クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿五日目 ②

『とりあえず家づくりの前にせっかくの雨なんだから水確保しちゃいませんか?』


 結構な量の木を集め終えると、隅田さんがナイスな提案をしてくれた。


 それもそうだ。これは水を得る絶好の好機ではないか。

 僕らはペットボトルやら鍋やら、とにかく雨水を受け止められるものを片っ端から並べて、倒れないように少し地面にめり込ませて固定した。


「大した速度じゃないのは分かっているけど、すざまじいスピードで水が溜まっていくように感じるわ。海水のがショボすぎたせいね。」


 並べられた器達には天からの恵みの水が着々と溜まっていっていた。すでにコップは一杯だ。

 最初に海水を蒸留した時は4時間蒸留してコップ半分にも満たなかったことを考えるとやや複雑な気持ちになりながらも、一杯にもなった水をまだ容量に余裕のあるペットボトルに移していく。


「これで水は大量確保間違いなしね。お

手柄よ隅田ちゃん!」


二人はいぇーいとハイタッチを交わす。


『それで雨よけの小屋作りはどうやるんですか?』


「あ、そうね。そういえばその為に木を集めてたんだったわね。」


「そうだったそうだったわ。」と、さっきまでの目的をすでに見失っていた部長のトリ頭が少し心配になった。


「まず柱として枝を上の部分で交差するよう二本地面に刺します。」


 部長がドヤ顔でトンカチをバックから取り出して木を叩き出したが、その辺で拾ったデカイ石で木を叩いていた隅田さんの方が5倍くらいの速さで地面に刺し終えた。部長のしょげた顔が笑いを誘った。


「で、同じものをもう一つ作って。二つの間に枝を渡して土台を作ります。そしたら渡した枝に他の枝をできるだけ隙間なく立て掛けていって、地面と立てかけた枝の間の空間に入るんです。」


 非常に簡単なのでスムーズに犬小屋より粗末な雨よけが出来上がった。

 中に入ると、立てかけた枝の隙間から雨が漏れてきていたので、葉っぱなんかを拾ってきて上に重ねて、それをツルや木の皮で固定して補強した。


「本当に雨が入ってこないわね。でもできればログハウスみたいなのが作りたかったわねぇ。ノコギリも持ってきたって言うのに全然使わなかったじゃない。」


 部長は不満そうに唇を尖らせた。流石にそんな本格的なやっぱり無理だ。

 出来ても犬小屋が精一杯である。


『定番でいったら火を起こして濡れた服や体を乾かすんでしょうか?』


「ありがちな展開ね。やりましょうやりましょう。ほら枝も余ってるじゃないの!」


 部長はテンプレな展開にテンションがだだ上がりのようだ。

 

 小さな小屋にぎゅうぎゅうに詰めて入っているので、横の部長の距離が近い。   

 ドキドキと動悸が激しくて困っていたのだが、耳元でキャンキャンと大声を出されたことでうるさいという不快感がドキドキ感に打ち勝った。


「でもすっかり枝も落ち葉も濡れちゃってますからね。ま、やるだけやってみましょうか。」


 何せ火を起こせばワンチャン、焚き火の前、「こ、こっち絶対見ちゃダメだからね!」と服を乾かすため裸になった二人と背中合わせって言う神シチュエーションも無きにしもあらずな訳だし。


『ひとまず濡れてない服に着替えたいので、副部長さんは外に出ていてくれますか?』


「いえ、それでも覗きが完全に防げるとは限らないわ。交互に着替えて、どちらかが着替えている間、もう片方は変なことをしないように後輩君を監視しときましょ。」


『良い考えですね!』


 二人の隠そうともしない会話からして僕せの信頼度はゼロのようだ。部員同士の絆というものはないのか。


 仕方なしに、二人に代わり番こに監視されながら雨に打たれた。着替えた後も僕を監視するために外に出て来て濡れるのだからこれほどバカなことはない。

 

 僕も外で早着替えをして濡れないうちに小屋へと戻った。すると二人は懸命に火起こしてをしているが、種火ができる気配はない。


 僕も参戦するが、乾燥した木を使っても苦労したのだから、雨に濡れた木で種火ができるわけもなかった。チャッカマンを使ってみるも、火はつかず。


「これが極寒の地なら私たち全員仲良く凍死コースね。」


『家に引きこもっている時はゲリラ豪雨が降るたびに外出してる奴らザマーミロ! って優越感に浸れますけど、実際に突然の雨に襲われるっていうのは嫌な気分ですね。』


「天候のことだから、フラストレーションを誰にぶつけることも出来ませんしね。」


「雨のバカヤロー!!」と天に吠えるくらいしかできることはないだろう。雨が降るのは誰かのせいには出来ない。


 少し涼しいし、真水だって確保できる。そして雲さんのお陰で日焼けもしない。恵の雨のはずなのだけど……。


「僕も雨の日は好きですけど、雨の音で外の雑音が消えて読書に集中できたり、降ってるのを部屋から見たりするのが好なわけで、雨自体が好きなわけじゃないんですよね。濡れるのとか普通に嫌ですし。」


