本によって生み出される偏見について

「私は気づいてしまったわ。本の、情報媒体の闇ってやつにね!」


「急に叫ばないでくださいよ。また美術部の方々に怒られますよ。」


夏休みが一瞬で終わり、もう新学期。美術準備室、部長の命知らずな行為に僕は小声で注意した。


「それは嫌ね。でもそのウザったそうな顔をとっとと辞めて私の話を目を輝かせて聞きなさいな。」


「はいはい。」


「はいは一回!って何よその目は。返事なさい返事。」


「……はい。」


ウゼェ……。


「ちょっと、顔。」


 部長のジト目に、僕はきらりんと目を輝かせた。


「輝きが足りないわねぇ。まぁいいわ。後輩君だもの。所詮このレベルよね。」


「輝きが足りないのは事実としても所詮はつけなくていいでしょうに。」


 部長はいつも一言余計である。


「でもほら、モブの目が輝き過ぎても主役が映えないじゃない? だから後輩君はそれで良いと思うわよ。モブの鏡ね。」


 部長はフッと笑って髪を払った。さも主役は自分だとても言いたげである。


「それもそうですね。まぁ少なくともそんな濁った瞳じゃあ部長は主役じゃありませんけどね。」


「今もなお少女の輝きを失っていない私になんてことを!」


 部長は机に手を叩きつけて立ち上がった。

 安い挑発に簡単に釣られる。どう考えても噛ませキャラである。


 部長がこちらに襲いかかってくるかと思ったその時、ドアからバンッと叩きつけるような音がした。……これはいわゆる壁ドンというやつだろうか。なぜかこの壁ドンをしたのは渡辺さんで、壁ドンには『次は殺す』という意図が込められているというのが理解できてしまった。

 

 部長も同じことを理解したのか、余裕ぶって何事も無いように「急にうるさいわよねー」と着席して頬杖をついているが、机の下の足がプルプル震えていた。


 しばし部屋の中に沈黙が流れた。


 ガラガラとドアが開かれて、沈黙が破られる。あ、殺されるかなと覚悟したものの、ドアから顔を覗かせたのは隅田さんだった。

 よかった。絵の具にはならずに済みそうである。部長も安心したようにホッと息を吐いていた。


「んん。遅かったわね隅田ちゃん。クソみたいな学業お疲れ様。」


『学業というか、日直の日誌を書くのに手間取ってしまって。』


「どっちにしろクソなことに代わりないじゃないの。とにかくお疲れ様。ささ、座って。」


 部長は自分の性別を忘れているのかクソクソ連呼した。リア充だけでなく学校へのヘイトも高いようだ。


 隅田さんがドスンと荷物を降ろして席に着いた。


『ところで、何の話をしてたんですか?部長の叫び声が聴こえてきたんですけど。』


「ああ。それは後輩君が先輩である私に対して、部長である私に対して後輩らしからぬ生意気なことを言いやがっただけよ。今思えばどうでも良いことよどうでも良いこと。捨て置くわ。」


 部長はそう言って僕を睨みつけてきた。全然捨て置いてないじゃないか。


「んん。それより今日のテーマよ。本に植えつけられる間違った知識について考えましょ。」


「ああ。さっき言ってた偏見どうのこうのですか。」


「そうよ。それでね、物語におけるキャラって大事じゃない?性格もそうだけど、キャラって外見と言葉遣いだとかで大まかに決まってると思うの。」


『そうですね。たまに本だと敢えて外見の描写がない場合もありますけど。ライトノベルなんかだと挿絵がありますから、外見なんかの影響が特に顕著ですよね。』


「そう。そうなのよ! 別に金髪ツインテールはツンデレっていう偏見ぐらいならまだ良いと思うの。けど、例えば現実には殆どいない自分の事をワシと呼ぶ老人キャラとか。もはやネットでネタに使われるだけの「ござる」とか「拙者」とか言うオタクキャラとか。正直、実際は違うけれど、現実の老人やオタクにもそのイメージを押し付けちゃうところあるわよね」


 あー。たしかに老人といえば一人称はワシだなぁ。オタクと言われてイメージするのも「コポォ」とか言ってるメガネかけて油ギトギトに太った良い出汁が出そうな男性だし。現実にそんなやつ早々いないだろう。


『現実だと方便以外で語尾に「じゃ」をつける人もあんまり居ませんよね。』


 隅田さんもワシ系老人は見たことがないらしい。


「俺とか僕っていうおじいちゃんの方が圧倒的に多いですよね。むしろ老人になったからって一人称が変わる方がおかしいですよね。孫に『おじいちゃんでちゅよー』ぐらいはやりそうなもんですけど。」


「一人称や語尾ってキャラ分けというか、キャラ付けしやすいところだものね。

 確かに同じ一人称で同じ言葉遣いのキャラがたくさん出てきたら誰が喋ってるのかややこしくなるし、独特な言葉遣いはキャラの大事な魅力の一つなのだけどね……。」


 うん。部長の意見には激しく同意だ。 僕ものじゃのじゃ言ってるロリババアキャラとか、なのだわ口調の高飛車お嬢様キャラとか大好きだし。言葉遣いによるキャラ付けは大事だと思う。


