クラス異世界転移に備えて鞄に入れるものについて②

「いやぁ改めて見るとホームセンターって意外と色々あるんですね。」


僕の発言に対して、真剣な顔で棚を物色していた部長は完全なる無反応だった。

棚の前でしゃがみこんで品を手にとっては首を捻って考え込んでいる。

側に置かれた買い物カゴの中にはすでに大量の商品が放り込まれていた。


集中のあまり他所からの音声がシャットアウトされているだけだと思いたいが、部長の事なので意図的に無視を決め込んでいる可能性も十分にありえる。

どっちにしろ恥ずかしいので、今の発言は独り言だったということにした。


僕も役に立ちそうな品を探してみる。異世界で必要なものってなんだろ?替えの靴下とか?


「ちょっと後輩君。」


視界の端で部長がちょいちょいと僕の方を向いて手招きしていた。

僕は持っていた靴下セットを棚に戻して近づく。


「これなんか絶対必要よね。」


そう言う部長の手にあったのは包丁だった。


「それじゃあ流石に全員殺る前に数の暴力でやられちゃうんじゃないですかね。」


「はぁ?何言ってるのよ?会話成り立ってる?頭大丈夫ですかー。」


部長が僕の額をノックするようにコンコン叩いた。

脳がちゃんと詰まってるか確かめようとしてるのだろうか。


人間の脳には我慢したりする力を司る前頭葉という部位があるらしい。ちょうど今しがた部長に叩かれた辺りだ。

部長の行為は常人の前頭葉ならば、女だろうと関係なく一発ぶん殴ぐってしまうぐらい失礼極まりないない行為だ。

しかし僕の前頭葉は他ならぬ部長によって鋼の如く鍛えられているので、この程度でキレることはない。


きっと鍛え上げられた前頭葉のお陰で僕の脳みそはギッチギチに詰まってるはずだ。


「転移して狼狽えている無防備なリア充どもを殲滅する為に包丁を持っていこうとしてるんじゃないんですか?」


「違うわよ!流石の私もそんなエグいこと考えたりしないから!怖っ。後輩君怖っ。ちょっとサイコパス入ってない?いいえ絶対入ってるわよ。

あとでサイコパス診断しましょ。」


部長は僕から距離をとって身をかばうようにして手を胸の前でクロスさせた。

法律の通用しない異世界でリア充を蹂躙しようとしていた人が何を今更か弱い女の子ぶってるんだろうか?


「別に良いですけど、診断する時は部長も同時にやってくださいよ。」


多分部長の方が適正あると思う。


「えー。いいの?私の模範的な解答と比べて自分の歪んだ人格に絶望しちゃっても知らないわよ?」


部長がニヤニヤ笑う。


なぜ彼女はこんな悪意に塗れた笑顔をしておきながら自分の人間性に自信が持てるのだろうか?


鏡を持ってきてあげたい。いや、部長の事だからきっと「あら世界で一番美しい美少女が写ってるじゃない。」とか言いそうである。


「サイコパス診断ってやった事ないんで、結果がどうなるか楽しみですね。」


ちなみに僕はサイコパス診断系はだいたい質問と答えを知っている。

だから部長との診断時には自分だけ一般人的な解答をし続けて、「え?普通こう答えますよね?」とサイコパス適正の高い解答をした部長を煽っていく予定だ。


「そうねー。楽しみだわー。」


部長がクフフフと笑う。


僕も、部長が僕のサイコパス適正が自分よりも低いと分かった時の部長の反応が楽しみで仕方ない。


「そういえばその包丁って結局何用なんですか?」


「料理用に決まってるでしょう。

やっぱり異世界でも美味しい料理食べたいじゃない?あとはこっちの折り畳めるフライパンとかもあると良いわよねぇ。あとチャッカマンとか。」


「へー。部長って料理とか出来たんですね。」


凄まじいデブがベジタリアンだと分かった時ぐらいの驚きだった。

まさか部長にそんな女の子らしい特技があるとは。


「なんかその言い方凄くムカつくんですけど。まぁ出来るわよ?