「俺、雨好きなんだよねー」って窓際でドヤ顔決めてる奴も雨に打たれてずぶ濡れになって喜ぶ変態野郎なわけではないだろう。


 少しばかりの静寂ののちに、誰からともなく、連鎖するように三人分のため息が出た。


「雨の日は気が沈むっていうけれど、びしょ濡れになったらそりゃ沈むわよね。バカでも分かるわ。」


『それに何も活動ができなくて暇ですしね。』


「じゃあみんなで電子書籍でも読んどきます? それこそ時間なんてあっという間だと思いますけども。この合宿で読書部らしいこと一つもしてませんしちょうど良いじゃないですか。」


 むしろ何で文化系がこんなアグレッシブな活動しているのかが不思議でならない。サバイバルってなんだよ。寝袋ってなんだよ。

 普通、本の舞台になった土地の聖地巡礼とかふわふわっとしたものになるのではないのか。


 クラスで盗み聞いた(話す相手がいないので)話によれば、文芸部の皆さんの夏休みの活動は、夏コミにサークル参加して自作小説を販売するらしい。

 青春である。かたやこちらは肉体労働である。


 この合宿も見方を変えればプライベートビーチで美少女二人とのきゃっきゃうふふしていると言えなくもないのだが、果たして肝心のきゃっきゃうふふ要素はいつ出て来るのだろうか。

 分かっている。多分その要素は永遠に出てこない。


「してるわよ!この合宿のテーマそのものが、自分たちが本と同じような事件に巻き込まれたらどうするのかっていう立派な読書部の活動よ!火を起こした。だとか人里離れた森に飛ばされてから1週間経った。だとかの本だと省略されている部分がどれだけ大変かっていうのを現実でシュミレートしてるのよ。」


「あー。そんな感じだったんですね。こ

の合宿の目的って」


 割とちゃんとした目的があったみたいだ。いや、無人島でサバイバルって部分は全然ちゃんとしてないけど。むしろいかれてるけど。


「ホントしょうがないわね。ちゃんと目的意識を持って活動してくれませんこと?」


 部長が腕を組んで意識高いやつっぽいことを言いだした。


「分かりました分かりました。じゃあ僕電子書籍読んどくんで、なんかあったら声かけてください。」


「わかればいいのよ。」


 相手にするのも面倒くさいので適当に流すことにした。部長本人は流されたことには気付かずに、機嫌良さげにドヤ顔を決めてるから問題はない。


『ならせっかくですし、みんなのスマホを交換っこして、自分のじゃなくて、他人の電子書籍を読むことにしませんか? 紙媒体の本は貸し借り出来ますし、家に持ち帰ることも出来ますけど、スマホって気軽に貸し借りできるものじゃないじゃないですか。こんなに時間があるタイミングも早々にないですし、電子書籍貸しあいしませんか!』


 隅田さんが興奮した様子で文面をアピールしてきた。色んな本を読めると期待で鼻息も荒くなっている。


 たしかに電子書籍ってスマホを貸してもらって読んでも、200ページ以上ある本を短時間で読めるわけではない。けれどスマホは電話やメールでも使うから、長時間借りてるわけにもいかないし。

 

 iPadやキンドル端末を持っている人なら別なんだろうけども、少なくともここにいる三人はスマホで電子書籍を読む派らしい。


 他人の電子書籍を時間の制限なしに一日中好きなだけ読める。それは非常に魅力的な提案ではあった。

 それに部長も隅田さんも読書部に入るくらいだ。きっと電子の方の本棚の品揃えも良いはずだ。なのだけど……。


「なんか自分の本棚を見られるのって恥ずかしくありません?なんていうか、『あー、この人こういう系統の本好きなんだー、ププー!』とか思われてそうで。趣向を知られるのが怖いというかなんというか。」


 本棚を見れば持ち主がどんな人かわかるなんて言われるくらいだし。本棚を見せるのは、自分の心の中を覗かれるよう

な感じがする。


『そうですか?私は自分が面白いと思った本以外は買わないので、別に読まれても恥ずかしくなんてありませんけど。』


「隅田ちゃんの言う通りよ。別に大衆受けする作品が自分にとって面白い作品ってわけじゃないじゃない。だから『こんな本読んでんのー?ぷっぷ~』て笑われたって、自分にとって面白い作品なら胸を張って『この本の面白さが分からないなんてかわいそうな奴だ』って心の中で憐れむくらいじゃないと。読まれるのが恥ずかしいだなんて、作品に対して失礼でしょうが。」


