クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)①

 ついに僕らの学校も夏休みに突入して数日が経った。

 僕は図書館へ行って本を読んだり、レンタル屋さんで借りた映画を見たり、溜まっていた積みゲー達を消化したりと大忙しに夏を満喫していた。


 少なくともボーイミーツガールな青春はしていないし、将来大人になった時に、あの時は良かったなぁと思い出しもしないだろう生産性皆無な日々だが、僕なりに、それなりに楽しんでいる。


しかし、そんな最高な気分は一件の着信によって唐突に終わりを迎えた。


 早朝から眠たい目をゴシゴシと擦り、ブーブーと震えるスマホを拾い上げて、指を電話に出る方へとスワイプさせ、耳に当てる。


「もしも」『合宿に行くわよ。』


 急な音爆弾のような部長の大声に、耳がキーンとなった。


「せめて挨拶くらいはさせてくださいよ……。」


 僕は潰れた耳から、もう片方の耳にスマホを移してそう訴えた。


「あら、じゃあおはよう。」


 適当な挨拶に、僕ももうどうにでもなればいいとヤケグソ気味に「おはようございます」

と返した。


 何せ寝起きだ。少しくらいイライラしたって許されると思う。


『で。夏で部活といえば合宿が定番じゃない?』


「いや、合宿って大会とかに向けてのレベルアップを図るものじゃないですか。僕らには必要ないでしょう。」


 一体何を目標にすれば良いというのだ。スキルアップもクソもないだろう。


『バカね、必要だからやるんじょない。私がやりたいからやるの。わかった?』


 チッと舌打ちをする音が通話越しに聞こえてきた。なぜ朝っぱらからこんな不快な思いをしなくてはならないのか。僕はこんなことのために生まれてきたんじゃない。


「そもそも部費とか無いから無理じゃ無いですか?」


『そんなもん実費すれば良いじゃない。まぁ3000円もあればいけると思うわよ。そんなにお金のかかるもんじゃないし。』


「それぐらいならまぁ。」


3000円×3人で考えても9000円。なかなかにしょぼくなりそうだとは思いつつも、無駄に壮大にされても疲れるだけだ。しょぼいくらいがちょうど良いのだ。

 それぐらいなら近所の宿所に泊まるとか、そんな感じになりそうだ。


 ワンチャン部長か隅田さんの家にお泊りという、人生初の女の子の家への扉を開くことが出来るかもしれない。そう考えると気分が高まってくる。


『じゃ、一週間後に学校の前に集合で。3000円と一週間分の着替えとか生活用品だけ持ってくればいいから。あ、あと通学に使ってる鞄も持ってくること。じゃ。』


 まだ一度もはっきりとYESとは言っていないのに、勝手に参加することが決められ一方的に通話をブッチされたこともさることながら、最後の通学用の鞄うんぬんはどういうことだ。


 よく分からない。そして人間は未知を恐る生き物である。

恐ろしいことに合宿の内容は全く知らされないままであった。


 僕はどうか平穏な合宿(笑)事態にならないことを神様に切に願った。


 しかし、僕は気づくべきだったのだろう。

 これまで神に願ったことほどことごとく叶わかったという実績に。


 そして一週間後、僕は学校の校門前に来ていた。一応、部長に言われた通りに通学鞄も持ってきた。


 既に校門前には私服の隅田さんが大きなリュックサックを背負って立っていた。


 とりあえず隅田さんも合宿に参加するのだということを確認できて安堵する。

 

 服装は、デニムのジャケットにカーキ色のガウチョ。

 それは以前3人でデパートに行った時に買ったものだった。


 なんとなく、自分が褒めた服を着てくれていると思うと嬉しくなる。


 歩み寄る僕に気づいたらしい彼女はスマホに何かを入力してこちらに見せてきたが、遠すぎて何が書いてあるか判別がつかない。

 なので、早歩きで近づいて目を凝らすと、


『お久しぶりですね。』


と書いてあった。


「本当だね。二週間ぶりくらい?」


 普通、僕にとって夏休みとは家族以外と会わずに終わるものだったので、それからしたら凄い進歩なのだけど。


『それにしても暑いですよね。これどうぞ。』


と、隅田さんはリュックサックのサイドポケットにしまってあった水道を取り出して、フタに液体を注いだ。


 鮮やかなオレンジ色と、甘ったるい匂いが鼻を刺激した。オレンジジュースだ。

 これが小学校なら、「先生、隅田さんが水筒にジュース入れて持ってきてまーす!」と学級裁判で晒しあげにあっているところだ。


「え?いいの?」


と聴くと隅田さんはコクコクと頷く。


 僕的には隅田さんが使っている、そしてこれから使うであろう水筒のフタに僕の口をつけても良いのか、という確認だったのだけど、彼女は意識すらしていないようだ。なら良いんだろう。


 関節キスが起きてしまうかもしれないが、僕だけ彼女がこの水筒で何かを飲む度にドギマギするだけの話だ。


 そう思って、僕はごくごくと注がれたオレンジジュースを一気に飲み干した。  

 濃い味に、喉が潤うどころかまた飲みたくなる。


「あー。ありがとう。美味しかったや。お返ししたいところだけど。僕の水筒の中身はただの水だからなぁ。塩キャラメルならあるけど。舐める?」


というと、隅田さんは首をブンブンと縦に振った。そして、スマホに『塩分補給は大切!』と書き込んだ。


「じゃあ、お返しに。」


 彼女は、僕の手渡した塩キャラメルを、口の中でもごもごと転がした。


 好きなのかな、塩キャラメル。食いつきが良かったことは覚えておこうと心のメモ帳に刻む。


 まだ付き合いが浅いので、少しでも仲良くなれればと思ったのだ。


 仲良くなりたいといえば、部長は先輩で友達という感じではないし、隅田さんとは知り合って2.3日ほどだから、こちらも友達とはいえない。


 そう考えると僕は学校で友達が居ないことになるなと、ふと思ってしまって、なんだかやるせない気持ちになった。


 その後、待ち合わせの時間まで隅田さんとお喋り? 側から見たら僕が一方的に話してる変な人だけど、とにかく時間を潰していたら、唐突な眠気が襲ってきた。

 それも、まぶたが僕の意思に反して閉じていくくらい強力な睡魔。


 ふらりと倒れそうになった僕を隅田さんが座らせてくれた。


「あー。ありがとー。」


 呂律が回らず、定まらない意識の中で感謝を伝える。


「計画通りみたいね。」


 徐々に心地よい闇へと落ちていく中、そんなくぐもった部長の声が聴こえた気がした。

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