ほら私ってやれば大概のことはできちゃうタイプの選ばれし人間だし、料理とかやった事ないけどシュパパ〜ってすぐ出来ちゃうと思うの。」


うん。勝手な予想だけど部長はメシマズ系だと思う。

こういう系統の人って自分の感性が優れてると錯覚しているから、料理の時も直感で独自のアレンジとか余計なことをしてしまう輩が多いイメージがある。


「でもね。選ばれた人間だからこそ料理みたいな雑事って私には似合わないと思うの。

なんていうのかしらねー。どっちかっていうと料理を運ばれる側の人間ってやつじゃない?」


いいえ違いますね。何言ってるんだこの人。


「ほら私って読書部でも長だし。」


部長はフフンと誇らしげに胸を張った。

うん、それは合っているけど。


いやはや構成員がたった2人しかいない組織の長であることを、こんなにも誇れるのは逆に凄いと思う。


「じゃあ包丁持ってっても意味なくないですか?料理する気が無いなら使わないじゃないですか。」


「何言ってるのよ。この包丁やフライパンの料理セットは後輩君鞄に入れる用に決まってるじゃない。」


「いや、部長が何言ってるんですか。」


「え?後輩君が料理してくれなかったら誰が私に料理を作ってくれると思ってるの?」


部長がぽけーっと口を半開きにして首を傾けた。

そんなナチュラルにお前は下僕だぞ宣言をされましても。


確かに部長に友達は居ないので、異世界で料理を作ってくれそうな人は僕しか居ないかもしれない。

部長って人望ないからなぁ。


「まぁそうですね。なんかすいません。」


「なんか今失礼なこと考えなかった?」


部長が目を細めて僕を睨んできた。

この人はどっちかっていうと人間というよりはゴリラ。知性というよりは直感派なだけはあって、時々鋭い。


特に僕が部長についてバカにするような事を考えた時は恐ろしいほどの精度で当ててくる。

バーカバーカ。部長の人格破綻、ポンコツ、単細胞、頭の中すっからかんの「あばばばばばばっ。」

部長が僕の人差し指を掴んで、関節が曲がらない方に捻りを加えながら引っ張った。


「いだだだだ、何するんですか!」


僕が叫ぶと、部長はパッと僕の人差し指から手を離した。


「ごめんごめん。なんか唐突にムカついちゃってつい。けど後輩君今なんか変なこと考えてなかった?」


「部長のその唐突な制裁って、偶に何も悪いこと考えてない時にもやってくるから嫌なんですよ。」


今回はまだ自業自得として処理できるけど、ただ部長のことをぼーっと見てただけなのにデコピンとかされる時あるし。


「まぁまぁ。もう謝ったじゃない。謝ってきた人を笑って許せるぐらいの寛大な心を持たないとモテないわよ。たかが指がパンみたいに千切れそうになっただけじゃないの。」


「いや怖いですよどんな力入れてんですか。自分の指千切った相手を笑って許せるとか軽く聖人か狂人じゃないですか。」


「まったく後輩君ってやつはケツの小さい男ね。」


部長は呆れたような声音で言うと、肩を落としてため息をついた。

今あんたの顔を殴らない時点である程度の度量があると思う。いや、ケツの穴がデカイ男っていうのも嫌だけども。


「じゃあ心の寛大な部長のケツの穴はデカイんですか?」


「唐突なセクハラ!?そんなわけないじゃない!

まぁ確かにそうなっちゃうけど!対義語的にはそうなっちゃうかもしれないけど女の子にそんなこと言っちゃダメでしょ!?」


部長が茹でタコみたいに顔を真っ赤にしてベシベシと僕をはたく。


「まったくもう失礼しちゃうわね!」


部長はプンスカしながら頰を膨らませた。


「すみませんでした。その寛大な御心で笑って許してくださいよ。」


僕はへこへこと頭を下げた。


「まぁ仕方ないわね!そこまで言うなら許してあげるわ。」


部長は怒っても大抵ちょろい。鳥は三歩歩けば物事を忘れるというが、 部長の頭もそんなもんだろう。


「で。後輩君はなにか良さげな物でも見つけた?」


「そうですねぇ。異世界だと電波がないんで通話とか出来ないだろうから、部長と合流するために無線とか欲しいですね。なんかさっきありましたよ。」



「へー、良いわね無線!面白そうじゃない。むしろ学校内でのやり取りも無線でやりましょ!」


僕の提案は部長のお気に召したようだ。おやつを貰った時の犬みたいにはしゃいでいる。一瞬、部長のスカートから尻尾が伸びてブンブン振っている幻覚が見えた気がした。目をゴシゴシと擦る。疲れてんのかなぁ。


「それにしても無線を使ってでも直ぐに合流したいだなんて、後輩君はよほど私と一緒がいいのね!」


ニヤニヤと意地の悪い笑みで肘で突っついてくる。


「いや。料理とか連携を取るなら早めに合流した方が良いと思っただけで別に」「いーから!大丈夫。分かってる。分かってるから。そうよねー。ただ連携が取りたいだけなのよねー。ホント後輩君は素直じゃないんだから。」


