第15話 ある晩に自宅サーバが起動しなくなったこともあったわね(3)、あるいは、基本に忠実なキューバリブレ
「それって、キューバリバーですか?」
ラムとコーラで作ったカクテルを見て、珍しそうにいう。
「そうよ。元々のキューバの発音では、キューバリブレ。よく勘違いされるけど、リバーは
「え? そうだったんですか。完全に『川』だと思ってました」
「川の綴りは River だから、発音も違うんだけどね。ま、『ヴァー』を『バー』って簡易表記することも多いから、カタカナじゃ混同しても仕方ないと思うわよ」
甘いお酒を呑みながら、ちょっとした蘊蓄を語ってみる。
「勉強になりました……それで、ディスクはどうなったんですか?」
少しの脱線から、また、話は本筋へと戻る。
「もう本当、動いてって祈るしかなかったわね、あのときは」
技術者でありながらも、神頼みよ。
HDD に灯が入ることをただただ天に祈りながら、ケーブルをパソコンに繋いだわ。
でも、反応はなかった。
「ダメだったんですか?」
ううん。その時点で一つ状況が変わっていたのは、前日のようにブザーみたいな異音が聞こえてこなかったってこと。
ダメで元々のつもりで、祈りながらずっと待ってたわ。
そうして、さすがに覚悟を決めないといけないか、って思ったところで。
カチャン、と。
昨夜は動かなかった HDD から音がしたの。
少々怪しげな音だったけど、確かにディスクが動いている気配があったわ。
もしかして、って期待を膨らませながら、 Windows 10 のディスク管理画面を開いたのよ。
そうしたら、あったの!
内蔵ドライブとは異なるディスクが確かに表示されていたわ。
昨夜、全く動かなかったディスクが、認識されたの。
つまり、ハードウェアの問題はクリア。
ソフトウェアの問題になれば、あたしたちの領域、でしょ?
「でも、 Windows ということは、ファイルシステムが違うんでディスクを認識しても読めないんじゃないですか?」
「いいところに気付いたわね」
その通り。
Windows は FAT32 や NTFS が主流。
一方で、サーバに使用している Linux 系のオペレーティングシステムでは多様なファイルシステムが用いられている。
あたしが使ってたディスクは、少し古いけど、 ext3 というファイルシステムだったわ。
だけど大丈夫。
「先人の知恵があるわ。 Windows で ext3 を読めるようにするツールは、いくつもあるわ。これは、覚えておくと今後の役に立つかもね」
「覚えておきます」
素直でいいわね。
とりあえず、調べたところでは Ext2Fsd っていうツールが定番だったんで試したんだけど、残念ながらディスクを読もうとすると、フリーズして先に進まなかったわ。
多分、ソフト側がディスクを認識できていなかったんでしょうね。
そうしている間も、時折カチャカチャとディスクから音が聞こえてきていたわ。動かせば動かすほど、ディスクのダメージは着実に蓄積されていくわ。
本来なら、ここでディスクの接続を外して問題の切り分けをするべきなんだけど、一度切り離すと二度と認識できない可能性もあった。
だから、賭けにでて別のソフトを試すことにしたの。
インストールしたところの Ext2Fsd をアンインストールして、 explore2fs というツールを見つけたわ。
解凍してそのまま実行すればいいだけでお手軽だったわ。
今度のソフトは起動はしたけど、表示されたドライブのリストに、繋いだディスクは残念ながら出てこなかったわ。
そうなると、ただ回ってるだけで、もう読めないのかな? って諦めそうになったけど、
「諦めたらそこで、試合終了ですよね」
あたしの言葉を先読みしてきた。やっぱり、マンガは好きみたいね?
