第2話 これが世界樹の雫です。

「世界樹?」


 俺は手渡された名刺を下駄箱の上に置いてからもう一つ渡された『ミニ世界樹 取扱説明書』を見やる。


「そうです、我が社の一押し商品のミニ世界樹です。まだ売り出したばかりの新製品なんですよ」


 彼はニコニコ笑顔で答える。


 最初に引越し祝いと言って盛ってきた時は地元の名物って言ってたけど自分の会社の商品じゃねーか。


 しかしユグドラシルカンパニーで世界樹ね。会社名からするとコレが主力商品っぽいし新しい盆栽の商売かな?


 最近ネットでの盆栽販売で大成功したとか言う話も目にした記憶がある。


 あと、ビックリすることに盆栽のプラモデルとかも売れているらしいし。


 先日、買い物に行ったついでに寄った電気屋のおもちゃコーナーで盆栽プラモデルを見かけた時には流石に二度見したのを思い出す。


 しかも専用コーナーまで作られていてかなりの猛プッシュだった。


 そんな風に盆栽需要に思いを巡らせた後、とりあえず説明書を開いて読んでみる。


 説明書には普通に手入れの仕方や水やり方法などが書いてあった。


 あれ、やっぱり生木だったのか。


 水やり方法はケースを開けなくても上部にある凹みに水をペットボトルのキャップ一杯分くらい注ぐだけでいいらしい。


 楽で良い。


 途中に『世界樹の能力』とかいう謎の欄があり、そこに『ミニ世界樹の呪文一覧』という謎の表記があったが意味がわからないのはそこだけだ。


 そして説明書の最後は『愛情を持って育てると良いことがあります』で締めくくられていた。


「ああ、こういうスピリチュアル系というかおまじない系というかよく有るよね」


 さっき見かけた呪文だとかなんだとかもそういう系列の商品だと考えると普通に思える。


 俺がそうつぶやいた途端、山田さんの目がキラリと危険な色を浮かべたかと思うと突然熱く語りだした。


「いいえ違います!このミニ世界樹は母なる世界樹の枝より生まれた正真正銘の世界樹なんです! そんじょそこらのエセ開運グッズとはわけが違うんです。

 いいですか? 世界樹というのは万物に……」


 うわぁ……この人やっぱりやばい人だったんじゃないか。


 長々と続く世界樹がいかに素晴らしい存在かを語る彼の姿に俺は気圧けおされ、少し引きながら


「わ、わかりました。つまりこのミニ世界樹は本物の世界樹の子供みたいなものだから育てれば良いことがあるんですね」


 とにかく無難に話を終わらせようと俺がそう言うと今度は山田さんは俺をジト目で見つつ「信じてないでしょう?」と言った。


「い、いや。信じてますよ信じてますって」焦り気味に答えるが逆効果だったようだ。


 山田さんは「それでは信じてもらうために、このミニ世界樹がいかに素晴らしいか証拠をお見せしましょう」と言いながら部屋に上がり込んできた。


「え?ちょっ!」


 俺は焦って彼を追いかける。


 部屋に上がり込んだ山田さんはパソコンデスクの上に置いてあるミニ世界樹の前で立ち止まり、その場で懐から小さなガラス瓶を取り出すとミニ世界樹が入ったケースの上の凹みにそっと置いた。


「このビンは本来はオプション品なのですが今回は特別にプレゼントいたします」


 他にも数本そのビンと同じものを懐から取り出し、山田さんは俺に手渡す。


 オプション品なのか。


 ビンが置かれた凹みは、さっき説明書に書いてあった内容だと本来は水をいれる所だよなと考えていると、彼はおもむろにミニ世界樹に向けて手のひらをかざし呪文(?)を唱えだす。