頰に手を当ててくねくねし始めた。うん。全然分かっていない様子だ。


「部長も生存に直結するような物とかないんですか?」


部長の勘違いは今に始まったことではないので完全スルー推奨である。


「そうねー。これ!これなんか良いと思うのよね。」


彼女が買い物かごから取り出したのは糸ノコだった。


あー。まぁ確かに木材とか切るのには使えそうだ。異世界に着いた時に孤島だったりしたらイカダとか作るのに使いそう。


「これでマイホームを作るの。棚とかー、ベットとか?インテリアなんかも作ったりしちゃって。」


その時のことを想像しているのか瞳がキラキラと希望に輝いていた。


「なに異世界でDIYしようとしてるんですか……。ていうかさっきから部長が選んだものって娯楽的というか無くても良いものばっかじゃないですか?」


「失礼ね!美味しいもの食べたいしオシャレなお家造りしてみたいじゃない!」


「自分の欲求丸出しじゃないですか……。」


まずはサバイバルナイフとか明かりとか、必需品にしましょうよ。


「異世界だからこそ楽しまなきゃダメでしょ。他の連中が必死にえっちらおっちら頑張ってる間、わたし達は自給自足のスローライフを自由気ままに送るのよ。前から憧れだったのよね、スローライフ。」


部長が僕もその生活に組み込んでくれていることが地味に嬉しかった。


「僕的には冒険とかもしたいんですけど、スローライフも凄い楽しそうなのがまたあれですね。」


「そうでしょうそうでしょう!

その時は後輩君が食料調達と農作と牧畜と調理担当ね。で、私が天才的なクリエイティビティを生かしてインテリアとかの内職係。」


「僕の負担がとてつもないことは置いといて、役割分担ってなんか夫婦みたいですね。」


そう言うと部長はピタリと動きを止めた。「ふ、ふ、ふふふ。」口元が動く。


「ふふふふ、ふーふ?ふーふ!ふふふふーふ!ふーふ!!」


部長が壊れた。バグったCDみたいになってる。

顔は真っ赤で目はぐーるぐる。ドバトパと肌から玉のような汗が吹き出てる。


「もしもーし。大丈夫ですかー。」


叩けば直るかなー、と僕は部長の肩を叩こうとしたら、まるで瞬間移動したかのように部長の身体は手の届かない場所まで移動した。


「待って。ダメよ後輩君。ドントムーブ!」


部長は僕の方に手のひらを突き出して待ったをかけた。


「今私に指一本でも触ってみなさい。大変なことになるわよ、私が。

大惨事を避けるためにも、2、30秒程時間を頂戴。」


部長はそう言って、僕の目の前で「スーハースーハー」と深呼吸を始めた。

一体ぼ僕はなにを見せられてるんだろうか。


「ふぅ!待たせたわね後輩君。もう大丈夫よ。ただ今完全復活したわ。」


「まだ汗出てるんでタオル使います?」


汗で髪が肌に張り付いているのを見かねて、僕は鞄からタオルを取り出した。


「え?それって新品?今日使った?使ってない?」


いつもならそんなことを気にせず汗を拭き取るだろう部長が、今回は恐る恐るといった様子で差し出されたタオルを見る。


「今日はまだ使ってないですよ。」

「な、なら借りようかしら。」


そう言って何度か躊躇しながらもタオルを受け取った部長は、首や額の汗を拭う。


「ふーありがとう。」


素直な感謝という部長らしくない行為に気味の悪さわ感じながら、タオルを返してもらおうと彼女が掴んでいるタオルを引っ張った。あれ?おかしいな。タオルが取れない。


「ふんっ。」


力を込めてもう一度引っ張った。


「……あの、離してもらえます?」


部長がタオルを持った手に力を込めていてタオルを離してくれない。


「え、だって後輩君が私の汗を拭ったタオルを使うかもしれないとかそれ間接的密着じゃない?」


「何ですかそれ。間接キスじゃあるまいし。気にしすぎじゃないですか?そんなに言うなら使いませんよ。」


やはり様子がおかしいと部長の顔を伺うと、また瞳がぐるぐると螺旋を描いていた。

「それに、ににに匂いとか嗅がれたら困るじゃない?」

「嗅ぎませんよ!そんなことしたらただの変態じゃないですか!」

と言ってみたものの、そう言われたらちょっと嗅いでみたいという欲求が芽生えてきた。

「ほら今ちょっと嗅いでみようかなって顔したでしょう!」

部長が僕を指差す。

「ぐぅぅ。」

あまりにも図星で思わずぐぅの音が出てしまった。

「これは私が責任持って洗濯して返すから!もう繊維レベルまで汚れを分解して返すから!」

部長はそそくさと僕のタオルを自分の鞄の中に詰め込んでしまった。


「じゃあお願いします。」


「ええ任せなさい!」


部長は胸を拳でドンと叩いた。



あれからぎこちなくなった僕らは、部長の提案でそれぞれ別れて気になるものを買ったのち、後日教室でお披露目する流れとなった。


部長は別れの時までロボットみたいにカクカクなってたし、確かに一日置きたい気持ちは分からなくもない。しかし一体今日の部長はどうしたんだろうか?

僕は疑問を抱えながら家に帰った。



ーーそしてその日の夜、僕は部長に放った夫婦みたい発言が如何に恥ずかしい発言だったかを理解して、ベットの中で悶絶した。

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