其の八十一 陽だまりの記憶3

「そんな……魔女の森が」



 森が真っ赤な炎に包まれていく光景を見て、ミコットは息を飲む。慣れ親しんだ森も、お屋敷も、みんなみんな赤い炎に飲み込まれて灰と化してしまう。そう思うとミコットは悲しみのあまり、涙を流しながらその場で膝を突いた。

 すると、お師匠様が念話で語りかけてきた。


―― ミコット聞いていますか?


―― お師匠様! 一体どうしているのですか? 何が起こっているのですか?


―― ミコット、よく聞きなさい。あなたはここから先、一人で生きていかなければなりません。


―― どういうことですか? 言っている意味がわかりません。


―― 旅立ちの時が来たのです。そしてそれは、別れの時を意味します。


―― どうしてっ!? どうしてそんなことを言うのですかお師匠様っ!


―― それが運命だからです。



 それっきり、師匠リーンクラフトとは交信することができなくなってしまった。


「そんな……どうして……そんなの嫌です。お師匠様……」




 ミコットは、燃え盛る炎を、ただ見つめていることしかできなかった。






*****



 陽も沈みかける夕暮れ時。

 隣の部屋から大きな音が響いてきたのでミコットは慌てて自室を飛び出した。

 今も音の鳴りやまないその部屋の扉をノックして呼び掛ける。


「どうしたのアトミータ? なにをしているの?」


 なにか家財のドアや引き出しをバタバタと開け閉めしているような物音が聞こえてくると、仕舞いには瓶が割れ、家具を引っ繰り返すような音がした為、ミコットは部屋の鍵を開けると扉を開けた。

 中は酷い有様であった。

 タンスの引き出しは全て開け放たれ衣類が散乱していた。ベッドのシーツは乱れて床に落ちている。割れた花瓶の破片が飛び散り、本棚はひっくり返り書物が無茶苦茶になっていた。

 そんな、まるで台風が通り過ぎたような状態の部屋の真ん中に、ポツンと座り込んでいるアトミータの姿があった。


「アトミータ、どうしてこんなことをしたんですか? アトミータ?」


 ミコットの問い掛けにアトミータは答えず、ぶつぶつと小声でなにかを言っていた。


「……ないの、アトラがいないの……どこを探してもアトラが見つからないの……」


 そう言うと大声を上げて泣き始めるアトミータの頭を、ミコットは抱え込むように優しく抱きしめた。


「大丈夫よアトミータ。私はここに居ますよ。だから、泣かないでアトミータ」


 昼に自分のことをミコットと呼んだような気がしたので、記憶が戻り始めているのかと思っていた。

 しかしこれは、埋葬した妹の頭を探していたのかとミコットは思う。

 このまま元に戻るのを待ち続けるのが良いのか、それとも本当のことを打ち明けて、アトミータに一体何があったのか聞く方が良いのか、ミコットは考えあぐねる。


 お師匠様がどうして自分にアトミータの面倒を見ろと言ったのか、ミコットはようやくわかったような気がした。

 アトミータと常に一緒に居ることによって、ミコットは事細かに彼女のことを観察しなければならなかった。

 彼女が何を思いどういう行動にでるのか、それを微細な動きや表情、或いは感情から読み取れるように、魔女にとって最も必要な観察眼を養う為に、お師匠様はアトミータがここへやってくることを許可したのだろうと思った。


 ミコットはベッドのシーツを直すと、そこへ行くようにアトミータに言う。そして、散らかった部屋の片づけを始めた。

 そうこうしている内にアトミータも大分落ち着きを取り戻した為、ミコットは意を決して尋ねることにした。

 アトミータと並ぶようにベッドの縁に腰掛ける。


「アトミータ。あなたはどこから来たのですか?」

「なにを言っているのアトラ? 私達の家はパトラルカ領にあるアルムスカにあるじゃない」

「私はミコットです。あなたの妹ではありません」

「もう、アトラったらふざけているの? 魔女ごっこをしたいのね。いいわ、あなたは魔女ミコットね。じゃあ私はなんて言う名前にしようかしら」


 どうやら、ごっこ遊びをしてふざけていると思ったのか、アトミータはしょうがないなという調子で言うので、ミコットは小さく溜息を吐いて立ち上がった。


「どうしたのアトラ?」

「お風呂に行ってきます。部屋の掃除をしていたら埃まみれになってしまったわ」

「だったら私も一緒に行くわ」




*****


 夜の帳が下り始める頃。

 リーンクラフトは森に侵入者が居ることを感じていた。


「虫けらか……それと……」


 そう呟くと掛けていた椅子から立ち上がった。

 部屋の隅にある木箱に立ててある幾つかの巻紙、その一本を適当に取り出すとテーブルの上に広げる。

 森で採取した砂と石と朝露。それらを広げた紙の上に撒くと、首にかけていたアクセサリーを手に取る。

 そのアクセサリーは黒曜石で作った鏃のような形をしたもので、リーンクラフトは紐を引き千切るとそれを目いっぱいに握り込んだ。

 指の隙間から真っ赤な血が滴り落ち砂に混じると、ジュっと音を立てて鉄の焦げるような臭いがした。



「そうか……私も、ここまでか」



 そう言って聖剣を手にすると、リーンクラフトは部屋を後にするのであった。



 続く。

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