「そういえば中学時代、クラスでサブカルチャーに造形の深い山田君という男の子が居たんですけど」


「誰よ山田君。というか急になんの話なの?」


 部長が何言ってんだこいつという目で見てきた。たしかにこれだけだと訳がわからないな。


「いや、偏見の話ですよ。昔々ある日の昼休み、「おーい語尾にござるってつけろよ。お前オタクなんだろ?」とか言って山田君の言葉遣いに文句をつけてたリア充グループが居たなぁと思いまして。泣きながら「そうでござる」とか「コポォ」とかやってたなぁと。いわゆるイジメってやつですね。今思えばあれも間違ったイメージを植え付けられた奴らだったんだろうなと思いましてね。」


 思い出すのも懐かしい中学時代の話である。


『酷い話ですね。ところで副部長さんそいつらの住所とか分かります?』


と隅田さんが聴いてきた。これは殺る気満々である。

 いや、僕もあいつらは嫌いだからむしろボコボコにされれば良いとは思うけども流石に傷害事件はやめた方が良いと思う。


「いや、その光景をスマホで動画で撮って教師に見せつけたら、そのリア充グループ、登校拒否になったり転校したりして、全員何処の高校に行ったのかも分からないんだよね。一応連絡網の電話番号ならわかるんだけどね。」


『ざまぁみろですね。』


「やるじゃない後輩君。助けたのが女の子だったら恋に発展したかもしれないのにねぇ。」


 パチパチと拍手してくる隅田さんと、ニヤニヤと一言余計な部長である。

……実のところ、山田君を助けるというよりも、リア充グループがきゃんきゃん煩かったから排除したかっただけなのだが。

 ここは山田君を救うために勇気を出していじめを告発したということにしておこう。うん。


『キャラ付けといえば、本の中の女性キャラクターって、過度に女の子っぽい喋り方しますよね。あれも女性キャラと分かりやすくするためなんでしょうけど、現実だと「ですの」とか「なのよね」とか「だわ」とか「かしら」とか使う人ってあまり居ませんよね。』


「そういえば私も昔、言葉遣い男っぽくね? とか彼氏に言われてる子も見たことあるわね。いやじゃあ女っぽい言葉遣いのやつ現実で見たことあんのかお前はって心の中でツッコミを入れたのよねぇ……。わざとらしい女口調の奴なんてぶりっ子くらいなもんよね。」


 部長が目を閉じて頷きながら思い出に浸り出した。その彼氏君に声を出してはツッコめなかったところから察するに、多分この会話は盗み聞きしてたものなんだろうなぁと少し心が痛くなった。


 僕も本の中のキャラみたいに女口調の子なんてそうそう見たことないなぁと納得しそうになって、「ん?」と僕は首を傾げた。過度な女口調、それって部長のことじゃないか?


「いや、隅田さん。目の前の部長を全否定しないであげて。そして部長も自分のことを否定しないでくださいよ。」


 言われてみると、本やアニメで女キャラが女口調を使っていてもよほど癖がない限り違和感を感じないが、現実の女性がそんないかにもな女口調を使っているのは見たことがないかもしれない。……目の前の部長。除けば。


「え、それって私のこと?嘘、実は私って言葉遣い変なの?」


 自覚が無いようで、部長が戸惑っている。その口調は特に意識してやっているわけではないらしい。


「なかなか居ませんね。部長がみたいな如何にも女の子らしい喋り方の女の子なんて」


『実は前々から変だなーと思ってました。』


 僕たち二人から完全否定を食らって部長はウッと身体を後ろに仰け反らせた。若干涙ぐんでいる。


「そんな。私は過剰に女の子らしい言葉遣いだったというの……?。

 皮肉なものね。本が偏見を生み出すと言い出した私自身が、物語によって生み出された思い込みの犠牲者だったなんて。

 言葉遣いに加えて仕草、美顔。私の女の子成分は過剰過ぎたということね……。通りでフェロモンムンムンなわけだわ。」


 部長は自嘲するようにフッと笑うが、よくよく聴けば言っていることはただの自慢である。どこら辺がフェロモムンムンか。


「いや、部長は普段の行動がガサツですし、喋り方が過度に女の子らしくてプラマイちょうど良いくらいじゃないですか。」


 むしろ性格的な部分の女性成分は少なめだと思う。


「ムキィィィイッーー!!」


 怒り狂った部長が人間から猿に種族チェンジした。いわゆる「わー、顔真っ赤w」ってやつだ。猿なら尻も真っ赤かな。


 部長が机に乗り出して僕へ危害を加えようとしてくるが、猿ごときが人間に楯突こうとは愚かなことこの上ない。

 予想通り戦闘力に関して人外の域に足を踏み入れている隅田さんが、呆気なく猿を捕まえた。

 興奮した猿をよしよしとなだめている。猿はみるみるうちに大人しくなり、理性を取り戻し人間へと戻った。


「んん。まぁ要するに、本は本。現実は現実ってことよね。本のイメージを現実で他人に求めるなかれってことよね。」


 部長がさっきまでの失態を無かったことにして良い感じにまとめた。


『喋り方なんて人それぞれなのに、喋り方だけでオタクっぽいとか陰キャっぽいとか自分のイメージを押し付けるやからも居ますからね。』


 そんな隅田さんの文章によって、喋ってもないのに陰キャっぽいと言われた過去のトラウマが蘇って胸が苦しくなった。





今日のテーマ

本によって生み出される偏見について


結論

本のキャラクターはキャラ付けの為、より女らしい、老人らしい、過剰なまでに役割にならった言葉遣いをしていることが多い。しかし現実世界での一人称と言葉遣いは性別、歳、趣味等とは関係なく人それぞれである。本の中のキャラ達によって植えつけられたイメージを現実世界にまで持ち込まないようにするべし。本と現実は別のものである。

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