ま、その通りで、諦めなかったわ。
他にツールがないかを更に探して、 DiskInternals Linux Reader というツールを見つけたわ。
そうこうしている間も、ディスクから聞こえる異音は止まらなかったわ。
明らかに物理的におかしくなっている音。
残された時間は、長くないのは間違いない。
ハラハラしながらも、ダウンロードしてきたインストーラを起動して、インストール後にそのまま起動したわ。
二度あることは三度ある。
これでダメなら諦めようかって思ってたんだけどね。
「見えた! って思わず叫んじゃったわ」
そこには、目的のディスクが確かに表示されていたのよ。
勿論、見えているだけでアクセス出来なかったらぬか喜びになっちゃうから、ドライブのアイコンをクリックしてみたわ。
すると、相変わらずの異音をさせながらもディスクは動き始めたわ。
カッチャンカッチャンとあり得ない怪しげな音を立ててディスクが回って、引き延ばされて何倍にも感じられた数秒が過ぎると、
「読めた! ってまた叫んだわ」
そこには、 usr 、 etc 、 var などのお馴染みのディレクトリがリスト表示されていたのよ。
でも、うかつにディレクトリを開くと、その下のディレクトリリストの読み込みだけでどんどんディスクに負担が掛かってしまうのが予測できたわ。
そうよ。前日の大ポカもあって、すごく慎重になっていたのよ。
だから、そのまま順番にディレクトリを掘っていくことにしたわ。
今の CentOS だと、仮想環境は KVM ね。ええ、ウエノちゃんがいつも触ってるやつよ。
でも、このときに使っていたのは、 KVM の前に CentOS で広く利用されていた xen だったの。
だから、復旧すべきファイルの所在は、 /var/lib/xen/images 。
var をクリック。
異音と数秒の待ち時間。
開いた。
lib をクリック。
今度も、待たされたはしたが、開く。
xen をクリック。
そこで、ディスクから一際大きな異音が響き、ソフトがフリーズしたように操作を受け付けなくなる。
あたしの話に共感してか、拳を握ってハラハラした表情を浮かべるウエノちゃん。
可愛いわね。
だからこそ、
「開いた!」
ってあたしが言ったときには、
「やったぁ!」
と同じく声を上げてくれた。
なんだか、ノリでハイタッチなんかしつつ、話を進める。
だってまだ、終わりじゃない。
もう一つあったのよ。
十数秒の待ち時間の末、開いてきた。
順番に開いてきた。
残るは最後のディレクトリ。
深呼吸して、 images をクリック。
ここまで来たら、開いてよ……って祈るような気持ちで、画面を見つめていたわ。
ディスクからは変わらず異音がするし、再びフリーズ状態になってしまう。
技術者だって、自分の力が及ばないところでは祈るしかない。
日本は八百万の神の国。きっとハードディスクの神様だっているはずよ。
思わず手を合わせて祈りを捧げること数十秒。
諦めかけたとき。
祈りが届いたのか。
「見えた!」
ウィンドウには、仮想OS用のディスクイメージファイルのリストが並んでいた。
「ああ、よかった……」
今度は、涙を流して喜ぶウエノちゃん。そこまで感情移入してもらえると話す甲斐もあるわね。
ただまぁ、現実はそこまで甘くはなかった。
いくつかのファイルの容量が 0 になっている。
「それって、読めないファイルがあった、ってことですか?」
「そうなるわね」
だけど、奇跡としかいいようのないことが起きたわ。
数少ない容量が表示されているファイル。
それが、最低限復帰させたかった二つの仮想OSのメインのディスクイメージだったのよ。20GBと12GBと巨大なファイルだけど、確かに、容量が表示されていたわ。
つまり、読み出せるはずということ。
幸い、 Windows 10 に繋がっているデータ用ディスクには1TB以上の空きがあったから、容量の心配はなかった。
だから、その奇跡を信じて、あたしは二つのファイルを選択して、右メニューから Save を選び、出力先は空きのあるデータディスクを選択したわ。
すると、異音と共に、運命のディスクが回り出したって感じね。
「それで、どうなったんですか?」
そうね、ディスクは回ってるけど、嫌な音がしばしば聞こえてくる状態だったわ。