「我らが世界の命の生まれし根源よ。我が願いに応えその恵みを分け与え給え」


 静かだが力強い彼の呪文に呼応するようにミニ世界樹の上に置かれたビンに変化が現れる。


 まるで手品を見ているかのように瓶の中に徐々に何か透明な液体が溜まっていくのだ。


「何これ手品?」


「手品ではありません。世界樹が恵みを分け与えてくださったのです」


 ビンの中ほどくらいで液体の増加が止まると、彼はそのビンを持ち上げて俺に差し出して「これが世界樹の雫です。どうぞ飲んでみてください」と言った。


 世界樹の雫。なんという中二心をくすぐる言葉か。


 でもアレって飲む物だったのか。ゲームとかのエフェクトだとてっきり振り掛けるものだと思ってたよ。


 それ以前になんでこの人呪文とか使えるの?


 いや、呪文なんて非科学的なものが存在するはずがないじゃないか。


 俺はもうオカルトは信じないって決めたんだ。


 オカルトじゃないと考えるなら、このケース自体に仕掛けがあって音声認識でこういうことが出来るおもちゃって考えるほうが妥当じゃない?


 そんな事を少し考えた後「これを飲むの?」と山田さんに尋ねてみる。


「そうです」


「体力が回復したりとか?」


「ええ、そんな感じです。なにせ世界樹の雫ですから」


 そうきっぱり言い切る彼の言葉に、俺は半信半疑なままとりあえず飲んで見る事にする。


 チャレンジ精神は大事だって尊敬する死んだおじいちゃんも言ってたし。



 グビッ。



 瓶の中身を一気に飲み込む。


 それは昔投げ売りされていたので飲んでみた事の有るメープルウォーターの様で、微妙な甘みを感じる程度の何とも言えない味だった。


 良く有るフレーバーウォーターレベルの味付けと言ったほうがわかりやすいだろうか。


 しかし世界樹の雫という位だから飲んですぐに体力回復が実感できると思っていたのだがそんなことは無いらしい。


 仕方なくしばらく待ってみると少し体が暖かくなるような感覚になるが、それでも勘違いと言われればそれまでのレベルだ。


 俺は首を傾げながら、なぜだか自慢げにしている山田さんの方を見て尋ねてみる。


「この世界樹の雫ってどれくらいの効果があるの?」


 体感的には普通の水と対して変わらないのだが。


「現状だと高級ユンゲルのニ倍くらいですかね」


「え? ユンゲル? あのコンビニとかで売ってる栄養剤のユンゲル?」


「ええ、ユンゲルの二倍位です。もちろん一番高級なやつですよ?」


 び、微妙だ。


 といっても今まで俺が飲んだこと有る栄養ドリンクってファイト一発なアレくらいしか記憶に無いので比較しようがないのだが。


 俺が微妙な表情をしている事に気がついたのか、山田さんは言葉を続けた。


「ミニ世界樹を一生懸命育てれば、そのうちに死者蘇生も出来るレベルの世界樹の雫になりますよ」


「え?」


 ゲームじゃないんだからと突っ込もうか、それは葉の方だろとつっこむべきだろうか一瞬言葉に詰まる。


 しかしそれ以前に流石にその言葉を真に受けるほど俺の脳内はファンタジーではなかった。


 この人マジでイっちゃってるヤバイ人なのでは…。


 それとも冗談で言ってるのだろうか?


「ソレハスゴイデスネ(棒) どれくらい育てればそれくらいになるんですか?」


 アレなヤバイ人とは話を続けるべきではないと心が叫びたがっているが、切り上げ方がわからないので一か八かネタだと信じてのっかるしかない。


 山田さんは少し思案した後


「とりあえず200年位育てれば大丈夫だと思いますよ」


 と軽い調子で言った。


「俺が死んどるやんけーッ!」


 完璧なツッコミだ。これで一笑い入って会話は終了だ。


 が、山田さんは俺のツッコミに特に動じる事無く、さらに話を続けるようだ。


「ああ、そうですね。人間種の方は長くても寿命は百年程度でしたか。私達エルフは長命種なのでつい自分たちの尺度で考えてしまいましたがこれは盲点ですね。商品開発部に伝えないといけません」


 そう言うと山田さんはそそくさと懐から手帳を取り出して何やらメモをし始めた。


 エルフだの人間種だのとまた凄い言葉が出てきたものだ。


 世界樹をセールスする営業だからエルフって設定なのかな?


