11 出会い

火属第三階梯・『閃炎』。



現在確立されている基本四属性、その第三階梯魔術の中でも、速度、そして点の威力で見れば最高の魔術。

 その分アベルほどの魔導士が陣と詠唱を併用してなお、発動までに数秒を要する。


「ガッ…………?」


 しかし、その時間に見合うだけの威力は、もちろん十分に備えている。

 アベルの指から放たれた光が甲毛熊を突き抜け、その心臓部分に小さな穴を開けていた。巨大な魔獣は自らの胸に空いた点を一瞬見つめた後、雪煙を立てて斃れた。

雪原を赤く染め上げる巨体を囲んで、三人も思わずほっと息を吐く。


「なんだかんだギリギリだったね……」

「こんなところまで甲毛熊が降りてくるなんて……。しかも固すぎ!剣が折れるかと思ったわ!」

「……みゅう、ごめん」


 気が抜けたように話す二人に対して、シルフィが申し訳なさそうにおずおずと口を開いた。

「私、全然役に立ってなかった……。クレアにも偉そうなこと言ったのに……」


 気落ちした様子でギュッとコートの裾を握りしめるシルフィ。

 本来ならば精霊魔導士は、これほど人里から離れた場所ならば甲毛熊の体毛を破ることくらいはたやすい。


 それなのに、いるはずの精霊がいない、それだけで彼女は魔導士から年相応のただの少女になってしまう。先ほどまでの不安と困惑、戦闘時の無力感、そしてなにより悔しさで、普段のようにクレアの前で気丈にふるまえなくなってしまったのだろう。


「そんなことないよ。ね、クレア」

 アベルがシルフィに笑いかける。その実力を知っている、そして何より彼女を信頼してこの旅に誘った彼だからこそ、この程度の事で彼女に対する態度が変わるはずがない。

 そしてクレアも、それは変わらない。


「……何言ってるの。あんたがいなかったら、私だって危なかったわよ。……だから、その、なに。元気出しなさいよ。調子狂うから」


 頬を赤らめながら、クレアがそっぽを向いて言った。そんな態度にアベルだけでなく、シルフィも思わず笑みを浮かべて。


「……うん。ありが……」


……ォオン……!


 その時、三人の耳に聞き覚えのある、いやついさっき聞いたばかりの雄叫びが届いた。森の奥から?いやもっと近い。


「うそ、もう一匹!?」


 クレアが思わず森に向かって剣を構える。アベルも今度は最初から意識を体内の魔力に集中させた。

 この雄叫びも甲毛熊のものだとすれば、同じく腹をすかせたはぐれ。血の匂いに引き寄せられ、まっすぐにこちらに向かってくるのは間違いない。

 三人の眼が木々の向こうに向けられる。姿こそ見えないが、断続的な雄叫び、そして確かに感じるプレッシャーが、迫りくる脅威の存在を明らかにしていた。


「来るよ……」


 アベルが静かにつぶやき、シルフィがその後ろでごくりと唾を飲み込んだ。

 そして。


「ガッ、ゴァァァ!」


 先ほどの光景を繰り返すかの様に、甲毛熊が轟音とともに雪煙を引き連れ、雹風山の森から飛び出してきた。しかも先ほどの個体よりも一回りほど大きい!

 先陣に立つクレアも息を飲み、アベルの後ろでシルフィが毛を逆立たせて飛び上がる。しかし。


「……あれ?」


 その爪も牙も彼らに向けられることはなく、それどころか彼ら三人や同胞の骸に気付く暇もなく。

 その巨体は雪原に倒れこむと、勢いそのまましばらく転がり、そして動かなくなった。雪煙と風だけが三人の元まで届く。見れば自慢の体毛は切り裂かれ、おびただしい血が流れている。


 その魔獣は、どう見ても息絶えていた。


「え、え?どういうこと?」

「何かから逃げてきた……?」 

 

 慌てるクレアの隣で、アベルがつぶやく。先ほど聞こえたのは雄叫びではなく悲鳴?何かに追われてこちらへ逃げてきたのか。で、あるならば。


「クレア、シル!まだだ!」


 そう、この魔獣を倒した相手がその後ろにいるはずだ。さらなる魔獣か、それともそれ以外のなにか。いずれにせよ脅威には間違いない。

 アベルが冷や汗を流し、クレアも落ち着きを取り戻す。目の前には甲毛熊の骸、しかし三人が見ているのはそのさらに後ろ、こちらに向かってくる何かだ。


「……っとに。言われたとこにはなんもあらへんし、おまけに甲毛熊のはぐれまで。ホンマについてへんってか、あのオッサンが全部悪いんやな、これは……」


 ――人?


 雪を踏みしめる音、そして何かをつぶやく声。魔獣の巨躯から姿を現したその軽薄そうな青年は、抜身の大太刀を肩に担ぐように持ち。


「およ、なんや君達。このあたりは危ないで、もう一匹はぐれの甲毛熊が……」


そう言いかけて、三人が倒した甲毛熊に気付くとにやりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る