第46話 イメージぴったりです。

 今、俺の目の前にはDOGEZAしている佐藤さんがいる。

 正確には俺と山田さんとオマケのミユ(光学迷彩モード)の前だが。

「お願いできないかな?」

 佐藤さんはそう言うと頭を上げる。

「田中さん、どうしましょう」

「いや、急に言われても困るっていうか……」

 土曜の朝、突然部屋を訪れた佐藤さんは俺と山田さんの前にいきなり土下座して一つの願い事を告げた。


「明日の発表会本戦にぜひ山田さんにまたモデルをやってもらえないでしょうか」

 たしか本戦はプロのモデルの人たちがやると前に聞いていたはずだけど。

 ちなみに朝から山田さんが俺の部屋にいた理由は朝◯ックの割引クーポンを手に入れて買ってきたのでミユに差し入れに来たらしい。

 そしてその朝◯ックセットはすでにミユに消化された後である。

「でも本戦はプロのモデルさんを使うって言ってましたよね?」

「ええ、そのつもりだったんですが……学校が契約しているモデルスタジオが倒産したらしくて」

 世知辛い世の中だ。

 俺と山田さんはぽかーんとした顔になって話を聞いていた。

「それでですね、新しいモデル事務所と契約するのに時間がかかるという話で、それならいっそ今回のファッションショーは趣旨を変えて行こうという事に」

「趣旨を変える? そんなこと突然決めていいの?」

「本来ならあり得ないとは思うんですけど『こういったハプニングに対応するのも職人の力の見せ所だよ諸君』と言われて」

「それで今回も山田さんにモデルになって欲しいと頼みに来たってわけか」

「私は構いませんよ」

 即答かよ。

「だってさ。良かったね佐藤さん」

 そう言って佐藤さんの方を見ると何故か微妙な表情をしている。

 普通に喜ぶと思っていたのに意外だ。


「それがですね、今回は山田さんだけではなく田中さんにもお願いできないかな?と」

「ええっー! 俺も?」

「はい」

「何故?」

「実は今回のファッションショー用に作っている服なんだけど片方は山田さんのイメージで作ったのは知ってると思うんだけど、

 もう一つの方は田中さんをイメージして作ったの」

 まじか。

 俺はまじまじと佐藤さんを見る。いつ見ても美人だが男である。

 俺にも佐藤さんにもそんな趣味はないと思いたい。仮に有ったとしても佐藤さんは山田さんをロックオンのはずだ。

「今回の出品作のテーマは『身長差の美』なのよね」

「身長差……お断りします」

 俺はそっと佐藤さんに背中を向けて朝◯ックセットのジュースを飲み始めた。

「ええ~」

 佐藤さんが悲しそうな声を出しているがしるもんか。

 俺がそんな頑なな態度を取っていると突然

「お父さん、ファッションモデルとか凄いの。カッコイイの」

 突然耳元でミユがそんなことをいい出した。

 そして今度は反対側の耳に山田さんが

「先日話したようにファッションショーの着替えは……」

 とか言い出す。

「ミユ、かっこいいお父さんが見たいな」と右から。

「モデルさんって美人な人が多いんですよね」と左から

 そんな心理攻撃を数分間も続けられては折れるしか無い。

 いや、主にミユにカッコイイお父さんを見せたいって理由だけどな。

 もう一つの囁きなんて関係ないんだよ、マジで。


 俺はもう一度佐藤さんの方を振り返り「そこまで頼まれたら仕方ないですね。同じアパートの住人として協力しますよ」と自分としては真面目な表情で答えた。

「本当ですか! ありがとうございます」

 佐藤さんが嬉しさのあまりか俺に抱きついてきた。

 ぐはっ……やっぱり胸はない。

 俺はその現実にわずかながらの希望を打ち砕かれながら明日どうなるんだろうと考えていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日の午後は佐藤さんの部屋で山田さんと二人でファッションショーで着る服を合わせて終わった。

