めていると、ミユがその話を聞いていたらしく「ミユも子供作るの!」と話に割り込んできた。
「ミユにはまだ早い。お父さん許しません!」
「え~」
「はははっ、ミユちゃんが枝分け出来るようになるにはまだ五百年位はかかると思いますよ」
「む~」
山田さんの言葉に少しミユはふくれっ面をするが、実際生まれてからまだそれほど経っていない世界樹であるミユが枝分け出来るようになるにはまだまだ時間が必要だ。
ミユの子供か……。
五百年とか山田さんも言っていたし、その時俺は多分きっともう生きてはいないのだろうな。
初孫の顔が見たかった。
そんな馬鹿なことを考えているうちに、四本目の世界樹の話は流れてしまったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「四本目のミニ世界樹か……」
俺は山田さんの話を思い出しつつ、また課題をこなすためにパソコンデスクに戻った。
彼は今日はまだ顔を見せていない。
転移事件の事後処理と、一週間近く居なかったせいで溜まった仕事がまだ落ち着かないのだろう。
ある意味今の自分と同じだなと俺はひとりごちる。
彼がまた尋ねてきたらその時に詳しく四本目のミニ世界樹については聞いてみよう。
俺は無駄な思考を断ち切って課題に立ち向かう事にする。
ミユが飲み終わったティーカップをキッチンへ運んでくれているのを目の端に捉えつつ順調に課題を進め、今日の目標まであと少しと言うところで部屋の呼び鈴が鳴った。
ぴんぽ~ん。
誰だろう? 山田さんかな?
「はいは~い」
俺は椅子から立ち上がり玄関へ向い扉を開ける。
するとそこには青と白のストライプが眩しい運送屋のおっちゃんが手に箱を持って立っていた。
「宅配便です。ここにサインをおねがいします」
俺は伝票にサインをして荷物を受け取る。
「ありがとうございました~」
運送屋が帰り、ドアを締めてから伝票を確かめると発送人は「ドワドワ研究所 高橋」となっていた。
ドワドワ研究所って名前を実際文字で書かれると間抜け度がさらに増すな、と思いながら俺はその箱を部屋に運び込む。
どうせいつもの様に食い物だろうと箱を開けるためカッターでテープに切り目を入れる。
前回と違い今回は俺宛の荷物だから、きっと俺へのプレゼントに違いない。
そして、高橋さんがあの世界から送ってきたという事はいつもの様に何処かで見たような銘菓か何かだろう。
「さあて、今度はどこの銘菓のパクリ商品かな~?」
「高橋からなの~、きっと美味しいお菓子なの~」
ミユがキッチンからやって来て俺の肩に座った。
ミユも新しい『エルフの里名物』にワクワクして目を輝かせている。
俺はそんなミユの様子につられて少しウキウキしながら箱を開けようと手を伸ばす。
ガタガタガタッ!
すると突然その箱が動き出した。
「うわっ」
「きゃっ」
なんなんだいったい。 もしかして生きたままの伊勢海老とかを送ってきたんじゃないだろうな?
伊勢海老ならぬ異世界海老か?
俺はそんなことを考えながら伸ばした手を引っ込めて、ミユと共にその不気味に動く箱を凝視する。
「やっと着いたのじゃーっ!」
次の瞬間、箱の中に詰まった梱包材の中から、そんな声とともに小さな人形が飛び出すように姿を現した。
「な、なんだお前!」
異世界海老ではなかったが、もっと意味不明なものが出てきた。
ミユはあまりのことに言葉もないようだ。
俺たち二人が固まっていると、その小さな人形は箱から「よいしょっと」と抜け出して机の上に立つと喋りだした。
「ワシか?」
そして、ミユよりさらに小さいロリっ子幼児体型の人形がえらそうに腰に両手を当てて胸を張りながら堂々と宣言する。
「ふふんっ。聞いて驚け、ワシはスペフィシュの世界樹様じゃ! さぁ敬うがいい」
俺はその宣言を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になる。
せっかく日常が戻ってきたのにまた変なトラブルの素がやってきたようだ。
そんな現実を前に俺は心の底から叫びたくなった。
助けて
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