クラス異世界転移に備えて鞄に入れるものについて③

あ、これ風邪だわ。


美術準備室前、熱でぼーっとする頭にはそれしか浮かばなかった。

登校してからやけに身体が重いし熱っぽいなぁ、関節の節々ひどく痛みを感じるなぁと思っていたけど、多分風邪だわ。自分でも今まで何で気付かなかったんだろうとびっくりしている。


今日は自分の思う異世界で役に立つ物を鞄の中に入れてきて、部長と披露し合う予定だったけど、風邪を移してしまうのを忍びない。

このまま部長に一言言ってから帰ろう。


「ようこそ。待ってたわよ後輩君!」


「ああ部長。すいませんけど、僕は今日風邪っぽいんでもう帰らせて「あーはいはい。そういうのはいいから。早く座りなさいよ。」


「そういうのいいから!?」


部長のいかにもどうでも良いというような仕草に思わず声を張り上げてしまった。

あー、自分の声が頭にガンガン響く。


「それってあれでしょ?今日グループ活動あるから学校行きたくない日とかに、朝起きた時なんかお腹痛いかも、熱っぽいわーってなるやつでしょ?」


「確かにそういう時ありますけど。学校に行きたくないという精神が肉体を凌駕して実際に体調が悪くなる事ありますけど!

今回はガチな奴ですって。そもそも、もう学校終わってますし。既に苦難を乗り越えた後ですよ。」


部長は僕を疑うように頬杖をつきながら半目で僕を見てきた。


「ホントかしら?

でも嫌なことがある時の仮病って線で考えると、後輩君が部活に出たくないってことになるからありえないわよね……。

なんだ本当に風邪だったの?」


部長の読書部に対する異常な程の高評価が怖い。


「さっきからそう言ってるじゃないですか。そういうことで、部長に風邪でも引かれたら困るんで今日は帰ります。」


「何言ってるの!むしろくしゃみだろうと唾だろうと飛ばしまくってどんどん私に移しなさい!


「ヘイカモンカモン!」と部長が胸の前の両手の指をちょいょいと曲げて小さく手招きした。


「なんで僕が風邪だと分かった途端にテンション高くなるんですか。少しは心配してくださいよ……。」


「何言ってんのよ。私は今風邪を引きたくて堪らないから、むしろ後輩君が妬ましいくらいなんだけど。」


部長はグググと拳を握りしめる。


「割ときつめのやつですけど。いいんですか?」


「ええ。望むところよ。実は二日後に体育の授業があるの。だから何としても休みたいけど、サボったら何か負けた気がするじゃない?」


「部長って運動オンチでしたっけ?」


度々僕にかましてくる攻撃が強力なので運動神経良さそうなイメージがあったのだが。

暗殺拳法を習ってるといわれても全く違和感はない。


「いえね?別に運動が嫌な訳じゃないのよ。問題は最近の体育が柔道をやり始めてね?やっぱり私と組みたくない人がいっぱい居て気まずいわけ。」


「あー。それは確かに。小声であんた行きなよ。いや無理無理絶対ヤダとか言ってるのが聴こえてきたら軽く死にたくなりますね。」


「ちょっと具体例出すのはやめなさい!想像しちゃって既に胸がズキズキ痛んできたから!」


ダメージを受けたように「うぐぐ」と部長がうめき声を上げた。


「ていうかあいつらなんなの?ヒソヒソ話って聴かれたくない相手がいる時にするもんじゃないの?丸聞こえなんですけど。全部聴こえちゃってるんですけど。」


机をバンバン叩いて悲痛に叫んでいらっしゃるが、そういうものなんじゃなかろうか。


「多分自分の声が意外と大きいことに気づいてないんじゃないですかね。僕も良く寝たフリとかしてるんですけど、周囲の聴きたくないようなエグい内容の話が入ってきますからね。」


「あー。わかる。教室の隅で話してても話し声とかふつうに聞こえるものねー。あいつら教室が狭いってことを理解した方が良いわよ。自分の為にも、そして私の心の安寧の為にもね。」


部長は死んだような目になっていた。


「確かにそうですよね。もう誰それが誰にどんな悪口を言ったかとか、誰それが誰それとヤッたらしいとか、僕が聴いたことを全部、早朝に黒板に全部書き連ねたらクラス崩壊させられるレベルですよ。」