 部長に叱られた。しかも僕も部長の言葉に納得してしまったので言い返せない。


『たまにいますよね。レビューの星の数信者。』


「あー。面白いって買ってた本のレビューがが悪いものばっかりだと、もう続き買うのやめようってなるっていう流されやすさマックスの奴らか。僕もレビュー信者は嫌いだなぁ。」


 あいつらレビューを見た途端にこれは面白くないとか面白いだとか、手のひら返しが凄いから。


「何いってるの後輩君。さっきまでの他人より感想や意見を気にする言動なんて思いっきりレビュー信者と同類だったじゃないの。」


「うわぅぁぁホントじゃないですか。周りの流行りなんかに流される奴らとかないわーって思ってたのになんて様だ……。」


 穴があったら入りたい。完全なるブーメラン発言じゃないか。

 見事に返ってきたブーメランをキャッチ出来ずに心にダメージが入った。


『私は「他人の意見に流されない俺様ってカッコいい」っていうのもないわーって思います。』


 それは間違いなく僕のことだった。二人からの精神攻撃がやばい。

胸を抑える僕に、部長はフンと鼻で笑った。


「全く。本を見せるのが恥ずかしいなんて言うからよ。そりゃ自分の好きな作品がみんなに面白いって言われたい気持ちもわかるし、好きな作品がつまんないって言われるのも悲しいけれども。その作品の面白さは変わりないんだから、評価なんで気にするだけ無駄よ。たった一人の心に刺さる物語だってあるんだから。」


『そもそも、私だったら他人がつまらないって言う作品を面白く読めるなら、おトクだなーって思いますけど。楽しめる作品が増えるわけですし。』


「ただ大衆受けしない作品は続きが出にくいっていうのが残念なところではあるけどね……。未だに楽しみに待ってるのだけども……。」


 二人の言う通りなのかもしれない。他人が口を揃えてつまらないと言う作品を楽しめるのなら、それは一種の生まれ持った才能と言っても過言ではないだろう。少しも恥ずかしがる必要はないのかもしれない。


「そうですね。じゃあやりましょうか。電子書籍の貸しあいっこ。」


「お、その気になったわね!それでこそそれっぽいことを言った甲斐があったってもんよ。一度やってみたかったのよね。自論の説教して改心させるってやつ。うまくいったわー。これで読める本が増えたわね。」


 部長は「ヘイヘイ。そうとなったらとっととスマホ出しなさいな。」とハイテンションに体を揺らし出した。


……たまには良い事言うなって、感動したなって思ってたのに。見直してたのに。

 結局は自分が読める本の種類を増やしたかっただけなのか。感謝の気持ちを返せ。

 僕はやるせない感情を読書にぶつけることにした。


 それから僕らは黙々と読書を続けた。それはもう昼飯のことなんか忘れるくらいに。暗くなったって、スマホならば関係ない。


 バッテリー残量の注意勧告画面が出るまで僕らは本を読み続けた。

 そして、寝袋の中で目を瞑ってみても、本を読み終えた後特有の高揚感で寝付けない。

 頭はクリアだし、目もギンギンだ。


「二人とも起きてます? 目がギラギラして眠れないんですけど。」


「同じく。」


 隅田さんは喋れないかわりに手を叩いて肯定を示した。仲間がいたことに安心した。明日、自分だけ睡眠不足なんて面白くない。


「やっぱ本を読むと目が冴えちゃうわよね。あー。バッテリーさえ無くならなければまだ全然読めるのに……。でも充電器に挿しながらスマホを使うとバッテリーの寿命が短くなっちゃうし……。」


 部長はなにやら葛藤している様子だ。「うーんうーん」と唸っている。

「そうだわ!後輩君なんかお話読みなさいよ。仮にも読書部なんだから、暗記してる話の一つや二つあるでしょう。」


 隅田さんが部長に賛成を示すように拍手をした。


「ベットタイムストーリーってやつですか?若干無茶振りじゃないですか……。まぁ、お伽話だとか童話だとか好きなので、だいたい話せますけど。」


「じゃあ読み聞かせなさい。語り手が他人の声、それも後輩君の声っていうのがイマイチだけれどと、我慢してあげるわ。」


 少なくとも人にものを頼む態度ではない。けれど部長の傲慢ちきは今に始まったことでもない。無言で睡魔を待つのも退屈なので、ここは言われた通りにすることにした。

 グリム童話ならほぼ暗記しているののだが、どの話にするか迷うところだ。いくら考えてもこれだという話は浮かばない。ので、考えるのをやめた。

「昔々、まだ人の願いが叶った頃、あるところに王様が住んでいました……」


 選んだのはいつだってグリム童話の始まりを飾ったカエルの王様である。収録順に話していくことにしたのだ。これなら悩まなくて済む。

 

 しかし話し始めてふと気づいたことがある。話を聞かされている二人はともかく、僕はどうやって眠くなったら良いんだろうか。


合宿五日目、終了。

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