クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)②

 ざざーんと耳に響く心地よい波の音色に意識が覚醒した。

 目を開けると、目の前では水平線へと赤色の太陽が沈みかかっていた。


 僕は目を痛いくらいにこすった。そしてもう一度見てみる。


 そう。水平線だ。つまりは海。

 それに、記憶が正しいのなら、僕はさっきまで隅田さんとお喋りをしていたはずなのだが。それも昼前の学校の校門前で。


 僕は混乱しながらも周りを見渡す。現状を把握する為に、少しでも情報を取得しようと思ったのだ。


 目の前には水平線、下には砂浜、そして極み付けに、引いては寄せてくる波に、僕の足、靴が浸ってびしょ濡れになっていた。


 情報を把握したら余計に現状がわからなくなった。ここはどこで僕は一体何をしているのだろう。


 波が僕の体にザバンと軽い衝撃を与え、引いていき、寄せては引いてを繰り返し、その度に水に濡れる範囲が広くなっていった。今では下半身全てが水浸しだ。


 おそらく潮が満ちてきたのかなと現実逃避気味に考察しながら、これ以上塩水に洗われるのは御免被りたいので、やっとこさ僕は立ち上がった。


 海に背を向けてみれば、視界に広がるのは夏らしく生い茂った木々が森を形成していた。

 日が落ちかけていることもあって、薄暗くて、たまに風になびいて音を立てるのが薄気味悪い。

 なんだか森に入るのも怖くて、水に濡れない辺りまでざっくざっくと砂を踏みしめて歩いて、そこに座ってまたぼーっと水平線に沈む夕日を見ていた。


 僕はふと、あのサン=テグジュペリの著名な本の中、小さな惑星の上で椅子を少しずつずらしては夕日を何度も楽しむ星の王子さまのことを思い出していた。    

 僕の場合、彼とは違って夕日を見る行為は現実逃避のツールなのだけど。


 ジュっと太陽が鎮火するように、辺りは暗闇に包まれた。

 僕は仕方無しにポケットに入っていたスマホのライトで視界を確保する。

 今日ほどスマホが防水性でよかったと思った日はないだろう。


 塩水にさらされても大丈夫。そう、防水のスマートフォンならね!

 まぁ、多分そういうことだ。


 ふと、ピカーと辺りを照らしていたら、森の入り口あたりに僕の鞄が落ちているのに気づいた。

 そして、そこに並ぶようにどでかいボストンバッグに、今朝がた? なのかも分からないが僕が気を失う前に隅田さんが背負っていた山籠りでもするかのようなパンパンのリュックサック。


 ああ。やっぱり居るよね。というか、多分僕をこの状況に陥れた犯人だろう。だって3時間前までぐっすり寝てたにも関わらず、麻酔をかけられたみたいに不自然な眠気だったし。


 多分、隅田さんに渡されたオレンジジュースに睡眠薬でも入ってたんじゃないだろうか。

 部長から差し出されたジュースなど怪しさ満点で口をつけることなどなかっただろうが、思わぬ伏兵にしてやられたらしい。


 睡眠薬で眠らせ、砂浜に投棄。うん、普通に犯罪だ。

 あのまま寝てたら僕は今頃波にさらわれて、溺死してたに違いない。もはや殺人未遂の域。


 森の方から明かりの線が2つ、ライトセーバーみたいにブンブンと揺れた。

 部長の独り言のような隅田さんとの会話も聞こえる。

 どうやら犯罪者達のお見えらしい。


 そして、近づいてきた2つの光は揃って僕の顔を照らした。眩しくて僕は手で顔を覆う。


「あら。おはよう。思ったより起きるの遅かったわねー。ていうかえっ! 下半身びちょびちょじゃない! なに?もしかしてお漏らししちゃったの?」


 顔のライトが下半身に集中した。そそそ、と部長が森の方へと後ずさる。


「潮が満ちてきて溺れかけてたんですよ。もうちょっと起きるのが遅かったら死んでましたよ……。」


「あ。そういえばそういう現象があったわね。ホント、波がすぐそこまで来ちゃってるじゃない。荷物が濡れちゃうところだったわ。危ない危ない。」

 

 部長は安心したかのように額の汗を拭いながらホッと息を吐いた。


「いや、まず自分が殺人を犯しそうになったことを悔やんで、僕に謝罪してくださいよ。」


「はいはいごめんなさい。これでいいんでしょう?」


 部長がひらひらとうざったそうに手を振った。

 僕はこれほどまでに心のこもっていない謝罪を人生で初めて見た。


『すいませんでした。』


 隅田さんの手にある薄暗い光を放つスマホにそう書いてあった。

 僕が視線をやると、ペコペコと頭を下げる。


「まさか隅田さんにも裏切られるとは……完全に油断してたよ。」


 相変わらず隅田さんはペコペコと頭をヘビメタみたいに上下に振る。

 今後、僕は他人から出された飲み物には手をつけないということを誓った。


「で、結局ここどこなんですか。」


 合宿という前提が間違いでないのなら、ここがその合宿の舞台ということだろうか。少なくとも近所にこんな浜辺はない。


「ここはパパが持ってる無人島よ!」


 よくぞ聴いてくれたと言わんばかりに、部長はふふんとしたり顔で言い放った。


「はぁ?」


 僕は間抜けな声を上げる。いや、無人島? 島? 周囲を海で囲まれてるあの島 ?

 僕は自分の耳を疑った。


 しかしこの場合、僕の耳はおかしくなっていないと思うので、おかしいのは部長の頭の方がだろう。


「ふっふっふ。あまりのサプライズに大層驚いている様子ね!

喜びなさい後輩君。今日から一週間、私たち読書部は異世界の人里離れた孤島に転移した場合のサバイバルのシュミレーションを行うわ!」


 部長は話はワハハハと女子高生とは思えない、悪の親玉みたいな笑い声を高らかに天高く響かせた。

 

 何が何だか分からないが、とりあえず合宿の情報が開示された。



合宿場所、無人島。


目的、異世界でのサバイバルのシュミレート。


 部長は高笑いをあげ、隅田さんは僕にペコペコ頭を下げ、僕は海を呆然と眺める。

カオスな状況の中、僕たちの長い長い一週間が始まった。




合宿、開始。

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