第55話 綺麗なお姉さんは好きです。

「きれいなお姉さんは好きですか?ってね」

「それ何年前のCM? というかなんで知ってるの?」

 俺は少し前に動画サイトで見た『なつかし~えむ集』の中の一つを頭に浮かべたが吉田さんいったい何歳なんだ?

「女神だからなんでも知ってるのさ」

「さすがに何でもは無いでしょ」


 俺達がそんな他愛もないじゃれ合いをしていると突然屋上へ続く扉が開く。

 吉田さんにからかわれつつも俺は扉の方を振り返るとそこには何時もの飄々ひょうひょうとした姿と違ってひたいに汗をにじませた山田さんが呆れたような顔をして立っていた。

「あれ? 山田さん、準備終わったんですか?」

「山田くんおつかれ……って本当に疲れてるね? 何かあったのかな?」

 俺達はその姿に少し不安になりながら山田さんを見る。

「大変なことが起こりまして」

 山田さんがこれだけ取り乱すなんて一体何が起こったんだろうか。

 吉田さんが「大変なことってなにさ」と山田さんに続きを促す。

「実は吉田さんの世界が世界樹の力によりさらに加速してあと数分でこの場所に『穴』が開きます!」

「「数分!」」

 俺と吉田さんは思わず同時にその言葉を繰り返した。

「それってかなりヤバイんじゃないの?」

「ええ、それで急いで田中さんを迎えに来ました」

「はぁはぁ、そうですです。こんな悠長に喋ってる場合じゃないですですよ」

 後ろから遅れて高橋さんがやってきて俺たちを急かす。

「さぁ、田中さん早くこちらへ」

 山田さんはそう言うと俺に向けて手を差し出す。

「突然の別れになっちゃって残念だけど、まぁ一時間が数分になっても大して変わんないよね。さよなら田中くん」

 俺は吉田さんに背中を押されそのまま山田さんの方へ向かう。

「さよならって、またどうせ押しかけてくるんでしょ?」

 後ろを少し振り向いてそんな軽口を言うのが精々だった。

 一歩、一歩、吉田さんから離れ俺は山田さんの方に向かっていく。

 彼の手はまだ差し伸べられたままだが流石にその手をつかむのは恥ずかしい。

 それじゃまるで俺がヒロインみたいじゃないか。


「それじゃ、世界が安定したらまた……ね」

 吉田さんの少し寂しげな声に俺は少し足の速度を緩め「また会いま……」

 次の瞬間俺は突然横に開いた『穴』を目にして言葉をつまらせる。

「なっ! 計算と場所が変わってるですです!」

 高橋さんが慌てたような声を上げ、同時に山田さんが走り出すのが見えた。

「山田さ……」

 俺は彼に向かって手を伸ばす。

「田中さん!」

 その指先が触れようとした刹那、強力な力が俺の体を一気に『穴』の中へ吸引した。

「田中くん!」

 どうやら後ろからは吉田さんも俺を助けようと駆け寄ってきてくれていたようだがその声も次の瞬間には聞こえなくなる。


『穴』の向こう見えたのはきれいな青空とビリジアンの海の二色に判れた水平線だった。

 一瞬にして空気が変わるのを体で感じる。

 通り抜けてきた『穴』が空の真ん中にポツリと開いているのが見えるがどんどん小さくなってゆく。

 俺は海に向かって真っ逆さまに落ちていく体をどうにも出来なくて、それでももがく。

「たすけて~~~~~」

「何よアンタ、お姉さまじゃない『ヒト』が落ちてくるなんて聞いてなかったわよ」

 泣き叫びながら落ちている俺の耳元に突然そんな声が聞こえた。

 と、同時に突然海の水が盛り上がり俺の方へ向かってくると柔らかく俺の体を包み込んだ。

「あwせdrftgyふじこlp」

 今さっきまで大声で叫んでいたため肺の中の空気がほとんど残ってない状態で空中に浮かんだ水中に沈んだからたまったものではない。

 墜落死の窮地から一転、今度は溺死のピンチだ。

「あ~もう、うるさいわね」

 またその声が聞こえたかと思うと俺の顔だけ空中に浮かんだ水の玉から飛び出した。

「げほっげほっ」

 俺は空っぽになった肺に少し侵食していた水を一気に吐き出して新鮮な空気を思いっきり吸った。

 もう、今自分が空中に浮かんでいることも、水の玉から顔だけ出した無様な格好であることも頭から消えている。

「ああ、助かった」

 俺は一息ついて現状を確認する。

 今俺は見知らぬ青と緑の世界にいるようだ。

 かなりの距離を落ちてきたようで海面まで後十メートルもない所でこの謎の水球に助けられたらしい。

「誰だか知らないけど助かったよ」

 俺は周りを見渡してお礼を言う。

「あっ、お姉さま!」

 それに対する返答は全く無関係のものだった。