かっちゃんかっちゃんと。
そのたび、思わず呼吸を止めて一秒ぐらい固まったりしつつ、ただ待つしかできなかった。
でも、大きな目に見える希望があったの。
エクスプローラに表示される、コピー先のファイルの容量が、着実に増えていたのよ。
エクスプローラのウィンドウでF5を押せば、ゆっくりとだけどコピー先ファイルの容量は増えていったわ。
明らかに、 USB3.0 の速度は出てなかったけど。
ときどき、増加が止まって心臓に悪かったけど。
着実に、データはサルベージされていたってことね。
そのときのあたしには、無事に読み出されるのを、ただただ待つしかできなかった。
だから、まぁ、カップ酒を飲みながら待ったのよ。
「結局、呑むんですね」
「仕方ないじゃない。それがあたしなんだもん」
本当、そこからは呑まなきゃ辛いってところもあったのよ。
相変わらずディスクからの異音は続いてたからね。
いつエラーが出て止まってもおかしくない状態よ。
頼りない、異音混じりの回転音がいつ破滅的な音に変わってクラッシュしちゃうか解らない。
そんな状態のディスクから合計32GBものデータを読み出すなんて、薄氷の上をスパイクで全力疾走しているようなものなのよ。
だから、F5を押すのも無駄にハラハラして、思わずそっと目を伏せてしまうぐらいだったわ。
画面を見ると辛いから、アルコールを楽しんで待ってたわ。
そうして、デスク上に空のカップが3本ほど溜まった頃。
ディスクの動きが止まったわ。
エクスプローラを観れば、サルベージ先のフォルダに二つのファイルができあがっていた。
容量を確認する。
ファイルコピーが正常にできたかの一番シンプルな確認方法は、容量の比較よ。他は解る?
「ハッシュ値ですね。容量の大きいファイルのダウンロード時にはハッシュ値が付いてたりしますから」
模範解答ね。でも、ハッシュ値を取るには、一度ファイルを読み込まないといけないから、こういう「いつ読み出せなくなるか?」って状況では、ファイル容量だけに留めるのも一つの手よ。
というわけで、 DiskInternals Linux Reader の画面に表示された容量と、エクスプローラに表示されたファイル容量を見比べたわ。
確かそれは……さすがに数字は覚えてないけど、最後の一桁まで完全に一致していたわ。
それを見て、ちょっと涙が出てきたのは仕方ないよね。
「はい……」
相変わらず感情移入して涙を流しているウエノちゃんだった。
話甲斐がある後輩に、ちゃんと伝えなきゃね。
キューバの自由を飲み干して、追加で作って、さて、続きよ。
さっきのウエノちゃんの言ったように、本来ならハッシュを取らないと容量だけでは正常にコピーできた保証にはならないわ。
だから、実際に読みこんでみるしかないの。
そこから、仮想環境を動かすための作業を始めようとしたんだけど。
「それで、どうだったんですか?」
感情移入してるだけに先を煽ることが多いわね。
そして、今、あたしの前には空の瓶がある。
「待って、次を用意するから」
あたしは空き瓶は取りあえず部屋の隅に置いて、キッチンを物色する。
ウォッカがあるわね。ジンジャーエールもあったから、それでいこう。
卓袱台の上で、ウォッカとジンジャーエールのカクテルを作る。
「どれだけお酒あるんですか?」
呆れた様なウエノちゃんの言葉には、
「沢山よ」
としか答えようがないわよね?
さておき、続きをお話しする前に。
虚空へ向けて……
「あの……私も一杯頂いて宜しいでしょうか? さすがに、何も飲まずにいるのは、いたたまれなくなってきて」
それは、気がつかなくて悪かったわ。
「あ、でも、度数は低いのでお願いします」
勿論よ。
それじゃ、無難なところで、ジュース感覚で冷蔵庫に入っていた凍り付いたような名前のレモンの入った缶のお酒を出してくる。実は、あたしが割って作るときに『薄く』作る加減が解らないのよね。半分以下なら薄いんだけど、それで潰れちゃう人も何人もいたわね……
そんな反省を込めて、無難なお酒を選んだのよ。
「それじゃ、いただきますね」
プルタブを開けたウエノちゃんの缶に、泡立つカクテルの入ったグラスを向け、
「乾杯!」
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