 しかし、そもそも世界樹って売って商売にして良いものなのかどうかははなはだ謎では有るのだが。


「あ~、山田さんのお勤め先は社員にもそこまで『設定』を厳守させているんですか。凄いですね」


 俺は努めて平静を装いながらそう声をかける。


 ここまでの山田さんの珍妙な行動とトーク内容も『設定』を忠実にまもってるのだと思えば納得できる。多分。


「設定?何のことでしょうか?」


 山田さんが不思議そうな顔をして俺の方を見る。


「いや、世界樹という名前の商品を売る担当者としてエルフっていう設定で客回りしてるのかなと」


「ああ、そういう事ですか。それなら違いますよ、私は正真正銘のエルフ族です。こちらの世界では超絶激レアな存在のようですが」


 ああ、この人マジだ。マジでイッていらっしゃる。


 それとも会社の設定を忠実に守って客への答弁とかもマニュアルで決まっているのかもしれない。


「でも山田さんって別にエルフらしくないですよね?耳も尖ってないですし?」


 俺は山田さんの耳を指差して聞いてみる。


「エルフと言っても全員が耳が尖っているわけではないのですよ。そもそもこの世界で現在のエルフのイメージが作られたのはトールキンの…」


 また話が長くなりそうなので慌てて止めようとすると


「まぁ、本当は私の耳も尖っているのですが今は幻惑魔法で普通の人間のフリをしてるんですよ。なにせエルフはこの世界では激レア種族なもので」


 と言って、山田さんは一つ指をパチンと鳴らした。


 途端に一瞬姿が揺らいだかと思うと、次の瞬間には先程まで普通のイケメンサラリーマンだった彼の左右の耳が漫画で見たことのあるようなエルフ耳に変化していた。


「なん……だと……」


「実は我々ユグドラシルカンパニーは、先日この世界での長期間の調査と滞在するための根回し等を終え、これからは幻惑魔法を使わず素のままで過ごせることになったんですよ」


 唖然としている俺を置き去りに彼のマシンガントークが炸裂する。


「ご迷惑かとも思ったのですが、このアパートをまずモデルケースとするべく準備させていただいて、住民の中から一名だけ『先行体験』をしていただこうということになりまして。それでお隣の田中さんに引っ越しのご挨拶代わりにとミニ世界樹をプレゼントという形でご提供させていただいたというわけなんです。という訳で田中さんにはこれからもミニ世界樹に関して色々ご意見ご感想等聞かせていただくかもしれませんがよろしくお願いします。そうそう、田中さんにお渡ししたミニ世界樹は機能制限なしの【完全版】となっております。先行体験者特権という事でミニ世界樹の恩恵、先程の世界樹の雫などですね。その全ては田中さんの物としてご自由にお使いいただいて結構です。それでは私は他の住民の皆さんへのご挨拶回りの続きがありますのでこれにて失礼させていただきます」


 そう一方的に喋りまくった後、山田さんは満足したような顔をして「それでは、まだ挨拶回りがありますので」と部屋を出ていった。


 ガチャン。


 ドアの閉まる音に呆けていた俺の意識が戻る。


「……一体なんだったんだ、あの山田って人は。実は新手の押し売りだったんじゃないのか? あんな手品まで見せられてどうしろと」


 昔見た手品芸人の「耳が大きくなっちゃった」というネタを思い出しつつ、俺は机の上の『ミニ世界樹』とやらを見て


「速攻クーリングオフしてやろう」


 そう心で思うのであった。

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