花火について
「んー。手提げ花火だけで良い気もするけれど……。」
『悩ましいですね。ぽんぽん打ちあげるやつもやりたいといえばやりたいですし。』
「こうして買おうと思うと花火って金持ちの娯楽ですよね。意外と高い。特にほら、このちょっと豪華なやつなんて僕の今の全財産でも買えませんよ。」
「いや、これが全財産で買えないって、それはヤバイわよ……。」
『ちゃんと生活出来てます?』
二人から憐れみを頂戴した。
「たまたま本を買いすぎて金欠なだけですよ。いざとなれば親に土下座すれば諭吉一枚くらいはチョロいもんですから大丈夫です。
なんせ友達と遊びに行くなんてしたことなかったから、今日は友達と花火しに行くって言ったら泣いて喜んでましたよ。」
更に女の子と遊びに行くとでも言えば諭吉二枚くらいは堅い。
「後輩君の良心は大丈夫じゃないけれど。親は大事にしなきゃダメよ。」
『まさに外道ですね。でも友達と遊んだことがない点は同情の余地があるのでプラマイゼロですね。』
「かわいそうっていう点ではどちらもマイナスなんじゃないかしら。」
二人は平気な顔して僕のことを言いたい放題だ。
隣町で花火大会が開催される日、僕らは今ホームセンターの花火コーナーに来ていた。
今日は夜から海で花火をするのだが、どうせならと夕方から三人で花火を選ぶことになった。
手提げ花火に、地面に置いて使う噴出花火、蛇花火なんかもある。品揃えは豊富だ。
玩具花火の打ち上げ花火なんかを見ると、隣町ではド派手な割物花火が打ち上げられるというのに、僕らは何をしているんだろうと自問自答してしまう。
「やっぱり花火は自分達でやってこその楽しさよね。そりゃ見るのもたのしいとは思うけど、隣町の花火なら海から見えたりするんじゃない?」
『最悪、音だけは楽しめますよ。私これとこれにします。』
隅田さんが選んだのは無難な手持ち花火だらけのセットと、ロケット系、噴出系が多めに入ったセットだった。
笛ロケットが少し心配だ。あれはご近所トラブルの元だから。
「音のみですか。僕、打ち上げ花火の音って嫌いなんですよね。ほら心臓に響く感じの音じゃないですか。なんだか寿命が削られてるような感じがして。錯覚でしょうけど。」
「私は好きだけどね。太鼓の音とかが体を震わせるあの感じ。パッションって感じ?」
部長は「パッション」と言う時になぜかドヤ顔をしてきた。横文字が使いたいお年頃なのだろう。
『確かにあれは好き嫌いが別れるかもですね。私も小さい時は怖かったですけど、もう慣れましたね。』
「綺麗だとは思うんだけど、音はなぁ。慣れないんだよなぁ。」
気にしない人は気にしないのかもしれない。けど何回聴いても慣れないのだ。僕って適応力が低いのかなぁと少し落ち込んだ。
僕もうだうだ言ってないでさっさと決めてしまおうと安めの手持ち花火セットを二つと、バラ売りのネズミ花火と蛇花火を買うことにした。
あと決めていないのは部長だけだが、うんうんと唸っている。
「んー。本の中で花火をする場面といえば線香花火なのだけど、あれって正直地味なのよね。それに風が吹いてすぐ火が消えちゃった時なんか絶望感が凄まじいし。でも定番なのよねぇ。ま、買っちゃいましょう。」
部長は線香花火のみが束になったものを二セットと、手提げ花火のセットを一つ手に取った。
「そんなに不満があるのに線香花火二セットも買うんですね。」
「まぁ今まで一人でしたやったことなかったから、もしかしたら三人でやったら楽しいかもじゃない。何事も挑戦よね。」
そんな笑顔でかわいそうな発言をする部長に、隅田さんが抱きついた。
『いっぱいいっぱいやりましょう!楽しみましょう!』
「え、ええ。もちろんよ!」
部長は突然の隅田さんのスキンシップに戸惑ったものの、すぐにハイテンションに戻った。どころか隅田さんにくっつかれて嬉しそうに顔を緩ませている。
