旅する剣と迷子の魔法
松岡清志郎
序 夢の中でⅠ
刃が光をはじき、眼前で踊るように煌めく。
彼は今にも自分の命を奪わんとするその輝きを、両手に持った剣で受け流す。腕を襲う衝撃はまるで全身にのしかかるように重く、刃がぶつかり合うその音色は、通常の鋼とは違って脳天まで突き抜けるように響いた。
周りには何も見えない。ただ正面に武器を振るう相手がいるのみ。空も、地面さえも見えない。
相手の太刀筋に覚えはない。ただ今まで受けた誰の剣より鋭く、速い。全力で防いでも、数手ごとにこちらの皮膚を切り裂いていく。
自分から攻めるようなことはしない。がむしゃらに防ぐだけで手一杯だ。
だがこれでいい。こちらの剣で相手を圧倒する必要はないのだ。ひたすらに受けとめ、流し、守ればいい。
目で、耳で、肌で。自らに迫りくる危機に反応し、反射し、死地より抜けんと手を伸ばす。
「どうしたどうしたぁ!足が動いてねえぞ足が!全身で躱せ、目を逸らすな!」
相手の怒声と共に、迫る剣戟も激しさを増す。どこかで聞いたような声だが、思い出せない。そんなもどかしさを助長するように、剣を振るう相手の顔もまた靄がかかったように見えない。ただひたすら刃の上を跳ね回る光だけが目を打ち、こちらはそれを遠ざけるように全身を機械的に動かしていく。
一瞬が永遠にも感じられるそんな打ち合いのさなか。ふと息苦しさを感じ、体の一か所、自分の口だけが己の意志に反するように動いていることに気付いた。呼吸するだけでも精一杯なはずのその場所が、空気を求める事よりも優先して。
切れ切れに、だがはっきりと。小さく言葉を紡いでいる。
自分の事なのにもかかわらず、制御することが出来ない。全身が呼吸することを求め、体の動きが鈍くなろうと、相変わらず何か囁くように呟いている。
自分が何をしゃべっているのかは聞こえない。何を言っているのか、頭でも、耳でも理解できない。だがなぜだろう、自分は疑問を持たず、それが現状正しく為すべきことだと、相変わらず口に命じている。
相手は当然手を緩めず、この機に乗じてより重い一撃を、より速い一撃を打ち込んでくる。
もはや三本の剣が奏でる音色は、先ほどまでの響き渡るような余韻を無くし、鈍い音が断続的に打ち鳴らされているだけだ。
両手の剣で相手の攻撃を受け流すことが出来なくなり、今はただなんとか腕力だけで受け止めているからだろう。
そんな攻防にもやがて限界が訪れた。一際大きな音と共に両手に持った剣の内、左手の剣が跳ね上げられて宙を舞う。だが自分は生命線ともいえるその一振りを目で追うこともせず、一足飛びで距離をとり、右手に残った一振りを相手の方に向けると。
最後の一言を早口に唱えた。
その瞬間、自分の鼓動が異様に大きくなり、体内に燃え盛るような力を感じる。
――これでいい。
体の内側に圧倒的な奔流が暴れまわるのを感じた。
自分は懐かしくさえあるその感覚に勝利を確信しつつ、その正体も解らぬままに、ただ凶暴な奔流に身を任せ、まっすぐに眼前の相手を見据えた。
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