 俺がその声に落ちてきた方向、つまり『穴』の開いた場所を見上げるとそこから二人の人が降りてくるのが見えた。

 落ちてくるのではなく、一人がもう一人を抱えて飛んでいるのだ。

 彼らの言が正しいとするならば『女神』と『エルフ』だから『二人』という言い方は正しいのかどうかはよくわからないけども。

 そんなことを考えていると不意に俺を包んでいた水球が割れた。

「うわぁぁっ」

 もちろん俺はそのまま真っ逆さまに海に落ちる。

 この高さなら水面に打ち付けられても死ぬ事は無さそうだが……。

「俺は泳げないんだああああああああああああああああああああああああ」

 そんな叫び声を上げて水面に叩きつけられた所で俺の意識は暗転した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「見知らぬ……天井」

 目を覚ました俺がどうしてもその言葉をつぶやかざるを得なかったのはライトオタクのさがだろう。

「そりゃ知らないだろうね。なんせボクの部屋だし。知ってたらボクとキミはただならぬ関係だってことだね」

 枕元から吉田さんの軽口が聞こえる。

「な、なんてことを仰るんですかお姉さま!」

 こっちの声は誰だろう?

 そうだあの時助けてくれた女の子の声だ。

 俺はまだ状況を理解できない虚ろな頭でそれだけを判断した。

「気が付きましたか、よかった」

 こちらは何時もの聞き慣れた声。

「山田……さん?」

「いやぁ、山田くんがボクの手を振り払って海に飛び込んだ時はどうなることかと思ったけど無事でよかったよ」

 山田さんが飛び込んだ?

「すみません、あまりに慌ててしまって」

「そもそもキミも泳げないんだから最初からウチの妹に任せておけばよかったんだよ」

 そう言えば山田さんも泳げないってこの前海に行った時に言ってた事を思い出し、それでも飛び込んで助けに来てくれたのを聞いて少し感動した。

「結局二人とも助けなければいけなくなったのですから二度手間すぎます。まったく、反省してほしいですわ」

 ああ、この声はイメージ的に金髪縦ロールに違いない。

 俺はそっと視線を声の方に向けた。

「青髪縦ロール……だと」

「なんですの! 文句でもあるんですの!?」

 青髪縦ロールの女の子が俺を睨みつける。

「この青い髪は水の女神たる者の証ですわよ。そしてこの髪型はお姉さまが一番好きだと言ってくれた髪型ですの」

 そして何故か自慢げに語りだした。

 俺はその態度にポカーンとしているといつの間にか吉田さんがよってきて俺の耳元にささやきかけてきた。

「ボクの双子の妹で、この世界のもう一人の世界樹契約者だよ。水の女神なんだ。あと縦ロールはボクの趣味じゃなくてあの子の趣味だよ。ホントだよ」

 どちらかと言うと大人っぽい女性な吉田さんと見た目も言動も子供っぽい妹さんが双子と言われても信じられない。

「本当に双子なんですか?」

「間違いなく双子だよ。まぁ田中くんたち人間の言う双子とは少し違うかもしれないけどね」

「違う?」

 俺がその話を詳しく聞こうと口を開く前に吉田さんの妹が俺たち二人の間に強引に割り込んできた。

「なんですの! なんですの! あなた、お姉様から離れなさいよ!」

 これはあれだな。シスコンってやつだ。

 俺は一瞬で理解する。

「お姉さまもお姉さまですわ! こんなニンゲンと親しくするなんて女神としてありえないのですわ!」

 しかもかなり重度だ。

 こりゃ、彼女の前では吉田さんと親しくするどころか話すのも許されない感じだな。

 おれは戯れる姉妹をいったん意識の外に追いやって山田さんの方を向く。

「結局ここはどこなのかな」

「ここは吉田さんのA世界、つまりこちらの呼び名だとティニパと呼ばれている世界ですね」

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 俺はあの時『穴』の向こう、つまりこの吉田さんの世界に飛ばされてきてしまったというわけか。

「異世界なんて無いって思ってたんだけどなぁ」

 腕で目を覆い隠して俺はもう一度ベッドに沈み込む。

 このまま眠って目を覚ますとまたいつもの部屋に戻っているんじゃないか?

 そんな夢オチを期待してもう一度眠りの中に入り込むために目をつむる。

 まだ回復していないのか微妙に体がだるいのだ。

「俺、もう少し眠るよ」

 山田さんにそう告げて俺はもう一度夢の世界へ旅立つ。

 おやすみなさい。

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