だらしのない顔だなぁ。僕は密かに写真を撮った。今度渡辺さんにでも見せることにしよう。
「じゃあちゃちゃっと買って暗くなるまで待機しましょう。」
そして1時間後、
「よっこいしょっと。海は風が強いですからね。火がちゃんと着いて線香花火が上手く出来るよう風除けを持ってきましたよ。」
1メートルほどの板を開けで地面にぶっさした。
「おー!気がきくじゃないの!」
『それじゃあ私はバケツに海水汲んできますね。』
何もしてないのは部長だけ。
「後輩君的には浴衣とか来てきた方が良かったりした?」
「いやぁ。浴衣は綺麗だとは思うんですけどね。髪を美容院でセットしたり、浴衣もレンタルだとしてもどんだけ金掛かってるんだろう、下駄も歩きにくそうだし。と費やした労力の方を見てしまうので、浴衣美人って素直に喜べないんですよね。」
「なら安心したわ。私やったことないからよく分からなかったのよね。どこで浴衣がレンタルできるだとか。あと美容院にヘアセットの為だけに行くだとか、なんだか恥ずかしいじゃないの。和服なら持ってるのだけどねぇ。やっぱりそれはちょっと違うだろうし。」
和服。和服を着た部長が、開いた番傘をくるくると回す場面を想像した。黙ってれば美人なんだよこの人は。だから僕の想像の中だと大体大和撫子で美人だ。現実とのギャップに歯がイーッてなる。
「正直浴衣って思ってるよりも男性って気にしてないんじゃないですか?男子が気にしてるのって祭りで髪をお団子にした時に見えるうなじとかでしょうし。」
「それって後輩君の個人的な趣向が入っちゃってる気がするけど……。確かに本やらドラマやら、花火や祭りといえば浴衣っていうテンプレにまんまと躍らされてるってのはあるわよね。あ、隅田ちゃんありがとう。」
「お疲れ。」
隅田ちゃんが息を切らせて戻ってきた。いや、そんなに急がなくても良かったのに。その割にはバケツに並々と注がれた水は溢れている様子はない。
謎である。バランス感覚が凄いんだろうか。
『なんの話をしていたんですか?』
「お話の中での浴衣率半端ないわねって話よ。お話の中だと男子ですら大体甚平着てるもの。」
『実際男が甚平とか、逆に浮きますよね。私服の人が多いイメージがあります。』
「僕も甚平なんて着た事無いなぁ。レンタルとかするお金も勿体無いし。わざわざ浴衣をレンタルしてまでして着る女子達は凄いと思うよ。よっぽど自分に似合うっていう自信があるんでしょうかね。」
『浴衣なんて恥ずかしくてとても着れませんよ!「 浴衣は綺麗だね。君は綺麗じゃないけど。」とか「何あの子調子乗って浴衣なんて着ちゃってんの?」とか思われてるんですよきっと!』
隅田さんは恐怖にブルブルと震えだした。ぼくも甚平を着れば似たようなことを思われるんだろうと想像して足が震えだした。
「まぁ超絶美人たる私も浴衣は抵抗あるもの。なんていうの?着る意味が見出せないのよね。無駄金って感じがして。」
「そもそも祭りに行くこと自体が金の無駄遣いですよ。やたらとぼったくってくるジュースやらかき氷やら。雰囲気料金ってやつなんですかね。」
特に自販機で売ってるジュースを割高で売るのはやめろ。あれは正真証明ぼったくりじゃあないか。買っている子供を見ると可哀想で心が痛くなるんだ。お前らホント自販機で買えよ。
むしろ夏+人混み+火を使う屋台の熱で暑いのはわかりきってるのだから飲み物くらい持参してこい。バカなのか。
『夏は財布の紐がが緩むらしいですし気をつけないとですね。』
「そして心の紐も緩む時期でもあるわよね。夏を満喫するために恋人が欲しいと勢いで付き合って、夏を過ぎればすぐに別れる。そんな本当の意味でのバカなカップル、バカップルが後をたたないもの。」
「アイツらの失恋は僕の大好物ですよ。」