 山田さんについては先日すでに採寸は終わっていたので微調整で済んだものの俺は元予定していたモデルさんとの体型差がかなりあって調整が大変だった。

 ファッションショーというと奇抜な服を真面目な顔で美男美女が着てお披露目するというイメージがあったが、

 先日の山田さんファッションショーの時に解ったのは佐藤さんの服飾学校は奇抜なファッションではなく一般的に受ける服を作るのを目的としている学校だということだ。


 しかしモデルさんというと高身長な人しか居ないイメージだったんだけど俺くらいの背丈人もいるんだね。

 佐藤さん、足の所そんなに詰めないとだめですか。そうですか。

 背丈は一緒でも足の長さとか体のバランスが違うのね。

 俺は心に小さなダメージを何度も受けながら佐藤さんにすべて任せることにする。

 となりで山田さんもニコニコそれを眺めていた。

 山田さん自身の服はすでに調整が終わっていたが、時折ときおり佐藤さんの指示で二人並んだ状態でのバランス確認が必要だと言うことで俺が終わるまで一緒にいる必要があったからだ。

「うん、いいね。イメージぴったりですよ」

 どんなイメージなんだろう。腐った香りしかしないが佐藤さんは腐『女』子じゃないから違うか。

 いや、さいきんは腐男子という言葉もあると聞く。まさか佐藤さんって……。

 そんな想像のせいで佐藤さんをまともに見れない。


 衣装の微調整が終わった後はファッションショーステージでの振る舞い方や魅せ方のレクチャーを受ける。

 今回のショーはその内容的にモデルがプロ・アマ混在した物になることはわかっているのでそこまでモデルに厳しい目は向けられないから安心してほしいとのこと。

 俺にはあんなモデル歩きとか無理だからその言葉に安心する。

「田中さんは基本的に山田さんの後をついていく感じでいいと思います。山田さん、リードおねがいしますね」

「おまかせください」

 おや? これはもしかして身長差カップルというより親子扱いなのでは?

 そんな不安を心に抱きながら遂に当日を迎えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ここがファッションショーの舞台か」

 目の前には予想していたファッションショーの会場というイメージとは程遠い学校の体育館がそびえ立っていた。

「協力校の体育館を今回は使わせてもらって行うことになってね」

「へー」

「観客もいるんですよ」

「へー……へ?」

「この学校の生徒の皆さんとか、ご近所の方たちとかにも見てもらって投票してもらうんですよね」

 どうして山田さんはそんなに詳しいのか。

「ですから今日はオーディションでお忙しい伊藤さんを除いて高橋さんと吉田さんも招待しておきました」

 そしてなぜにそんな余計なことをするのか。

 俺がそう思っていると山田さんが俺の耳元に顔を寄せて囁く。

「高橋さん達にはミユさんを連れてきていただいてます」

 それが高橋さんを呼んだ理由ならしかたないな。

「嫌だけど仕方ない。ミユには俺の勇姿を見せてあげる約束だし」

「がんばってください『お父さん』」

 そんな俺達二人を見て遠くで腐女子のみなさんがキャーキャー言ってたけど気にしない。

 だって近くにいる佐藤さんの目の方が気になるんだもの。

 俺たちはそそくさと関係者入り口から体育館の中へ入っていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 中に入るとそこは美男美女のパラダイス!というわけではなかった。