本気でやろうとしたことが何度あったことか。

特定されたら袋叩きにされそうで怖くてやらなかったけど。

でもクラスが阿鼻叫喚に陥る様を見てみたいという欲求は未だにあるのだ。


クラスで孤立してるとその辺罪悪感とかは皆無なので、人間関係の崩壊していく様を純粋なエンターテインメントとしてテレビ感覚で楽しめるんじゃなかろうか。


「あー。私は自分に対してのディスり以外はノイズ扱いだったからそれは無理ね。

これからは貪欲にクラスの暴露情報をストックしていくことにするわ。」


「その手があったか」と部長は悔しそうに拳を握りしめた。

クラスみたいな大勢の中での孤独って、夏休みとかの遊ぶ人が誰も居ない時の1人ぼっちの孤独よりも耐え難いものがあると思う。

それこそ学校に隕石落ちろ程度のことは普通に願う。流れ星が流れた時に反射的に三回願えるくらいには願ってる。


「なんかクラスを地獄に堕とす会みたいになっちゃいましたね。

疲れてきたんでとりあえず座りますけど、本当に風邪移されても文句言わないでくださいよ?」


「当たり前よ。後輩君の菌を浴びて、更に当日までエアコンをガンガンに効かせた部屋で素っ裸で寝ることで調整をしていく次第よ。」


仮病ガチ勢かよ。


「じゃあ失礼して。」


そこまで言うなら菌を撒き散らして帰ってやろうと、僕は椅子に腰を下ろした。


「じゃあ鞄を机に。」


部長の声に従って、僕はいつもよりも重い鞄を机の上に置いた。

そして、部長が続くように「どっこいしょぉ!」とソーラン節みたいな掛け声と共に、床から机にソレをドスン!と乗っけた。


「……部長、昨日と鞄が違うんですけど。いやむしろそれを鞄と呼称しても良いかビミョーなラインなんですけど。」


机の上に乗せられたのは見るからにパツンパツンに詰まったボストンバックだった。


ボストンバックというのはアレだ。円柱型のバック大きめのバックで、ゲームで強盗とかで金を詰める際によく使われてるやつである。


「なんか全部要るかなーって思ったら入りきらなくて。家族旅行の時に使うバックを引っ張りだしてきたのよ。」


「へーそうなんですか。」


僕はバックを持ち上げようとするが、幾ら踏ん張っても机から宙に浮く気配が全くなかった。


あまりの不甲斐ない自分の筋力に絶望しそうになったが、これは風邪で力が出ないだけなんだと自分に言い聞かせてメンタルを保護した。


「こんなのを持って今日は登校したんですか?」


「流石に重かったわよ。正直、通学路の途中で心が何度も折れかけたわね。

特に学校と家の中間あたりだと、学校まで運ぶのも辛い、やっぱりこんなこと辞めて家に帰ろうと思っても辛い辛いで地獄だったわ……。」

部長はがっくりとうな垂れた。


「部長、鞄に入るだけって条件は異世界に学校で召喚されても対応できるようにでしたよね?」


「ええそうよ。物語でも鞄の中に入ってた物が役に立ったりしてたし。」


「異世界はまだしも、タイムスリップ物で歴史の教科書とかチートどころの騒ぎじゃありませんもんね。」


うん。わかる。部長の言いたいことは分かるんだ。けどさぁ。


「それって毎日学校に持って来なきゃ意味ないですよね。部長、そのクソ重いバックを毎日持って来れるんですか?」


僕なら荷車でも使わないとごめんだ。


「まぁほら、異世界に転移しそうって日だけ持ってけば大丈夫かなーってね?」


「何で急に未来予知能力目覚めちゃってるんですか……。そういうのは異世界に転移した後にしてくださいよ。」


「わ、分かったわよぉ。これからバックの中を見て、要らないものを選別していきましょう。」


いつもはゴネる部長が涙目であっさり折れた。

よほど今日の登校がきつかったらしい。

「じゃあ直ぐに終わりそうな僕の方から見ましょうか。」

僕は鞄を開いて中の物を全部机に並べた。

僕の鞄は小さいので、ノートや教科書に圧迫されて、それほどの品は入っていない。


僕が選んだのは、手回し発電機、無線、ナイフ、マッチ、食料だ。

「なんか少ないわねー。じゃあ必要だと思った理由を説明してちょうだい。」


どうぞ、と言われたので紹介していくことにするが、まさかのプレゼン方式だ。


「そうですね。手回し発電機はスマホの充電の為ですね。スマホの電子書籍に弓の作り方とか、サバイバル術とかの本を入れてあるので、それを読む為と、スマホのライトを長く使い続ける為に選びました。」