別れろ別れろ。夏休み明けのクラスでのヒソヒソ話が楽しみだ。彼らはヒソヒソ話をしているつもりだが、ヒソヒソ話というのは教室の端から端くらいまでなら余裕で聴こえてしまうので全くヒソヒソしてないのだ。盗み聞きし放題だ。
「夏のカップル大量発生は盛り上がる夏の波に乗り遅れずに楽しむためのパートナー探しみたいなものだから、夏が終われば別れるのは当然よね。表面だけのペラッペラな関係しかないのよ、アレは。」
『夏の終わり頃は奴らの不幸話でご飯が美味しいです。』
「全く同感よ。」
二人の暗い笑いを見ていると、この同好会はリア充を憎む会とかに名前を変えた方が良いんじゃないかと思う。部活申請は永久に通らなくなるだろうけど。
『本なんかだと夏祭りといえば告白のシーズンなんですけどね……。』
「告白が花火の音でかき消されるってのはあるあるよね。」
「普通告白自体が聞こえなくても、される時の雰囲気でわかりますよね。」
「ねぇ。私たち付き合おっか。」とか会話の流れの中でさらっと言われたら分からないけど。グッとくるよね。敢えてのさらっと告白って。されるならこれがいいや。
なぜハーレム主人公どもはあんなに耳が遠いのだろうか。多分老人になった時は殆ど耳聞こえてないぞ。
「と、告白されたことのない後輩君は言っているわ。」
部長が「ハッ」と鼻で笑った。
「決めつけないでくださいよ!」
「あらあるの?」
僕は沈黙した。ほっとけ。
「ほら無いんじゃないの。」
部長はこれ以上ないまでのドヤ顔である。僕を言葉の暴力で叩きのめして、満足そうに鼻の穴をヒクヒクと広げている。
「ングググ」
「ハンッ」部長は勝ち誇ったように顎を上げて僕を見下すようにして笑った。
きっと好意を持っているもの伝えられなかった大和撫子な女子の一人や二人居たに違いないさ。僕はそう自分を慰めるも、何だか余計に虚しさが増した。
『お話の中のカップルは長続きしますけど、実際は悲惨なもんですよね。』
「悲惨」という言葉を使っている割に隅田さんはこれ以上ないまでに笑顔だった。口が三日月にニタァと開いている。
よほどカップルの破綻が大好物らしい。でも気持ちはわかる。飯が美味くてたまらんよな、クラスメイトの別れ話って。
「物語だと主役の男女がくっつくまでの難易度が高くて、困難に打ち勝ちくっついて、その後はいつまでも幸せに暮らしました。ハッピーエンド。で終わりだけど、現実だとくっついた後の方が難易度高いのよね。」
結婚は人生の墓場的なエンドではあるが、ハッピーエンドではないのだ。だから離婚なんてものがあるんだ。
「お話といっても全部が全部ヒーローとヒロインがくっついたらめでたしめでたしってわけじゃないですけどね。少女漫画なんかだとくっついた後の方がむしろ難易度高いですし。」
少女漫画はヒーローと主人公がくっついてから、新しい女やら男やら登場キャラが増えて修羅場化することが多いし。くっついた後からの展開こそが本番だと個人的に思っている。
「お話と現実の違いはそれだけじゃないわ。夏祭りっていうのは片思い達が失恋してしまう季節でもあるのよ!」
部長が手を突き出してポーズを決める。前から思ってたけどだいぶ厨二入ってるよなぁこの人。今に眼帯とか包帯とか変な設定をしないか心配になった。
隅田さんがおもむろに挙手をした。
「なーに隅田ちゃん」
『よくわかりません。バカップルが秒速別れ話はよくある面白おかしい笑い話ですけど。なぜ片思いのピュアな方々がそんなことに?』
隅田さんの片思いとカップルに対する扱いに差がありすぎる。
確かに片思いはなんか応援したくなる。特に具体的に何か支援するわけではないけど、なんだか応援したい気持ちになるのだ。恋のキューピッドになりたいなぁと思ったりもする。思うだけだけど。
隅田さんのもっともな疑問に部長はフッフッフと不敵な笑みをこぼす。
どうでも良いから変なポーズやめろ。笑い方も相まって完全に厨二病患者にしか見えないから。