 むしろ修羅場である。

 舞台の裏手に作られたその場所は別段なにか区切られているわけではなく沢山の人達が自分たちのモデルに対して最後の打ち合わせをやっている。

 俺たちもその現場の隅に場所を確保して持ってきた衣装を取り出し着付けを始める。

 今回のショーで使うのは一組で二着。全部で三十組六十着だ。

 ざっと見渡すとたしかに奇抜な服は少ないがそれなりに反応に困るファッションも見受けられる。

 俺がそれに気取られている事に気がついた佐藤さんが説明してくれた。

「私達の学校は一般人が着る服をメインにしているんだけど、それだけだとどうしてもこういうショー形式の場合地味になってしまうの」

 まぁ確かに。テレビとかのイメージで思い浮かべるファッションショーに比べるとどうしてもインパクトに欠けるのはわかる。

「それで我が校と同じ系列校でデザイン系の所と協力することになって」

「私もショーとして見るだけならああ言う服も話題性が合って大好きですよ。町中で着ろと言われたら断りますけどね」

 山田さんの場合はそもそもサラリーマン装備以外外で着ているのを見たことがないんだけどね。

 あとそのエルフ耳だけで十分『奇抜なファッション』だからね。

 俺がそんなことを考えていると佐藤さんが俺に何やら一つ袋を手渡してきた。

「これは?」

「えっとね、それは俗にいうシークレットシューズって物なの」

 シークレットシューズといえば背の低い男子が一度は手を出したいが出せないことで有名なあの靴か。

「昨日バランスチェックしててどうしても後五センチ高さがほしくて学校から持ってきたの」

 俺は履いてみたい気持ちと『背が低くて悪かったな』という思いの間で揺れ動くが結局は好奇心には勝てなかったよ。


 俺達はその後、その場で衣装に着替え最後にシークレットシューズを履く。

「ちょっと歩き難いねこれ」

「そうですね、本当はもっと早く用意して練習するべきだったんですけど間に合わなくて」

「私がきっちりエスコートしますからご安心ください」

 エスコートって。

 しばし歩行訓練をしてから昨日打ち合わせした動きを山田さんと二人でトレースしていると舞台の向こう側から司会の人の声がしてファッションショーが開始された。

 順番としては一回目は14番目、衣装チェンジして次に48番目が俺達の出番になる。

「ドキドキしてきた」

「わ、わたしも」

 俺と佐藤さんがテンパっていると山田さんが何処からか水の入ったコップを持ってきて手渡してきた。

「まぁまぁ、まずは水でも飲んで落ち着きましょう」

 さすが山田さんは落ち着いたものだ。

 一度経験してるからか元来のものなのか。俺は後者だと思うけど。

「次の次ですね、会場も結構盛り上がってるようですし問題ないでしょう」

 こういう舞台はお客さんが温まってない時に出るのが一番大変ですからねと山田さんが俺たちにウインクする。

 なぜか俺達の後ろの方に控えていた後発の人たちから小さな悲鳴が漏れるがいつもの事だ。

 イケメンは罪なのだ、Guiltyなのだ。


「さて、行きますか」

「お、おぅ」

 俺達は自分たちの出番が近付いてきたので舞台袖に移動する。

 俺の足取りがぎこちないのは決して緊張しているからじゃない。シークレットシューズに慣れていないせいなのだ。

 やがて佐藤さんの名前が呼ばれ俺達は舞台に出てニワカモデル歩きで歩きだすと会場から黄色い声が上がる。山田さんファンに違いない。

 そのまま俺達はランウェイの先までたどり着いた処で昨日練習した軽いキメポーズを取る。

 決まった……と思った瞬間ランウェイのかぶりつきに高橋&吉田、そしてミユの姿を見つけしばし思考が停止する。

 三人共キラキラした目で俺達を見ている。

 良かった、ばかにするような目とか憐れむような目だったらもう俺は立ち直れなかったかも知れない。

 高橋さんが何故か「よっ!田中屋!」とか言ってるので後で説教してやろうと心に誓った。


 やがて俺の肩を山田さんがポンッと叩いてくれたので意識を戻し、今度はランウェイを戻り終点に付くともう一度会場に振り向いて軽くポーズを決め舞台袖へ退場した。

「山田さん、田中さん。すっごく良かったです!」

「そうですか? ありがとうございます。でもまだもう一回あるのでがんばりましょう」

 俺達はもう一度気合を引き締めて次の衣装へ着替えるのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そして次の時に俺はポーズを決めて帰ろうとした時に油断したのか見事に慣れないシークレットシューズでつまづいてしまった。

「うわっ」

 完全にコケると思った瞬間脇からスッと山田さんが俺を抱きかかえるように支えてくれた。

 次の瞬間会場から黄色い歓声が一気に湧き上がり何故かボルテージマックス状態になったことは俺の黒歴史の新たな1ページだ。


 そのまま舞台袖に逃げるように帰ると吉田さんが何故か鼻血を出しながら待ち構えていた事も付け加えておこう。



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