「ほーう。電子書籍とはなかなか考えたわね。簡単な建築の方法とかの本も買っときなさいよ。ちゃんとしたマイホームを作るんだから。」


自分では買わずに僕に買わせていくスタイルである。そしてマイホームとやらを作るのに汗を流すのもきっと僕。部長、流石のゲス思考である。


「んん。で、無線は昨日説明したので飛ばして、ナイフはまぁサバイバルの定番じゃないですか?」


「そうねー。私もナイフ一本で無人島からの脱出とか憧れた時期があったわ。虫が嫌いだから諦めたけども。」


部長は嫌そうに顔をしかめた。僕的には部長は虫とかむしろムシャムシャ食べそうなイメージだ。


「でマッチは火起こしですね。僕寒がりなんで、異世界が寒かったら夜死ぬ自信あるんで。」


「そうね!火は大事ね!だって料理するには火が要るものね。偉い偉い!」


部長が「よく出来ましたー」とウンウン頷きながら拍手をして来た。


「まぁ火を起こす手段って色々ありそうなんで、現地の物だけでいけるかもしれませんけど、もしもに備えてマッチは要るかなと。」


「あー。なんか板の上で枝くるくる回して、摩擦で火起こすやつあるわよね、」


部長が手を合わせてスリスリ動かす。


弓弦式とか色々あるらしいが、上手くいかなかったら死が待っていそうなので安全を優先した。


「あとは普通に生き繋ぐための食料ですね。いつ転移するか分からないんで、ずっと鞄にに放り込んでても大丈夫そうな缶詰にしました。」


「へー。ていうか缶詰ツナしかないの?個人的にはコーンビーフが好きだからそれも買っておいてちょうだいね。」


露骨に嫌そうな顔をするな、勝手に自分のバックに入れとけ。


「まぁこんなもんですね。」


本当はもっと必要なんだろうけど、毎日持って来なきゃならんならこんなもんだろう。

「まぁそれなりに良かったわね。しかし!私の圧倒的センスには敵わなかったようね。では私のターンね!刮目しなさい。」


彼女はバックを一気に開いた。


うわぁごちゃごちゃごちゃしてる。部長は整理整頓ができない人らしい。きっと部屋も汚そう。


部屋も汚い。

心も汚い。

振る舞いもそこそこ汚い。

綺麗なのは外見だけ。

もうちょっと頑張ってほしいものだ。


「ん?」


バックの中を見ていておかしなことに気がついた。


「部長、教科書とかノートとか学校で使うものは?」

筆箱すらない。これはどういうことだろうか。


「そんなもの色々詰め込んでたら入らなくてなったから家に置いてきたわ。」


は?何言ってるんだこの人。本末転倒という言葉を知っているんだろうか。


「それじゃあ今日はどうしたんですか。」


「別に教科書なくても案外困らないものよ?となりの人に見せてもらったりもしてないから他人に迷惑もかけてないわ。」


うん。そこらへんは聴いてて悲しいから突っ込まないけども。教科書忘れた時とか隣の人に見せてもらうとか申し訳無さすぎるよね。


「でも先生に当てられたりしたらゲームオーバーじゃないですか?」


僕の疑問に部長はフッと不敵な笑みを浮かべる。

もしやアレか。教科書の内容は全て暗記してるとか、部長、ポンコツに見えて実は頭良かった説あるのか?