「夏に入るとバカップルが大量発生するじゃない?で、もちろんバカップル共は祭りに彼氏彼女でキャッキャしながら参加するわよね。だってその為に付き合ったようなものなんだもの。」
『忌々しいですが理解できます。』
隅田さんは負の感情を隠そうともしない。
「で、地元の祭りといえば同級生や小学生時代の知り合いやら、知り合いのオンパレードじゃない?」
「あー、あるあるですね。」
遭遇した際、向こうが多人数でワイワイしてたり、彼氏彼女と仲睦まじくしているのに、自分は一人だったりするとなんだか惨めな気分になったりする。
「で、彼氏彼女が居ない人々は同性の友達なんかと祭りに行くじゃない。」
「んー。そうなんですかね。」
僕は一人で行くから分からないけども。
「そして、見てしまうの。……片思い相手が自分じゃない異性と楽しそうにくっついてる姿を。」
部長は持っていた懐中電灯で自分の顔を下から照らした。何故怪談語り風なのか。
『心が、心が痛いですっ。』
隅田さんが胸のあたりを押さえて苦しんでいた。
「確かに手を繋いでるところを見たりした時には吐血しますね。」
そんな場面を想像するだけで胸が張り裂けそうである。祭りで浮かれてなんの心の準備も出来ていないところにその光景が飛び込んできたら……心の傷は余裕で致命傷だな。
全くなぜこうも本と現実は違うのだろうか。
浴衣女子は下着のラインを隠すためにノーブラジャーノーパンツではないし。
忘れられない夏の思い出を作ろうと恋人と手提げ花火でもしようものなら、近所から煙たいうるさいと苦情が来て逆の意味で忘れられない思い出になるし。
祭りの出店で買い食いしたら食中毒になるし。
そもそも付き合ったはいいもよの、男性は女子から恋人とは名ばかりの祭りの出店を楽しむための財布扱いされたりするし。
現実には夢も希望もありゃしない。
「というわけだから片思いの相手がクラスとか地元にいる場合は本人と行かない限りは不用意に祭りに行かないことをお勧めするわ。もし行くのならそれ相応の覚悟をして挑むことね。」
部長は知識を披露してふふんと得意げに胸を張った。
『肝に命じます!』
祭りなんてポワポワした催しには似つかない部長の注意喚起に、隅田さんがビシッと敬礼した。祭りに行く覚悟とはこれ如何に。
しかしこれだけ過剰に反応するということは、片思いの相手でも居るのだろうか。ちょっと気になった。
「ま、そんなこと私達が考える必要はないのよ。だって私たちは祭りになんて行かないんだから!」
『それもそうですね!』
二人の反応に花火大会に誘わなくて良かったなとホッとした。この反応じゃあ断られてたかもだ。
「後輩君も祭りとか行かないんでしょう?」
「ええ、まぁ。」
「なら良かったわ。それなら少なくとも私は悲惨な失恋はしなくて済みそうだしね。」
僕はその言葉の意図が分からずに、頭にはてなを大量に浮かべた。
フフフと部長は笑って、風になびく髪を耳にかけた。その仕草に思わずドキッとしてしまう。
「あの、それってどういう」
言葉の真意を確かめようとしたその時、遠くから聞こえてきた連続した破裂音が僕の言葉を途切れさせた。
花火に言葉をかき消されるなどむしろ現実ではレア体験なので感動ものである。
「お、花火は見えないけれど音が聴こえてきたわよ。さ!隣町の花火大会に対抗して私達も花火大会by読書部を開催よ!じゃんじゃんやりましょう。」
部長は花火をするのに絶対に必要のない腕まくりをした。
部長の言葉に隅田さんが鼻息を荒げて頷く。……ま、どうせ部長のことだから大して考えもせずに言った言葉なんだろう。僕はそう結論づけた。
そして、僕たちの安上がりの花火大会が始まった。
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