「そうね後輩君、その質問にはこう答えましょう。当たらなければどうということはない!」


「あんた学校に何しにしてるんですか!」


ダメだった。ただの精神論というか、やっぱり部長はポンコツだった。


「まぁまぁ落ち着きなさいよ後輩君。実際教師も私のこと当てること殆どないし、大丈夫よ。アハハハハッ。」


「……。」


機械みたいに棒読みで笑う部長に、僕は無言である。

本当にリアクションに困る闇を急にぶち込んで来るのはやめてほしい。空気がお亡くなりになるし、心が痛くなるから。


「じゃあ中身見ていきましょうか。」


「ええ。どうぞどうぞ。」


僕も部長も何事も無かったかのように喋り出した。


例の糸ノコやらカセットコンロやら、部長にとっては要るもの、僕にとってはほぼゴミ。みたいなものか山のごとく入っていた。


中でも気になったのはお菓子だ。


「部長、ポテチとかありますけど、もうちょっと保存の効くものとかにしようとは思わなかったんですか?」


しかも堅揚げだし。

堅揚げは硬すぎて、砕けたポテトチップスが歯茎へ刺さる鋭利な凶器になるから嫌なんだけども。

美味しいけどさぁ。


「バカね、美味しいものが1番よ。ピンチの時に1番元気がつくもの。それは1番自分が美味しいと感じるものよ。栄養素?保存?バカヤロォォォ!重要なのは美味さよ!」


立ち上がった部長が拳を握りこんで、空気がビリビリするほどに叫んだ。

「あの、部長ちょっと声抑えめで。この前美術部の部長さんに『次騒いだらお前らをスプラッタにして、赤い絵の具にしてやるからな。』って言われたんで。」


美術部の部長は背の低い女の人だ。でも凍えるほどに冷たい声で囁くように言われたので、殺される前に自殺しようかなと思うくらい怖かった。

多分もうちょっとで失禁してたと思う。


「あ、それ私も言われてたわ。

やばくない?これ絵の具にされちゃうやつ?嫌よ!私はこんなところで死んで良い人間じゃ無いはず。」


部長の足がプルプル震えていた。さっきあれだけイキってたのが嘘のようだ。


「いや、こんだけ時間経ってもドアが開かないんで大丈夫でしょう。」


「そうよね、大丈夫大丈夫。」


部長は胸に手を置いて、自分に言い聞かせるように大丈夫を何度も唱えた。


2人とも何事も無いと安心してホッとため息をついた その時。ドアが少し空いていることに気づいた。

その隙間から見開いた目がこちらを覗いていた。


「ヒィ!」


部長が悲鳴をあげた。身を机に乗りあげると、僕の腰にしがみついてきた。


僕も爆音をあげる心臓を抑えつけるのに必死で、その行為を咎める余裕はなかった。いや、ショック死の一歩手前だったマジで。


「二度目だ。三度目はない。良い赤を期待してる。」


彼女はそれだけ言うと、ピシャリとドアが閉まった。


しばらく部屋の中を恐怖と無言が支配し続けた。


「後輩君。」


部長が震えた声で僕を呼んだ。


「なんですか部長。」


僕の声もプルプル震えてた。


「絵の具になったら同じ絵になりましょうね。」


そう言って僕を見る部長の目は逝っちゃってた。

いや、ホラー続けないでくださいよ。


「しっかりしてください部長。」


ペチペチと部長の頬を平手で叩く。


「ハッ。危なかったー。恐怖で暗黒面のフォースに堕ちるところだったわ……。私は正義私は正義私は正義。」


目を覚ました部長はブツブツと呪文みたいに繰り返し出した。

いや、やっぱりまだ目は覚めてないかもしれない。洗脳じみた自己暗示はやめろ。


「さあ。続きをしましょう。」

「そうですね。」


部長はけろりとした様子で言った。どうやら自己暗示は成功したらしい。


「で、どうよ後輩君?要らないものとかある?ま、無いわよねー。後輩君とはセンスとイメージ力が違うのよ。」


自慢顔で部長が聞いてきた。


「あ。じゃあ要らないものないんで、そのバックで毎日登下校頑張ってください。」


「……え?」


部長は間抜けな声をあげた。


「僕なんかが部長のセンスに口を出すことなんか恐れ多くてとてもとても。

僕には使い道がわからないものだらけですけど、部長にとっては必要なんでしょうね。」お前の中ではな。


特に携帯ゲーム機や漫画なんか要らない子1位だと思う。


「ま、ままままぁそうよねー。私はの選択はいつだって正しいんだから。良いわよ。やって、やろうじゃないの。365日、ひっく。こ、このバックで通学、し、してあげるわよ!ひっく。」


部長が涙を流して、鼻をすすりながら僕の前で、震える声で宣言した。さて、彼女の威勢は何日続くだろうか。



余談ではあるが、僕は次の日から2日風邪で学校を休んだ。結構寝込んで、両親や弟も同じような症状が出て、「我が家に病原菌を持ってくんな」とボロクソに言われたものだ。家族には優しくして欲しい。


しかしあれだけ風邪を引いて学校を休みたがっていた部長は風邪を引かなかったらしい。当たり前だよね。バカは風邪は引かないからね。


それから更に四日後、「もう無理です調子乗ってましたすいませんでした許してください。」と土下座してきた部長と一緒に、バックの中身を選別した。


結局残ったのは糸ノコ、折りたたみ式のフライパン、包丁、スコップ、パンツだった。残ったものもパンツ以外はろくなものじゃないが、こんなものだ。

うん。なんかパンツは絶対要るらしい。よく分からないがDNA的には部長も女性なので納得しておいた。


あと何故かお菓子を無くすことも譲らなかった。まぁ部室でつまむものが出来るので良いんじゃなかろうか。


本日のテーマ

クラス異世界転移に備えて鞄に入れておいた方が良いものは何か?


結論

入れるものはなんだって良いので、大事なのは決して欲張らず、鞄の中身を登下校が不自由なく行える程度の重さに留めておくべきだということ。


今週の活動、終了。

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